型月連続小説 ひかり   作:ゲンダカ

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三話です。


三話 木箱

 ひかりに魔術を習い始めて半年。季節は二度変わり、また夏が来た。

「一周年だね」

 ひかりに魔術を教わる一方だとなんだか不釣り合いなので、たまに大学の図書室で英語を教えている。彼女はルーン魔術がお気に入りなので、ゲール語への理解は深かった。別に英語はできなくても問題ないので、ほとんど暇つぶしのようなものだ。

「うん? なにが?」

 唐突に話しだしたひかりに顔を向ける。今は小休止中で、ひかりは手持ちの文庫本を読んでいた。

「ほら、わたしたちが付き合いだしてから。今日で一年」

 ああ、と頷く。そういえばそうだった。

「そうだった。早いもんだね。でも、もっと長かった気もする」

「うん、わたしもそう」

 そういってひかりが笑った。なんだか照れくさくて。

「てっきり忘れてた。よく覚えてたね」

 少しだけ、話題を変えた。

「うん、あんなこと、初めてだったもん」

「告白されるのが?」

「そうだよ。しかもすっごくイキナリだったし」

 記憶をたどる。あれは確か、ひかりとショッピングモールで偶然出くわしたときだった。

 せっかくだからと、一緒にお茶をすることになったのだった。それまでもちょくちょく連絡をとってはいたが、面と向かって合う機会は少なかった。「呪われ屋」の一件のあと、結局ひかりも僕もサークルには入らず、お互いバイトと課題に追われる日々を続けていた。彼女のことはずっと気になっており、いつかまたちゃんと逢って話したいと思っていたところだったのだ。

 その頃は、なぜ彼女のことが好きなのかわからなかった。彼女のどこに惹かれたのか。でもそれでも彼女のことが好きだということは変わらなかった。元来惚れることに理由なんてないだろう、と。

 そして、慣れないコーヒーショップで苦いだけのコーヒーを飲みながら彼女と話していると、もうどうにもたまらなくって、あの大博打に出たのだった。

「そうだったね。あれは今思い返すと、ちょっとどうかと思う」

 照れくさくて話題を変えたのに、もっと照れくさくなってしまった。

「顔、赤いよ」

「……知ってる」

 つい、頬を掻く。ひかりに指摘されて気づいたことだが、僕の癖らしい。

「でも、まさか二つ返事が来るとは思わなかったよ」

「そうなの?」

 本に目を戻しながら彼女が言う。

「うん、ひかりに恋人がいるのかどうかも知らなかったから、玉砕覚悟の大勝負だったんだ」

「あはは、大袈裟」

「ほんとだよ」

 ちょっと拗ねて言う

「あのときはびっくりしたなあ。コクハクって、あんなものなの?」

「知らない。僕だって初めてだったんだ」

 そういうと、ひかりがぽかんとした顔で僕を見た。

「そうなの?」

「そうだよ」

 そう返すと、彼女の顔が満面の笑みに変わった。

「嬉しい」

 

 僕が彼女に最初に惚れたきっかけは、正直言うと今でもはっきりとはわからない。見た目に惚れたわけではない。あのサークルでの奇行でもない。なんとなく、その神秘的な雰囲気に惹かれたのか。考えてもわからないし、思い出せない。でも、今は。

 彼女のこの笑顔を見るたびに、僕の想いはホンモノだったと思うのだ。

 

 

 魔術はからっきしだった。

 ひかり曰く回路の量も質も一流。そのくせに得意分野がさっぱりわからない。

「あなたはいったいなんなんだろうね」

 ひかりが魔術を教えてくれるようになってからの彼女の口癖だった。そのたびに、

「ぼくはいったいなんなんだろうね」

 こう返すのがお決まりのパターンだった。

 魔術回路の回し方を教わって、基本的な強化の魔術ならそこそこできた。ひかり曰く初級魔術らしい、割れたガラスの修復も、手鏡サイズのものならできるようになった。火をつけるアンサスのルーンは属性が一致するおかげで少しだけ扱える。

 だが、肝心の忘却魔法がさっぱりだった。ひかりの推測が正しければ僕の家系の特性は忘却魔法のはず。けれど、忘却のルーンもまともに扱うことは出来なかった。

「こりゃわかんないや」

 ひかりの諦めのセリフとともに、僕はルーン魔術全般をとりあえず学ぶことになった。だがそれがからっきしなのだった。アンサスのような火属性以外のルーンがほとんど使えない。

「なんでかなあ」

 魔術を教わる度、彼女が首を傾げる回数は増えていく。今日ももう何度目かわからない。

「ごめん」

 なんだか申し訳なくなってつい謝ってしまった。

「え? あなたが謝ることじゃないよ。私の教え方がきっとわるいの」

「そうは言っても……」

 今のところ、本当に基礎の基礎の魔術しか出来ない。

「そもそも魔術刻印が無いわけだし、家系の特性に関しては諦めたほうがいいね」

「うん、そうだね。今のところは、火を扱えることくらいかな」

 灰皿の中にあるメモ用紙をちりちりと燃やしてみる。今のところの僕の最大火力は、百円ライター三本分というところだ。魔術なのは確かだが、なんともしみったれている。

 図書室で魔術を教わるわけには行かないので、魔術の勉強はひかりの部屋で行っている。一応工房として成立しているらしく、よほど強力なものでないかぎり部屋の外へ魔術の効果が及ぶことはないらしい。

「逆になんで火が扱えるのかが不思議だね」

 諦めに満ちた目でひかりが言う。

「ひかりの専門は呪術なんだろう。それなら、ひかりも教えやすいんじゃないか」

 そう言うと、とたんにひかりの顔が険しくなった。

「言ったでしょう。あなたには呪術は教えない」

「あ」

 そうだった。魔術を教える、とひかりが言ったとき、最初にそう言っていた。

「まったく、忘れないでよ。記憶って起源が正しいのか怪しくなっちゃう」

 まったく以ってその通りである。

「でも、なんでだめなんだ」

 呪術と言ってもピンキリだ。人を呪うのが基本だが、簡単な暗示も含まれる。

「わたしは、呪術なんて使いたくない。魔術は人を不幸にするものばっかりだけど、それでも使い方を工夫すれば人を幸せにできるものもある」

「呪術だって」

「呪術はだめなの」

 ぴしゃり、とひかりが遮る。

「だって、呪う(すべ)、なんだよ。人を不幸にするのが前提なの。そんなもの使いたくないし、あなたにだって使ってほしくない」

「そっか」

 納得がいった。この一年でよくわかったのは、ひかりはとても僕のことを大切にしてくれているということだ。そしてそれと同じくらい、人の幸せにも敏感だった。

 ならば、呪術なんて、ひかりの最も忌み嫌うものだろう。

 なぜ、気づけなかったのか。

「……ごめん」

「あ、また謝った。気にしないで、わたしの方針だから」

 優しい目でひかりが言う。けれど、それは方針というより信念や理想の類だ。そこに簡単に踏み込むことがあってはならない。

 そしてひかりは、僕にも呪術を使ってほしくないと言った。それは、嬉しい。

「うん、そうか。ありがとう」

 僕のその言葉に、ひかりは笑みで返事を返した。それも嬉しかった。

「うーん、でも、そうだね。呪術は呪術でも、暗示とかならいいかな」

「いいの? それでも呪術じゃないか」

「まっ、恐怖心を無くす暗示とか、そういうのならちょっとはプラスに動くでしょ」

 よいしょ、と立ち上がり、呪術コーナーの棚へ手を伸ばすひかり。

「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」

 軽いテンポで重苦しい背表紙を叩いていく。

「あ、これかな。でもこっちもいいかな」

 うーんうーんと悩んでいる。僕は待つしかないので、とりあえず灰皿の中に集中して、炎を大きくしたり小さくしたりしていた。

「そういえば、前に言われたもの、ひとつだけ見つかったんだ」

 ちりちりと紙を燃やしながらひかりに話しかける。

「うん? 何のこと?」

「両親の遺品。ほとんど知り合いの人が持ってたんだけど、それでも大したものはなかったんだ。だけど、ひとつだけおかしなものがあってね」

 残った僅かなメモ用紙を一気に焼却して、鞄の中にあるものを取り出す。

「なにそれ」

 ひかりが怪訝な目で見る。

「なんだろね」

 見た目は普通の小さな木箱だ。携帯電話くらいの大きさで、高さはマッチ箱ふたつ分くらい。古い木なのか、ずいぶんと暗い色をしている。

 問題は、本当にただの箱だということ。蓋はなく、継ぎ目も無い。しかし確実に中は空洞になっている。持ってみれば軽いし、叩けばコーンと音が響く。まるで木材の中身だけを削りとったようだ。

 それになにより。

「……魔力?」

 その木箱を手に持ったひかりがつぶやく。

「そうなんだ。本当にちょっとだけ、魔力の痕跡がある」

 これに気づけたのはひかりに魔術を教えてもらったおかげだ。ずっと昔に、僕の両親の知り合い…名前は石井さん…に「ヘンなもんがあった」と見せてもらったことがあったが、そのときは石井さんと同じく「ヘンなもん」以上の認識はなかった。

 魔術をひととおりひかりから習い、どうにもならないと分かったときに

「何かご両親の遺品で変わったものはない?」

 と、ひかりが期待半分諦め半分で聞いてきて、ピンときたのがコレだった。まさに「変わったもの」だ。

「……結界かな。魔力で封じられてる。無理矢理ノコギリとかで真っ二つにしても意味ないかな。中身が壊れちゃうかもしれないし、カウンターで攻撃されるかも」

 真剣な眼差しでひかりが箱を眺めている。

「ちょっとまってて、実家で少し調べてみる。あなたはルーンやってて」

 そう言ったかと思うとハンドバックに木箱を突っ込み、恐ろしいスピードで部屋を出て行った。

「……結界?」

 そんなもの、僕には感じられなかったが、そもそも結界は「ある」とわかってはいけないものだ。半人前以下の僕にわからないのは当然だろう。

「ルーン、かあ」

 比較的相性のいい太陽(ソウェル)のルーンを、灰皿の中に置いた小石に刻む。発動させると、ほんの少し暖かな光が発された。白熱電球の方がまだ明るい。

「しょぼい」

 ひかりがやったときは、その名に恥じぬ強い光が部屋を塗りつぶした。これで専門外というのだからすさまじい。

「はあ」

 太陽のルーンを消す。魔術回路の性能が良いというのは本当らしく、弱々しい光ながら、いつまででも苦もなく光らせておくことができる。アンサスのルーンなら地道にやれば辞書まで燃やすことが出来た。だが、それに二時間きっかりかかってしまい、そばで見ていたひかりに「すごいけどすごくない」と言わしめた。

「長距離ランナーみたいなものなのかな」

 灰皿に十枚ほどのティッシュを入れ、重しの石にアンサスを刻み燃やしていく。石の周りに火をまとわせ、石そのものではなくその周りのものを燃やすよう、回路の回し方を調節する。

 じりじりと、白のティッシュが黒に染まる。

 ティッシュがすべて黒になる頃、ひかりは帰ってきた。

 

 

 

「結論を言うね」

 ひかりと向き合ってテーブルにつく。ひかりが正座しているので、僕も釣られて正座をする。テーブルの上からは灰皿が退けられて、先ほどの木箱が置かれている。

「なにがなんだかわかんない」

 結論がこれである。

「そ、そっか」

 そう言われるとこちらもどうしようもない。持って帰ろうと手を伸ばしかけたとき、

「でも魔術品であることは事実だよ。ひょっとすると礼装の可能性だってある。」

「礼装」

 礼装とは魔術師の使うマジックアイテムだ。一般のイメージで言うなら杖だが、基本的には術者の魔術をサポートするものだ。

「こんな木箱が?」

「礼装は見た目によらないからね。その可能性もあるってこと。それくらい、何か大きなものを隠してるよ、この箱」

 そう言われると、ただの木片がなんだかスゴイものに見えてくる。

「開け方は?」

「わかんない。ヘタに魔力を通すとフィードバックがあるかもしれないから簡単には試せないし、物理的にも何か鍵穴みたいなのがあるわけでもないから」

「打つ手なし、か」

「そうだね。まあ開くっていうのは確実かな。見た目にはわからないけど、ちょうど木箱の真ん中辺りからちょっとだけ魔力が漏れてる。たぶんここがパカっと開くんじゃないかな」

 そう言って横長の木箱の表面を右から左へ、ちょうど真ん中を通るように指を滑らす。

「中身は想像するしかないけど。ひょっとすると、あなたの両親の記憶も蘇るかもしれない」

「……それは、どうして?」

「うちの親にも見せたんだけどね。呪術専門のあの人達でも解呪できないって言ってた。かなり厳重に、しかも、そもそも呪術じゃない何かで封印されてる。そこまでして封をするなら、相当なものでしょ」

「呪術じゃない何か?」

「そう。たいていこういう封印には呪術を使うはずだけど、その痕跡はないの。あるのは……」

 そう言って、彼女は呪術コーナーの棚へ手を伸ばす。先ほど、僕に見せようとした本を抜き取り、その表紙を僕に向けた。

「あるのは、この痕跡だった」

 それは、初歩の暗示(ウィッシュ)の本だった。

 

 

 

 今日はここまで、というひかりの宣言により魔術教室はお開きとなった。箱の件は、これ以上調べても仕方ない、ということで保留。僕が持ち帰ることになった。

「危なくない方法でちょっとずつ試してみて。あなたなら開くかも」

「危なくない方法って、どんな」

「うーん、ひらけーっ、とか」

「それで開けば苦労しないな……」

 手にした箱を眺める。パンドラの箱めいてきた。

「それから、これ」

 ひかりが同じくらいの大きさの箱を差し出した。決定的に違うのは、青い紙で綺麗に包装され、リボンまでついているところだ。

「これは?」

「言ったでしょ、一周年。去年はあなたから告白してもらったから、今度はわたしの番かなって」

 言葉が出なかった。

「だめ、かな」

 不安げな表情でひかりが言う。それを遮って、

「凄く嬉しい。ありがとう」

 なんとかそれだけを搾りだし、受け取った。

「開けてみて」

 こくんと頷き、丁寧に包装を解く。中にあったのは黒い紐でできたペンダントだった。一枚の銀のプレートに、ルーンが刻まれている。この文字は確か……。

「……勇気(トゥール)

「正解。お守りにしてくれたら嬉しいな。頑張って作ったから」

「これ、ひかりが?」

 よく見れば、プレートの断面など、細かなところに粗がある。

「魔術礼装なんていうほど大袈裟なものじゃないけど、ルーンの効果は入ってるよ」

「そっか。ありがとう」

 早速身に付ける。

 

 心なしか、プレートが暖かい気がした。

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