型月連続小説 ひかり   作:ゲンダカ

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四話です。
戦闘シーンを書くのは、向いてない気がする。


四話 遭遇

 今日が、一周年の記念日。

 僕はすっかり忘れていた。そもそも何月の何日に告白したか、まったく憶えていなかったのだ。これで起源が記憶とはお笑い種だ。

 ひかりの家から自分の家までは歩いて十五分ほど。自転車を使うかどうか、微妙に悩むところだ。荷物のある日は自転車だが、今日は特に何もないので徒歩で帰っている。

 ひかりにもらったペンダントに触れてみる。トゥールのルーンは勇気や勝利などの加護の効果がある。お守りにはうってつけだろう。なにより、ひかりのお手製というのが嬉しい。

「そうだ」

 ふと思い至り、ルーンの刻まれたプレートを裏返す。裏は何も加工されておらず、普通の銀の板だった。そこに、ひかりのルーンの効果に相乗するよう、自分でトゥールのルーンを刻む。他人のルーンに自分のルーンを混ぜて、少しでも効果をアップさせるのが目的だが、それとは別に。

「なんか、二人で作ったみたいだな」

 こういう思いもあった。

 立ち止まってルーンを刻んだあと、ふと目を前に戻すと一人の人影があった。

「こんばんは」

 女性の声だ。五メートルほど先、蛍光灯に照らされた顔には見覚えがある。

「赤井さん」

 オカルトサークル「呪われ屋」の今のサークル長である。僕が見学に行ったときに、一番に僕に気づいてくれた常識人だ。

 あれ以来、呪われ屋のメンツの中では、赤井さんとだけつきあいがあった。と言っても、顔を合わせたら少し世間話をする程度だったが。

「どうしたんです、こんなところで」

 赤井さんは三回生で、確か自宅はここから少し離れていたはずだ。このあたりにはめぼしい店なども無い。

「ん、ちょっとね、野暮用」

 もう初夏というのにコートを着込んでいる。だがそんなことより気になるのは。

(魔力……)

 ひかりと違い、僕は相手が魔術師であるか、まだ判別がつかない。ただ、その人物がまとっている魔力にだけは敏感で、すぐに悟ることができる。そして今、赤井さんのちょうど右手のあたりに、少しずつ、あたりの大源(マナ)が集まってきている。

 まさか、これは。

「あなたこそ、こんなところでどうしたの?」

 彼女の右手から意識をそらさず、できるだけ普段通り、質問に答える。

「ひかりに英語を教えて、その帰りです」

「ああ、あのときの子ね。付き合ってるんだよね。いいなあ」

 魔力は変わらず、じわじわと溜まっている。彼女自身の小源(オド)までもが集中している。

「赤井さんは、恋人、いらっしゃいませんでしたね」

 震えそうな声を必死に抑える。

「そうなの。高校出るとき振られちゃって。あれ、話したっけ」

 間違いない。

「だからあんなサークル入っちゃったの。気づいたらみんなの面倒を見る側になっちゃって。カウンセラーみたいなものよね。あたし、学科は文系なのに」

「それは、大変、ですね」

 もう声を抑えられない。ひかり以外の人間の魔術を見るのは初めてだが、この魔術自体は見たことがある。

 ひかりの「十八番」。

 北欧に伝わる、呪いの魔術――。

「そうなの。あたしひとりじゃ大変で」

 ――ガンドだ。

「あなたが入部してくれてたら、きっともっと楽しかったのに」

 そういって僕を指差す。

 瞬間。

「っ」

 赤い閃光が走る。それと同時に。

「トゥール……!」

 半歩飛び退きながら指で中空にトゥールのルーンを刻む。力の源は自分の魔力(オド)と、ひかりのペンダントだ。僕ひとりではまだガンドすら防げない。

 けど、ひかりの力があれば。

「ぐっ」

 赤い閃光(ガンド)は、オレンジの壁(トゥール)の前に色を失う。まだトゥールのルーンは大丈夫だ。十発でも耐えられる。さっきの「加工」のおかげか。

 このままならとりあえずやられることはない。

「あら、やっぱり。英語を教えてたなんてウソでしょ」

 彼女が、それを使えなければ。

「あなた、魔力ダダ漏れよ」

 そういう彼女の右手に先ほどの何倍もの魔力が貯まる。

「ガンドは知ってるみたいね。なら、「フィンの一撃」も知ってるでしょう」

 ガンドは人を指差すことで呪う魔術。普通なら当たってもひどい風邪にみまわれる程度だ。

 けれど、そのガンドも極めればとてつもない威力を放つ。当たっただけで心臓が停止するほど。破壊力だけでも拳銃より高い。それこそがガンドの最奥、フィンの一撃。そして目の前の彼女は、明らかにそのフィンの一撃を出そうとしている。

「待ってください。なんでこんなことを」

 手持ちのトゥールだけでは防げそうもない。回路を全開で回し、できるだけ魔力をペンダントに溜めながら、時間稼ぎのため彼女に話しかける。

「あら、知らないの? 女の嫉妬って、こわいのよ」

 逆効果だった。笑みを浮かべる彼女の指の先には、視覚化された赤黒い呪いの塊がある。

「どうして、あんな子がいいのかしら。オトコノコってわからないわ」

 芝居がかった素振りで頭を振り、こちらに目を向けた瞬間、再度閃光が走る。先ほどとは比べ物にならない一撃。

勇気(トゥール)勝利(トゥール)守護(トゥール)……!」

 渾身の魔力を込め、こちらもトゥールのルーンを刻む。ひとつでは防げない。もう少し加護(トゥール)の扱いが上手ければひとつの文字に全魔力を注ぎ込めるが、今の自分にはそれだけの技量はない。ならば複数。だが、この一瞬ではせいぜい三つが限度。

 赤い呪いがオレンジの加護にぶつかる。二枚目で止まったが、フィンの一撃はじりじりと二枚目のトゥールも削っている。

 こうなったら一か八か。

燃えろ(アンサス)っ」

 トゥールは維持したまま、目の前の呪い(フィン)ではなく、彼女の右手指、その先の空気に(アンサス)を放つ。

「あちっ」

 赤井さんの気が逸れた。フィンの一撃は魔力を失い、トゥールの壁の前から霧のように消え失せる。それを確認して、トゥールのルーンへの魔力を切る。

「こういうのは、好きじゃないけど……」

 小声でつぶやき、怯んだ彼女の鼻先へ、ポケットの中のアンサスのルーンを刻んだ石を投げつけ、ちょうど彼女にぶつかる瞬間に再度魔術回路を全開にする。

「うわっちゃあ」

 百円ライター三本分の火力が彼女の眼前で炸裂する。やけどにもならないだろうが、目眩ましにはなるはず。

 彼女が悲鳴を上げた瞬間には、僕は脱兎のごとくその場から走り去っていた。

 

 

 

「ひどいなあ、あの子。女の子の顔に何するんだか」

 ごしごしと鼻を拭う。すこしだけヒリヒリするが、怪我というほどのことでもない。アンサスのルーンが発動したのは自分の顔より一メートルも離れたところで、放たれた火は全方位にデタラメに放たれた。右手指は、ちょっと熱かっただけだ。

「でも、いいセンスしてるわ」

 あの一瞬にあれだけの判断を下せるとは思わなかった。だが、それは同時に彼自身の魔術の未熟さを表していた。

「あいつが教えるのがヘタなのか、あの子に才能がないのか、どっちかしらね」

 自分の中では前者だった。一年前、部室にどしどし入ってきたときから気に食わなかったあの女。まさか、彼を持って行くなんて思わなかった。

「あの女に何か暗示をかけられてるはず。でも、大丈夫よ。解いてあげるから、安心してね」

 走り去っていった彼に呼びかける。その声は届かずとも、彼女の口元から笑みは消えなかった。

 

 

 

「ひかり」

 翌日。

 朝の大学の構内、心理学科のある棟でその背中を見つけた。

「どうしたの、急に呼び出して」

 一コマ目の授業まではまだちょっと時間がある。早いうちに昨日のことを報告するべきだと判断し、携帯電話でひかりと連絡をとって落ち合ったのだ。

「昨日の帰りに、魔術師に襲われた」

 周りに聞こえないよう、小声で言う。ひかりの目が険しくなる。

「知ってるひと?」

「赤井さん。「呪われ屋」のサークル長の」

 途端にひかりの目に疑念が灯る。

「あのひとが?」

「その様子だと、やっぱり知らなかったんだ」

「……昨日の夜、あなたの魔力を感じたから、家からすぐにそこに向かったの。でも、向かう途中にあなたが上手く逃げたことも感じ取れた。だから、とりあえず現場を確認しに行ったんだけど、そこでその人と会ったの」

「なら、そのときに気づいてたんじゃ」

「あの人、あそこで出会ったとき、どうしてここにいるのかって聞いたら、散歩って答えたの。そのとき全く魔力を感じなかったからそのまま信じちゃった。きっと、魔力封じの礼装か何かを持ってるんじゃないかな」

「便利なもんだ」

 悪態をつく。ひかりですら気づけなかったのなら仕方ない。

「でも、なんであなたを襲ったのかな」

 見に覚えはない。彼女の恨みを買うようなことは……。

 そういえば。

「……女の嫉妬」

「へっ?」

 マヌケな声が廊下に響く。

「赤井さんに、理由を訊いたらそう言ったんだ。「女の嫉妬はこわいのよ」って」

「……、はっはーん、そういうことか」

「ひかり、悪い目をしてる」

「悪いことをしたのは赤井さんだけどね」

 にひひと笑うひかり。まるで勝ち誇ったかのように。

「つまり、どういうこと?」

「カンタンだよ。赤井さんは、わたしたちが付き合っていることが嫌なの。もっと詳しく言えば、あなたが自分以外のひとと付き合っていることが、嫌ってこと」

「それは」

「罪な男だね、あなたは」

 悪い目のまま、ひかりが笑う。

「……そんなこと、いわれたって」

 頬を掻きながら、いたずらっ子のような表情の彼女から目を逸らす。

「対策、立てなきゃね」

 踵を返すひかり。今日の講義はキャンセルするらしい。

「帰ろう」

 テクテクと歩く背中を、すこし遅れて追いかけた。

 

 

 

 事の顛末は全て話した。ガンドのこと、フィンの一撃のこと、そしてそれをトゥールで防いだこと。

「わたしのトゥールで? あんなのでよくフィンを防げたね」

 昨日渡したばかりのペンダントを、しがしげと眺めながらひかりがつぶやく。

「裏のこれ、あなたが?」

「うん、なんとなく」

 なるほど、と頷くひかり。

「確かにこうすれば私のルーンの力を使えるかも。でも、それでも大した力じゃないはずだよ」

「三つ出したんだ。全力で」

 ひかりがぽかんとした。最近は何かあるたびにこの表情だ。

「そうか、あなたは魔力に関しては一級品だったもんね。技じゃなく力のゴリ押しってわけだ」

 あはは、と笑う。

「苦肉の策だったんだけど」

「それ、すっごい無駄遣い。もしもあなたがトゥールの扱いがもっと上手なら、一文字だけでフィン十発は耐えられたはずだよ。うらやましい」

「そう言われてもなあ」

 あれはあれで、自分の中で一番上手く出せたトゥールだった。

「あんなに上手く使えたことはなかったよ。やっぱ実戦が一番ってことなのかな」

「そうだろうね。アンサスも上手く出せたんでしょ」

 そうだ。そういえば中空にルーンを刻んだのも、離れた場所を狙って発動させたのも初めてだった。

「ちょっと試してみる」

 昨日のように、灰皿にテイッシュを詰め、アンサスのルーンを刻んだ石を置く。集中し、遠慮無く全開の魔力をルーンに叩き込む。

「アンサス」

 火柱が立った。

「わっ」

 ひかりがおののく。僕もびっくりして一瞬で魔力を切った。ティッシュは灰すら残らず、ルーン石は焦げひとつなかった。

「成長、しすぎ」

 ひかりの言葉にこくこくと頷く。昨日の逃げ際に投げたアンサスのルーン、あれも同じくらいの魔力を注いだはずだった。赤井さんは大丈夫だろうか、なんてことを考える。

「あっちゃあ、天井まで焦げちゃってる。すごいなあ」

「ごめんごめん」

 椅子を持ってきて、天井を拭くと、焦げたのは表面だけのようだった。アンサスを消すのが早かったおかげか。

「属性のおかげ?」

 天井をこすりながらひかりに問いかける。

「だろうね。トゥールはまだ一割も使えてないと思うけど、アンサスは私と同じくらいのレベルまで来てる」

「……ひかりのアンサス、こんなに火力あったっけ」

「あるよっ。家じゃこんな火力出さないでしょ、普通」

 ぷい、と顔を背けられた。

「それもそうだね」

 天井はとりあえず綺麗になった。

「……ルーン専門の術者なら、アンサスだけでも人間一人焼き殺しちゃうくらいの火力は出せるんだからね」

「……」

 いまさら、自分が学んでいる神秘の力を思い知った。そうだった、この力はその気になれば簡単に人を殺せるのだ。

「とりあえず、あなたの身の安全が第一ね。このペンダントはもう一回作りなおすよ」

「いや、この場合ひかりのほうが危ないだろう」

 そう言うと、ふふん、と鼻を鳴らすひかり。

「あなたの話だと、赤井さんのフィンでやっとわたしのガンドってところだね。力の差は歴然だよ」

「そういう慢心が危ないんだってば」

「それはまあ、そうだけど。でも、この辺はうち以外に魔術師の家系はないの。だったら赤井さんの魔術はあの子の一代か二代だけの急造品。それに対して堀田は細々とでももう五代も続いてる家系だよ。だから、わたしは大丈夫」

 プレートを外して、新しい銀の板を小物入れから取り出す。ここからは集中の必要な作業だろう。

「僕はトゥールの練習をするよ」

 気を使い、少し離れる。

「うん、わたしも頑張るね」

 慎重にルーンを刻むひかり。かなりの魔力を注ぎ込んでいる。

「こりゃ、僕も頑張らなきゃな」

 壁に向かってオレンジの盾(トゥール)を作りながら、こっそりと決意した。

 

 

 

 ひかりがペンダントを作り終わったあと、夜までトゥールの練習を続け、合間に太陽(ソウェル)退去(エイワズ)のルーンを試してみた。退去(エイワズ)のルーンははあまり上手く行かなかったが、太陽(ソウェル)のルーンは効果が向上していた。

「なんだこりゃあ」

 ひかりの今日幾度目かのマヌケな声があがる。ソウェルを刻んだ石はまばゆい光とともに強烈な炎をまとっている。

「ひかりのソウェルとは違うね」

「ルーンは術者によって持たせる意味が変わるものなの。あなたの場合、属性が強く出たんだね」

 ひかりはひかりで手に持ったソウェルのルーン石を光らせている。こっちはただ優しい光が出ているだけだ。

「僕、攻撃的なのかな」

「魔術を攻撃だと思ってるんじゃないかな」

 手元のソウェルのルーン石を弄びながらひかりが言う。

「わたしのソウェルは照明、あなたのソウェルは攻撃だね」

 こうまで変わると面白いものである。

「あとそれから、複数のルーンを組み合わせることもできるよ。たとえば、こんな感じ」

 ひかりが中空にソウェル、トゥール、イングズのルーンを描き、発動させる。オレンジ色のトゥールの盾からまばゆい光が放たれている。

「ちょっとおしゃれになるかな」

 冗談交じりにそう言うと、輝度をぐっと上げた。

「これで目眩ましだね」

「すごいな」

 ルーンがここまで応用が効くとは思わなかった。それに

「ひかり、ルーン魔術は専門じゃないんだろう。なんでそこまで使えるんだ」

 かねてから不思議に思っていることだった。

「ルーンが最近流行りってことが大きいかな。この十年か二十年で、時計塔の中でずいぶん研究が進んでるんだ」

 そこで一度言葉を切り、言いにくそうに続けた。

「……それから、ルーンもね、魔術的な原理は呪いなんだ。だけど、うちの家系の呪術と違って、こうやって誰かを助けたり、守ったりすることもできる」

 そう言って、輝くトゥールはそのままに、出来上がったペンダントを僕に渡した。トゥールが刻まれていたプレートは、大きな円形になっていた。そこに雪の結晶のような模様が刻まれていている。

「これは?」

「ルーンガルドゥルって言ってね、複雑化したルーンなの。これはそのなかでもアイースヒャウルムルって言う、強い守護のガルドゥル。何もしなくてもガンド程度なら弾けるはずだし、赤井さんのフィンの一撃だって、魔力を込めれば五発は耐えるかな。もちろんあなたがそこにトゥールを重ねておけば、もっと頑丈になる」

 そう言って円盤を裏返す。裏はまだ何も刻まれていなかった。

「トゥールをここに刻んで。ありったけ、魔力込めながら」

「わかった」

 

 僕がトゥールを刻んでいる間、ひかりもプレートから指を離さなかった。きっとひかりも魔力を注いでいたんだろう。

「よし」

 全力のトゥールだ。ただの盾ではなく、勇気の加護の効果もあるだろう。

「うん、ばっちりだね」

 よしよし、とひかりが頷く。

 そこで、あ、と。

「さっきの応用のルーンだけど」

 先ほどのソウェル・トゥール・イングズのルーンのことか。

「さすがにまだ早いと思うから、使わないようにね。あなたの魔力だと、暴発したら大変なことになる」

「確かに」

 アンサスのルーンを思い出す。あれから練習を繰り返すと、自分の中でさらに限界値が上がっていく感覚があった。今ではあの倍の火力は出せそうだ。

 それが暴発したら、と思うと、ゾッとする。

「あなたは戦闘で覚醒するタイプ。次、あの人と戦ったらもっとスゴイ事になると思う」

 暗い顔でひかりが言う。

「……そうなっても、あなたはあなたのままでいてね」

 ひかりが何を言わんとしているかはわかる。要は、力に呑まれるなということだろう。

「うん、気をつけるよ」

 出来る限りの優しい顔でひかりに返事を返す。

 ちょうど時計の針が九時になったところだった。

 

 その時を待っていたように、玄関のチャイムが鳴った。

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