型月連続小説 ひかり   作:ゲンダカ

5 / 8
五話です。
どうでもいいんですけど、ルビ振るの、メンドクサイですね。


五話 戦闘

 夜の九時。

 ひかりのアパートメントの玄関のチャイムが鳴った。この時間、このタイミング。これは――

「ひかり」

「たぶんね」

 確証はない。だが、可能性は高い。ひかりも同じ考えだ。

 赤井さんだ。

「でも、わざわざ工房に来るなんて、よほどの自信か、あるいは……」

「あるいは?」

 不穏な言葉に疑念をぶつける。

「あるいは、奥の手があるか」

 そう言って、じゃらりとルーン石をポケットに突っ込み、ドアへと近寄っていった。

 

 

「はい、堀田です」

「こんばんは、赤井です」

 平穏なやり取り。しかし、既にひかりは魔術回路を全開で回している。

「お話があるの。お部屋に上がらせていただいてもいいかしら」

 あくまで平穏なやりとりを演じたいらしい。だが、扉の向こうから赤井さんの魔力がずんずんと流れ込んでくる。でも。

「ひかりの方が上だ」

 小声で話しかける。

「そりゃラッキー」

 大して嬉しく無さそうな返事だった。

「話って、なんですか」

 ひかりがドアの向こうへ問いかける。

「うーん、そうねえ。ガールズトーク?」

「……もう、この部屋、女の子(ガールズ)だけじゃないんですけど」

 ひかりが口火を切った。

「そう。なら話は終わりね」

 強烈な衝撃とともに扉が吹き飛ぶ。寸前にひかりが張ったトゥールの加護で無事だったが、どう考えても昨日のフィンの一撃からは想像できない威力だった。

「下がってっ」

 ひかりが大声を出して僕に命令する。その命令に従いながら、赤井さんの魔力の纏い方を観察する。

 両腕に強力な魔力の残滓があった。

「強化の魔術……?」

 ひかりがうなずいた。

「赤井さん、意外と武闘派ですね」

 ポケットのルーンに触りながら、ひかりが話しかけている。僕も魔術回路を回し、ひかりの援護に備える。

「あら、でたらめにやっただけよ。案外できるものね」

 ずい、と、緑のコートを纏った赤井さんが一歩玄関に入ってくる。

「工房に入ってくるなんて、正気ですか」

「そこそこに正気よ。って、大した工房じゃないし。せいぜい防音くらいしかしてないじゃない」

 ひかりの回路に魔力が通っている。今ので頭に来たらしい。沸点が低すぎる。

「耐魔力加工もしています。だから――」

 すばやく中空にルーンを刻む、風と火の混合ルーンだ。

「ちょっと暴れたくらいじゃ、誰も来ませんよっ」

 ばちんと弾かれた炎が、かまいたちのように赤井さんへ奔る。それを。

凍結(イス)

 彼女は一文字のルーンで粉砕した。

「……そんな、はず」

 ひかりが動揺している。彼女の回路が乱れている。まずい。

「ひかりっ」

 トゥールを三枚ひかりの周りに張る。次の瞬間、ひかりの周囲が炎に包まれた。

「うわっ」

 すさまじい火力。だがトゥールはまだ壊れていない。ひかりは無事だ。

「あら、すごいじゃない。今のあたしのアンサス防いじゃうなんて、特訓の成果?」

 ひかりに向けられていた赤井さんの視線が、こちらへと動く。

「いいえ、昨日のあなたとの戦闘の賜物です」

 本当はひかりにもらったペンダントのおかげだが、それを言えば目の前の魔術師は激昂するだろう。大丈夫、頭は冷静だ。魔術回路は今日一日回しっぱなしだったが、そのおかげで一瞬で臨界まで持っていける。魔力残量もまだ十分。

「そっか。嬉しいような、悲しいような」

 赤井さんが目を伏せた。その隙は逃さない。

燃えろ(アンサス)っ」

 ひかりにかけた加護(トゥール)を目一杯強化し、赤井さんそのものに向けて火を放つ。トゥールの分魔力は削られたが、それでも全力を込めた。

「きゃあっ」

 悲鳴が上がる。同時に、ひかりに放たれていた赤井さんの(アンサス)が消えた。

「ひかり」

 慌てて駆け寄る。

「ごめん、大丈夫だよ。びっくりしただけ」

 ちょっと服が焦げているが、本人は無事らしい。

「あちち、あちち」

 赤井さんのコートは完全に燃え上がっている。

「すごいなあ、あなたのアンサス。こりゃやばいや。ばいばいっ」

 脱兎のごとく逃げ出す赤井さん。

「待てっ」

 それをひかりが追う。

「ちょっと、ひかり」

 追わなくても、という言葉をかけようと思ったら、既にひかりは玄関から飛び出していた。

「くそっ……」

 昨日とは逆の展開だ。だが、優勢なのはこちらだった。

 ひかりは魔力を全開に巡らせたまま。後を追うのは容易い。だが速度が異常に速い。

「そうか、脚力を強化してるのか」

 全力疾走しながらやっとそのことに思い至ったが、そのころには二人に追いついていた。

 

 

 

 距離を取り、二人が話している。赤井さんに気づかれないよう、電柱の影に身を潜める。

「あーあ、コート燃えちゃった」

 燃えカスになったコートが赤井さんの足元に落ちている。

「それ、礼装だったんですね」

「そうよ。知り合いにもらったの」

「それは、誰ですか」

「あたしのお師匠様」

 それだけ言うと、彼女は今までの比ではない速度で魔術回路を回し始めた。ひかりは気づいていない。

 フィンが来る。昨日の何倍もの一撃が。

「わがままなひとなんだけど、たまに助けてもらうんだ」

 照準はひかりに。やはり狙いは彼女か。

「あなたが悪いのよ。あなたが彼に暗示をかけるからっ」

 そのセリフを言い終わるかどうかのタイミングに、電柱の影から、三つのルーンを中空に刻む。

炎熱(アンサス)陽熱(ソウェル)相乗(イングズ)……!」

 ひかりに禁じられた三重(みえ)のルーン。彼女が使ったのとは違い、すべてを火力に回す。暴発などお構いなし。残った全魔力を赤井さんの右腕に叩きつける。

「なっ」

「ひゃっ」

 二人の声が重なる。ひかりの声は驚きを、赤井さんの声は痛みを表していた。

 

 

 夏の夜の道路の隅。

 それは、まるで花火のように。

 一瞬、紅い炎が、まばゆい輝きを伴って。

 一瞬、四つの人影を明滅させる。

 

 

「ぐぅ…っつぅ……」

 赤黒く変色した腕。それを押さえながら赤井さんが呻く。

 三重のルーンは成功した。この上なく。

「そんな……」

 成功しすぎた。せいぜい前腕がやけどする程度だと思っていた。

 ルーンの炎は彼女の腕をえぐり取り、肩まで包み込み、その熱を叩き込んでいた。

 上腕はまだいい。だが、前腕はちらちら骨が見えている。

「赤井さん」

 駆け寄る僕を、ひかりが腕で止めた。

「どうして、防がなかったんです」

 それでも赤井さんに問いかける。さっき、ひかりのルーンに使った凍結(イス)のルーンなら、ある程度ダメージは減らせたはずだ。

「だめ、なの。さっきのコート、がない、と、ルーンは、上手く、使え、ないんだ」

 自嘲するように笑い、ひかりへ視線を戻す。

「……赤井さん、わたしは彼に、暗示なんてかけてないです」

 うずくまる赤井さんに、ひかりが冷たく話しかける。

「彼はわたしのことを好きだと言ってくれました。そのことに魔術は関係ない。だからこそ嬉しかったんです。暗示なんて、かけるわけないじゃないですか」

 赤井さんが恨みを込めた目でひかりを見上げた。

「……彼に、暗示がかかってる、のは、本当よ」

「しつこいですね、わたしはそんなこと……」

「じゃあ、別の誰か、ね。とても、とても、強力な暗示」

 ひかりの表情が険しくなる。

「……いつから」

 対して、赤井さんは皮肉な笑みを浮かべる。

「はじめて、会ったときから」

 

 

 赤井さんは救急車で運ばれた。ひかりがすぐに呼んだが、腕が元に戻るとは思えない。

「……使わないでって、言ったのに」

 僕らはとりあえずひかりの部屋に戻った。

「ごめん、でも、あのままだとひかりが」

「わたしがなに。それで、そんなので、あなたが人を殺していいわけないじゃない」

 大きな目には涙が浮かんでいる。

「……ごめん」

 そうだった。彼女は、そういうのが嫌いで。

「……でも、そのきもちは、受け取っておくね」

 彼女は、そういうのが好きだった。

 

 

「また、暗示か」

 ひかりの部屋の扉を直しながら言う。蝶番が壊れたくらいなので、一応扉としての機能は果たすだろうが、すぐ買い換えたほうが良さそうだ。

「ご両親のかもね」

 ひかりは浴室だ。服が焦げたし、随分と走ったので先にシャワーを浴びている。そのひかりへ言葉をかける。

「僕はそんな自覚ないぞ」

「そりゃそうだよ。忘却の暗示なら、忘れたことすら忘れななきゃ」

「なるほど」

「でも、あたしも気づけなかった。まさか暗示なんてシンプルなものだったなんて」

 ならば、なぜ赤井さんは気づいたのか。彼女は僕の暗示を「最初に会ったとき」から気づいていたと言っていた。

 彼女と最初に会ったときの記憶を紐解く。おどろおどろしい看板、お札の貼られた扉、山のような呪いグッズ、同じような見た目の女性たち……緑のコートの赤井さん。

「ひかりっ」

「えっ、な、なに」

 つい強い声が出た。でも、続ける。

「赤井さんのコート、あれ、どういう礼装だったんだ」

「ああ、あれ? 切れ端持って帰ったから調べてみたんだけど、すごかった。視線避けとか、耐魔力とか、魔力隠しとか、基本的な防御の効果は完璧に揃ってた。ちょっと古かったから、性能は落ちてるみたいだけど。あと……」

 ふう、と一息ついて、彼女が続ける。

「あと、ルーン魔術の増幅効果、みたいなのがあったかな」

 ルーンの増幅。それで、あの凍結(イス)のルーンが出せたのか。そして、そのおかげで。

「……そっか、あの礼装で暗示を見破ったんだ」

 真実を見抜くルーン。それを増幅すれば、暗示程度見破るのはわけないだろう。

 からくりは解けた。

「赤井さん、大丈夫かな」

「大丈夫だと思うよ。腕はだめかもしれないけど、命に別状はないはず」

 ひとりごとのつもりだったが、聞こえてしまったらしい。

「わたしとしては最初のルーンで帰ってもらう予定だったんだけどね。あの礼装、すごいや。誰のなんだろ」

「派手だったけど、すこし古そうでもあったね。家宝とかかな」

「あはは、それにしては現代的だね」

 明るい声が浴室に響く。

 いつものひかりが帰ってきた。

「まあとりあえず、解決、かな?」

「……そう、だね」

 返事をして、時計を見る。十一時を回っていた。

「疲れたでしょ。今日は泊まっていっていいよ」

「うん、そうするよ」

 

 

 

 彼に焼かれたのは前腕。上腕は軽いやけどで済んだが、前腕は切除するほか無かった。

 あそこで逃げず、フィンを撃とうとしたのが敗因か。彼の魔力探知の能力を侮っていた。

「派手にやられたな」

 女性の声が病室に響く。

「ごめんなさい。コート、燃やされちゃいました」

 しょんぼりと話しかける。

「ああ、あんなのは別にいいんだ。随分と昔に作ったものだからね」

 病院内は禁煙だとそこら中に書いてあるというのに、お構いなしに煙草を吸っている。

「性能も落ちてただろう。彼のアンサスに燃やされたのは道理だな」

「……そう、ですか」

 魔術師としては彼は未熟だった。だが、その才能は私の遥か上を行っていた。

「まだ、あの子たちを襲う気か?」

「いえ、暗示をかけてないっていう、堀田の話は本当だと思います。なら、もう私には、どうすることも……」

 そういって下を向く。涙を止めることが出来なかった。

 彼をとられたのが悔しい。

 彼が幸せそうなのが悔しい。

 彼があそこに居るのが、悔しい。

「腕、見せてごらん」

 煙草をもみ消し、師匠が近寄る。

「ふむ、これならすぐにでも」

 そう言って赤い鞄から、ずるり、と右腕を取り出した。

「いいんですか」

「不出来な弟子の面倒を見るのも、師匠の仕事だ」

 そう言って眼鏡を掛け、ごそごそと取り出した腕をいじる。

「……ありがとうございます、橙子さん」

「はいはい、どういたしまして」

 打って変わった、愛想の良い声。

 あとはかちゃかちゃと、人形の腕をいじる音だけが響いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。