型月連続小説 ひかり   作:ゲンダカ

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六話です。
こういう話のほうが、書きやすくて好きです。


六話 閑話

 赤井さんの戦闘から三ヶ月。季節は秋に。

 彼女との戦闘で、僕の魔術特性が少しずつわかってきた。

「物騒だなあ」

 ひかりの話を聞きながらつぶやく。

「でも、現状わかってるのはそれくらいだね」

 赤井さんに使ったルーンで効果が高かったのはアンサスのルーンだった。それは魔術属性の一致だけでなく、魔術特性の合致の効果でもあったのだ。

「攻撃魔術……」

 僕の魔術特性は「攻撃」。加護(トゥール)退去(エイワズ)が上手く行かないのは、そういうことらしい。

「ヘンな特性だね。放出とか流動とかじゃなく、攻撃って概念が得意みたい」

「なんか、やだな」

 眉をひそめる。彼女も同意見のようだった。

「うん、でもわかっただけ良しとしよう。特性と合わない魔術も、使えないわけじゃないんだし」

「そうだね」

 ひかりにもらったペンダント。これがあればそれなりのトゥールは使える。

「とりあえずアンサスとかは護身用になるから、練習は続けてね。それから、そろそろ結界も張れなきゃ」

 そう言って、初歩の結界を学ぶこととなった。今のところ僕の部屋にも結界は張られているが、張ったのはひかりで、効果も侵入者を探知する程度の事しか出来ない。赤井さんの一件を考えれば、しっかりした結界が必要と判断するのも当然だろう。

「迎撃の結界とかが向いてるんじゃないかなあ」

 といって、呪術コーナーの本をあさる。

「物騒だなあ」

 さっき言ったセリフを繰り返し、彼女が本を選び終わるまでその背中を眺めていた。

 

 

 その報せを聞いたのは「呪われ屋」所属の同回生から。赤井さんが退院したらしい。

「怪我したとか言う腕もすっかり治っててさ、やけどのあとすら無えんだよ。やっぱオカルトやる人は違うんだな」

 少々頭のズレた同回生の言葉を聞き流しかけ、はて、と首を傾げる。

「腕?」

「そう、右腕。なんか事故かなんかで大やけどしたって話なんだけどさ、完ッ全に治ってやんの。見せてもらったけどさ、もうツルッツルのたまご肌だったぜ。」

「……それは、すごいな」

 混乱を悟られぬよう、適当に話を切り上げ、同回生と離れる。

 どういうことだ。

 あの右腕が治った? あの三重のルーンで焼いた腕が? この三ヶ月で跡形なく?

 同回生の話を信じるなら、義手でもない。きちんと動き、その上できれいな肌になっているからこそ彼は驚いている。

(……行くか)

 行き先は「呪われ屋」。もう大体の講義は終わった時間だ。

 念のため、ひかりのペンダントに魔力を溜めておく。

 ひかりを呼ぼうかと思ったが、それではきっと戦闘になる。僕ひとりでは危険かもしれないが、それでも確かめなければならないと思った。

 

 

 呪われ屋のドアを叩く。まさかまたここに来る日が来るとは思わなかった。

「どうぞお」

 オカルトサークルとは思えない、間の抜けた声。赤井さんだ。

「失礼します」

 がちゃりとドアを開け、部室へ進む。中には、文庫本を気だるげに読む赤井さんしかいなかった。

「あら、あなた……」

 僕の顔を見ると、彼女は顔をほころばせた。

「こんにちは。退院、おめでとうございます」

 そう言うと、不思議そうな顔をした。

「あら、それちょっと前の話よ。誰から聞いたの」

「僕の同回生です」

「ああ、加藤君ね。彼、あんまりサークル来ないから知らなかったんだわ」

 なるほど。じゃあ。

「いつ、退院されたんですか」

「ひとつき前よ」

「なっ」

 愕然とする表情を隠せない。

「そんな、だって」

 彼女の右腕を見る。文庫本を持っているのは右手だった。器用に指でページをめくっている。

「……治癒の魔術」

 それしか考えられなかった。だが、赤井さんは否定した。

「ちがうちがう。そんなの使えないし、肘より先は手術で取られちゃったんだ。だから、これは義手」

 そういって文庫本を置き、ひらひらと右手を動かす。

「これが、義手ですか」

 信じられない。

「すごいでしょ。私のお師匠様手製の一品よ」

「……それは、すごいですね」

 彼女は自慢気だった。

「すみません、あの夜は。やり過ぎました」

 それが少し悲しくて、謝っていた。

「ううん、こっちこそごめんなさいね。私もちょっと、どうかしてたわ」

 彼女もしゅんとする。その言葉に嘘はないように聞こえた。

「もう、あんなことはしないわ。堀田さんと仲良くしてあげてね」

 優しげに言って、文庫本に顔を戻す。僅かにその目は潤んでいるように見えた。

「……ありがとう、ございます」

 それだけを絞り出して、「呪われ屋」を後にした。

 

 

「腕が治ってた?」

 ひかりの夜の魔術教室。それが始まる前に、昨日の話をした。

「赤井さん曰く義手だそうだけど、普通の腕と何も変わらなかった。見た目も、動きもね。魔術回路まで通ってたよ」

 用意されたコーヒーを飲む。砂糖が多めだが、苦いのは好きではないのでちょうどいい。

「そんな義手が」

 と言って、なにかピンときたのか棚をあさる。

「あった」

 いつか見た、魔術協会からの手紙だった。

「それは?」

「魔術協会からね、封印指定の魔術師が日本に来たかもって報せ」

「封印、指定……」

 封印指定。一代限りの稀有な神秘を持つ魔術師は、その神秘を協会が永久に保存し管理するため、身柄を拘束される。そのお達しが封印指定で、それを受けた魔術師はそのほとんどが行方をくらませる。

 別に協会に囚われても、殺されるわけではない。幽閉されたまま魔術を磨くことも可能だ。だが、それ以上の魔術を学ぶことはできなくなる。それは神秘を追求する魔術師にとっては死と同義で、封印指定は死刑宣告と同義なのだ。だからこそ、封印指定の魔術師は協会から逃げることになる。

 それが、日本に。

「別段珍しいことじゃないよ。時計塔から離れた極東に逃げる魔術師は多いし。特にこの町は協会も何もなくて隠れるにはもってこいなんだ。堀田の家系はこの辺一帯の霊地の管理者だから、この手紙だって何回か来てる」

 そういってぱさりと数通の封筒を置く。

 がさがさと何枚かを見た後、

「この人だ」

 といって、その紙を僕に見せた。

「TOKO AOZAKI...あおざきとおこ?」

「そう、蒼崎橙子。協会から赤の称号をもらった超一流の人形師でルーンの達人。時計塔でマイナーだったルーンを引っ張り起こしたのもこの人。とんでもない魔術師だよ」

「人形師……ってことは、まさか、あの腕は」

「うん、きっとこの蒼崎橙子の造ったものだろうね。赤井さんにルーンを教えたのもきっとこの人だよ」

「……」

 ならばいろいろなことに説明がつく。素養はほぼ無いはずなのに強力なルーンを扱い、一級品の魔術礼装を身に纏い、失った右腕も取り戻した、新米魔術師。

「さすがにもうこの辺にはいないだろうけど……でも、あの日の前後はいたわけだ」

 ひかりに問うと、渋い顔をしていた。

「うちは、ほとんど価値はないとは言ってもこの町の管理者だよ。代々受け継いだ結界だって張ってる。こんな人が入ってくればすぐにわかるはずなのに……」

 そこで彼女は言葉を切った。簡単な話だ。それは単に、蒼崎橙子というひとりの魔術師が、五代続いた堀田の家系の遥か上を行く魔術師であるということ。

「すごいんだね、封印指定って」

 慰めるように彼女に語りかける。

「……そうだね、すごいね」

 同封された蒼崎橙子の顔写真を見る。名前の通りの橙色をした美しい髪と、整った顔立ちは、年齢を思わせない。

 これが、封印指定の魔術師?

 貫禄も年季も感じない。

 人形のような、時の止まった美しさだけがそこにあった。

 

 

 

 

 ひかりの家を後にして、自宅へ戻る。いつかの夜のようなことはないが、あれからというもの自転車で行き来する習慣がついた。

 部屋に入り、ベッドに転がる。ひかりに教わった結界はまだ張れない。カウンターの効果はバッチリなのだが、主人や客人を識別しない無差別結界しかまだ張れないのだ。これでは単なるトラップである。

 はあ、溜息をつき、結界の指導書を読む。一時間ほどして、シャワーでも浴びようかと腰を上げると、コンコン、と乾いた音がした。

「へ?」

 間抜けな声がでる。音は玄関から。コンコン、コンコンと、強くはないがしっかりとしたノックの音が響いている。今住んでいるのは確かに安いボロアパートだが、それでも呼び鈴くらいはついているのに。

「はい」

 この時間だと周りの住民の迷惑になる。いそいそと玄関に向かい、扉を開ける。

「あれ」

 ひかりだった。

「とりっくおあ、とりいと」

 より詳しく説明すると、そこに居たのはシャーロック・ホームズの衣装を一分の乱れもなく着込んだ堀田ひかりその人であった。

「おかしくれなきゃ、いたずらするぞ」

 右手に持ったパイプに、シュボッと(アンサス)のルーンが灯る。

「い、いたずらのレベル超えてるってば、それ」

 ばたばたと部屋の棚をあさり、とりあえずなぜか入っていた板チョコを渡す。

「これあげるから、いたずらしないで」

「てんきゅー」

 ばたん、と戸を閉めて引き上げていく名探偵。

「……去年もあったな、そういえば」

 今日はハロウィーンであった。

 そして一年前の今日、ひかりはコメディアンのチャールズ・チャップリンを完璧に再現したコスプレで、今日と全く同じことをして帰っていったのだった。どうも、ハロウィーンのなんたるかを少しばかり取り違えている気がする。

 翌日以降そのことを問いただしても、頬が少し紅潮する程度で何も教えてくれなかった。

「……ひかりなりの愛情表現かな」

 頬を掻きながら玄関から戻る。はて何をしようとしていたのかと考え、当初の目的であったシャワーのことを思い出し、浴室へと向かう。

 ハロウィーンの夜は深まっていく。どこかの子供も、さっきのひかりと同じセリフを言っているのだろうか。

「これはこれで、神秘だよな」

 謎の儀式、ハロウィーン。確かなのは、ひかりはこの行事が大好き、ということだけだ。

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