迷宮の奥に潜むもの 作:無ーさん
冒険者の死者数増加の原因を探り始めてから一週間。エイナは未だ芳しい結果は得られずにいた。
どの冒険者に尋ねても、
〝何も変わったことはない″
この決まった返事が返ってくるだけ。ダンジョンではなく、冒険者本人達に問題があったのではないか?そうも考えてはみたが、貴重な休日を利用して冒険者達の生活を調べてみても、何かしらの変化があるようには思えない。
冒険者が他の冒険者を金品などを目的に狙っている可能性まで、考えた。しかしそんなことが実際に起きているならバレないわけがないし、死んだ冒険者の中には第二級冒険者等、なかなかの実力者もいる。そんな冒険者達が襲われとして、何の情報も残すことなくやられてしまったとは考えにくい。
それよりも強い存在ーーー第一級冒険者が行おうとすれば確実に無理だということはできないが、第一級冒険者達の中に、そんなことをするものがいる等、エイナには考えられなかった。
もしかして本当に何も変わりないのに、偶々冒険者の死者数が増えているとでもいうのだろうか。
そんなわけはない、
とエイナはそのふと浮かんだ思いを頭を振るって打ち消す。
少しなら、まだわかる。
しかし1.5倍というのは、最早、異常だ。偶々、で説明するのは些か無理がある数値だった。
絶対に、何かあるはず。
だが、その何かがわからない。
そんな手詰まっていたエイナに、さらなる悩みが降りかかったのは、そこから更に三日後のことだった。
■ □ ■ □ ■ □ ■
エイナはその日ギルド職員として、ギルドで働いていた。
新米冒険者達にアドバイスをしたり、今の冒険者達のことやファミリアの情勢についてのデータをまとめたりとすることは大量にあり、その動きは忙しない。その分やりがいのある仕事場でもあるわけだが。
一段落付き、冒険者達を見送るためにカウンターにたつ。冒険にでかけたり、帰ってくる冒険者の姿を眺めるのはエイナにとって最早趣味といってもいいほどのものだ。様々な冒険者達がこのギルドへ来て、冒険にでかけていく。その姿や様子は十人十色であり、見ていて飽きることがない。冒険者1人1人に物語があり、パーティ1つ1つにドラマがある。
そんな冒険者のストーリーを見るのが、エイナはこの上なく好きだった。
今日もいつも通りに意気揚々と、冒険者達を眺める。しかし今日は、心なしか挨拶する冒険者達に、元気がなさそうな人が多い。行く前には士気の高い冒険者が多い分、元気がない冒険者は逆に目立つ。しかし、それでもほんの些細な程の変化であるからいつもこの光景を眺めているエイナでなければ、きっとこの違和感に気付くことはなかっただろう。エイナはいつもと違う冒険者達の態度に、ついつい訪ねてしまった。
「すいません、お元気なさそうですけどどうかなさったんですか?」
「......」
尋ねられた冒険者は数瞬の間悩むが話すことにしたようだ。はぁ、と溜息を1つ落としながら話し始める。
「元気がない原因、ね。こればっかりは話すよりも見てもらったほうがはやいから、ちょっと待っててくれ。」
そう言うと冒険者は徐に自分のつけている上半身の装備に手をかけると手慣れた動作ではずしていく。
そして完全にはずしおえると視線を若干下に向ける。その視線の先には、冒険者の若干膨らんだお腹があった。
「恥ずかしい話ではあるが、最近急に太っちまってなあ。出てきたお腹が目立つようになってきたんだよ。ダンジョンで戦ってるから運動は十分にしているはずなんだが...」
俺ももう中年太りする年になっちまったってことかねー、そういって冒険者は自嘲ぎみに笑った。
エイナが冒険者に感謝を伝えると、冒険者はダンジョンへとそのまま立ち去っていった。他の、数少ないが、先程の冒険者のように元気がなさそうな者達に同じ質問をしてみた。しかし、そのほとんどが一様に太り始めてしまったことを原因としていた。
エイナはこの結果に、いいようのない違和感を覚えていた。数名とはいえ冒険者達が同時期に太る偶然等、あるのだろうか。冒険者とは元々、太りにくい環境にいる。ダンジョンに行くたびに激しい運動が必要とされるし、大抵の冒険者には毎日豪勢な食べ物が食べれる程の余裕はない。にも関わらず、エイナが尋ねた数名の冒険者達は皆一様に太ったことが原因で悩んでいるという。
何かが、可笑しい。こんなことが偶然で起こりうるのだろうか。しかし冒険者の体型など他の何者かが作為的にどうにかできることでもなければ、ましてやダンジョンによるものであるはずもない。
ならば、一体何故。
そんな風に考えるエイナだったが側から見ると惚けているように見えていたようでそれに気付いたエイナの同僚であり、友人の女性が心配そうに声をかけてくる。
「エイナ、どうしたの?
最近仕事ばっかだったから疲れでもたまってるの?もし、体調が悪いなら一度休んだほうが...」
「ああ、大丈夫大丈夫!
心配させてごめんね。
ちょっと考え事があって...」
「そう?ならいいのだけれど...間違っても無理だけはしちゃだめよ?」
「わかってるよ。心配してくれてありがとう。」
短いやり取りだったがエイナの友人は納得したようで自分の仕事を再開した。エイナも一度考えるのを中断して仕事に集中する。
そしてその時はやってきた。
それは夕日が赤く染まった夕暮れ時。エイナはその時、書類の仕事を片付け終わり、仕事終了までの少しの間を帰ってくる冒険者達と挨拶を交わしながらまったりと過ごしていた。帰ってくる冒険者も斑となり、今日も最近増加する冒険者達の死者数の原因を調べなければ、そう考えていたエイナの耳元に、1つの声が届く。
エイナはその声の方向へと、顔を向ける。そこには今朝、お腹がでてきたことで悩んでいると語った冒険者と、その声に集まった数名のギルド職員達が立っていた。
男の顔は今朝見た時とは比べものにならないくらいの焦燥に包まれていた。足が、震えている。見たところだが血がついているところはなく派手な怪我はなさそうだ。骨でも折れたのだろうか。もしくは、ダンジョンで何かあったのだろうか。そう考え男に近づくエイナだったが、ある程度まで近くによると、その異常に気がつく。
男のお腹が、膨らんでいる。
余裕のありそうな装備をつけていてなお、膨らんでいることがわかる。今朝見た時よりもはるかに、大きい。その膨らみようはまるで妊婦のようで、場によっては滑稽ささえ感じてしまうようなぐらいの姿だった。
事実、その姿を見たギルド職員の中には口元を押さえて笑いを隠そうとしているものもいた。その者達はおそらく〝ただ太った冒険者が慌てているだけ″だとでも考えているのだろう。そう考えれば確かに笑える光景ではある。しかし、現状に正しく気付いて尚、笑えるもの等恐らくはいはしないだろう。この場においてこの異常に気がついていたのは、今朝男の姿を見ていたエイナと他数名のギルド職員だけだった。
「たす、たすけ...!!
おなが、お腹がぁ...!!」
男は必死に、手を伸ばして助けを乞う。男の顔は恐怖と苦痛に彩られており、エイナ達はただ硬直することしかできない。ありえない光景。まるでタチの悪い冗談のよう。これが冗談であれば、どれだけよかったのだろうか。笑っていた者達も、この空気に気付いたのだろう、笑うことをやめて状況を遠巻きに静かに見守っていた。
「大丈夫ですか?
そのお腹は、一体...」
今朝男の姿を見てこの異常事態を正しく理解しているギルド職員の一人が、男の元へと駆け付ける。未だ硬直している者達よりも長くギルドに勤めている職員で、エイナの良き先輩である妙齢の男性だ。
「お腹が...!急に、膨らんでっ...中から、食われてるみたいに、いた、いいいいいいぎいいい!!」
男が、叫ぶ。
その痛がる姿と、膨らんだお腹からともすればまるで本当の妊婦のようにみえてしまう。尋常ではない、痛がり方。男は痛みに耐えかねたのか腹を押さえて床を転げ回る。
「っ!!!
クラリス、医務室から鎮痛剤と適当にエリクサーを数個、手早く見繕ってきてくれ!」
「は、はい!!」
クラリスと呼ばれた女性のギルド職員は、駆け足で医務室へと駆けていく。
「君は医療施設へ連絡を!君は担架を倉庫からもってきて!」
「はい!」
「は、はい!」
的確で、素早い指示が飛ばされる。指示を受けた者達は皆、すぐさま行動を開始する。エイナと他の残った職員達も漸く我に返り、各自が忙しなく動き出す。苦しんでいる冒険者がいる。はやく、どうにかしてやらなければ。これが仕事である事など、当人達の頭からもはや消えていた。皆の心が1つとなる。
「あ....あぁ.....」
男の声が、急に小さくなる。痛みに悶えていた苦しげな表情は、目は限界まで見開かれまるで何かーーー忘れていた大事なことを思い出した、と言わんばかりの表情に変わる。
床に転げ回っていた男はどこにそんな力があったのか、跳ねるように立ち上がった。そして血走った目でこちらを向き、早口に呟くように語り始める。その姿は、まるで邪教を信仰する狂信者のようだ。
「全部、おもいだした...
考えることすら悍ましい、白い化物。ダンジョンに...隠された秘密の間。俺はあの、あの化物に、選択を迫られて....」
エイナはその言葉を逃すまいと、耳をたてる。この言葉はこの怪奇現象の原因となるものに違いない。エイナは、咄嗟に半ば直感でそう感じたのだ。
しかし、そんなエイナの努力を嘲笑うかのように、無慈悲にもその時は訪れた。
「あっ....あがっ...ぐぶ...」
ぷくり、と男のお腹がより一層大きくなる。空気を詰めすぎた風船のように、膨らむお腹。そんなお腹は、更に膨らんでいく。
まだ続きがあるのか、男は懸命に、パクパク、と口を動かすと、聞き取りにくいが確かな言葉がエイナの耳へと届いた。
「化物の、な、なまえ、そこ、できいだ、あのばげもの、の、名は、」
Eihort(アイホート)。
その言葉が、男の最後となった。
空気を限界まで詰められた風船に更に空気が詰められようとしてーーー破裂した。
内側からまるでシャワーのように肉片と大量の血が辺りに飛び散る。そんな光景を、居合わせたギルド職員達はまるで悪い夢でも見ているかのように眺めていた。目の前に、肉片が飛んできて、びちゃっと不快な音を鳴らす。血が、近くにいた者の体を染める。先程まで男〝だったもの″はその中央でびくん、と大きく数回痙攣すると、動かなくなった。理解できない。頭があまりの出来事に、ついていけない。
エイナが破裂した男のお腹を見ると、そこからは一瞬蟲のような姿をした悍ましい化物が見えたような気がして、幻だったのだろうか、瞬きした後には既になにもなかったかのように消えていた。
数秒後、やっと状況を理解し始めた者達の悲鳴が甲高く鳴り響く。
エイナはそんな悲鳴をまるでどこか他人事のように聞きながら、悲鳴をあげることなく静かに、意識を失った。
それでは、おやすみなさい。