魔術師見習いの暮らし方   作:ゲンダカ

3 / 12
三話です。
今回の話、実体験が多めです。
生々しく感じることがあれば、きっとそのせいですね。


三話 学友

 僕の通っている大学は、そう大きなものではない。

 姉の住む平屋に近い、という理由だけで選んだ大学なので当然といえば当然である。

 大学を出た後も、他の学生のように就職するのではなく、魔術師として宮本家を継ぐことになっている。

 本来なら魔術協会の総本山である時計塔に行くのが一番良いのだろうが、それには父が反対した。僕の父は、ちょうど大学生の頃に時計塔で魔術を学んでいたのだが、「あそこは魔窟だ」とか、「日本人には合わない」などと言い、僕がそこで魔術を学ぶことに反対していた。僕自身、別に時計塔に何か関心を持っていたわけでもなかったので、今の大学を選んだのだった。

「なー功介ぇ」

 ちなみに父が時計塔に対して一番不快に感じていることは、そこにいる人々が皆現代人として壊れているかららしい。通りすがる人々はただ一人の例外もなく根っからの魔術師であり、人間としては終わっている連中ばかりなのだとか。

「おーい、聞いてないのかよ、おーい」

 そこまで言われると逆に気になるのが人の性というもので、去年の夏休みの数日間だけを、時計塔で過ごした。無論父にも許可をとってのことである。

 向こうで過ごすことに関しては何も問題はなかった。我が宮本家は時計塔と物理的に距離を置いているものの、交流は年がら年中行っている。我が家はとある霊地の管理者だが、霊地としては特に価値はない。質はいいものの、変わった龍脈があったりするわけではない。価値があるのは霊地としてではなく、観光地としてだ。

「こーすけクーン、ボク、泣いちゃうぞ?」

 宮本家は日本有数の観光地を、影で守る管理者なのだ。観光地一体を魔術的に支配しているものの、入り込むものに攻撃したりするわけではない。攻撃されたら防衛するだけの管理者だ。だからこそ、その魔術特性は「守護」に特化している。

 その地を観光しに来た魔術師の殆どは、宮本家に顔を出すのが通例となっている。自分は攻撃しに来たわけではない、という意思表示らしい。

 宮本の守護の力は強力だ。数年前、かの有名な「暴れん坊姉妹」が、揃ってうちを訪れてしまったことがあった。稀代の壊し屋と稀代の人形師による、自然発生したその殺し(じゃれ)あいに対して、宮本家は離れ一棟の半壊までに被害を抑えこんだ。この一件で宮本の名は一気に時計塔に広まったとか、なんとか。

「こーおーすーけー」

 そういう訳で、時計塔には宮本家と縁のある人も多く、そこにしばしホームステイさせてもらったのだ。

 実際に訪れた時計塔の感想はというと、やはり父と同じものだった。そこに居る人間は皆人格破綻者で、魔術師としてはこの上なく素晴らしいが、一人の人間としてはなんとしても関わりたくないといった人間ばかりがウヨウヨ居た。

「このシスコン」

「なんだと」

「あ、やっと反応しやがった。無視すんなよ、泣くぞ」

 隣りに座る同回生に顔を向ける。

「で、なに、(つとむ)

「おい、マジで聞いてなかったのか」

「課題やってたんだもん、ほら」

 そう言って、目の前のディスプレイを指し示す。そこには、日本語の下手な中国人講師によるわかりづらい授業をまとめた文章が、たっぷり三ページ分表示されていた。

「そりゃマジメなことで」

「どーも。で?」

「お前、ねーちゃんと暮らしてるんだろ?」

「ああ、そうだよ」

 視線をディスプレイに戻す。

「俺も混ぜろ」

「…………」

 キーボードを打とうとする手を止める。

 父は、時計塔には人格破綻者しか居ないと言っていた。事実、僕がそこで新しく出会った人々は、全員、ヒトとしてどこか壊れていた。

 だが、今僕の隣で椅子にあぐらをかいているこのツトムのように、この大学にもそういった人格破綻者は多かった。思うに、そも現代においては、こういった破綻者のほうが正常なのではないか。そう考えてしまうほど、マトモな人間が少ないのである。

「むむ、なんかシツレイなこと考えてるな、てめえ」

「……遊びに来たいって意味で、いい?」

「おー、そうそう。合ってるぞ」

「まあ、いいけど……。いつ?」

「日曜の昼でどうだ」

「わかった。一応、ねーちゃんに訊いてみるよ」

「やったー」

 それだけ言って、椅子から飛び降り、ダッシュで去っていく努。

 アイツとは同じゼミであり、チューターから「あのバカの面倒を頼んだ」と任されてしまった。その代わりに各学期につき三回まで遅刻をチャラにしてもらっているが、正直割に合わない。

「悪いやつじゃないから、いいけど」

 作成したレポートをフラッシュメモリに保存し、鞄に収める。

 携帯電話を取り出し、姉に今の話を伝えようかと思ったが、急ぐ話でもないな、と、帰ってから話すことに決めた。

 

 

 午後八時。

「ただいまあ」

 スーツ姿の姉が帰ってきた。

「おかえり。晩ごはん、できてるよ」

「さすが我が弟っ。メニューは如何に?」

「コンビニのお惣菜フルコース」

「よしよし。最近のは美味しいもんねえ」

 電子レンジで温めて盛りつけただけの惣菜を皿に載せ、ちゃぶ台へ運んでいく。

「手洗って、着替えて、ついでにご飯盛ってきて」

「よかろう」

 そう言って私室へと姿を消す姉。

 この平屋は、居間と姉の部屋が壁を隔ててすぐ隣にある、という構造だ。なので。

「あーっ、キッツィーちゃんのパンツがあー」

 とかいう独り言が駄々漏れだ。

「……ご近所さんに聞こえるんじゃないのかなあ」

 姉の声を聞かないようにちゃぶ台に皿を並べながら、ふと、今日の大学でのことを思い出した。

「そういや、忘れてた」

 姉の部屋のふすまが開く音がする。

「……ご飯が、先かな」

 今日は僕ら姉弟の好きなバラエティ番組が放映される日であり、アイツの話は、それが終わってからでもいいかなあ、などと思ってしまった。

 

 

 

「あれ、コースケ、誰か来たよ」

 日曜日の昼下がり、昼食を食べ終えて、居間でテレビをだらっと見ていると、玄関の物音に姉が反応した。

「一応ここ、ねーちゃんの家なんだから、ねーちゃんが行くべきじゃないの」

「居候の身で何を申すかっ。行ってまいれー」

「わぷ。い、いそうろうじゃな、ぷえっ」

 座布団が数枚飛来する。避けきれずに被弾してしまった。

「わ、わかったから」

「おう、行ってこい」

 やれやれと立ち上がり、ふすまを引く。

「はあい」

 玄関のノックは力強く響き続ける。返事をしてみても止まらない。セールスだろうか。

 がらり、と戸を開く。

 そこには。

「ヘイ、来たぜメーン」

 バカが居た。

「呼んでないぞ」

「ウッソ、マジかよ。今日遊びに行くって行ったじゃん、俺」

「え? あっ」

 そんなこともあったか。

 忘れていた。

「……バカは僕だったか」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもない。ちょっとそこで待ってて」

 がらがらと戸を閉じ、一応鍵をかけておいた。

 そそくさと居間のふすまを引き、中にいる姉の姿を覗き見る。

「……マズい」

 姉は部屋着である。なんというか、結構露出の激し目な。

 梅雨はまだ明けないが、今日は珍しく晴天だ。しかし梅雨の時期の晴れというのは、凄まじく不快感を煽る。それは気温が高いせいでもあるが、湿度が高いせいでもある。ということで、姉は黒のタンクトップとホットパンツ、という出で立ちだ。

 居間のふすまを開く。

「ねーちゃん」

「お、どした?」

「友達が来たんだけど、入れてもいいかな」

「ああ、そうだったんだ。いいぞー、呼べ呼べ。面白いじゃん」

「……」

 姉が動く気配はない。

 この平屋は、構造上玄関から僕の部屋まで直に行くことは出来ない。玄関と隣接して居間があり、その居間と隣接して姉の部屋があり、その姉の部屋の向かいに僕の部屋がある。僕の部屋に努を入れようにも、この居間を通らないといけないのだ。

「……ねーちゃん、服、服」

「へ?」

 ぽかんと僕の顔を見て、続けて自分の格好を見下ろす姉。

「あー、なかなか刺激的ねえ。来たのは女の子かな?」

「なんでさ、男だよ」

「それはいかんな」

「いや、どっちでもマズいって」

「でも家主として、どういう客人かは見ときたいな」

「じゃーなんか着てきてよ。居間に入れとくからさ」

「もう、仕方ないわねえ」

 ぷんぷん、と言いながら部屋へ戻っていく姉。

「ところで、どんな子?」

 ふすまを閉めきる前に、姉が問うた。

「…………バカ」

「うは、面白そー。名前はなんて言うの」

 この姉は、面白いものが大好きだ。

「山西、努」

 努も、悪い意味で、好物になるだろう。

 

 

「おっじゃまっしまーっす」

 玄関を開けるなり、意気揚々と侵入する努。

「そっちが居間だから、そこで待ってて。なんかジュース淹れてくる」

「頼んだっ」

 気付かれないように結界を操作し、居間より向こう側には行かないよう、視線避けを強化する。あちら側には姉と僕の部屋だけでなく、共有の魔術工房もある。危険なものはなかったはずだが、念には念を。

 「なっちゃん」を三つのコップに注ぎ、お盆に乗せて居間へ運ぶ。ふすまを開くと、玄関側に座った努がきょろきょろしていた。

「どうかした?」

「なあ、美人の姉ちゃんは?」

 背後の壁の向こうから、ブフッという声が聞こえた気がした。

「……美人、なんて言ってないだろ」

 ちゃぶ台にコップを並べる。

「お、三つ? てことは居るんだな?」

「ああ、家主としてどんなやつか見張りたいって」

「え、なに、怖い人なの?」

「どうだろうね」

 自分のコップを置き、テレビのスイッチを点ける。

「というか、うちに来ても別にすることないぞ」

「お前の姉ちゃんが見たい」

「……素直だよな、お前って」

「褒めてもなんもでねーぞ」

「褒めてな……いや、褒めてるのか?」

 点けたテレビはワイドショーを流していた。どうでもいい芸能人のゴシップに、偉そうな学者が文句を言っている。

 ぼうっと男二人でその画面を眺めていると、がらり、と、後ろでふすまの開く音がした。

「いらっしゃい、ツトムくん」

「ふぉぅっ、お、おひゃましてまふっ」

 向かいに座った努が歓声を上げる。お気に召したらしい。

「……着替えてたんじゃなかったの」

 姉は淡い色のカーディガンを羽織っていたが、逆に言うとそれだけしか変化がなかった。下はホットパンツのままである。一体何をしていたのか。

「男の子ってどんな話するのかなあって」

「で、黙りこんじゃったから出てきたと」

「そうよ。男の子ってこんなものなの?」

「そうだよ。な、努」

「へ? う、うん、そうです」

 目に見えてギクシャクしている。

 いつか、努が言っていたっけ。

『俺、脚が好きなんだわ、脚。胸とか尻より脚だぜ。マジ、女といえば脚だわ』

 そのことを知ってか知らずか、というか絶対知らないけど、姉はホットパンツのままだ。こうして見なおしてみると、美脚の部類に入りそうなことが僕にも分かる。

 努のその視線を察したらしい姉が、わざとゆっくり、僕の隣に正座する。きちんと座って、ちゃぶ台に脚が隠れた瞬間、努が落胆したのを確認した。

「え、えっと、はじめま、して、やまにしつとむでふ」

「はじめまして。宮本功乃です」

 慌てふためく努に対し、白々しいほどしおらしく対応する姉。

 これは、絶対、からかっている。

「…………」

 努のことが少し哀れに思え、そっと目を閉じた。

 

 

 なんやかんやで、努と姉の話は盛り上がった。

 たまたま好きなアーティストが同じだったらしく、その話だけでたっぷり三時間も話していた。無論、姉はいつものさばさば感を微塵もない感じさせない、慎ましやかなままで。

「私もあの曲は好きよ。あの言葉遊びのセンスは、やっぱり流石よね」

「やっぱそうですよねっ。あそこからのストレートな表現が、ジブン、めっちゃしびれるんスよ

「あら、私はちょっと、その、直球すぎるかなあ、なんて思っちゃうわ」

 頬に手を添えながら、いけしゃあしゃあと抜かしている。

 それにしても、こういった奥ゆかしい振る舞いが、やけに板についている。職場ではこんな雰囲気で仕事をしているのだろうか。

 ちなみに僕はというと、このアーティストの話が始まって三分後には手持ちの文庫本に熱中していた。ハッキリ言ってそのアーティストのことは全く知らないのだ。メジャーであるので名前くらいは知っているものの、詳しいことは知らない。

 ふと、壁にかけられた時計を見上げる。夕暮れどきだ。

「努、もうこんな時間だよ」

「え? あ、ホントだ」

「あら、もうお帰り?」

 姉が小首を傾げる。いちいち仕草が細かい。

「はい、バイトがあって」

「そう……。今日は楽しかったわ、気をつけて帰ってね」

「は、はいっ。……あの、また、来てもいいですか?」

 おずおずと尋ねる努に、満面の笑みで応える姉。

「もちろん。いつでも遊びに来てね」

「ありがとうございますっ」

 ぺこぺことお辞儀している。

「じゃあ、バス停まで送るよ」

「ん、心配ご無用。今日は原チャで来てるから。それじゃ、お邪魔しました、功乃さん」

「うん、またね。ばいばい」

 ひらひらと手を振る姉を見、後ろ髪を引かれるようにして居間から去る努。その背中を追いかける。

「満足した?」

 玄関で靴をはく同回生に声をかける。

「…………ヤベーな」

「は?」

「いつか、お前のこと義弟にしてやる」

 それだけ言って、玄関から出て行った。原付バイクの音が遠ざかっていくのを確認し、玄関を施錠する。

「やれやれ」

 居間に戻ると、しおらしかった姉がいつもの姉に戻っていた。自分の座布団と僕が座っていた座布団とを組み合わせ、ぐでっと横たわっている。

「からかうのもほどほどにしてやってよ」

 ペットボトルごともってきた「なっちゃん」をコップに注ぐ。

「ごめんごめん、面白くって」

 くはは、と弁明する姉。

「なんかやけに慣れてたけど、職場でもあんな感じなの?」

「そーねー。女性社員に求められるのは女らしさですからな」

「ふうん」

「……でも、ああいうコも、ありなのかなあ」

「え?」

 耳を疑った。

「あはは、じょーだんじょーだん。あたしのタイプはもっと男らしいひとよ」

「知ってる。シュワルツェネッガー、好きだもんね」

「そうそう。やっぱ男といえばガチムチよ。……だけど、ツトムくんみたいな、ああいう、ストレートっていうのかな、あんなタイプのコも、面白いね」

 天井を眺めながら、話す姉。

 ぼうっとした目からは、その言葉の真意を汲み取ることはできなかった。

 

 

「そーいえばさ、この家、人避けというか、視線避けの結界も張ってるんじゃなかったの?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「いや、ツトムくんがなんで、うちに来れたのかなって」

「ああ。今張ってる人避けは、そんなに強くないんだ。ツトムみたいに、明確にこの家を目指す目的があったら意味ないんだよ」

「じゃー結界の意味無いじゃん」

「そんなことないよ。無作為に選ばれることはないから、空き巣とか、キャッチセールスとかはまず来ないはず。それに、いざとなれば強化もできるしね」

「ははーん、なるほど。さすがねえ」

「どういたしまして」

「じゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。