魔術師見習いの暮らし方   作:ゲンダカ

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六話です。
ミス・アオザキを書くにあたって、「2015年の時計塔」を読み直してて気づいたんですが。
まだ事件簿読んでねぇ……!

ちなみに怪談話の元ネタは「Fate/hollow ataraxia」冒頭の劇中劇です。言わずともわかりそうですが。
あらすじはそのままに語り口調に変換してますけど、これって規約的には大丈夫なんでしょうか。
問題があれば差し替えます。


六話 人形師

「とある町にある、とあるマンションの話。そこに新しく入居した……Aさん、とでもしておこうかしら。そのマンションは、内向的で高級志向な彼にぴったりだったの。彼がそのマンションを気に入った何よりの理由は、玄関からリビングまでのながーい廊下。内向的なAさんにとって、玄関っていう外界と自分の部屋は、できるだけ距離があることが望ましかったのね。

 でも、ふたつだけ不満なこともあったの。ひとつ目は、その廊下に電灯がなかったこと。他の部屋には付いてるんだけど、Aさんの部屋だけは構造上つけられなかったみたい。でも、それに気づいたのが数ヶ月経った秋のことだっていうんだから、Aさんもマヌケよね。

 もうひとつの不満点は、隣りに住む住人のこと。秋になって入居してきた、娘がひとりいる三人家族なんだけど、この家族がまーうるさいの。娘さんはいい子なのよ。Aさんと会うときはいつも赤いフードを被ってて、エレベーターの前で『お兄ちゃん、ボタン、押してくれる?』って頼んでくるの。まだ三才なのにひとりでどこに行くんだか知らないけど、Aさんはほかの家族のことなんてどうでもいいから、不思議に思うこともなく、その赤ずきんちゃんのボタンを押してあげてたの。ボタン自体はその子が頑張れば手が届くくらいの高さなんだけど、どういうわけか肩より上まで腕をあげようとしないの。

 でも、それもAさんには関わりのないことだったわ。隣の家族が毎晩大喧嘩してても、女の子の悲鳴のような声が聞こえても、ガラスが割れるような音がしても、赤ずきんちゃんのフードが顔中のアザを隠すために父親にかぶらされているものでも、ボタンを押せないのが骨折の後遺症のせいでも、Aさんにとっては他人事だから、どうでも良かったのね。

 でも、その夜はいつもと違って、ひときわうるさかった。ものすごい叫び声に、すさまじい泣き声。そのあとドアが開く音がして、Aさんの部屋に、どんどん、って音がし始めた。あんまりうるさいもんだから抗議しに行こうかとも思ったけど、Aはさんは他人事だ、自分の問題は自分で解決しろ、って無視して、テレビの音量を上げたまま寝ちゃったの。

 で、次の日、隣の家族が一家心中したってことを、警察官から聞いたの。警察から事情聴取されたんだけど、寝てたから知りません、ってAさんは答えた。でも、ひとつ気がかりなことがあったから、別れ際に警官さんにこう聞いたの。

『一人娘はどうなったのでしょう?』

 それに対して警官さんは難しい顔をしたのね。なんでも、凶器から血液反応は出てるんだけど、遺体がどこにもないんですって。母親に刃物で切りつけられた女の子は、なんとかエントランスまで逃げたんだけど、そこで血痕は途絶えてたの。エレベーターの前で痕跡はなくなってて、遺体がどこにもない。もちろん、エレベーターの中には一滴も血液はなかった。なんでエレベーターを使わなかったのか、なんで隣の部屋のAさんに助けを求めなかったのか、警官は不思議に思っていたけれど、Aはさんはその理由がわかってた。エレベーターも、インターフォンも、どっちのボタンも女の子からは遠すぎたせいだってわかってたけど、Aさんはそれを警官には話さなかった。

 Aさんは女の子が血まみれで自分の部屋をノックする姿を想像したけれど、それでも他人事だ、って、忘れることにしたみたい。現代人らしいっちゃそうだけど、ひどい話よね。

 結局、女の子の遺体は発見されなくて、捜査は打ち切られたんですって。

 でもね、この話はここからが本番なのよ。何日かして、Aさんは深夜に、決まってある音が鳴っていることに気づくの。その音は小さい音だから気づかなかったんだけど、毎晩毎晩、小さいくせにしっかり、どん、どんって鳴るの。それが玄関からの音だって気付いたAさんは、暗い廊下を歩いて、玄関に向かった。

 どなたですかーってインターフォンに話しかけても返事がないの。でも、もっと嫌だったのは、どんどん、って音が、Aさんが玄関に着いた途端に大きくなったこと。鼓膜が破れそうなくらい、どんどん、どんどんって音が鳴る。覗き窓を見ても誰も居ないのに、音だけが止まらない。

 当たり前よね、高い位置にある覗き窓じゃその下までは見えないんだから。その窓の下には、赤い布をかぶった何かがいる。床が、赤く染まってる。

 Aさんはそれに気づいて、廊下を走って部屋に戻ったわ。絶対に扉は開けないぞって、部屋に閉じこもった。それからも毎日、深夜二時になると、どんどん、どんどん、って音がする。小さい音なのに、Aさんの神経を削るような音。

 ある夜、追い詰められたAさんは、とうとう何時でもその音が聞こえるようになってしまった。意を決して、廊下を通り、玄関の扉を開く。

 ――だけど、開いた先には何も居なかった。赤い布も、赤い水たまりもなかった。ノックの音も止まった。当たり前よ、そんな馬鹿な話があるわけ無いわ。ああ、自分はあの事件のこと思ったより気に病んでいたんだって思って、Aさんは玄関に戻って、扉を閉めた。

 鍵もかけて、部屋に戻ろうとして廊下に視線を戻すと、お気に入りの暗い廊下に、赤い頭巾を被った、見慣れたモノがいる。その赤ずきんはナイフでくり抜かれたスイカみたいな唇を開いて、

『お兄ちゃん。ボタン――』」

 

「きゃああああああああ」

 怖くなって叫んでしまいました。

「も、もーダメです、それ以上は禁止っ」

「えー、ここからが面白いのよ? ホントはAさんが真犯人で、壁に赤ずきんちゃんを埋め――」

「いやあああああ」

 それでも喋ろうとする橙子さんに必殺技の座布団投げ(スロー)を炸裂させます。

「ぼふう。……まあ、今のは噂だけど。でも、この一家心中と、そのあと起きたAさんの行方不明は実話よ」

「そっ、それが一番怖いですっっ」

 私の言葉を聞いてけらけらと笑う橙子さん。

「そんな話、一体どこで仕入れてきたんです。聞いたこともないですよ」

 それに対し、弟はなんともドライな反応です。

「昔、日本で根源の渦が観測されたーとか聞いてね、何年かして協会の監視が解けたあたりで行ってみたの。そこで聞いた話よ」

「あー、ありましたね、そんなことも」

 私はそんなこと知りません。そんなことが日本であったなんて、びっくりです。というかなんで知らないんでしょう。

「まだ僕は中学にも上がってなかったから、十年くらい前じゃないですか、それ」

「そうねえ、だいたいそのくらいね。行ってみたら私の人形が動いてたから笑っちゃったわ」

「は?」

「どこぞに安く売り飛ばした素体が、なんでか人間になってたのよ」

「説明してもらえたのはありがたいですけど、更に分かんなくなりました」

「それで良し。知らぬが仏ぢゃ」

 南無南無、なんて言いながら茶を啜る人形師。

「そもそもなんで怪談を始めるんですか。面白い話をするぞって言うから楽しみにしてたのに」

 ちゃぶ台に置かれたお皿から一枚の醤油せんべいをとりながら、同時に恨みの視線を橙子さんに向けながら聞いてみると、ふふんと笑いながら返事が帰ってきました。

「だってそろそろ夏じゃない。そして夏といえば怪談じゃない。だからここは一発、どかーんとカマしてやろっかなーって」

「そーいうところは青子さんと似てますよね」

「む、功介が言うとなんか真に迫る感じがあるわね。いいのかしら? お姉ちゃん眼鏡取っちゃうわよ?」

「すみませんでした」

 平伏する弟。なんと意地のないオトコでしょう。

「それにしても、眼鏡を取った私はそんなに怖かった?」

 ことんと湯のみを置いて、意地悪な目のまま言う橙子さん。

「それはもう。橙子さん、ギャップがありすぎるんですよ。なんというか、眼鏡を取った橙子さんが怖いっていうより、眼鏡を取る前の橙子さんが優しすぎると思うんです」

「それくらい落差がないとやる意味ないもの」

「それはまあ、そうですけど」

 なんだかまだ言い足りなさそうにもごもごしています。

「男らしくしなさいよ、コースケ」

「ねーちゃんと橙子さんが男らしすぎるもんだから、バランス取ってるんだよ」

「わはは。おい、アンサス使うぞ」

「うひゃ」

「トーコさん、眼鏡つけてるのに地が出てますよ」

「あら、眼鏡取ったほうが素だなんて言った覚えはないわよ?」

「あれ、そうでしたっけ?」

「どうだったかな」

「そこは自信持ってくださいよ」

「じゃあ、ぜったい言ってません」

「じゃあ、って」

 つい笑いがこぼれてしまいました。

 弟に目をやると、さっきの橙子さんの一言で完全に怯えていました。心の傷は深いようです。

「やれやれ」

 二枚目のおせんべいをばりばりやっていると、唐突に橙子さんが立ち上がりました。

「じゃ、私は帰るかな」

「え、もう帰っちゃうんですか、トーコさん」

「うん。私が日本に入り浸ってるってことは協会にバレてるから、ちゃんとした隠れ家に居るか、こまめに移動してなきゃ捕まっちゃうわ」

「封印指定って、大変ですねえ」

 お茶を飲みながら、ボケーっと言う弟に橙子さんが喝を入れました。

「それはもう。というか功介、あなたも注意しなさい。あの霧散の術とかいうの、あれが使いこなせたら封印指定モノよ」

「え、そーですかね。準備タイヘンですよ」

「でも、アレってあなたしか使えないんじゃない?」

 橙子さんの目がきらんとひかります。私はそんなこと聞いたことがありません。

「……まあ、はい。刻印の魔術をアレンジしたやつなんで、親父は使えません」

「大気中のマナをあんなに自在に使えるのは、才能のなせる業でしょうね。もっと大規模に、もっとスピーディーに展開出来るようになればあなたは無敵になるけど、そのまま封印指定直行だわ」

「うげ。鍛錬しないほうがいいですか」

「いいえ、もっと鍛錬すべき。知ってるだろうけど、封印指定ってのは一代限りの神秘に対してのもの。あなたはその霧散の術を後世に遺して、再現できるようにすればいいのよ」

 その言葉に弟が顔をしかめました。

「難しいことを言いますね」

「生涯をかけて取り組むべき課題だもの、難しいに決まってるわ。ま、頑張りなさい。ああそれと」

 ふすまを開こうとした手を止めて、橙子さんが振り返りました。

「功乃ちゃん、ルーンはまだやってるの?」

「へ? いえ、その……、大学入ったあたりで、魔術はほとんどやめちゃいました」

 折角教えていただいたのに、と、申し訳なくなってうつむいてしまいました

「そっか。そうね、そういうものよね」

 それなのに、橙子さんはどこか嬉しそうでした。

「うん、きっとあなたたちはそのままが一番。功乃ちゃんはモリモリ働いて、功介はモリモリ勉強しなさい」

「はいっ」

「はあい」

「じゃあ、またね」

 そう言って、オレンジ色の人形師さんはどこかへ行ってしまったのでした。

 

 

 

 数日後。

 また橙子さんと青子さんが、揃って宮本の屋敷を訪れたらしく。

 阿鼻叫喚を報せるメールが父から届きました。

 こういったメールは跡継ぎの功介に送ってください、と返信しておきました。

 

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