魔術師見習いの暮らし方   作:ゲンダカ

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書けたーと思って文字数を見てみると、随分と短いお話になってしまいました。
内容としてはいつもと変わらないと思うんですけど、どうでしょう。
あと、クセって結構いろいろありますよね。
自分は「携帯電話は必ずズボンの左前のポケットに入れる」というクセがあります。



七話 眼鏡

 我が姉、宮本功乃にはいくつか妙なクセがある。

 寝言がうるさいとか。

 気まずくなると頭を掻くとか。

 塗ったマニキュアの匂いを嗅ぐとか。

 興味のない話題になると頬杖をつくとか。

 我ながら、なぜ知っているのか不思議であるけれども、そういった様々なクセを姉は持っている。無くて七癖、なんて言うけれど、そんな可愛らしいものではない。

 そしてその最たるものが、「なんかヘンなもんを買ってくる」である。

「失礼な。これはヘンなもんじゃないでしょ」

「ヘンだよ」

 金曜日の夜。

 今宵姉が買ってきたものは、伊達眼鏡であった。

 姉の視力は両目とも一・五を超えている。度入りの眼鏡を掛ける必然性も必要性もない。だからこそ伊達眼鏡なのだろうが、なぜわざわざ買ってきたのか。

 ちゃぶ台に置かれた眼鏡をしげしげと眺める。至極シンプルな黒縁眼鏡だが、その黒は上品な光沢を纏い、細身のフレームながら存在感がある。

「これ、お高いんでしょう」

「むふふ、諭吉さんお一人分です」

「ぐは」

 なんたる浪費。

「なんで買ったの」

 姉が自分の給料から払っているのだから、文句をつける筋合いではない。けれど、純粋に理由が気になる。

「トーコさんの眼鏡の真似をしてみたくってねー」

「ぐほ」

 なんたる暴挙。

 橙子さんの掛けている眼鏡はただの眼鏡ではない。外的性格のスイッチであり、そして魔眼殺しだ。とてつもない魔術品である。

「そんなの無理でしょ。というかねーちゃん、魔眼なんてないじゃん」

「あるわよお。めちゃくちゃ格は低いけど、一応浄眼持ちよ、あたし」

 そういえば、幽霊が見えるんだった。

「ただの霊視でしょ」

「根っこは浄眼らしいの。お父さんが言ってたんだから間違いないわ」

「ふうん。で、その眼鏡を霊視殺しに改造するの?」

「そう。あたしの浄眼程度なら出来るかなって。で、ついでに性格のスイッチも仕込もうかなと」

「それこそ無理だって。どうやるのさ」

 そう言うと何故か姉は胸を張った。

「トーコさんから直接聞いたわけじゃないけど、多分あれは自己暗示の一種だと思うの。眼鏡を掛けるかどうかで暗示を発動させて、外側の人格だけを変えてるんじゃないかな」

「はあ」

「だから、あたしもサバサバとオシトヤカをスイッチしてみるかな、って。ほら、仕事のときとか便利じゃん」

「まあ、確かに」

「というわけなので、この週末は工房使わせてもらうね」

「うん、姉ちゃんの家なんだから、そこは好きにしていいと思うけど……」

「うん?」

「いや、その、ねーちゃんがちゃんと魔術やるの、なんか久々だなって」

 姉は大学に通いだしてから、魔術をめっきりやらなくなってしまった。

 軽音サークルに入ったりオカルトサークルに入ったりとバタバタしているうちに、なんだかめんどくさくなってしまったようだった。たまに思い出したように工房を使っているが、いらない書類を焼却してみたりして、腕が鈍らないようにする程度だ。

 姉が魔術を研鑽しなくなったのは、僕が家督を継いだせいじゃないかとも、たまに思ってしまう。

 なので、こうやって姉が自分から魔術を使おうとするのが、ちょっとだけ嬉しかった。

「……うん、眼鏡作り、がんばってね」

「およ、コースケが優しいっ。明日は雨かっ」

 大袈裟に後ずさる姉。

「まだ梅雨は明けてないから、降ってもおかしくないかな」

「そーゆー意味じゃないってば。……でも、ありがと。お姉ちゃん、頑張るね」

 そう言って、姉は工房へ向かった。

 

 

 そして、日曜日の朝。

「わっしょーい」

 という奇声で目が覚めた。

 声は工房から。防音の結界があるはずなので、声の主は部屋の外か。

「どしたの」

 部屋のふすまを開けると、工房の前に両手を上げ仁王立ちする姉が居た。

「出来たのよ、トーコさんの眼鏡もどき」

「マジ?」

 高々と掲げられた右手には、先日姉が購入した黒縁眼鏡が握られていた。

「トーコさんのとはたぶん構造からして全然違うんだろーけど、そこはそれ、結果さえ良ければ全て良しってね。霊視殺しと外的人格の切り替えはバッチリよ」

 自慢気にその右手を僕に差し出す姉。手に握られた眼鏡には、確かに魔力の残滓が感じられる。

「ま、霊視殺しはお父さんから材料もらって再現しただけ。性格のスイッチも元からやってたから、眼鏡を掛けるって動作で発動する暗示だけでよかったわ」

 姉は目元に隈をびっしり走らせたまま語っている。

 それにしても、まさか本当に作るとは。

「じゃあ、掛けてみてよ」

「うむ、良かろう。職場モード、起動っ」

 シャキン、と眼鏡を掛ける姉。

「…………」

「………‥」

 満ちる、無音。

「……コーくん、その、話しかけてもらわないと、わかんないと思います」

「へ」

 違和感が全身を駆け巡る。

 何か、何かが決定的に違う。

「コーくん?」

 少しうつむき、姉が上目遣いに僕を見る。自信なさげに手のひらを合わせている。

「…………」

 まず、僕の呼び方が、なんだか乙女チックになっている。

 所作もなんだかモジモジしている。

 そしてなにより、あのいつもの気丈さが霧のように消えている。

 まるで、まるで、まるで臆病なか弱い少女のよう。

「すっ、すごいよねーちゃん。ホントに性格変わってる」

「でしょう? お姉ちゃん、頑張ったんですから」

 えへへ、と笑う仕草さえ、弱々しげで、なおかつ品がある。

「うわあ、職場だといつもこんな感じなんだ」

「うーん、ちょっと、やりすぎちゃいました。けど、これくらいしなきゃやる意味ないかなって思ったんです」

「そう、だね」

 でも、何か、もっと何かヘンな感じがする。

 なんだろう。

「どうかしました?」

「それだっ」

「はい?」

 きょとん、と僕を見るその顔に、違和感の正体をつきつける。

「敬語の必要はないでしょ」

 眼鏡を掛けた途端、何故か姉は弟である僕に敬語で接していた。それがなんだかとってもヘンな感じがしたのだ。

「それはまあ、そうなんですけど……。さっきも言いましたけど、ちょっとやりすぎちゃったんです。なんかこう、私の女の子らしさが全開になっちゃいました」

「うわあ」

 自分で自分の女の子らしさを語ってしまうあたりは、間違いなく宮本功乃その人である。

「うん、まあ、根っこはねーちゃんのままだから、とりあえず成功してるんじゃないかな」

「あはは、コーくんにそう言ってもらえると嬉しいです。頑張った甲斐がありました」

 にっこり笑うその顔も、見たことの無い表情だった。

 一体、どんな暗示を使ったのやら。

「じゃあ、私は疲れたのでちょっと休ませてもらいますね」

 そう言って部屋に戻ろうとする姉に声をかける。

「あ、待ってねーちゃん」

「はい?」

「ええと、その……、家にいる間は、眼鏡を外してくれると、助かるかなって」

 橙子さんにお願いしたのとは真逆のことを、姉に言った。

「あら、眼鏡を掛けたお姉ちゃんは嫌いですか?」

 ふふふ、と笑いかけるその姿はどことなく妖艶にすら見える。

「嫌いってわけじゃないけど、そんなんじゃこっちが落ち着かないよ」

 僕のその言葉に、姉は納得したように頷いた。

「うん、それじゃ、ちょっとずつ慣れてもらいますね」

 それだけ言って姉はふすまを閉じてしまった。

「……なんでさ……」

 

 完全に目が覚めてしまったので、お茶を淹れることにした。

 台所でお湯を沸かしながら、姉の作ったあの眼鏡について考えてみる。

 とんでもない変化だったが、しかしそれは姉の暗示が完璧に成功したことを示している。「霊視殺し」もどうやらできているらしい。

 姉が魔術をしっかり行使したのは久方ぶりのはずだ。そのくせに、あの橙子さんの眼鏡を簡易的に再現できていた。

 姉は昔から、魔術に向いていないわけではなかった。我が家の当主は代々男子が継ぐ定め故に家督が僕に譲られることになったわけで、魔術師としての才が姉より優れているということはない。

 僕は魔術回路の数こそ姉より多いが、その差は僅かだ。こと魔力の扱いに関しては姉のほうが上を行っている。本人は気づいていないらしいが、きちんと鍛錬すれば僕なんかよりよほど、魔術師として大成するはずなのだ。

 それでも、当主の座は僕に与えられ、姉は現代人として生きる道を選んだ。

 ならば、姉が魔術の研鑽をやめてしまったことに、僕が口を出す資格はない。

「わ」

 知らぬ間に沸騰していたのか、ヤカンが音を上げていた。慌ててコンロの火を消して、急須に湯を注ぐ。

 湯のみをふたつお盆に載せて居間に戻ると、隣の姉の部屋から豪快ないびきが聞こえてきた。どうやら、寝るときは眼鏡を外しているらしい。

「って、そりゃそうか」

 湯のみのひとつにお茶を注ぐ。

 とぽとぽ。

 ごーごー。

 お茶がたてる水音と、姉のたてるいびきが、妙なハーモニーを奏でていた。

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