魔術師見習いの暮らし方   作:ゲンダカ

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九話です。
「初乃」は、Pixivに投稿したとある後輩キャラをモデルにしております。名前も似た響きです。
後輩キャラを同僚あるいは年上として扱うのは、なかなかに難しいですねえ。

Pixivに投稿した小説は、いずれこちらで再編集して投稿するつもりです。
全体的に荒っぽいので、多分別モノになるかと。


九話 誕生日

 七月二十五日、土曜日。

 今日は我が姉、宮本功乃の誕生日である。

 誕生日というものは、ハタチ前後を境に途端に興味がなくなるものらしい。僕自身、自分の誕生日をついつい忘れがちになる。

 姉もその例に漏れず、橙子さんに指摘されるまで、今月が誕生月であることすら忘れていた。なので、今日が自分の誕生日であることを覚えているか怪しい。怪しいけれどそこはそれ、同居人としてきっちり祝ってやらねばなるまい。

 ということで、ひとりで昼食を摂ったあと、普段では絶対に入らないようなおしゃれなケーキ屋にやってきた。

「うわあ」

 店内に入り、その値段を見て愕然とする。安ければワンホール買っちゃおっかな、などというチョコラテのように甘い考えは、そのままトロっと溶けてしまった。

 ケーキと言ってもいろんな種類がある。ショーケースいっぱいに広がるその甘味を見ていると頭がだんだんくらくらしてきた。何だかもうどうでも良くなってきたので、イチゴのショートケーキ二ピースでいいかなあ、なんて決めかけたところで、ポケットが振動した。

「うん?」

 ショーケースから離れて、スマートフォンの画面を見る。姉からのメッセージだった。

『今晩友達がひとり来るみたいだから、ご飯作っといてー。ちょーカワイイ子だから、惚れろよ』

「…………」

 わかった、とだけ返信し、スマートフォンをしまう。

「すみません、このショートケーキをみっつ、お願いします」

 

 

 夕飯の食材を買い足して、家路に戻る。

 姉も良い友達を持ったものだ。誕生日を祝いに家まで来てくれるなんて、このご時世では珍しい気がする。

 それも大学生ならまだしも、社会人になってもそういう友達が居るというのは僥倖と言ってもいいだろう。姉の人徳のなせる業かと思ったが、その友人の人徳のほうがスゴイ気がする。

 さて、どんなひとだろう。

 さっきの姉からのメッセージを信じるなら、女性なのは確かだろう。姉が男友達を家に招くとは考えにくい。そんなことをするのなら、もう友達ではなく恋人である。

 女性であり、素の姉を受け入れるほど懐が深く、カワイイ。

 なぜか、あの眼鏡を掛けた姉の姿が脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 なんだか話が大きくなってしまった。

 最初は、コトちゃんの誕生日をお祝いすべくどこかレストランにでも行こうと思っていた。だけど、こともあろうか彼女は、今日が自分の誕生日であることを認識していないようだった。

 昼休憩のとき、それとなく探りを掛けてみた。

「今晩、どこかでお食事しない?」

「え、なんで?」

 うどんを頬張ったまま問い返す同僚。どうも、本当におぼえてないらしい。その瞬間私の頭に浮かんだのは、「サプライズをしよう」ということだった。

「ええと、うん、ほら、弟くんと会ったこと無いから、どんな子なのかなーとおもって」

「あー。なに、キョーミあるんだ?」

「うん、ちょっと。良かったら、コトちゃんの家にお邪魔させてもらえたら嬉しいな」

「いーよいーよ。じゃあコースケに晩ごはん作っといてもらうね」

 そう言って、スマホを取り出すコトちゃん。弟くんにメッセージを打っているようだった。

「うん、ありがとう。急にごめんね」

「あはは、いいっていいって。……えーと、ちょーカワイイ子だから……」

「そ、そんなこと書かないでっ」

「あは、送っちゃったあ」

 ぺろりと舌を出すコトちゃん。

 やれやれ、とため息をついたけれど、彼女のこういうところが好きだった。

 いろんな障害、苦難を正面突破していく、凛々しく力強い女の子。

 綺麗で、気が強くて、真面目で、男の人に負けない女性。

 私の持っていない全てを持っているともだち。

 なんで私みたいなのがこんなすごいひとと友達でいられるのか、てんでわからないけれど、人生というのはそういうものなのだろう。

 なら、せめて今日みたいな特別な日は、恩返しをすべきだと思う。

 

 

 

 

「ただいまあ」

「お邪魔します」

 がらがらと開かれる玄関の扉。

「え、早っ……」

 台所に掛けられた時計は、ちょうど一八時を指している。手早く手を拭って玄関へ。

「おかえり……と、いらっしゃいませ」

「ありゃ、ちょっと早かったかな」

 エプロン姿の僕を見て、何をしていたか察したらしい。

「うん、あと三十分くらいで出来るかな」

「わかった、じゃー居間で待ってる。あ、こっちは同僚の春田初乃ちゃん。大学同じだったんだ」

「こんばんは」

 姉の影からおずおずと首を下げる女性。

「あ、はい、こんばんは」

「どーだ、カワイイだろう」

「もう、何言ってるの」

「あはは」

 言うだけ言って、姉と初乃さんは居間に入っていった。

「…………」

 姉のメッセージを思い返す。

『――ちょーカワイイ子だから、惚れとけよ』

 ……姉の言葉に、嘘はなかった。

 

 

「よし」

 献立は姉の好物である洋食。ピラフと、シチューと、ちょっと奮発して牛肉のステーキ。

 盛り付けを進めていると、後ろでふすまが開く音がした。

「こんばんは」

 振り向くより早く投げかけられる、今晩二度目の挨拶。

「は、はい、どうも」

 初乃さんが台所に来ていた。

「うわあ、やっぱり」

「え?」

 何がやっぱりなのかわからず、つい問い返してしまった。

「今日はお姉さんの誕生日だから、こういうメニューなのかなって」

「ああ、そうです。全部姉の好物です。なんかバラバラなメニューですけど、まあ細かいことは気にしないひとですから」

 僕の皮肉を聞いて、初乃さんは笑った。

「うん、そうだね。……じゃあ、コトちゃんが誕生日に気づいてないのも、わかってる?」

「確証はなかったんですけど……やっぱりそうなんですか」

「うん。だからね、私も一緒にご飯運ぶから、はっぴーばーすでーっ、ってやらない?」

 両手をばっと広げ、爛々と目を輝かせて提案する初乃さん。

 こんな顔で頼まれてしまったら、断れるわけがない。

「わかりました。じゃあ、こっちのお盆にステーキ載せるんで、お願いします」

「はーい」

 僕が言わずとも、気を利かせて皿にステーキを盛り付け、いそいそとお盆へ載せていく。

「…………」

 姉とはまるで真逆である。

 いつだったか、友人であれ恋人であれ、性格が正反対であるほうが関係が長続きしやすい、なんてことを聞いた気がする。

 目の前の居るこの女性は、まさにその体現者だろう。

「……姉がいつも、お世話になってます」

「へっ?」

「なんでもないです。行きましょう」

 初乃さんはきょとんとしたまま、ステーキの載ったお盆を持っていた。

 

 

 

「はっぴー」

「ばーすでー」

 がらっと居間のふすまを開くと、「は?」なんて顔をした姉が寝っ転がっていた。

「は?」

 訂正。口に出していた。

「……ねーちゃん、生年月日は?」

「えっと、へーせー三年、七月二十……あれ?」

「今日だよ、コトちゃん」

 ぽかーんと天井を見ながら指折り数える姉を放って、テーブルに皿を並べていく初乃さん。

 さすが、姉の扱いに慣れている。

「あー、それではっちゃんあんなこと……わー、ありがとねえ」

「えへへ」

 

 

 

「うっわ、このピラフうまっ。さてはこれ、冷凍じゃないな」

「うん、試しに手作りしてみたんだ」

「すごいね功介くん、お料理出来るんだ」

「姉がこんなんですから」

「なるほど」

「わっはっは」

「コトちゃん、今のは褒めてないよ」

「うむ、知っておる」

 姉は眼鏡を掛けず、いつもの素のままで接している。それだけ仲が良いということだろう。

 けれどそれは、眼鏡の有無を確認するまでもないことだ。姉と初乃さんは正反対のキャラクターのまま、反発することもなく、お互いがお互いに気負いせずに話している。理想の友人関係というものがあるとすれば、まさにこれだろう。

「ねーちゃん、初乃さんとはどうやって友だちになったの」

「お、いい質問ねえ。よーし、おねーちゃんが答えてあげよう」

 ステーキの最後の一切れをぱくんと放り込んで、姉が語り始めた。

「あたしが大学のオカルトサークルに入ったのは知ってるよね? ま、すぐに辞めちゃったけど、はっちゃんとはそこで知り合ったの。ハツノって名前は、ハジメテの初に、コトノの乃って書くんだけど、同じ乃の字ってことで先輩にひとくくりにされちゃったんだ。あのときは、わあーすっごい女の子だあ、って、仲良くなれないと思ったんだけど、不思議なもんよね、今じゃこんなに仲良くなっちゃった。それがきっかけかな」

「コトちゃん、アレもあるよ」

「ん? ああ、そうそう、はっちゃんもあたしもユーレイ見えんのよ」

「え、ほんとに?」

 初乃さんを見ると、恥ずかしげに頷いていた。

「あたしより上、Bランクくらいの霊視かな」

 姉のその言葉に、初乃さんが不審げな顔をした。

「びーらんく?」

 姉は顔をしかめている。

「あー、えーと、むー……」

 言い訳のしようがないほど、完璧に口を滑らせている。霊視だのランクだの、魔術用語をサクッと言ってしまうからだ。

「あー、もー、コースケ、言っちゃっていいかな」

「え、言っちゃってって……えっ」

「はっちゃんは口堅いし、信頼できるし、あたしたちもそういう話ができるヒト、そろそろ欲しいでしょ」

「むう」

 ピラフを運んでいたスプーンを置き、腕を組む。初乃さんは、雲をつかむような僕らの話についていけてない。

「…………」

 姉は誰にでも信頼を寄せるほど、軽い人間ではない。むしろここまで信頼を寄せることは珍しい。それこそ、橙子さんと同じくらい、大事に接している。

「……初乃さんがそんな霊視持ちなら、それもいいかもね」

「よっしゃ」

 霊が見えるというのは、そこそこ珍しい能力ではあるが、希少なほどではない。だが、Bランクともなれば見たくないものまで見えてしまうだろう。

 そういったことをしっかり相談できるようになれば、初乃さんも少しは気が楽になるのではないか。

「じゃあ、コースケが言ってやって」

「なんでさ」

「こーゆーコトは当主がやらんと、ほら」

「??」

 初乃さんがいっそう不思議そうな顔をして僕を見ている。

「……ええと、今から嘘みたいなこといいますけど、ホントのことです。あと、誰にも言わないでくださいね」

「う、うん」

 何か決心したように頷き、身構える初乃さん。

「僕らは、魔法使いなんです」

 

 

 

「――ということで、僕は宮本家の跡継ぎってことになってます」

「なるほど」

 初乃さんは拍子抜けするほどアッサリ僕らの話を信じてしまった。

「……え、ええと、今言ったこと、全部、ホントですからね」

「うん、わかってるよ。だからこのお家には、幽霊さんが居ないんだね。こういうお屋敷にはだいたい居るもんなんだけど」

 納得したように頷く初乃さん。

「さすがはっちゃんね。気づいてたか」

「うん、だって、みんな玄関先でふわふわしてたから」

「へ」

 その言葉に、姉の顔が青くなった。

「え、えっと、それ、ホント、ですか」

 たぶん、僕も同じ顔をしている。

「うん。……あれ、コトちゃんは、見えてなかったんだ」

「う、うん……」

 申し訳無さそうな顔をする初乃さんに、姉が答える。

「はっちゃんの霊視はBランクくらいだと思うけど、あたしはせいぜいCマイナスくらいなの。文字通り、格が違うから、見えるもんも違うんだねえ……」

「Bってすごいの?」

「ええ、すごいですよ。Aが一番上で、その次ですから。幽霊って概念のものなら、ほとんど視えるはずです」

「うわあ、どおりでいろいろ見えると思った」

 すごいなあ、なんて他人事のように感心する初乃さん。

「あ、そうだ。あたしの眼鏡、効くかな?」

 ごそごそと取り出したのは、先日作った霊視殺しだった。

「それって暗示かかってるんじゃないの」

「この暗示はあたしにしか効かないから大丈夫。はっちゃん、これ掛けてみ」

「う、うん」

 不安げな表情のまま眼鏡を掛けると、途端に彼女の顔色が明るくなった。

「うわあ、すごい。見えなくなったあ」

「…………え?」

 はしゃぐ初乃さん。

 対して、またしても固まる宮本姉弟。

「は……はっちゃん? さっきまで、何が見えてたのかなー……?」

「え? あっ……」

 両手の指先で眼鏡を支えたまま、しまった、という表情をしている。

「…………コトちゃん、私ね、世の中には、知らないほうがいいことっていうのも、あると思うな」

「オッケーはいオッケーです。だいじょーぶ、うん、あたしもそーおもうわ。やー気が合うねーやっぱねー」

 おずおずと眼鏡を返す初乃さん。

 必死の形相でピラフをかきこむ姉。

 とんでもないパーティーになってしまった。

 

 

 

「はっぴばーすでー、とぅーゆー」

 お決まりの歌を、三人で歌う。

 ひと切れのショートケーキに、「2」と「4」のカタチのローソクが刺さっている。

 ちなみに部屋の電気は姉の意向で点けたままだ。理由はまあ、言うまでもないだろう。

「はっぴばーすでー、こっとのー、はっぴばーすでー、とぅーゆー」

「ふううううっ」

 全力で火に息を吹きかける姉。その勢いでショートケーキが倒れてしまった。

「わお、なかなかやるわね、あたし」

「加減してよ、ねーちゃん」

「あはは、これはあたしが食べるから、気にしないで」

 ちゃぶ台の真ん中に置かれた皿を、姉が手元に引き寄せる。

「いっただっきまーす」

「いただきます」

「いただきます」

 果たしてこのセリフは、このタイミングで言うものなのか。とりあえず姉に従っておく。

「うーん、おいしいねえ。久々に食べたわ」

「そうなの? なんかたくさん食べてそうなイメージあったよ」

「こんなもんしょっちゅう食べてたら太るってば。ねー、はっちゃん」

「そうだよ、太っちゃうよ。私も一時期ちょっと危なかったもん」

「うわ、マジで? あ、あれか、半年前の」

「わーーーーっ」

 赤い顔をして姉の口をふさぐ初乃さん。

 とても気になる。

 気になるけれども、なんというか、聞かずとも分かる気がした。

「もう、その話はだめだよっ」

「てへ。じゃあさ、コースケとか、どうよ」

 無意識に初乃さんに視線が向かう。

 勿論、目と目が会う。

「か、からかわないでよ、ねーちゃん」

「えー? コースケも彼女できないんでしょー」

「それとこれとは話が別だってば」

「そうだよ、そーゆーこと言っちゃいけません」

 二対一。軍配は僕と初乃さんに上がる。

「息ぴったりじゃん」

「だから」

「もう」

 

 

 

 時刻は九時。夜は更けていく。

「それじゃ、お邪魔しました」

 バスの便が無くなってしまう前に、初乃さんは帰ることとなった。

「今日はありがとうね、はっちゃん」

「ううん、こっちこそ急にお邪魔してごめんね。功介くん、ご飯、おいしかったよ」

「はい、ありがとうございます」

 なんだか最近、似たようなことを言われた気がした。

「ばいばーい。今度、霊視殺し作ってあげるねー」

「うん、楽しみにしとくねー」

 元気に手を振りながら、初乃さんは夜の闇に消えていった。

「……Bランクの霊視殺しなんて、ねーちゃん作れるの」

「……努力します」

 ふと、初乃さんの言葉を思い出した。つい、玄関をきょろきょろしてしまう。姉も同じことをしていたのか、目が合った。

 姉弟(きょうだい)揃って、いそいそと玄関から立ち去る。

 無自覚な霊視とは、いやはや恐ろしいものである。

 

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