ブラッドボーンの二次創作短編です。

このゲームには、「獣の病」というものがありまして。
発症して獣になってしまった師匠を、弟子が殺しにいく話。



1 / 1


ブラッドボーンの二次創作短編です。

このゲームには、「獣の病」というものがありまして。
発症して獣になってしまった師匠を、弟子が殺しにいく話。




ある師弟の絆

 

 師と対決しなければならなかった。

 私は大橋へと続く階段を上る。高所に行くにつれ、夜風が強くなる。コートがはためくと、

影が狂ったように踊る。

 私は、巨大な鉈を握っていた。

 なぜかは分からないが、私はその刃が、渇いている、という気がした。

 鉈の刃が、灼けた砂漠の砂のように、渇きを訴えている。

 

 階段を登り切る。

 その先に、巨大な四足の生き物がいた。馬車のように大きな狼だった。

 そいつは飛びかかってきた。私は懐に潜り込んで、そいつの脇腹を切り裂いた。赤い血が飛び散り、私の顔にかかる。だがそれも、夜風でみるみる乾燥し、ポロポロと剥がれ落ちていく。

 

「師匠。今、参ります」

 

 呟いた。すると、橋の先から汽笛のような吠え声。

 空気が震え、私の胸を熱くする。

 かつて師匠には名があった。だが、今はない。病で『獣』と化した者は、もう人とは呼ばれない。

 『聖職者の獣』。

 それが、今の師匠の名であった。

 

「終わりにしましょう」

 

 師から受け継いだ業で、師を殺す。

 こんな風になるべきではなかったのだろう。後悔をしてもきりがない。

 時間は巻き戻らない。私の足が止まらないのと同じように。

 しかし私は、己を鎮めるために、最後に師匠との短い日々を追うことにした。戦地へと歩む間の、短い白昼夢として。

 あるいは、私の人らしさの証明として。

 

 

     *

 

 

 この谷あいの都、『ヤーナム』には古くから病がある。獣の病、というものだ。

 最初は熱から始まる。次に、咳、そして血痰。やがて容貌も獣に近づいてくる。口が耳まで裂け、ごわごわした体毛が全身を覆うようになる。

 彼らは最後には、人を襲う。

 罹患者は隔離されなければならない。しかし罹患者の発生に、隔離と治療が追いつかないこともある。

 その時に起こるのが、『獣狩り』だ。

 決まって満月の夜。街の医療を管轄する『医療教会』は、度々そうして獣狩りを執り行う。武装した戦士が夜の市街を行きかい、家々から締め出された哀れな罹患者を殺して回るのだ。

 

 その獣狩りの戦士を、この街では『狩人』と呼ぶ。

 

 私がその狩人を志したのは、4年前の獣狩りの時だった。

 私はまだ少年で、分別がなかった。獣狩りの夜だというのに、外をうろついていた。戦う狩人を、間近で見たかったのだ。当時の狩人は、まだ英雄だったからな。

 しかし、罹患者の凶暴さは思った以上だった。

 私は馬車の中に隠れていた。表の罹患者は、すでに四つん這いになっていた。犬のように鼻をヒクつかせた。そして爛々と光る眼で辺りを見回し、ついに私を見つけ出した。

 あの時の恐ろしさは、今でも思い出す。どいつもこいつも、肉を見る目をしていた。

 私は走って逃げた。四足の足音が、すぐ後ろにまで迫っているのを感じた。だが覚悟した一撃は来なかった。

 

「坊や、勇敢だね」

 

 静かな声と共に、何かがすれ違った。走り疲れて止まり、後ろを振り返る。

 黒ずくめの狩人が、私と獣達の間に立ちはだかっていた。

 黒のマントに、黒の帽子。背中には墓石のような巨大な鉄塊を背負い、右手に銀色の剣を、左手に短銃を持っている。

 私はそこでようやく、私を追っていたのは四匹だと知った。

 真っ先に獣が飛びかかる。狩人は短銃で、その足を撃った。バランスを崩した獣の脳天に、狩人は容赦なく剣を突き立てる。

 

「いち」

 

 二匹目と、三匹目は、左右から同時に襲い掛かった。だがその挟み込みを、狩人はバックステップで回避。地面に足が付くと同時に、火のついた何かを放った。

 火炎壺だ。

 割れると火炎をまき散らす、特殊な壺を放ったのだ。

 二匹の鼻先に炎の海が生まれる。悲鳴を上げて怯む二匹の近くで、銀の剣閃が閃いた。

 

「に、さん」

 

 最後の一匹は、まさにその炎を突き破って現れた。

 狩人は背負った鉄塊に手を伸ばす。次の瞬間には、その鉄塊を獣の頭に叩きつけていた。さらに狩人は、その鉄塊に銀の剣を差し込む。

 するとあたかも始めから一体であったかのように、銀の剣は鉄塊の一部になった。

 私はそこで気づいた。

 銀の剣の柄が、丁度、鉄塊の持ち手になっている。あの鉄塊は銀の剣を差し込むことで、巨大な槌に変化するのだ。

 

「よん」

 

 留めの一撃を、狩人は罹患者に振り下ろした。地面が震えた。少なくとも私はそう感じた。

 

「終わったよ、坊や」

 

 口を震わせる私に向かって、狩人は指を一本だけ立てて見せる。

 シー、と静かに、のジェスチャー。

 そして左手で裏路地を示す。

 

「逃げな。あっちが、医療教会の陣地に出る」

 

 私は従った。

 その時には、将来は狩人になることを決意していた。

 

 

     *

 

 

「いいかい、坊や」

 

 狩人との邂逅から三年後。私もまた狩人の見習いとなっていた。

 先生には、なんと、あの時私を助けてくれた狩人がついてくれた。この頃から、私は彼女のことを『師匠』と呼ぶようになる。師匠も当時のことを覚えていて、時折私のことを坊やと呼んだ。

 

「罹患者の獣と戦う時は、焦ってはいけない。あいつらは素早くて、力も強い。狩人が獣を殺す時の、一番ありふれた死なせ方は何だと思う?」

 

 私はすぐに答えた。

 

「失血死です」

 

「そうだ。獣の病は、血の病でもある。血を失った獣は、いずれ死ぬ。だから、よほど力の差がない限り、一撃で致命傷を与えることを目指すのは賢くない。浅くてもいいから、何度も切り裂いて、血を流させるんだ」

 

 私はその助言を実践し続けた。

 当時の私の武器は、『ノコギリ鉈』というものだった。狩人は仕掛け武器という変形可能な武器で、獣と戦う。ノコギリ鉈は、その名の通り、ノコギリのギザ刃と鉈の刃、両方を持った武器だった。

 50センチほどの、柄と、刃からなる。その連結部は、蝶番(ちょうつがい)のような可動式だ。

 蝶番を開いて使えば、長い柄を持った一本の鉈となる。蝶番を閉じれば、鉈の刃は柄の中に仕舞いこまれる。その時は、鉈の峰側に付いた、ノコギリのギザ刃を使えるようになる。

 鉈として使う時は、振り回して重たい一撃を放つことができる。一方、鉈の刃を仕舞ったノコギリの形態では、コンパクトに振り回すことが可能だ。

 武器の形態を使い分けることが、よい狩人の条件とされていた。

 他にも散弾銃を持っていたが、こちらは気休めといったところだ。獣の肉体に、銃弾はあまり効果的ではない。せいぜい牽制用だ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 見習いの私と師匠は、獣狩りへ向かった。

 外は満月だった。

 今は旧市街と呼ばれる、谷の下の方に位置する市街が狩りの舞台だった。

 私達二人は互いに援護しあいながら、市街の罹患者達を殺していった。まだ罹患して間もない者も、どうしようもないものも、平等に殺さなければならなかった。

 私の服は、あっという間に血に塗れた。

 その時はもう狩人の装束を着ていたので、血濡れは諦めていたが。

 私はロングコートに、感染防止の覆面、そして山高帽を被っていた。師匠は初対面の時と変わらない、黒ずくめの衣装である。

 

「助けて!」

 

 ふいに、目の前の馬車から、親子が飛び出してきた。

 子供は小さい男の子で、親の方は母親だった。

 

「逃げ遅れたんです! この子が足を怪我して」

 

 確かに子供の足には、擦り傷があった。だが歩けないほどではなさそうだった。それよりも二人して、熱に浮かされたような顔をしているのが気になった。

 私は師匠に判断を仰いだ。

 師匠は言った。

 

「その前に、病の検査が必要だ」

 

 びくり、と母親が肩を震わせた。獣狩りの夜に、外を出歩く者はいない。かつての私のような物好きであるか。それとも、家の中に入れてもらえない理由があるのか、だ。

 遠くで獣の遠吠えが聞こえる。夜風が私達と、親子の間を抜けていった。

 コン、と子供が小さく咳をした。それを皮切りに、子供が前かがみになって、何度も何度も咳き込んだ。口を押えた小さな手のひらから、どろりと血の塊が落ちた。

 

「喀血です」

 

「罹患者だね」

 

 私達を遮ろうとする母親も、何度も咳き込んでいた。

 この頃から、狩人は少しでも感染の疑いがあるものは殺すようになっていた。狩人が英雄でいられた時代は終わっていた。

 師匠が、背中の大槌から、銀の剣を引き抜いた。私も仕掛け武器を展開させ、『鉈』の形態を取らせた。

 その時、馬車の中から何かが飛び出した。それは真っ先に母親へ向かった。

 

「きゃっ」

 

 短い悲鳴。馬車の中から現れた何者かが、母親に抱き着いたように見えた。

 成人男性の体つきに見えた。だが爛々と輝く目には、新鮮な肉に対する歓喜がある。衣服の袖からは獣毛が溢れている。

 馬車の中に、さらに重篤の者がいたのだ。父親かもしれない。

 女性の悲痛な叫びが、獣の雄たけびと混じり合う。

 

「くそっ」

 

 私は慌てた。そして迷った。

 大ぶりな『鉈』を振り回して、重篤な父親と共に、母親を殺してしまう危険を案じていた。先ほどまで、彼らを殺す判断をしかかっていたのに、だ。

 本物の末期患者と比べてみれば、母親があまりにも人らしかったせいもあろう。

 師匠は違った。

 銀の剣で、瞬く間に二人の首を刎ねた。子供が惨劇に悲鳴をあげるよりも早く、左手の短銃で、彼の頭に狙いを定める。

 子供が息を呑んだ。

 私には師匠の逡巡が分かった。本調子なら、師匠は照準と同時に子供を殺せていたはずだ。

 それがよくなかった。

 子供はまさに獣の動きで馬車の中へ戻った。

 師匠が舌打ちをする。私に向けられたもののような気もした。

 

「見てきます」

 

 私は馬車の踏み台へ足をかけた。子供を殺せるか、自信は、正直あまりなかった。

 馬車の中は暗かった。

 ごそごそと音がする。座席の影。子供がやっと入れるほどの大きさの、荷物置き場の中からだ。そこは完全に闇の溜まりになっていた。

 

「何を、やってる」

 

 声をかけると、微かな返答があった。

 

「おくすり」

 

 次の瞬間、私は馬車の中から吹き飛ばされていた。訓練による自動的な受け身。

 体勢を立て直すと、馬車の中から異形が現れるのが目に入った。それは先ほどの子供のようだった。

 黒い体毛を全身から生やしている。目が赤く光っている。細かった手足は丸太のようだ。今や身長は私とそう変わるまい。

 直立した狼。獣憑き。これを子供と呼ぶべきだろうか。

 

「獣血の丸薬か」

 

 師匠が私の方へ飛び退きながら、言った。

 

「馬車の中に? なぜ?」

 

「さぁね。自殺用かもね」

 

 ああなると、苦痛はなくなるらしいからね。師匠はそう付け足した。

 『おくすり』。なるほど、そういうことか。

 本当にどうしようもなくなった時は、あれを飲むことを親子で決めてあったのかもしれない。

 

「殺しておこう」

 

「ええ」

 

 内心、私は罪悪感が薄れたことに感謝した。背中のホルスターから、散弾銃を引き抜く。

 左腕に銃を、右腕に仕掛け武器を持つ、標準的な狩人のスタイルだ。

 獣憑きが、近寄ってくる。

 私が先鋒を務めた。

 散弾銃を撃ち、初動をけん制する。敵が回避。その先を読み、肉薄する。

 獣憑きは逃げる。だが、振り上げた鉈が届く方が早かった。

 相手の肩に、鉈の刃が食い込んだ。肉を断ち切り、骨で止まる。引き抜くと、悲鳴が上がった。

 

「よし」

 

 敵が反撃。右手を振りかぶる。

 読めた。

 私はその懐に潜り込むと同時に、ノコギリ鉈を変形させた。鉈の刃を閉じ、峰側についたノコギリで、獣憑きの脇腹を裂く。

 獣憑きが足を振り上げた。

 蹴る気だ。

 身をよじって回避。脇の下に鋭い痛みが走る。厚手のコードが、まるでチーズか何かのようだった。

 

「攻めが強すぎる」

 

 飛び退いた私に、師匠が言った。

 裂かれた脇腹が、熱を発している。だが体が熱を発するほど、頭の方は冴えていく。

 獣憑きの挙動を観察する。まだ死にそうにない。

 師匠が言った。

 

「頭を潰す。こちらに追い込め」

 

 確かに弱らせた。だが失血量が不十分と判断したのだろう。

 私は再び獣憑きに近寄り、散弾銃を撃った。至近距離からの散弾銃は、動きを止める効果が高い。

 獣憑きは度重なる銃撃に、嫌がるようなそぶりを見せた。

 私は巧妙に位置を変えながら、銃撃を続ける。獣憑きの傷は、左半身に集中している。私が右側に回り込み続ければ、獣憑きは傷を庇って後退せざるをえなくなる。

 師匠が言った。

 

「やれ!」

 

 銃撃の直後、獣憑きに殺到する。

 ノコギリ鉈の、蝶番を開く。鉈の刃が展開される。重たい刃を、思い切り振り上げた。

 獣憑きが怖れたようにバックステップ。

 その先には、力を貯めた師匠がいた。

 

「おやすみ」

 

 大槌が振り下ろされた。

 獣憑きの頭を叩き潰して、生きるのを辞めさせた。

 私達は勝利した。

 

「やりましたね」

 

 私は言った。

 コートから赤い液体の入った瓶を取り出す。蓋の所に、ペンくらいの太さの注射針が付いていた。

 輸血液、という狩人の治療手段だった。

 私はそれを右足の腿に突き差し、中身の液体を体の中に流し込む。火照った体が、さらに熱くなる。傷を負った脇腹を見ると、いつの間にか血が止まっていた。

 

「輸血かい」

 

「はい。未熟者です。傷を負ってしまいました」

 

「まったく。私ら、どっちが獣だかわかんないね」

 

 師匠は、獣憑きと、私の傷跡を見比べていた。

 狩人は、誰にでもなれるものではない。怯まない意思と、戦闘センス。そしてこの輸血液を体内に取り込み、傷を癒す体質が必要だ。輸血液の体質だけは、施術で後天的に得ることもできる。

 

「行くよ」

 

 師匠がそう言った時だった。

 頭を潰したはずの、獣憑きが起き上がった。

 師匠は気づいた。だが、獣憑きはもうない頭で師匠に齧りつこうとするが如く、飛びかかっていた。

 師匠は捕まった。だが同時に、短銃で敵の胸を撃っていた。

 獣憑きは怯まない。

 師匠の顔に潰れた頭を押し付けた。そこから、噴水のように血が噴き出す。師匠のフードの中に、血が溢れた。ほとんど溺れるようだ。

 

「なんだ、こりゃ」

 

 師匠は、獣憑きを突き飛ばした。元々、あんな大槌を振るえるだけの人だ。

 倒れた獣に、発砲。続けざまに三発。

 そして、大槌を獣憑きの心臓辺りに振り下ろした。

 

「ゆっくり休みな」

 

 師匠はフードを脱いだ。口の中に入った血で咳き込んでいる。

 後頭部で纏められた髪だけが、辛うじて元の色を保っていた。彼女は夜のような黒髪だった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ」

 

 狩人は、獣の血に触れても簡単には感染しない。こちらも施術か、先天的に持っている体質だ。狩りが終わってから処置を受ければ、事足りるだろう。

 

「行くよ。まったく、こんなしぶとい獣は初めてだ」

 

 私達は、手早く生み出した死体にテルミットをかけた。着火すると、夜が少しだけ明るくなる。

 私は遺体の火を、松明(たいまつ)へ移した。

 そしてその場を後にした。

 市街からの撤退命令が出たのは、その数時間後だった。医療教会は感染拡大を防ぐため、この市街を焼き払うことを決定していた。

 

 師匠が時折、咳をするようになったのはこの頃からだった。

 

 

     *

 

 

 この時から、師匠の身に変化が起きた。

 彼女はよく咳をするようになった。彼女はそれを、激戦で気管支をやられたことによるものだと考えているようだった。実際に、火薬や怪しげなガスを使う狩りではそういうこともある。

 少なくとも、獣の病と関連付けては考えていないようだった。容体も安定していたし、私もそう考えるようになった。

 だが、今回の獣狩り。

 嫌な予感はしていた。いつもより月が大きく、獣が多く見えたから。

 聞いたことがあった。

 獣の病というのはこの地に残された呪いのようなもので、それは年々強くなっていく。

 師匠は、確かに獣の病に罹っていた。咳で止まっていたのは、狩人の体が病を押さえつけていたからに過ぎなかったのだ。

 私は、ようやく獣狩りが満月に行われる理由を知った。満月が、獣の病を呼び起こす。生まれたばかりの罹患者を効率よく殺すため、満月がいつも選ばれているのだ。

 では、今まで獣の病を押さえつけていた狩人が、満月の時に限界点を迎えたら、どうなるか。

 私はほどなくしてそれを知った。

 

「離れろ」

 

 夜が来る前、師匠は言った。私は訝しんだ。

 

「坊や」

 

 師匠が言う。咳き込んだ。喀血している。

 

「師匠!」

 

「世話をかけるね」

 

 聖職者こそが、恐ろしい獣となる。その言葉通り、まず師匠の左腕が肥大化した。手袋が破れる。袖口や衣服の裂け目から、獣の毛が溢れ始める。

 

「どうした」

 

 ある狩人が師匠に近づく。その者の腕を、師匠の左腕が捻り壊した。文字通り、握った。それだけで男の腕がねじ曲がり、悲鳴が上がった。

 

「ぎああああ」

 

 苦悶か、恐怖か、焦燥か。いずれにしても、私はその男は諦めなければならなかった。

 師匠は言った。世話をかける、と。

 それは私に彼女を殺せと言ったのだ。

 

「師匠」

 

 言って、武器を振り上げる。ノコギリ鉈の、鉈形態。

 だが振り下ろした先に、もう師匠はいなかった。

 見上げた先には、屋根の上に佇む異形があった。

 肥大化した左腕は、もはや一本の大樹のような太さになっていた。腕を握られていた狩人は、いつの間にか全身を握られ、絶命していた。

 師匠は全身から白い毛を生やしていた。足には鉤爪があり、それで屋根の漆喰を掴んでいる。体にはあばらが浮き、痩せさらばえていた。だが頭は異常に肥大化しており、顔は狼に似ていた。羊に似た角は、かつての彼女と同じ夜色だった。

 

 獣が叫ぶ。悲鳴に似た声音が、夜のヤーナムに響き渡る。

 私が体験した、三回目の獣狩り。それは狩りの長――つまり師匠が獣になるという最悪の幕開けとなった。

 

 師と対決しなければならなかった。

 

 

     *

 

 

 私は、夜の大橋を進む。

 月は高い。風は強い。それでも消しきれぬほどの獣の匂いが、道から漂っている。

 所々に狩人の死体があった。何人かと協働して狩る手はずもあったが、この分では無意味だろう。

 多少は疲労している獣をこのまま単独で追い切るか、それとも増援を待つか。

 私には判断が一任されていて、そして私は前者を選んだ。

 

「師匠」

 

 私は声を出して、呼ぶ。すると闇の彼方で、何かの気配があった。

 橋が揺れる。規則的に、二度、三度と。

 一際大きい揺れの後、その何かは跳躍した。

 次の瞬間、私の目の前には巨大な獣が佇んでいた。

 二階建ての家ほどの身長があった。

 見上げる様な大きさで、体は痩せさらばえている。そのくせ手足は異様に太い。

 これが今の師匠、つまり『聖職者の獣』だ。

 背後に背負った月からの光が、白毛に金色の輝きを纏わせている。

 

 獣が唸った。引きつった頬肉から、牙が見える。

 獣が手を振り上げるのと、私の跳躍は同時だった。

 

「ふっ」

 

 短く息を吐いて、巨大な爪を掻い潜る。足元に接近。私はノコギリの刃を獣の足に押し付けた。

 赤黒い血が噴き出る。だが、獣が意に介すそぶりはない。

 獣は斬られた足で、私を蹴った。

 間一髪避けたが、左腕に灼けるような痛みが走る。

 距離を取らないわけにはいかなかった。

 

「師匠」

 

 言ってみる。獣は相変わらず、頬を引きつらせて笑っている。

 その角は、かつての師匠の髪と同じ夜色だった。

 私は散弾銃を撃った。獣は怯まない。だが注意は逸らせた。

 そこを狙って、もう一度肉薄する。

 

『獣と戦う時は、焦ってはいけない』

 

 私は、仕掛け武器を鉈に変形させようとしていた。武器の蝶番を開いて、巨大な一本の鉈の形態を取らせようとしていたのだ。

 だが師匠の教えを思い出して、やめた。

 重たい一撃に頼るのは、まだ早い。

 

『失血死だ。少しずつでもいい、血を流させ続けるんだ』

 

 再度、ノコギリの刃で脚を裂く。今度は悲鳴が上がった。

 敵の体勢が崩れ、頭が下がる。私は今度こそ、武器を一本の大鉈へ変形させた。

 下がってきた敵の頭。そこに、刃をたたき込む。

 固い手ごたえは、角に当たったせいだろう。だが頭への攻撃は重要だ。頭部の出血は視界を悪くする。そして敵の戦意を挫く効果もある。

 

「師匠」

 

 私には笑みがあった。

 あなたの教えは正しかった。

 私は控えめに言って、一角の狩人に成長した。大型の獣を狩ることだってできる。

 獣が唸っている。左腕で頭を抑え、右腕をでたらめに振り回している。

 だが、あなたの前には私はいない。私は頭を切り裂いた後、後ろに回り込んでいた。

 無防備な背中が見えた。

 

「お終いです」

 

 私は獣の背中に、鉈を振り下ろした。痩せさらばえた脇腹に、鉈が食い込む。

 恐らくは内臓を傷つけた。

 だが手応えよりも先に、衝撃が私の体を貫いていた。

 

「がっ」

 

 息が勝手に漏れた。肺が潰されたらしい。視界が白い。強い衝撃を頭部に受けたようだ。

 私は手を動かして、体勢を立て直そうとする。

 獣がゆっくりとこちらへ振り返るのが見えた。

 どうやら私は、後ろ蹴りにやられたらしい。ラッキーヒットだが、獣が狩人に与えるそれは形勢を容易く逆転させる。

 輸血液。

 回復しなくては。

 だが私の処置よりも早く、獣が跳躍し、私の目の前に着地した。

 

 獣はひどい有様だった。

 目が片方潰れていて、片足は引きずっている。

 獣は私に両腕を差し出した。

 

『坊や』

 

 師匠の声が聞こえた気がした。私は身を守るために、散弾銃を撃った。直後、失敗を悟る。

 散弾銃の弾丸は、相手の太い腕で全て受けとめられていた。

 次の瞬間、私は凄まじい力で体を掴まれていた。

 全身の骨が軋んだ。喉が震えて、声なき悲鳴をあげた。

 獣がこっちを覗き込んでいる。

 引きつった口が、開いていた。ナイフのような牙が、その口腔内に並んでいる。何かのカスのようなものが、牙のあちこちに引っかかっている。それは服の切れ端であったり、メガネの柄であったり、間接の細いところで歯に引っかかっている人間の腕であったりした。

 

 獣は、赤ん坊を天にかざすように私を両手で高々と掲げた。

 そして、腰から下に食いついた。

 激痛。

 脳内が白熱する。巨大な掌でふさがれた視界が、ぐるぐると回った。

 

 意識を繋ぎとめたのは、意地だった。

 私は体をでたらめに動かした。しかし、手足が動かない。拘束が強すぎる。握った仕掛け武器は、一本の鉈の形態になっていた。掌の中で振るうには、でかすぎる。

 散弾銃は? だめだ、再装填が済んでいない。

 

 私は、そこで気がついた。

 『ノコギリ鉈』を変形させた。

 鉈の刃がバネと特別な火薬の力で閉じられる。そして獣の指を挟みこんだ。鋭い鉈の刃が、獣の皮を薄く裂いたはずだ。

 拘束が一瞬だけ緩む。その隙をついて、私はノコギリ鉈を掌の中に引き込んだ。

 そして、今度こそその掌を内側から切り裂いた。

 

 拘束が外れる。私は地面に落ちた。

 足を見る。噛まれていたのは、左足だ。失ってはいなかったが、この戦いでは満足に使えまい。

 獣は取り落した獲物と、自分の掌を見比べているようだった。

 なぜ自分がこいつを取り落したのか、理解できていないのかもしれない。

 

「くそっ」

 

 獣がもう一度手を伸ばす。人の頭ほどの眼球がこっちを見つめている。

 私は二度目のチャンスに賭けた。

 散弾銃。

 再装填、そして発砲。

 狙うのは、相手の眼球だ。

 

 獣が悲鳴を上げて怯んだ。私はその間に、自分の膝に輸血液の針をたたき込んだ。猛烈な熱さが全身を駆け巡る。見る見る傷が癒えていく。

 だが、完全ではない。私は渇きを感じていた。

 ふと地面を見ると、そこら中に血だまりがあった。

 それは、相手の、『聖職者の獣』が流した血であるように思えた。狩人は、血によって傷を回復する。

 ごくり、と喉が鳴った。

 

 体が熱い。足が痛い。

 

 ああ、あれを飲みたい。

 

 私は血だまりに這い寄った。月光に白々と輝くその血液を、飲んだ。まるで芳醇な泉のように。

 罹患者の血だ。だが、それがなんだというのだ。

 少なくとも私の体は、それを求めていた。

 砂漠の砂のように、私の体が血を吸収していく。

 体の熱が、さらに激しさを増した。それは輸血液を、狩人の回復剤を摂取した時と同じ反応だった。

 私は気づいた。

 これは師匠の血。何度も輸血液をたたき込んで、生き延びてきた狩人の血なのだ。

 血は狩人を裏切らない。

 

 獣がこちらに向き直る。

 遠い間合い。橋の上には、私と、師匠の、二人きり。月が戦いを見届ける。

 

「師匠」

 

 獣が地を蹴った。私は、動かずに、待つ。

 仕掛け武器を鉈に変形させた。

 動かない左足の方へ倒れ込むようにして、私は獣の爪を避けた。そして渾身の力で、鉈を獣の首筋へ向かって振り上げた。

 自分でも信じがたいほどの力が出た。

 皮を裂き、筋肉を突き破り、太い血管をズタズタにしながら、鉈の刃が獣の奥へ進んでいく。そしてそれは、重要な器官に達した。

 すなわち、喉だ。

 ヒュゥゥゥ、と風鳴りのような音がする。獣の首からだった。

 やがて獣は倒れた。生きるのを辞めた。

 私は勝利した。

 

「師匠」

 

 私は呟いて、へたり込む。

 自分の腕を呆然と見つめた。

 最後の一撃。

 あの凄まじい力を出した時、自分の腕は、まるで罹患者のように野太く膨らんではいなかったか?

 私は首を振った。

 今は考えるべきではない。それに疲れ切っていた。

 遠くから人の声が聞こえる。

 医療教会の増援だろうか。

 私は意識を手放した。

 

 罹患者、そして狩人。

 罹患者は血によって獣となる。

 狩人は特殊な血を取り込むことによって、傷を癒し、戦う。

 その奇妙な符合が、頭の中でぐるぐると回っていた。

 

 いずれにせよ、私は勝利した。

 師匠も、もはや私のことを『坊や』とは呼ばないだろう。

 

 

 師を殺すことができたのだ。

 

 

 もうどんな罹患者も、私は迷いなく殺すことができるだろう。

 

 

 眠りの前に、獣の遠吠えを聞いた気がした。

 

 





一人称の練習も兼ねて。


ブラッドボーン、まだやってます。

いつもの処刑隊のおっさん(LV95)と先日メールくれた血の穢れ好きの灰エヴェの兄ちゃん(LV98)とわし(LV108)の3人でヘムウィックの土手の下で潰しあったぜ。
楽しすぎて二度もフレ登録依頼を出した。
ああ~~(狩人の断末魔)



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。