でも黒ウサギ知ってるよ。ここから転げ落ちるように黒に染まるって…
今回から本編勧めながら色んな人の神楽の評価を書いていきます。
多分やまなしおちなし
ライブから三日程。
暖かな日差しが窓から差し込み、ソファに座りながら本を読んでいた私はふわぁと欠伸をこぼします。
「珍しいね、神楽が欠伸するなんて」
隣で横になっていた双葉さんがそう言ってきます。私が欠伸をするのは、そんなに珍しいのでしょうか?
「神楽は何処かさ、隙が見当たらないんだよね。歌も踊りも卒なくこなすし。何処ぞの完璧超人なんじゃないかなって杏は思ってた」
「人の枠からは、外れたくないのですが…」
「まぁ例えだよ例え。それに言葉遣いとか仕草も良いとこのお嬢様みたいだしさ、尚更人として完璧に見えちゃってたのかな」
「……言い過ぎですよ。でも、言葉遣いとかは両親のおかげでしょうか」
母も父も、優しく厳しい人でした。誤解無きように言わせて貰いますが、私の家庭は至って普通の家庭です。ですが一人息子だからでしょうか、両親は言葉遣いやマナー等には厳しかったんですよね。仕草に関しては、多くの女性を見て現在進行形で学んでいますので、より女の子らしく見えるのではないでしょうか。
「いい両親だねぇ」
「えぇ、とってもいい両親でした」
過去形で言った言葉を、双葉さんは聡い方なので直ぐに理解してくれました。
「何か、ごめんね」
「気にしないでください。既に気持ちの整理は出来ていますし、誰しもが何時かは通る道です」
「あー……うん。確かにそうかもね」
そう言って双葉さんは体を起こし、座っている私の膝に寝そべるようにしてきます。
「杏さん?」
「いやー、凛が膝枕で気持ちよさそうに寝てるの見て羨ましいなって思ってたんだー」
そう言ってくれますが、恐らく彼女なりの話題の変更なのでしょう。小さく笑みをこぼし、寝そべる双葉さんの髪を弄ります。
「双葉さんの髪は、長くて綺麗ですね」
指を通してみると、抵抗無くするすると髪を掻き分けることが出来ます。錦糸の様です
「美容室に行くのも面倒出しねー、気がついたらここまで伸びてたわけ」
確かに、散髪は一度機会を逃してしまうとなかなか行くタイミングが無くて困るんですよね。
サラサラと双葉さんの髪を弄りながら過ごします。
「お疲れ様です」
「あ、武内さんお疲れ様です」
「おつかれープロデューサー」
暫くそのまま過ごしていると、武内さんが戻って来ました。そんな武内さん、私達の姿を見ると少し焦った様に近づいて来ます。私の背後に立ち、手帳にペンを走らせると見せてきました
『双葉さんをそのように膝に乗せて大丈夫なのですか?』
なるほど、双葉さんに聞こえないように手帳に書いたのですね。私もそれに習い、手帳をお借りして返事を書きます
『双葉さんに欲情するような変態でも無いですし、それにこの様な体勢でもバレないように工夫はしてますから』
工夫については流石に恥ずかしいので秘密ですけどね。私の返事に武内さんは少し考えるように唸り、やがて何か納得したのか頷いて別室に移動して行きました。
一人納得して移動した武内さんを不思議に思い、何があったんでしょうねと双葉さんに声をかけます。が
「双葉さん?」
返事がこずに、もしやと思い耳を澄ませば寝息が聞こえてきました。
そんなに私の足は寝やすいのでしょうか…。
ため息と共に、私は暫くこのままなのだろうなと思い、本を読み進めます。
でも、たまにはこうしてのんびり過ごすのも良いでしょう。
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「二人はさ、神楽の事どう思う?」
プロデューサーに頼まれ、事務所のPR動画を撮影するために私と未央と卯月の三人で皆を探して歩き回る。その際に、私は皆が神楽の事をどうおもっているのかと疑問に思い、ついでだからと聞いてみる事にした。
そんな私の突然の質問に、二人は少し考えて答えてくれた
「私は、とりちゃんは不思議な子だなーって思うなー。なんて言うのかな、ミステリアスな雰囲気?」
「私はまだそんなに話した事がないので、何とも言えないです…。で、でも綺麗だなって!」
二人の思いを聞いて、なるほどと頷く。未央のミステリアスな雰囲気と言うのは、秘密を隠そうとしているからだろう。卯月は会話が少ないらしく、今のところはマイナス印象は抱かれて無いみたいでほっとする。
「てゆーか、いきなりどうしたのしぶりん?」
「神楽ちゃんなら、同じ学校の凛ちゃんの方が良く知ってるんじゃないですか?」
「まぁそうなんだけどさ。知ってるのは学校内の評価だし、折角だから皆の気持ちを知っておきたいなって」
「うんうんっ、しぶりんはお母さんみたいだね!」
お母さんって…。私未央より年下何だけどな。でもそう思われても仕方が無いかも知れない。神楽の秘密を知ってるから少し過保護になってるのかな。
そんな事を思っていると、未央と卯月がニヤニヤとこちらを見ている。
「何、どうかした?」
「いやー何でもなーい」
「な、何でも無いですっ」
そんな二人の反応に不思議に思いながらも、私達は当初の目的通り動画を撮影していく事にした。
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先程まで私の足を占領していた双葉さんですが、彼女は仕事が入っていたらしく、諸星さんに抱き抱えられて連れていかれました。
双葉さんがいなくなった事で自由に動けるようになり、私は一つ伸びをして体を解しました。そうして立ち上がったついでに、部屋の外に出て飲み物を買いに行くことに。
階を降りて少し歩き、私は自販機の前で悩んでいました。眠気覚ましにコーヒーを取るか、好みを優先してスタミナドリンクを飲むか。些細な悩み事ですが、こうして一人になると長い間考えてしまいますね。
(スタミナドリンクでいきましょうか)
そう決めてボタンを押したところ、ガタンと言う音と共にファンファーレが流れます。何事かと少し身構えてしまいますが、音の発生源が自販機からだった事から当たった事に気が付きました。
これ幸いともう一つの候補として悩んでいたコーヒーを押します。ですが、二本も要らないんですよね。そこまで喉が乾いている訳ではありませんし、二本も飲めばお腹に溜まってしまいます。
「神楽さんっ」
どうしたものかと悩んでいると、聞きなれた声が聞こえました。その声がする方を見れべやはり蘭子ちゃんがいました。
「おはようございます、蘭子ちゃん」
「お、おはようございますっ」
そう言って頭を下げてくる蘭子ちゃん。そこまで畏まる必要はないと思うのですが、私からそれを言うことはありません。人それぞれと言いますしね。
しかし、彼女が来たことでこれ幸いと私は飲み物を差し出します。
「良かったら、どちらか飲みませんか?当たったのは良いんですけど二本も要らないので…」
そう言って彼女が選べる様に、二本とも差し出します。少しの間渋るようにしていた彼女ですが、何時まで経っても私が動かないのを見て、コーヒーを取りました。
「コーヒー、無糖ですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫ですっ、コーヒーはブラックで飲むのが大人っぽくて格好いいですし!」
ふんす、と鼻息を荒らげて彼女はコーヒーを飲みます。ですが、一口飲んで固まり、顔を顰めていました。
「に、苦ぃ…」
涙目になりながら、何とか口に含んだ分は飲み込んだ様子。そんな彼女が可笑しくて、私は笑ってしまいます。私の笑いに気付いた彼女は涙目のまま頬を膨らませてこちらを睨んできますが、それがまた可愛らしいです。
「蘭子ちゃん。私やっぱりコーヒー飲みたいから、良ければ交換してもらえないかな」
「か、神楽さんがそう言うのなら…」
交換したスタミナドリンクを飲んで、先程とは違って甘い飲み物で彼女は顔を綻ばせています。
私も一口、コーヒーを飲もうとして
(もしかして、関節キスになるのでは…)
そう考えたせいで、顔が真っ赤になってしまいます。しかし飲まないのも可笑しい事です。何とかその事を考えないようにしてコーヒーを飲みます。苦味が脳をクリアにしていくこの感じが好きなんですよね。
「美味しいですっ」
そうして無邪気に笑う彼女を見て、こちらも自然と顔を綻ばせてしまいます。
そのまま飲み物を片手に、話に華を咲かせながら部屋に戻ります。その道中、彼女が腕を絡めてきました。その行動に驚きましたが、最早慣れたものです。柔らかな感触には少し戸惑いますが顔に出すこと無く部屋にたどり着きました。それもこれも自己暗示の賜物。日夜私は女の子私は女の子と唱え続けた結果です。完全に私危ない人じゃないですか…。
部屋に戻り、ソファに座り込むと、当然のように彼女も隣に座ります。
(少し、蘭子ちゃんは私との距離が近すぎますよね)
今までも、これからも。彼女は私にこうして接触してくるでしょう。このままだと、依存という形になり彼女の為にならないのではないかと考え
「ねぇ蘭子ちゃん。どうしてそんなに私にくっつくのかな」
そうして、私は聞いてみることにしました。
先程とは違う私の雰囲気に彼女も気がついたのか、少し躊躇うようにして私から離れました。
「その…、迷惑、でしたか…」
顔を伏せて、訪ねてくる彼女。悲しそうな声色にそんな事は無いよと返事をしてしまいます。
「ただ、私と蘭子ちゃんはここで知り合って間もないじゃないですか。それなのに、蘭子ちゃんは凄く私に懐いていますし…。あ、いえ。決して懐かれるのが嫌というわけでは無いですよ?」
「……」
私の言葉で、蘭子ちゃんは黙ってしまいました。
これはやってしまったかと思い、謝ろうとした時に
「笑わないで、くれますか…?」
彼女はそう発しました。
その言葉に私は頷き、彼女が続きを話してくれるのを待ちます。
「私…、私…」
何故か頑張れと応援したくなる気持ちを抑え、彼女と正面から向き合います。すると
「ずっとお姉ちゃんが欲しかったんですっ!」
「……………ん?」
「一人っ子だったから、姉妹がいたらどんな感じなのかなって思っててっ。神楽さんは、私の理想のお姉ちゃんみたいでっ!」
「え、え…?」
「お姉ちゃんがいたら、こうして甘えてっ。一緒に買い物とかしてっ。遊んで見たくて!」
「お、おう…」
先程のしょんぼりとした蘭子ちゃんは、何処に行ったのでしょうか。目の前の蘭子ちゃんはきっと別人です。もしくはきっと私の妄想。やばいですねー妄想する程に蘭子ちゃんの事を考えていたなんてー(棒読み)
ですが、ガッシリと掴まれた手から伝わる彼女の熱が、感触が現実だと知らせます。
「だからっ!私のお姉ちゃんになってください!」
お兄ちゃんにしかなれないんですが…。
誰か助けてっ。そう願ってみますが、都合よく助けなんて来ません。
「お願いしますっ…」
最後のお願いは、とても悲しく聞こえて来ました
「ねぇ蘭子ちゃん」
私が声をかけると、彼女は少しだけ震えます。恐らく、拒絶されるのが怖いのでしょう。
そうして震える彼女の手を強く握りしめ、その目を見つめます。
「私はね、どう頑張っても蘭子ちゃんのお姉さんにはなれないの」
そんな大役務まりませんし、仮にお姉さんになったとして。何時か私が男性として世間に出た場合、彼女に傷を残す事になるかも知れない。
「でも、お友達にはなれる」
「友達、ですか」
「うん、友達。私や凛みたいに、気安く話せて、何かあったら頼れる存在」
そこで私は一度言葉を区切り、彼女から手を離します。
離れた手を、名残惜しそうに見つめる彼女。そんな彼女に私は再び手を差し伸べました
「私の友達になってくれないかな?」
そうして差し伸べた手を、彼女は笑顔で握ります。
その笑顔に、私もつられて笑顔になります。やはり女の子は笑顔が似合いますね。それにアイドルの心からの笑顔を見れるなんて幸せですよ。
「友達と言うことは、パジャマパーティーとかやりますよね!」
「………ん?」
何やら不穏な言葉が…。
「一緒にお風呂に入ったり、恋バナしたり!」
「ら、蘭子ちゃん?流石にそれは…」
「私、楽しみにしてますねっ!」
そうして、彼女は笑顔で部屋を飛び出していきました。
後に残された私は一人立ったまま、これはもしかしなくて悪化したのではと頭を悩ませました。