……内容はプロローグのプロローグですね。
この作品中では原作に倣って「アイツ」「コイツ」「アンタ」など一部の三人称表現をカタカナで表記してあります。ご了承下さい。
01/来訪者、迷い人
――――『裂け目』に呑み込まれた。
そう表現するのが一番相応しいだろう。
アイツは俺を突き飛ばし、空中に現れた巨大な裂け目―――割れたガラスの様なそれの中に消えていった。
咄嗟に伸ばした腕は振り払われ、そして俺を安全圏に逃すために、アイツは俺の胸を蹴り飛ばした。
即座に立ち上がり『裂け目』―――次元の『狭間』に向き直るが既にそこには何もない。
今のが夢幻かと錯覚してしまいそうになるほどに、ただ静寂に包まれ、月明かりがアスファルトの道路を照らしている。
―――アイツは、『奴』は何処へ消えた?
拳銃を構え警戒を巡らせ、痕跡を探す。
夜の闇からは物音一つ聞こえず、唯一見つかったのは赤く染まった服の切れ端だけだった。
01/来訪者、迷い人
終わりのないトンネル。永遠に続くかとも危惧した暗闇を抜けた先は、どこまでも広がる青い海だった。
突如空が開けたそこはサンサンと太陽が照らす常夏の世界。透き通る海、青い空と白い雲が目に入り、一瞬、自分の置かれている状況も忘れて開放感に包まれた。
しかし今は夜だったような……と頓珍漢な疑問を浮かべている間にも海は迫り―――
「………ッ!」
―――頭から海面に突っ込んだ。
腕を交差させ衝撃に備えたが如何せん唐突すぎた。即興での身体強化は及第点にも届かないお粗末な仕上がりであり、全身が粉砕したかと錯覚する程の衝撃が体を突き抜ける。昔から不測の事態への対処は苦手なのだ。緊急時での対応力の低さは仲間内でも有名だった
意識が朦朧とし、上下が分からない。こんな時は無茶苦茶に動くのはかえって危険だ。ゆっくりと、しかし確実に浮上する体の向かう先に一気に向う。ほどなくして海面を越えた。
「はぁっはぁっ」
だからと言って助かった訳じゃない。
絶えず水を掻き、沈まないように必死に抵抗する。しかし、水を吸うにつれて重量を増す衣服と不十分な呼吸が、じわじわとなぶり殺しにするかの様に俺を再び海中へ引きずり込む。次第に呼吸が難しくなってきた。
酸欠の苦しみが増していくのに反比例して、しかし、不思議妙と頭が冴え渡ってきた。一瞬が十数秒に感じられ、過去のあらゆる光景が浮かんでは消えていく―――これって所謂、走馬灯?
……一説では、走馬灯は死の窮地に陥った者が死から逃れる方法を割り出そうと超高速で過去の経験を振り返っていることによって生じる現象だと言われている。
しかし、本来の限界を超過した負荷を脳にかけているにも関わらず、人がその解決策を見出す可能性は非常に低い。
生還するのは一握りの幸運な者達だけで、ほぼ全ての者は非情な現実に直面し、成す術なく呑み込まれるそうだ。
―――幸運にも自分こと
我に返った瞬間にアーミジャケットを脱ぎ去り、空気を含ませて即席の浮遊具にする。
強繊維の頑丈な布は簡単に空気を逃しはしないが、気を抜けば一瞬で空気は抜け、海の底への旅路を進むことになる緊張感の中、この細い蜘蛛の糸だけを頼りに海面へ顔を出した。
必死に空気を取り込み打開策を模索する。ぐるり、とあたりを見渡すと遠くに陸地を見つけた。
体力と距離、波の強さを考えるに岸に辿り着くかどうかは五分と五分と言ったところだろう。もし波に押し返されたら、二度目はない。
「でも」
やらざるを得ない。このままでは生き残りの芽はない。溺れずに辿り着けるかは賭けだが、この大博打に賭ける他生存の道はなかった。
海難事故において生存率を高める泳法である立ち泳ぎは会得していなかった。学生時代に習わなかったのだ。久しぶりに恨み節を吐きたくなった。
ジャケットを放棄し、死力を振り絞って手足を動かす。最速の泳法―――クロールである。自分が満足に出来る泳ぎはこれしかなかった。息継ぎを繰り返しながら一心不乱に陸地へ向かって泳ぎ続ける。
「死ぬまでは諦めるなよ」そんな先輩の言葉が頭を過ぎる。それだけで少しだけ活力が湧いた。きっと辿り着ける。そんな希望が生まれた。
―――しかしながら、自分は海というものは甘く見ていたのだと実感させられる。愚かにも自分は自然界の力の恐ろしさを、強大さを完全に舐めていたのだった。
「もっ……が……!」
足掻くも何も関係ない。
身の丈を優に越える大波に呑み込まれる。一切の抵抗は許されず、そして遂に意識を手放した。
誰かが言っていた、人生僅か50年……未だ19年と少しししか生きていない俺だが、世間一般の人に比べて命の脆さと儚さは理解している方だと思っている。
"向こう"にいた頃から死は近しいものだったが、こちらに来てからはそれが更に近付いた気がする。
斜め向かいの一家が向かいに引っ越してきたくらい微妙な変化だが、それでも"向こう"より更に死が近くに潜んでいることは間違いない。
魔物が蹂躙跋扈している所は変わらない。だが此処―――向こうとは"別の世界"であるスピラには『シン』がいる。
人々は『シン』を恐れ、震えて日々を暮らしている。どこぞの町が襲われたと聞けば、自分の所では無かったと安堵し。夜は神出鬼没な『シン』が自分の生活圏内に現れないようにと祈りを捧げ眠る。
『シン』は謂わば天災のようなものだ。遭遇したが最後、逃げる以外の術はない。奴さえ、奴さえいなければと、人々は行き場のない感情を押さえつけるしかないのだ―――と、俺を助けてくれたビサイド島の住人であるグラマラスな美人、ルールーが言っていた。
ルールーの彼氏の兄であるワッカは、スピラに根付く宗教の教義"エボンの教え"を引用して『シン』は「罪であり罰だ」と小難しいことを言っていたが……。無宗教大国の人間としてはエボンとやらがどうも胡散臭いものに見えて仕方がなかった。
元の世界では宗教アレルギーと揶揄されることもあったが、別に宗教を否定したいわけではないのだ。ただこう……なんとなく苦手だった。この感覚は理屈じゃない。
今のところは話し伝いに聞いただけで実物は見たことのない『シン』。
話し通りの「山の如く巨大な化物」だとするなら絶対に遭遇したくないが、心のどこかで会わなければと思っている自分もいる。
あの時、忽然と現れた『割れ目』。
世界を渡らせてしまうほどの異常性を孕んだアレと『シン』に、確証のない因果を見出していた。……いや、何の手がかりもない中で、取り敢えず『シン』に責任をおっ被せて心の平穏を取り繕うとしているだけかも知れない。
如何に強大な存在だろうと、別世界の存在である『シン』が向こうの世界に影響を与えるとは思えない。そもそも、別世界が存在することだって夢物語でしかなかったのだ――――少なくとも、スピラに来るまでは。
「おい、こんな所で何してやがる」
「見て分からないのか? 海を眺めてるんだよ」
背後から掛けられた声に振り向かずに返事を返す。
「んなこたあ分かってる。そうじゃなくて、どうして此処に居るのかを聞いてんだ」
「……ここだと、一人になれるからな」
「言っておくが、俺はまだお前を信用しちゃいねえ。ルーの顔を立ててアレは返してやったが、おかしなこと考えるんじゃねえぞ」
はぁ、と言葉全体から伝わってくる警戒心に嘆息する。
ここビサイド島に漂着して一ヶ月、この鶏のトサカを連想させるファンキーな髪型をした男―――ワッカは俺のことを未だ信用していないようだった。
「俺は警察官だぞ、そんな真似するか」
「またよく分かんねえ事を……そのケーサツカンってのが何かは知らないが、あんまり勝手な行動は認められねえ。……村に戻る、付いて来い」
顎で指図するワッカに若干辟易しながらも、素直に着いていく。頻繁に付き纏われてうんざりしているのだが、浜辺に辿りつけず溺れかけた俺を助けてくれたのは、他でもないこのワッカなのだ。
それに、こんな対応をしてくるのはワッカだけではない。チャップやユウナ、その他一部の住人を除いた全員がこの様な態度だった。ルールーはその中間ってところだろう。
彼らの信じるエボンの教え。自分がその教義に反する機械を所持していると分かった途端、話し掛けられる機会がめっきり少なくなった。
稀に罵声を浴びせられる事もあったが、それはそれで排斥しようとはせず村に置いてくれているだけで御の字だという事も理解している。
村では遠巻きに見られていたり、絶えず誰かの視線が向けられていて、まるで監視されているような気分になる。それに嫌気が差すと、時折こうして人の目がない浜辺まで足を運んでいるのだ。
しかし、ワッカだけは俺がどこに居ようと暫くすると現れる。理由は本人が言う通りなのだろうが……信用していないと公言し、警戒を巡らせるているワッカが長いこと俺と時間を共にしているというのも可笑しな事だ。本人には伝えないけども。
村の前ではユウナがそわそわした様子で出迎えてくれた。その隣に立つルールーと目が合うと、ユウナを一瞥して肩を竦めた。
「あっ、ワッカさん!テッセさん!」
「ユウナ……待ってなくて良いって言ったろ」
「やあユウナちゃん。また心配かけちゃったみたいだね」
「分かってるなら、同じことを繰り返さないで」
「善処するよ、ルールー」
駆け寄ってきた和装の―――ここはスピラなので厳密には違うのだが―――女の子がユウナ。『シン』を倒す唯一の方法「究極召喚」を求めて召喚士になる為に修行中の少女だ。驚く事にその年齢は16歳。向こうならまだまだ生意気で青春真っ盛りの年頃にも関わらず、なんと言うか、非っ常に人間が出来ている優しい子だ。俺より精神年齢が高いかもしれない。
『シン』を倒し、『シン』の恐怖がない平穏な時間"ナギ節"を創る旅は間違いなく命懸けだろう。ここに来て一ヶ月そこらしか経っていない自分でさえ『シン』の度を超えた恐怖は口伝いとは言え知っている。
旅に出る決意を固めたのは14歳の時分だったと言うのだから、その覚悟には感服する他ない。
その隣で俺に鋭い視線を向けている、見るからにおっかない女性がルールー。この常夏のビサイド島の気候に適しているとは思えない黒い毛皮のドレスを常着している奇特な人だ。
ドレスは上胸と両肩が顕になっている大胆すぎるデザイン。初めて見た時には目を疑った。それこそ、ワッカのトサカ以上のインパクトだった。
彼女も俺に警戒心を抱き続けている一人だが他の連中とは違い、ぶしつけな視線を向けてきたりはしない。身元不明で夢物語の様な話ばかりする要注意人物として見られているようだが……それはまぁ、仕方が無い。俺はスピラ、『シン』、エボン、ザナルカンドと言った単語に加えて公用文字まであらゆる一般常識を知らなかったのだから。
ちなみに彼女の彼氏であるチャップ―――ワッカの弟―――は一般的なビサイド島民と比較して、とても俺に好意的なのだが最近はあまり会っていない。
「チャップは?」
「家よ。付いてこようとしたけど、置いてきたわ」
「ったく、あいつもどうかしちまってる。エボンの教えに反する機械の武器に興味を持つなんて……誰のせいだか!」
「……俺のせいなのか? だとしたら、何かすまん」
「何かってなんだ! バカにしてんのか!?」
「いやバカにしてるつもりは無い」
「『シン』が来たらお前のせいだからな。そうなんねぇようにちゃんと祈れよ?」
「了解してる」
突っかかってくるワッカを躱してユウナに向き直る。
「ところでユウナちゃん。どうだい、修行は順調?」
「はい。まだまだ未熟ですけど、この前ケアルが使えるようになったんです!」
「おお、それはすごい! 俺も怪我しちゃったらユウナちゃんに治して貰おうかな」
「が……頑張ります!」
ユウナは胸の前で両手を握り締めて意気込む。本気で頼んだわけではないのだが、ユウナは至って真剣で、その純粋な眼差しは見ていると謎の罪悪感が湧き上がってくる……嘘はいけませんよね。
動物で例えるなら……小さい忠犬だろうか。加護欲を掻き立てられて、無意識に頭を撫でようと手が伸びてしまった。
「――――そこまでよ」
「ルールー……」
す、とユウナと俺の間に割り込んできたのはルールーだった。体を半身に構え、自然体だが何時でも黒魔法を放てる準備が整っている筈だ。
穏やかな雰囲気を一転させた明確な戦意が伝わってくる。背後ではワッカも戦闘態勢をとっているだろう。
――――これだもんなぁ。
予想通りとは言え、やはりこの対応は傷つく。
内心ため息を吐きながら、両手を上げて一歩下がる。お望み通りユウナから離れたんだから、そのプレッシャーを治めてくれ。
「はっはっは……どうやら完全な信頼を得るには、まだ少し時間が掛かるみたいだ」
「……アンタを信頼してないわけじゃないわ。でも完全に信用しているわけでもないの」
「そう言うこった、とりあえずユウナから離れろ」
「ルールー! ワッカさんも!」
2人を制止しようとするユウナを手で制して止める。ちょっと気が回っていなかったのは自分の方だ。2人の行動は何も間違っていない。
ちょっとだけ胸は痛いが、それにさえ目を瞑れば油断無く自分たちの妹分を守ろうとする姿勢には好感すら持てる。
「テッセさん……」
「良い友達じゃないか。ユウナちゃん、2人は大切にしなよ」
引き止める声を無視して一足先に村へ入る。向かう先は外れにある掘っ立て小屋だ。
古布で作られた簡易テントは小さな机と寝具の木板と布しかないが、この一ヶ月間そこが俺の住居だった。
歩きながら空を見上げると、夕焼け雲が浮かんでいた。
空を遮る暗い雲。大きく吸った息を吹き掛けるも、雲はちっとも動かなかった。これもまた仕方が無い。
最後まで文を読んで下さりありがとうございました。
宜しければ、気になった点・良かったor悪かった点・誤字・感想など頂けると幸いです。
やる気が出たら、続きを投稿するかもしれません。
追記:ユウナの年齢訂正。17→16
重要追記:主人公とビサイド島民の関係を少し軟化させました。それに伴って原作固有のワード(スピラ等)が初見でも理解しやすいように改訂しまし
理由はキャラ間のギスギスの関係に私が疲れたからです……許しておくんなまし。