これは私個人の考えですが、主人公と言うものは苦境、絶望を与えてこそだと思うのです。
……ま、それが難しいんですけどね。
「少しお茶でもしない?」
そう言って現れた彼の誘いを断わらなかったのは少しの哀れみと、私自身、スピラとは違う世界―――――『シン』のいない世界から来たと言う彼の話が気になっていたからかもしれない。
この村に初めて現れたとき、彼はワッカの肩に担がれ意識不明の状態だった。
ブリッツボールの練習中に沖で浮いているのを見つけたと言うワッカは、いつもの呆れる程の強靭な体力から考えられない程息を切らしていて、海岸から村までの決して近くない距離を全力で走ってきたのだと察せられた。
運び込まれた男は顔面蒼白で、一瞬死んでいるのかとも思ったが、よく見ると浅いながらも呼吸があり、微弱ながら脈もあった。
しかし体は氷の様に冷え切っており、紫に変色した唇から細い息を漏らすばかりの体は既に震えることすら放棄していた。
ビサイドの海は基本的に温かい。体が冷えているということは、かなり遠くから流されてきたのだろう。
溺れていてよく息があったものだと、当時の私は彼の幸運に自分のことさながら感謝していた。
―――これは後にチャップから聞いた話なのだが、呼吸の無かった彼にワッカが人工呼吸を行って水を吐き出させたのだとか。後に犬猿の仲となった彼とワッカだけれど、彼がワッカに対して本気で悪口を言わないのは、ワッカが彼にとっての命の恩人だからなのだろう。
「『受けた恩は返す』のが俺の信条だ」と日頃から公言している彼のことだ。どれだけワッカと喧嘩を繰り返そうとも、その恩だけは忘れていなかったに違いない。
「ルー! 火だ!火!」
「っ! ごめんなさい!」
急かすワッカの声に我に返って私は慌ててファイアの呪文を唱えた。
戦闘で使うような対象を焼き尽くす炎ではなく、手のひらから放ち続ける炎。太陽で熱々に熱せられた砂を全身に被せられた彼に向かって、砂の表面から更なる熱を与える。
少々荒っぽいが、ここビサイドで体を温めるならこれが一番なのだ。
熱し過ぎて火傷をしないように全身に新たな砂をかけながら温めること十数分。肌に血の気が戻り、呼吸も安定してきた。
砂から引きずり出して少しすると、漸くやってきた寺院の僧が彼に白魔法を掛けた。
全身を淡い翠色の光が包み込み、顔にあった細かい擦り傷などが治癒されていく。運ばれてきた時からずっと浮かべていた苦悶の表情も緩和され、穏やかなものに変わっていった。
「……これで一安心ですな」
「ホントか? 良かったぁ……」
ハラハラした様子で行く末を見守っていたワッカは、その場に尻餅をついて安堵の息を漏らす。そんな彼を、同じ様に心配そうに見つめていたユウナが気遣っていた。
「さて、このままここに寝かせておくのも心がない。誰か彼に寝床を与えてくれる者はいませんかな?」
「あぁ、それなら俺んちを使ってくれて良いぜ。最初に見つけたのも俺だしな」
「そうですか。では、宜しく頼みますぞ。ワッカ」
「任された」
そうして僧は祈りを捧げると、来た道を引き返していった。
「んじゃあ、兄ちゃん。俺は寝床の準備してくるよ」
「おう、頼むわ」
チャップが一足先に家に向かい、それを見送ったワッカは今度こそ本当に安心した、と大きく息をついた。
「はぁ〜、一時はどうなることかと思ったぜ……」
「アンタが全速力で運んできてくれたおかげよ」
「そうだよ。ありがとねワッカさん」
「おう。どういたしまして……って、何でユウナが礼を言うんだよ」
「あ。な、なんでだろう?」
「へへへ……まっ、ユウナらしいか」
苦笑いを浮かべるユウナの頭をポンポンと叩いて、ワッカは立ち上がった。
「さーってと!さっさと運んでやるか! 火炙りにされた上、お日様の下に放置されちゃあ、コイツも今度は干上がっちまうぜ」
「火炙りって、人聞きの悪いことを言わないで。さっきはそうするしかなかったんじゃない!」
「うお!? 悪い悪い、冗談だって!怒んなよルー!」
「ったくもう……」
「あははは」
聞き捨てならない事を言ったワッカの足元に小さなサンダーを放つ。連続して3発。撃ち抜かれた砂が小さな音を立てて爆ぜた。
……あの時ユウナは笑っていたが、実はかなり本気で腹を立てていた。からかうにしても火炙りはないでしょう。火炙りは。
「よっと」
掛け声一つ、ワッカが男を肩に担いだ。ついさっきまで生死の境を彷徨っていた怪我人相手にそれは如何なものかと思わないでも無かったが、私はそれを口には出さなかった――――否、出せなかった。
「……!」
「こ、これって……」
「ん、どした?」
少しの勢いと共に肩に担がれた男。
その体が揺れると同時に、服の隙間から一つの鈍い光が落下した。バスン、と何でもない様な、ベッドに腰を下ろした時の様な地味な音を立てて砂を散らしたそれは、私にとって、私たちにとって許容出来ない。許されざる禁忌の一片だ。
「……ルールー。これってそう、だよね?」
「ええ、ユウナは初めて見るのかしらね」
「どうしたんだよもう……ってオイ! こりゃあ―――」
「―――銃! "機械"の武器じゃねぇか!!」
その後のことは知っての通り、目覚めた彼―――テッセから『シン』を知らないと言うことや別世界から来たと言う荒唐無稽な話を聞いたり、銃を没収されていたことに気が付いた彼を言い包めたり、最低限スピラで生活していく上で必要な知識を与えたりすることで、彼と私たちの最初の一日は幕を下ろした。
テッセはこの上なく怪しい人間だった。
しかし、少なくとも悪人では無かった。
村の老人たちが何か困っていたら手を貸したり、夜に広場で燃やす薪を組む作業にも率先して参加していた。山に食料を取りに行くとなれば同行を申し出て、その途中で魔物に出くわした際は自ら囮となって村人を無傷で、しかし時には本人は少なくない傷を負って帰還した。それでも小さな傷ばかりに抑えていたのは彼の実力故だったのだろう。
そして何時も苦笑いを浮べて、何でもない様に言うのだ。
「これが俺の仕事で、これしか出来ないんだ」と。
数日立つ頃には、テッセは早くも村の面々と良い関係を築き始めていた。
身元不明のよそ者の彼に与えられていた寝床―――簡易テントに布と板だけの住居を家とは呼べないかもしれないが―――は吹けば飛んでしまうような粗末なものだったが、彼に助けられることの多い老人たちの中には生活環境の改善……すなわち彼にまともなテント住居を与えることを提案する者もいた。
残念ながら村にそこまでの余裕は無く、賛成者も少なかったのでそれが実行されることも無かったが彼は、テッセは間違いなく村の新たな一員として受け入れられ始めていた。
アレが白日の元に晒されたのは、そんな時だった。
一体何処から漏れたのか。当時その事実を知っているのは、現場にいた私とワッカとユウナ。そしてダット、レッティ、ボッツ、ジャッシュ、キッパのチャップを除くビサイドオーラカの面々だけ。
ユウナには私から、彼らにはワッカがキャプテンとして他言無用を厳命したが、人の口に戸は立てられない。誰が原因かはついぞ分からなかったが、とにかくあの日、テッセの秘密は白日の元に晒され、村人全員が知るところとなった。
変化はすぐに訪れた。
エボンの教えは私たち人間の罪を償うためのもの。教えに従って生活していれば、いずれ罪は償われ『シン』は消える。それだけを希望に1000年もの時を私たちスピラの人間は生きてきた。
それ故、エボンが禁じている機械。教えに反し、その最もたる象徴である銃を所持していたテッセへの風当たりは、今までとは打って変わって厳しいものとなった。
特に信心深い幾人かの老人たちはテッセに罵声を浴びせ掛けることもあり、その中には彼の生活環境の改善を提唱した老人もいた。
僅かに数人はそれまでのテッセの行い、人柄から彼と変わらずに接していたが、老人や周囲の者たちの目もあって次第に数を減らし、最後には殆どいなくなった。
そして自然と監視役のような立ち位置となった私とワッカ、それと純粋にテッセに好意を抱き続けているユウナとチャップを除いて、テッセに接触する者は殆ど居なくなった。
信心深く頭の固いワッカは、実際の真意に因らずどうしてもテッセに強く当たってしまうのを止められない様だが、私はワッカほど頭は固くない。むしろ、ビサイドにおいて最も柔軟な思考を有しているとも思っている。
また傷ついている人に、更に追い打ちを掛ける様な冷酷さは持ち合わせていなかった。
なのだから仕方のない――――否、当然のことだった。
「少しお茶でもしない?」
いつもの飄々とした顔の下に確かな疲労を覗かせて、しかしそれを尾首にも出さず、いつもの自分を演じ続ける彼の誘いを私は快く受け入れた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
気になった点・良かったor悪かった所・誤字・感想など戴けると幸いです、
……上げて落とす。の落とす部分をもっと厚く細かく書いたほうが良かったですかねぇ。というか、後半の文章簡潔にまとめすぎた気がしないでもない。
追記:改行しました。
追記:内容を微妙に変更しました。