アイツと初めて出会ったとき、俺は何を思っていただろうか。
期待、尊敬、羨望、嫉妬、不条理、不公平―――そんな感情は一欠片さえ持たず、ただ対等な友情を感じていたのではなかったか。
生まれこそ違えど、若くして田舎を飛び出し、首都で一花咲かせようと意気込んだ同志に違いなかった。
偶然の出会いは友情を生み、絆を結び、決して解けない鉄の結束となって―――いつしか俺はそれが疎ましくなった。
考え知らずで無鉄砲で、なにより純粋だった時代を駆け抜け、僅かに知恵を付けた自分勝手な逃亡者に成り果てたのだ。
06/感情、理屈、結論
チャップがテッセと接触する十数分前、ビサイド島全体を見下ろすことの出来る丘の上で、ワッカとルールーはテッセが現れるのを待っていた。
岩に腰を下ろしているワッカの手元にはブリッツボールが置かれ、ルールーも愛用するモーグリ人形を胸に抱えていた。
競技用ボールとぬいぐるみ。どちらも到底武器には思えないが、これが彼らの武装だった。
弟と違い剣の才能がからっきしだったワッカは仕方なく扱いなれたブリッツボールを武器にしているが、だからと言ってその戦闘力は侮れない。
自由に移動するターゲットに正確にボールをヒットさせ、尚かつ歪な体表面での反射を計算してボールが手元に返ってくる様に投球する。この複雑な攻撃サイクルを、ワッカは無意識の内に行い、そして確実に成功させる。
加えて水の抵抗が無い陸地でのシュートスローは、人の一人や二人を容易く吹き飛ばす威力を有していた。
幼少の頃から23歳の今までブリッツの為に鍛え上げられた屈強な肉体から放たれるシュートは、それ1つで十分な凶器と化している。
ルールーが抱えるぬいぐるみは言わずもがな。
彼女の攻撃手段は黒魔法であり、ぬいぐるみはそれを補助する道具に過ぎない。いざとなれば無手だろうとルールーはワッカとテッセを纏めてでも相手取れる。それで勝利できるとは限らないが、逆に彼ら二人でテッセ一人をとなれば一切の懸念はない。
「お前はどう思ってんだ? アイツのこと」
不意にワッカが呟いた。視線は丘下に繋がる道を見つめている。
同じ方へ向いたまま、ルールーは反対の手に持った彼の武器……テッセの銃に目を向けた。
テッセがビサイドに運ばれてきてからそろそろ一月が経つ。
初めは奇妙な風貌の漂流者としか思っていなかったが、銃が見つかり、夢物語の様な境遇を聞き、その認識は得体の知れない男に変わった。
ワッカも似たような考えだろうけど、もし彼処にユウナが居なければ、『シン』を呼び寄せる危険のある彼を今の今まで島に置いてはおかなかっただろう。ある程度体力が回復したら、強制的にでもルカ行きの定期船に押し込んでビサイドから追放していた筈だ。無慈悲と思われるかもしれないけど、どんな怨みを買おうが『シン』をビサイドに近づけるよりは遥かにマシだった。
実際はユウナがテッセの保護を主張した為に自分たちも賛同したが、それは単にスピラの希望となる召喚士を目指すユウナに……いや、純粋な妹分に冷酷な自分たちの姿を見せたくなかったからかもしれない。理由はどうあれ、テッセは村に留まった。
衰弱していたとは言え肉体的ダメージは少なかったテッセは、一夜明けるとすぐに活動を始めた。恐らく、自分の置かれていた状況を薄っすらと感じ取っていたにのだろう。己の常識すら通用しない世界に放り込まれて不安で無い筈がないのに、人好きのする笑顔を貼り付けて必死にビサイドに馴染もうとしていた。
今思うと、あの行動は彼が現実を直視しないためにも必要な事だったのかもしれない。
狩り、採集、漁、物の修繕、寺院の清掃……。それこそ
「エボンの教えは別として、悪人では無いと思うわ。アンタだってずっと見てきたでしょう?」
「それは、俺もそうだ。アイツは悪いやつじゃあない。どっちかってーと善人だ。……ただ少し度が過ぎてるって言やいいのか、言っちゃ何だが、ルーからあの話を聞いたとき、俺は気味が悪かった」
「あの話って、ユウナの?」
「ああ」
思い返すのは以前、寺院前でテッセがユウナに白魔法を教授していた時の光景だ。彼が村八分の状態になって間もない頃だった。
魔法修行の休憩時間にぼうっと空を見上げているテッセを見かけたユウナは、周囲のエボン僧の目なんて気にも留めず彼に近寄っていった。その頃には数回のお茶会を通して親交を深めていたルールーはテッセが白魔法を使えると話していたことを思い出して、偶には自分や僧以外の魔法使いの技を見るのも良いだろうと、ユウナを止めることはしなかった。
少し離れた位置で耳を澄ませていると、案の定テッセがユウナに魔法を披露することになったようだった。実の所、別世界の魔法と此方の魔法に差異はあるのかと気になっていたルールーは、これ幸いとテッセと魔法を観察していたのだが……問題はここからだった。
ケアルを披露すると宣言すると、テッセはおもむろにナイフを取り出して、何の脈絡も無く自らの腕を容赦無く切り裂いたのだ。
離れていても傷の深さがハッキリ想像できる量の血液を流出させながら、しかしテッセはほとんど表情を変えることもなく腕に白魔法を掛け始めた。最下級白魔法では到底治療出来そうに無い切創を、彼は僅か二度の重ね掛けで完全に治癒させて見せた。傷口を覆う魔力濃度、的確に魔法を作用させる魔力の制御技術、そして痛みを全く意に介さない異様な程の冷静さ。
ついにはユウナの賞賛を受けて、テッセははにかむ様に笑い今さっきまで重傷を負っていた腕を見せびらかす様に振り回すのだ。治癒したとは言え、
笑みを浮かべながらある種の普通じゃない行動を取るテッセは、しかし自らの異常性にはまるで気付いておらず、その事実が心を開きかけていたルールーの警戒心を再度最大まで引き上げた。
「アイツ最近ちょっとおかしいんだよ。普通に話してたと思ったら突然静かになったり、誰もいないところで一人で頭抱えてたりさ。アイツ、愚痴の一つもこぼしてないだろ。それが原因なんじゃないか」
数日前にチャップがそんな事を言っていたのを思い出す。
いくら強がっていても、テッセのストレスは限界に達しているのかもしれない。理由もはっきりせず、戻れるかも定かではない状況で別の世界に迷い込んでいるのだ。今では彼の話を疑っていないが、もし自分が同じ状況に置かれたらと想像すると、それは酷く恐ろしいものだった。
そう考えるとテッセの精神は自分には及びつかないほど強靭なのかも、とそこまで考えてルールーはワッカに向き直った。
「確かに、テッセは怪しいし教えを破っている事に変わりはないわ。……けど、なんとなく、根拠は無いけれどアイツが誰かを傷付けるとは思えない。……警戒はするけど、排除する必要はないと思うわ」
「そうかぁ? 俺としちゃあ爺さんたちの為にも船に乗って貰う方が良い気がするけどな。……それにどうしたって機械は機械だ。それで『シン』が来ちまった日には、アイツ、もっと酷い事になるぞ」
「それは……」
ワッカの言うことももっともだった。
もし、今『シン』に襲われたら、村人全員の怒りの矛先がテッセに向くことは想像に難くない。その時に何が起こるかは分からない。しかし、テッセにとって
何か反論をしようとしてルールーは言葉に詰まった。
「……ユウナが悲しむわよ、それとチャップも。二人ともテッセに懐いてるから」
「チャップだってもう大人だ。『シン』に関しては、綺麗事じゃどうにもならない事くらい分かってる。ユウナは……怒るだろうなぁ」
苦し紛れに絞り出せたのは、またしてもそんな感情論だった。
論理派のルールーにしては珍しく、今この場に限ってはワッカの方が冷静だった。
何故かは解らない。だが、ルールーの中で何かが訴えているのだ―――――彼を追い出したら後悔する、と。
それも一時的なものではない、一生の後悔だ。
テッセがずっと故郷に帰りたがっていることをルールーは良く理解している。その衝動が最近になって漸くほんの僅かばかり落ち着いてきたことも。傷は癒えたが、テッセの心は今やっと落ち着き始めた所だ。徐々にビサイドに慣れ、平穏を取り戻し始めたばかりなのだ。
確かに、テッセの精神性に懸念が無いかと言われれば決して否定はできない。彼は警戒すべき存在でありエボンに反する異教徒だ。
言い得て妙だが、
しかし、だからと言ってルールーにはワッカの主張を受け入れる事はできなかった。
――――
この選択が未来で大きな波紋となって現れる。奇妙な確信があった。
「――――お願い。アイツを此処に残す為に協力して」
真正面からワッカを見据える。ワッカも視線を逸らさずにルールーの瞳を覗き込んだ。
今の彼女はやけに必死に見えた。平生の冷静で合理的な彼女からは想像も出来ないほど、感情論を振りかざしている。
しかしそれは仕方のないことだった。熟練の黒魔道士と言えども……否、だからこそルールーは自分でも理解し難い主張に偽りの論拠を示すことは出来なかった。
視線が交錯し沈黙が続くこと十数秒。ルールーの表情が陰り、瞳が僅かに揺れ始めた。ワッカは苦虫を噛み潰した様に顔を顰めて、右手で後頭部を掻くと諦めたように深くため息をついた。
「あーっ!分かったよ!分かったからそんな顔すんな!」
「……ありがとう」
「お、お前が礼言ってどうすんだ。……協力ったって、説得するのは至難の業だぞ。皆、アイツを船に乗せる方向で考えは固まってんだ。それを覆すとなると相応の理由が要る。それこそ、アイツ自身が大召喚士様の縁者だとかな。何か考えがあんのか?」
「それが無いからアンタに協力を頼んでんでしょう。今から考えるのよ。アンタも知恵を絞りなさい」
「相変わらずキッツいなぁ……」
打って変わって鋭い視線を向けてくるルールーに嘆息する。
正直な所、ワッカの頭が然程頼りにならないことは解っていたが1人より2人。チャップとユウナも実質的な協力者になり得るから4人。
説得すべき相手は多く、それらを一纏めに納得させる理由が必要だったが、一人でなければ少なくとも悪い結果にはならないだろう、楽観的と捉えられるかもしれないが、そうルールーは考えていた。
ワッカは腕っ節ばかりだが、それでも皆からの信頼は厚い男衆のリーダー的存在だ。ワッカが言うならば、と考えを曲げてくれる人も居るだろう。
「……いっそのこと、ユウナのガードになれぱ何も言えないんじゃねえか?」
「それは私も真っ先に考えたけど……テッセの武器は銃よ。召喚士のガードがエボンの教えに反するなんて認められると思う?」
「まあ、ダメだな。間違いなく」
やれやれ、と肩を竦めてワッカは再度思考の海に沈む。
いつもこう言った頭を使う仕事はルールーや他の頭が回る連中に任せっきりだった。
シーズン前となればブリッツの作戦を一晩中考えることもあったが、それとこれとでは頭を使う方向性が違うのだ。
首をひねってうんうん唸りながら何か策はないかと思考を巡らせるも、現実は非常なり、幾ら粘ってもワッカにはこれと言った策は思いつかなかった。
しかし、だからと言って結局何の役にも立ちませんでした。とルールーの期待を裏切るのも御免
故に、思考は原点回帰する。理由の大本を潰せば良いのだろう、と。
「……アイツに剣 使わせれば良いんじゃねえか?」
エボン反者かダメだと言うのなら、エボン教徒になれば良い。。
そもそもテッセが銃を扱うからルールーがこれほど頭を悩ましていると言うのに、それを根底から覆すような、本末転倒な発想なのだが、ワッカの思慮はそこまでは届いていなかった。
ただルールーなら既に考えているだろうから提案したところで意味は無いだろうと切り捨てていただけなのだが、予想に反してそれを聞いたルールーは目を丸くした。
今述べた通りこの考えは本末転倒、態々言葉にする必要もないものだ。しかし、それ故ルールーはこの案を考えることすらしなかった。内容を微塵も吟味せず、初端から思考の外に放り捨てていた。
常の彼女なら何もせずに廃案にする様な真似はしないだろうが、奇妙な予感のせいだろうか、今の彼女は平静を装っているとは言え、その心は平生とは言い難い状態だった。
「……でも、テッセが銃を壊すことを許すとは思えない」
「別に壊すこたねえだろ。使わせなきゃ良いし、所持すんのも認められねぇってなら返さないでずっと俺たちが持ってりゃ良い。それで『シン』が見逃してくれるかは祈るしかねえけど、皆の説得はかなり楽になる筈だ。
「過去の行いを反省し、今ではエボンの教えを信じる新たな教徒」になったって説明すりゃあ、少なくとも僧侶様は認めてくださるだろう。エボンの僧が認めたんなら、信者の俺たちはそれを信じるだけだ」
その説明にルールーは沈黙し、吟味する。
暫く待ち、「どうだ?」とワッカが尋ねるとルールーは小さく息を吐いて疲れたように眉間を揉んだ。
「正直なところ穴だらけだし、本当に寺院が認めてくれるかも分からないけど、今のところ一番現実的かもね……。僧侶様の説得は私が、皆の説得はアンタにお願いしていいかしら? 利用するようで悪いけど、仲の良いアンタなら上手いこと老人たちも言い包められるでしょう」
「おうよ。ま、気にすんな。いっつも爺さんたちには我侭言われて困ってんだ。偶にゃ俺たちが我侭言ったって良いってもんよ。な?」
申し訳なさそうにするルールーを前にワッカは努めて明るく振る舞う。ニカッと歯を見せて笑うと彼女は小さいながら笑みを浮かべた。
そうして不器用ながらもルールーを励ましていると、坂の向こうからジャリ……と地を踏み締める音が聞こえた。
「――――漸くお出ましか」
「やけに遅かったじゃない。また無駄話でもしてたのかしら?」
そう問いかけると現れた男、テッセは苦笑してこめかみを掻いた。
「これでも走って来たんだけどな。文句はチャップに言ってくれ」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
気になった点・良かったor悪かった箇所・誤字・感想など頂けるとハッピーになります。
一話でなんと無く書いちゃったけど、キャラクター間で不和を維持しつつ話を進めるのって書くの難しいですね!
現状としては
ワッカ▶テッセ 警戒すべき他人
ルールー▶テッセ 警戒すべき友人 って感じですね。
追記:改行しました。
重要追記:改訂にともなって内容をところどころ変更しました。本編前の短文はガッツリ。