陰険性悪二十代後半年上インテリ系女子(ゲス)はヒロインになれるか? 作:水風浪漫
世界は突如として現れたオラクル細胞の集合体、万物を捕食し、際限なく進化を続ける『荒ぶる神』によって絶滅の危機に瀕していた。
アラガミ。極東の神話になぞらえてそう呼称される怪物たちは、地球上のあらゆる生物、植物を含む物質を取り込み、異常な速度でこの世の全てを超える生体を獲得した。
原子炉爆破による放射熱線までもを吸収するアラガミ。
既存の兵器による攻撃を一切受け付けない奴らに対抗する為に、人類はアラガミを捕らえ、調べ上げた。
多大な犠牲を伴って、しかしその果てに人類はアラガミへの対抗手段を得たのだった。
神器と呼ばれる生体兵器によってアラガミを狩る人類の最終兵器。目には目を歯には歯を、神器を構成するのはアラガミと起源を同じくするオラクル細胞だ。アラガミを構成する核である『コア』、それに人の手を加えた『アーティフィシャルCNS』によってオラクル細胞を制御を可能とし、人類は敵の力の一端を己の支配下に置き、神器使い(ゴッドイーター)を生み出したのだ。
西暦2062年
鉛色の雲が空を覆い、雨とともに強風が運ばれてくる。トタン屋根を揺らし、木造の建築物はその節々が軋み、所によっては隙間風が吹き込んでくる。小降りだった雨は次第に雨脚を強め、徐々に勢いを増す強風と併せて嵐の様相を見せ始めていた。
人々は屋根が吹き飛ばされないよう、ビニールシートを被せ、その端を地に打ち付けた杭にロープで縛り付けている。他にも追加の木材で窓や扉の補強を行う者や、これ幸いとバケツを持って外に立ち雨水を集めようとする者もいる。
各々が自らの住居を守るために忙しなく働き、動き回る中、そんな彼らを見下ろすように堂々と鎮座するものがあった。
無数の質素な住居に周囲を囲まれるように立つそれは、周囲の建築部がミニチュアに思えるほどの巨大さを誇っている。シンプルな直方体形だが、その一辺一辺の長さは推し量れない。
フェンリル本部。
そう呼ばれているものである。
内部にはフェンリル職員やゴッドイーターとそれに連なる人々が暮らす内部居住区が設けられている。アラガミ装甲に守られているとは言え、防壁が突破されれば真っ先に蹂躙の標的となる外部居住区と比べると、まさに天と地ほど差がある安全性に内部への移住を求める声は多い。
しかしその多くを地下に建造している居住区の増設は容易ではなく、加えて本部ともなれば、権力者の親族が優先的に移住するため、外部からの移住者はほぼ皆無と言っていいだろう。
唯一の例外は、新たに神器に適合したゴッドイーターだけだ。
そのフェンリル本部の地下深く、鋼鉄の扉で閉ざされた先に一人の少年が居た。
金髪碧眼、白人男性の平均的な身長、肉付きの悪い体。現代ではどこにでも居る、極めて平凡な容貌だ。唯一特徴を述べるなら、半開きの疲れ切ったような、陸に上がった魚を思わせる両目だろう。
その双眸の見つめる先には、赤い機械が鎮座している。中央に巨大な剣が嵌め込まれたそれの周りには、赤い粘着質が付着し鼻を突く鉄の臭いを漂わせている。
一歩踏み出すと、にちゃりと靴底から赤い糸が垂れた。
機械の前に立った少年は、深く息を吸い込むと、躊躇いなく剣の柄を取った。
「―――ッ」
途端、目が見開かれ、耐え難い苦痛が全身を襲う。握りしめた右腕から体内へ異物が流入してくる。大粒の汗が滲み、喉からは音にならない悲鳴が漏れる。度々白飛びしそうになる意識をどうにか保ち、それでも少年は一瞬たりとも腕から目を離さない。
親はいないが、家族は居る。遺書は残してきた。死んだとしても、相応の金が家族に送られるだろう、悔いはない。
必死で保ってきた意識だが徐々に抑えが効かなくなってきた。視界は白光し、もはや痛みすら感じない。脳裏を過るのは家族の姿だ。大きくない教会、親代わりに育ててくれたシスター、世話をしてくれた兄や姉、騒がしかった弟妹たち。
幼少期から今に至るまでの全てが浮かんでは消えていく。
そして今現在に追いついた意識は急速に現実感を取り戻していた。霞む視界の先で、誰かが黒い何かをこちらに向けている。ゆらゆらと揺れるそれは猛烈な勢いでこちらに迫り―――――咄嗟に握りしめていた剣でそれを引き裂いた。
ざわめきが耳に届く。眼前の誰かは未だに何か―――――剣だろうものをこちらに構えているが、少年は限界に達していた。意識は闇へと沈み、覚束ない足取りで立っていた体は糸が切れたように倒れ込んだ。
微睡みの中、ぼんやりと視界が開くと真っ白な世界が広がっていた。白は柔らかい光を放ち、体はふわふわとした温かさに包まれている。目を瞑ればすぐにでも再び眠りにつけるだろう。
なんて心地良い……。ふと思い出したのはシスターが教えてくれた死後のお話しだった。
「ここは……天国か……?」
「違うわよ。貴方は死んでない」
言葉を返した柔らかい、穏やかな声の聞こえた方へ向き直ると、黒髪の女性がこちらを向いて微笑みを浮かべている。
「貴方は死んでない。生きている」
言葉が繰り返され、それはゆっくりと少年の心に染み込んでいく。数秒の後少年はその意味を理解し、はっきりと目を開いた。
よく見ると女性は白衣を身に着けている。ぐるりと首を回すと、よく分からない薬品の並べられた棚や書類が重ねられたデスク、天井の蛍光灯や複数並べられたベッドが目に入った。
少年が寝ているのもその内の1つだ。起き上がる際にベッドのスプリングが軋む音を立てた。
「私は医師の先生を読んでくるから、少し待ってて頂戴ね」
そう言って部屋を出ていく女性を見送ってから、少年はベッドから降りた。首を回して、体をひねる。節々からペキペキと小気味よい音が鳴り、筋肉の固まりが解れていく。
大きく息を吸い、腕を持ち上げて伸びをしようとした所で少年はどうしようもない違和感に気がついた。
右腕が重い。目をやると、アクセサリーとしては不釣り合いな巨大な腕輪がはめ込まれていた。ゴッドイーターの証、神器使いの腕輪だ。持ち上げてまじまじと観察していると扉が開いて、黒髪の女性が無精髭を生やした白衣の男性を連れて入ってきた。どうやら彼が医師の先生のようだ。
彼は少年をベッドに座らせると近くの椅子を引き寄せて自分も腰を下ろした。そうして矢継ぎ早しに少年に質問をぶつけた。
「名前は?」
「ジャスティン」
「歳は?」
「18です」
「ここは何処?」
「たぶん、フェンリル本部の医務室」
「ここに来る前の出来事で覚えていることを話してください」
「えっと、適合試験を受けて、神器を掴んだら何かが流れ込んできて、あまりの痛さに気を失った、んだと思います」
「これ何本に見えます?」
「3本」
「うん。意識の混濁も記憶の混乱もない。正常ですね」
先生は満足げに頷くと抱えていたボード上の紙―――カルテに何かしらを書き込み、お大事に、と言い残して去っていった。部屋にはジャスティンと黒髪の女性の二人だけが残る。
医師先生の足音が遠ざかって行くのを聞いてから、黒髪の女性はゆっくりと、先程まで医師先生が座っていた椅子に腰を下ろした。
「さて、自己紹介をしておきましょう。私はアドルフィーネ・ビューラー。貴方の経過観察を任された、謂わば『世話係』、あなた専属の技術者よ。これから長い付き合いになると思うから、よろしくねジャスティン君」
「あぁ、はい。よろしくお願いします」
自己紹介というがこちらは一方的に知られているようだ。名を告げていない相手から名を呼ばれるのは少々不快だったが、口に出して言うほどでもなかった。
差し出された手を握り返すと、二十代前半だろうアドルフィーネは切れ長の目を細めてニッコリ笑った。
「正常と言っていたから問題は無いだろうけど、これからメディカルチェック―――技術者の観点から見た身体検査をするから、着いてきて頂戴」
「あ、あの、俺の服は?」
有無を言わさぬアドルフィーネの態度に口をはさむ。
目が覚めたら試験時に着ていた一張羅ではなく、簡素な患者服に変わっていたのだ。家族から餞別として送られたそれが無いことが気がかりだった。
「あぁ……あの服はちょっと、血塗れのボロボロになっちゃったから、廃棄するしかなかったわ。新しい物はこちらで用意するから、気にしないことよ」
「んなっ……!?」
あっけらかんと、何でもない様に言うアドルフィーネの発言は―――ジャスティンがその服に抱く想いを知らないのだから仕方がないのだが―――ジャスティンの琴線に触れてしまった。
「……どこにある」
「ん?」
「どこに捨てたって聞いてるんだ!」
突然豹変したジャスティンに詰め寄られ、その気迫に気圧されアドルフィーネは息を呑んだ。アドルフィーネの方が歳上と言えど、ジャスティンも子供ではない。元来小柄な自分を遥かに上回る上背の、しかも怒りを剥き出しにしている男に詰め寄られて恐怖を感じない女性は居ないだろう。それがどうにか知り合いとよべる程度の関係しかない相手なら尚更だ。
「く、訓練室の入り口脇にあるダストボックス」
「訓練室だな、どう行けばいい?」
「え、エレベーターで地下5階に降りて左へ真っ直ぐ行けば……」
「地下5階かッ!」
返答を聞いた直後、扉が壊れるんじゃないかと言う程の勢いで部屋から飛び出していったジャスティンを呆然と見送ると、アドルフィーネは壁を背にずるずると力なくへたり込んだ。
自分の置かれた状況が理解しきれないが、危機から脱したという事実に安堵の息を吐く。未だ心臓は激しく拍動し、全身が緊張していた。
その後、数分間の放心状態から立ち直ると、アドルフィーネは肩を震わせ、握りしめた拳をベッドの枕に振り下ろした。バスンッと枕がくの字に折れ曲がる。
「も、実験動物(モルモット)風情がこの私に舐めた真似を……!」
そう呟いたアドルフィーネの双眸には、堪えきれない涙が滲んでいた。