陰険性悪二十代後半年上インテリ系女子(ゲス)はヒロインになれるか? 作:水風浪漫
「あ、あった……」
訓練室入り口脇のダストボックス。そこから目当ての物を見つけ出したジャスティンは安堵の息を吐いた。
「良かった〜。もう手遅れかと……」
ダストボックスから彼が取り出したものは、一着の服だ。
一見してただジャケットにしか見えないそれは、強靭な特殊繊維で編まれている特注品らしい。適合試験を受けることをシスターに伝えると、試験当日の朝にこれを届けてくれたのだ。
シスターは外部居住区で唯一の孤児院を経営している。アラガミの襲撃によって親、親族を失った身寄りのない子供を引き取って面倒を見てくれているのだ。幾人かの有志から資金援助を受けているとは言え、その経営は非常に厳しい。
最近はフェンリルに就職した孤児院出身者が更なる資金援助を行っていたお陰で一時期よりマシになっていたらしいが、それでも経営が厳しいことに変わりはなかった。ジャスティンも一年前まで孤児院で暮らしいてた一人だ。余裕の無さは知っている。
シスターから贈らた服。デザイン、材質共に上質なこれを買うためにどれ程の無理をしたかは想像に難くない。
「可愛い我が子のためなら、この位当たり前のことです」
ジャスティンにとって、生まれて初めてのプレゼントだった。その言葉と共にシスターから受け取った服は、彼にとって何よりも大切な宝物になったのだ。
それが、どうしたことだろう。今や見る影もない無残な姿に変わり果てていた。
血に染まってない部分を探すのが難しいほど赤く染まったジャケットは、教えられなければ服と判別できないほど傷だらけである。
一体適合試験で何があったのか。尋常なことで無いことだけは分かるが、ジャスティンには想像もつかなかった。
僅か数時間前に受け取った宝物の今がコレである。シスターへの申し訳ない気持ちで一杯になったジャスティンは、血塗れのジャケットを丁寧に畳むと、それを脇に抱えて今来た道を引き返していった。
「あぁ、そう言えば、悪いことをしたなぁ……」
目的を達成し、冷静になって真っ先に思ったことはシスターとは別の、アドルフィーネへの謝罪である。カッとなって何も悪くないアドルフィーネに無作法な真似をしてしまった。彼女は何も知らないのだから、気にしない方が良いという言葉も純粋な慰めだった筈だ。
それに勝手に逆上して、女性を壁際まで追い込み怒鳴り散らすなんて真似をしたのだ。無作法どころか恫喝である。男にあるまじき行為。シスターに知れたら大激怒が待っているに違いない。
「不味いなあ、どう謝れば許してもらえる……?」
そうこう考えている内に、気がつけば医務室の前。答えが出ないまま帰ってきてしまった。
「普通に謝るか……それとも土下座……」
「何をしているの、早く入りなさい」
扉の前で唸っているのが聞こえたのか、アドルフィーネの方から扉を開けてジャスティンを中へ引き込んだ。
「座りなさい」
「あぁ……はい」
アドルフィーネに言われるがまま、ジャスティンは椅子に腰を下ろした。そして訪れる沈黙の時間。アドルフィーネはジャスティンを見つめるばかりで何も言わず、己の非を認めるジャスティンはひたすら叱責の言葉を待った。
時間にしてどれほどだろうか。時計の針が進む音だけが響く中、アドルフィーネが深いため息を吐いた。
アドルフィーネと視線が交錯する。彼女から何を言われようと、甘んじて受け入れる心持ちで次の言葉を待つジャスティンに、しかしアドルフィーネぎ告げたのは思ってもいない言葉だった。
「ごめんなさいね」
「……え」
「あの服、大切な物だったのでしょう? 貴方の気持ちも考えずに、勝手なことを言ってごめんなさい」
申し訳なさそうに謝罪するアドルフィーネ。それに慌てたジャスティンは立ち上がって頭を下げた。
「い、いえ!こちらこそすみませんでした!ビューラーさんは善意で言ってくれたのに、勝手に逆上して貴方に失礼なことまで……」
「いいのよ、あれくらい。まだここに来たばかりで戸惑っているんでしょう。ゴッドイーターになったばかりだもの、精神的に不安定になっていてもおかしくは無い」
「そんな都合のいいこと言えませんよ!」
「いいの。私が気にしていないのだから、謝罪は不要よ」
「それでも……!」
「はぁ……。それじゃ、お互いに悪かったし悪くなかった。それで手を打たない?」
ね? と問かけるアドルフィーネは優しい笑みを浮かべていて、本当に気にしていないようだった。
そう言われてしまえば断ることも出来ず、結局、ジャスティンもその案を受け入れた。
「はい!じゃあこの話はこれで終わり! メディカルチェックに行きましょう!……あ、それと」
「何ですか?」
「さっき私のことをビューラーって呼んでいたけど、これからはファーストネームで呼んで頂戴。あまり呼ばれ慣れてないし、さっき言ったようにこれから長い付き合いになるんだから気楽に行きましょう? その代わり私もファーストネームで呼ばせてもらうけど……ってもう呼んでいたわね」
「分かりました。ビュー……アドルフィーネさん?」
「ええ。よろしくねジャスティン君」
おずおずとジャスティンが名前を呼ぶと、おどけた様にアドルフィーネが呼び返す。それが何故か可笑しくて、互いに顔を見合わせて笑った。
「さて! 仲直りも済んだところで聞きたいのだけど、その服は誰かからの贈り物なのかしら?」
パンっと手のひらを合わせてアドルフィーネが問かけると、ジャスティンは恥ずかしそうに頬を掻いて笑った。
「これは家族からの餞別なんです。ゴッドイーターになるんなら相応の格好してなきゃ格好がつかないって」
「家族……? でも確か貴方のご両親は……」
「家族と言っても血のつながりはありません。親を失って天涯孤独の身だった俺を引き取って、18になるまで面倒を見てくれた教会のシスターが親代わりだったんです」
そう語るジャスティンの顔は見ているアドルフィーネが少々妬ましく思ってしまうほど誇らしげだった。
「……良い家族を持っているのね」
「これ以上ない、最高の家族ですよ」
傷だらけの服を胸に抱えるジャスティンを見てアドルフィーネは微笑みを浮かべる。
出会って間もないが、ジャスティンは彼女との距離が少し縮まった気がした。
複数のモニターが複雑な形状の機械とコードで結ばれ、そのモニター群に半円状に囲まれるように設置された回転椅子の前には巨大なコンソールが備え付けられている。
モニターの下を潜って内側に入り込むと、アドルフィーネは幾つかのコードを持って戻ってきた。そのコードをジャスティンの腕輪と接続すると、再びモニターの下を通り抜けて内側へ入り、回転椅子に腰を下ろした。
「ちょっと準備するから、そこの診察台に仰向けになって待っていて頂戴」
指示に従って暫らく待つと、アドルフィーネがコンソールを叩く音が止んだ。
「そろそろ始めるけど、体に異常はないわね?」
「ありません」
「そ。なら良いわ。眠くなると思うけど、そのまま寝てしまって構わないから。それじゃスタート」
カチリとアドルフィーネがコンソールを弾くと、ジャスティンを急激な睡魔が襲った。本当に脈絡のない。意識が徐々に朦朧とし始める。
「終了予定は12400秒後。その時まで、おやすみなさい」
落ちてくる瞼に抗わず、ジャスティンの意識は闇に沈んで行った。
「……眠ったようね」
穏やかな寝息を立て始めたジャスティンを一瞥して、アドルフィーネは深いため息を吐いた。それは呆れているようでいて、嘲笑しているようでもあった。
その両眼に浮かぶのは怒り。苦々しげに眉を顰め、プライドを傷つけられた屈辱を雪がんと感情のままに頭を掻き乱す。
「ごめんなさい、だと? 実験動物がっ!謝った程度で許されると思っているのか!? この私にあんな……あんな無様な真似をさせておいて……!」
今までの笑顔を一辺させ、その憤怒を隠そうともせずにアドルフィーネは怒号する。憎々しげに睨みつける先には、診察台の上で呑気に眠るジャスティンの姿があった。
大きく息を吐きだして一先ずの冷静さを取り戻したアドルフィーネは、乱れた髪の毛を手櫛で丁寧に整え直す。手鏡があれば良かったのだが、生憎と今は持ち合わせていなかった。
アドルフィーネはジャスティンに近寄ると、その腕を振りかざし、容赦なく頬を打った。
バシンッ! と乾いた大きな音が響くが、ジャスティンが目を覚ます気配はない。それも当然。腕輪の干渉によって強制的に意識を落としているのだ。アドルフィーネが起こそうと思わなければ、永遠に目覚めさせないことだって可能なのだ。
「ふふっ」
アドルフィーネは反対の手を持ち上げ、思いっきり、今度は逆の頬を張った。枯れた音が響き、少しだけ気分が晴れる。少しして両頬に赤い椛が浮かび上がってくるのを見て、アドルフィーネは笑みを浮かべた。この日最大の笑顔。心底楽しそうな笑みを携えて、再び手を振りかざす。
頬を張る度に、少しずつ頬の赤みは増し、その顔は腫れ始める。一方的な蹂躙、復讐が彼女の心の雲を少しずつ晴らしてくれた。しかし、まだ晴れない。
ならば気が済むまで、満足できるまで繰り返せば良い。幸い時間はいくらでもあるのだ。それにゴッドイーターなら人間の私が何をしようと、ちょっとやそっとで大事になるような怪我はしないだろう。
「ああ、腹立たしい……!」