陰険性悪二十代後半年上インテリ系女子(ゲス)はヒロインになれるか? 作:水風浪漫
「ついにこの時が来たか……」
夕飯の焼きジャイアントコーンを食べ終えたジャスティンは徐々に人の減っていく食堂で一人、待ち合わせ相手を待っていた。しかし数時間経っても待ち人は現れず、ついにジャスティン一人を残して最後の一人が食堂を後にした。
もしかして忘れられてる? そんな疑念を抱いた時、バンッ! と激しい音を立てて食堂の扉が開け放たれた。驚いたジャスティンが目を向けた先には、なぜか肩で息を切らすアドルフィーネの姿があった。
アドルフィーネは盛大に足音を立ててジャスティンに近付くと、その腕を掴んで有無も言わさず歩き出す。
よく見ると額や首筋に薄っすらと汗もかいており、こんな夜更けに何をしていたのか非常に気になるところだったが、アドルフィーネの迫力に圧倒されたジャスティンにそれを聞く度胸は無かった。
「ごめんなさいね。忘れていたわけじゃないのよ。ちょっとやらなきゃいけない事があって……」
そう言うアドルフィーネはやけにバツの悪そうな顔ををしていた。それを怪訝に思いながらも、ジャスティンはアドルフィーネの後に付いて、いくつかエレベーターを乗り継いで彼女の部屋に向かう。
ゴッドイーターであるジャスティンの部屋と技術者であるアドルフィーネの部屋は遠く離れている。と言うのも緊急時に即出撃出来るようにゴッドイーターの私室はエントランス、つまりは出撃ゲートの近くに設けられていて、そうでない者の部屋は全く別の場所に設けられているのだ。食堂なんかもゴッドイーターの生活圏内にあるので、人によっては食事毎に長距離を歩かなければならない人も居るだろう。アドルフィーネと言えば、職場が食堂に近いので然程苦労していなかった。
時間にして十数分ほど歩いただろうか。アドルフィーネは一つの扉の前で止まると、扉横の挿入口にカードキーを差し込んで鍵を開けた。
「さ、入って頂戴。物が少なくて殺風景だけど、お茶のおもてなしくらいは出来るわ」
「お、お邪魔します……」
部屋の中は言葉通り物が少なく、少々殺風景だ。しかし最低限の生活感を感じさせる家具や小物は綺麗に整頓されていて、アドルフィーネの技術者としての几帳面さが部屋に現れているようだった。
しばらくの間、勧められたソファに腰を下ろして部屋を見回していると、キッチンからカップを2つ持ったアドルフィーネが現れた。
「ふふふ、随分興味があるみたいだけど、女性の部屋をそんなにジロジロ見ちゃダメよ?」
「あっ、あぁ悪い……じゃなくて、スイマセン」
「それに見ていてもあまり面白くないでしょう。こんな部屋」
「いえ、綺麗に整理整頓が行き届いていて驚きました。俺じゃこうは行きませんよ」
「あら嬉しい」
ソーサーの上に乗せられているのは、湯気立つ綺麗な薄赤色の紅茶だ。孤児院で飲んでいたものとはまるで違う芳醇な香りが漂ってきた。いつもなら特に何も感じない筈の紅茶が、非常に美味しそうに見えてくる。
「これ合成茶葉ですよね……?」
恐る恐る問いかけるジャスティンに対し得意げな顔でアドルフィーネは答えた。
「いいえ、これは天然茶葉よ」
「て、天然!?」
「いつもなら誰にも振る舞ったりしないんだけど、ジャスティン君だけの特別よ?」
「特別……」
両手で持ち上げた紅茶をじっと見つめながらジャスティンは繰り返す。そこにアドルフィーネの優しさを感じて、やっぱりテディの言葉は何かの間違いではないかと言う思いが湧いてくる。
傍から見るとそれが感動しているように見えたのか、アドルフィーネが一瞬口元を蛇のように歪めたのにも気が付かず、ジャスティンはアドルフィーネに目をやった。
「遠慮せずどうぞ。素人仕事だからあまり美味しくないかもしれないけど」
「いやそんなことは……美味しい」
「それは良かった」
一口。それだけで合成茶葉との差がハッキリと理解できた。口触り、紅茶そのものの味、香り、余韻。何を取っても、単なる色と臭い付きのお湯にしか感じられなかった合成茶葉とは格が違った。
出来る限り長くこの貴重な味を楽しもうと、しかし逸る気持ちを抑えきれずに紅茶を飲むジャスティンを微笑みを浮かべたアドルフィーネが見つめていた。
利を得る目的での行動とは言え、ここまで喜んでもらえると嬉しくなってしまうものだ。本当はこのために初めて天然茶葉を購入して紅茶の淹れ方まで調べたのだが、それが無駄で無かったと確信できる反応だった。
しかし、これほど美味しそうにしているのを見ると、実際にアドルフィーネも天然茶葉の紅茶を味わってみたくなった。
「……!」
カップを口元に寄せて一口。瞬間、甘い香りが口一杯に広がった。合成茶葉の紅茶で感じていた渋味苦味も一切無く、品の良い柔らかな甘みが鼻孔をくすぐる。
素晴らしい!なんて素晴らしい! 感動で一瞬我を忘れたアドルフィーネは、ジャスティンとは対照的に煽るように紅茶を飲み干した。
「……あ」
「アドルフィーネさん、やっぱり喉が渇いてたんですね。さっきも何か疲れてたようだし……ちょっと失礼しますね」
「え、あ、なっ、ちょっと!」
アドルフィーネがカップを置いたのを見計らって、ジャスティンはアドルフィーネの手を取った。
「な、何をするの?」
「いやね、ちょっとしたマッサージを……」
マッサージ。そう聞いてアドルフィーネは少し緊張を解いた。何か不埒な目的で行動を起こしたわけではないのだ。大丈夫、何も怖がることはない。もうすっかり忘れたと思っていたが、どうやら初対面の時の恐怖は未だ根強く残っていたようだ。
アドルフィーネの手から緊張が抜けたのを感じて、ジャスティンはゆっくりと手のひらのを指圧し始める。
最初は全体を万遍なく。固まっているところは少し強めに押して固まりを解していく。
「はふぅ……」
ある程度筋肉が解れてきたら、その後は指先や指の付け根など要所要所を重点的に指圧していく。手のひらには様々なツボが集まっている。足の裏には劣るが、それでもそれに次ぐ数だ。
手首から指先へと順々に指圧していき、親指のひらを押し込んだ瞬間、アドルフィーネの体が跳ねた。
「イ゛ッ……!!」
「ん、ここですか?」
確かめるように再び押し込むと、今度は空いているもう片方の手を振り回してジャスティンをタップしながら悲鳴を上げた。
「いだだだだだだ!ちょっ、痛っ、やめ―――」
ぐぐっと力を強めるとアドルフィーネは声にならない悲鳴を上げた。暴れるのを止めた片手はジャスティンの服を握りしめている。
「ここが痛いってことは、頭が疲れてますね〜。それにこの痛み様、相当疲れが溜まってますよ。ちゃんと休息取ってます?」
ぷるぷると震えるアドルフィーネを無視して、ジャスティンは指圧を続ける。親指の先端から側面、裏側まで時間を掛けて丹念に揉みほぐす。ようやく指の動きが止まったところで、アドルフィーネの全身から力が抜けた。
「はぁ、こ、これで終わりに」
「何言ってるんですか。まだ終わりませんよ」
ジャスティンはすぐに指圧を再開する。
「んっ……!」
「む、ここですか?」
そう問うとアドルフィーネは素直に頷いた。親指を除く指の付け根、頭よりはマシなようだが肩も随分と凝っているようだ。やはり研究職はデスクワークが多いのだろうと何となく当たりをつけて、ジャスティンはアドルフィーネの手のひらを揉みほぐす。
骨と骨の隙間を縫うように指を滑らせて、アドルフィーネが漏らす声が苦痛では無くなった頃を見計らって残りの指に移っていく。一本一本丁寧に丹念に。
「くっふぅ……」
そうして見ている内に、ふとアドルフィーネの手のひらの小ささや指の細さに目を奪われた。昔から力仕事ばかりをしてゴツゴツしているジャスティンの手に比べて、アドルフィーネの指は傷一つ無く、まさに白魚のような滑らかさだ。肌もきめ細やかで白く美しく、自分と同じ人種だとは思えない。
「……ん、どうしたの?」
「あっ、ああいえ、何でもないです。それじゃ今度は反対の手をやりますね」
アドルフィーネの声に我に返ったジャスティンは頭を振って思考を振り払う。そして今度は何の警戒もなく、アドルフィーネは反対の手をジャスティンに差し出した。
それを今と同じようにマッサージしていく。痛みも予測できていれば問題ないのか、アドルフィーネは眼を瞑って指圧の心地良さに身を任せていた。
「……はい。これで終わりです」
「………」
「寝ちゃいましたか」
気が付くと、アドルフィーネは穏やか寝息を立てて、ソファに身を預けていた。
疲れていたのだろう。今日も遅くまで仕事をしていたようだし、それにきっと今日だけでも無いのだろう。フェンリルでハードな仕事と言えばゴッドイーターばかりに目が行きがちだが、昼夜問わずそのサポートをしているオペレーターと整備士、研究を重ね日々新しい技術を探求している技術者や研究者、彼らも方法は違えどゴッドイーターと同じ様に戦っているのだ。
アドルフィーネは真面目な人だ。少なくとも、ジャスティンはそう思っている。
眠っているから大丈夫だろうと至近距離から寝顔を観察すると、目の下にある大きな隈に気が付いた。上手く化粧で隠されていて見つけ難かったが、数日やそこらの睡眠不足で出来るレベルのものではない。何日も連続で短い睡眠時間、もしかすると徹夜で働き続けていたのかも知れない。
「……アドルフィーネ、さん」
自分専属だと彼女は言っていた。もしかするとその関係かもしれない。そう思うと途端に申し訳ない気分になって来た。そして同時に感謝の念も湧いてくる。
ゆっくりと慎重に、目を覚まさせないようにアドルフィーネの体の下に手を差し込んで持ち上げる。所謂、お姫様抱っこの体制だ。
「うぅん……」
少し揺れてしまっただろうか。ジャスティンの腕のなかでアドルフィーネが身じろいだ。起きるかと心配したが、結局目覚めることはなかった。
静かにアドルフィーネを彼女のベッドの上に下ろす。シワになるといけないので、横たえる前に白衣を脱がせて畳んでテーブルの上に置いておく。布団を被せると無意識だろう、アドルフィーネは隠れるように布団に潜り込んでしまった。
「そう言えば、結局何の用事だったんだろう……まいっか」
今はそんな事はどうでも良いと、ジャスティンは思考を放り捨てる。
「おやすみなさい。アドルフィーネさん」
電気を消して部屋の外に出る。扉はオートロックだった。これで心配ない。
「おやすみなさいって言ったの、久しぶりだな……」
扉を振り返った。向こうではアドルフィーネが眠っている。
不意に胸の内が温かくなった。教会を出て以来、長らく感じていなかった熱。それは家族の温かみと良く似ていた。