陰険性悪二十代後半年上インテリ系女子(ゲス)はヒロインになれるか?   作:水風浪漫

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第六関門:報告、命名

 

 

 中央施設に設けられているフェンリル職員の憩いの場、カフェテリアの一角、窓際に置かれたゴムの木の向こう側のテーブルを三人の男たちが囲んでいた。歓談する朗らかな雰囲気からは、彼らが血で血を洗う闘争に生きている事を信じられないが、右腕に嵌められた赤い腕輪がゴッドイーターである事を物語っていた。

 

「―――とまあ、こんな所ですかね」

「んなっ……おいおいおい!それで部屋に戻ってきたのかよ!? 軽く胸つっつくくらいしとけよ、勿体無い!」

「いや正しい判断だろ」

 

 それぞれの前にはソーサーに載ったカップが置かれており、その中では暗褐色の液体が大声の振動でゆらゆらと揺れている。

 身を乗り出して向かい側の青年に詰め寄ろうとした赤髪の男性を、隣に座っていた茶髪の男性が止めていた。

 

「落ち着け。誰も彼がお前みたいにエロ……本能に忠実な訳じゃないんだ」

「お前今俺の事エロって言おうとしたろ!?」

「勘違いは止めてくれないか、エロマン……リーダー?」

「エロマン!? 何その生きる猥褻物みたいな名前!?」

 

 本気でメンチ切っている赤髪の男性―――テディを前に、どうどう……と馬をあやすように窘める茶髪の男性は、喰いかかってくるテディを放置して、机上のコーヒーカップに手を伸ばす。口元に寄せると焙煎された芳醇な豆の香りが感じられるそれは、配給チケットで交換出来る合成豆コーヒーとは似ても似つかない高品質コーヒーだ。

 現代では入手が困難になった天然豆を使用したコーヒー。ここフェンリル本部が運営するカフェテリアでは、希少な天然食材による飲食を楽しむことが出来た。

 

「やはり良い……」

「確かに美味しいですよね……」

「その代わり値段がぶっ飛んでるけどな」

 

 コーヒーを一口飲んで味の余韻に浸っているとテディが空気を読まずに言った事実に、金髪の青年―――ジャスティンがジト目を向ける。

 

「美味しいもの食べてる時は値段の話はなしです……! 味に陰りが出ますよ」

「確かに値は張るが……上層部の連中が配給品を飲まないのも分かるな。一度飲んだらあれが泥水にしか見えなくなる」

「そうかねえ……俺としてはアッチがコーヒーで、コレに違和感を感じるんだけど」

「それはそれで幸せですね」

「『安上がりな男』と呼ぼうか?」

「呼ぶな!」

 

 ニヤニヤ笑いテディをからかって面白がっている彼の名はロイス・コナー。

 短く刈り上げられたダークブラウンの頭髪がトレードマークのゴッドイーターである。フェンリル本部所属のテディ・ホープ率いる遊撃部隊、通称『チーム・テディ』の副隊長を務める神器使い歴6年目のベテランだ。自由奔放なテディに対して真面目な質で、チーム内の和を保つのがテディだとすれば、ロイスの役目はチーム内の秩序・規律を維持することである。

 規律に厳しい男として知られている彼だが、だからと言ってジョークが通じないわけではない。普段は自重して口に出すのは控えているが、下ネタだろうと問題なく楽しめる男だ。女性の前では決して口に出さない事だろうと、気心知れた男友達と男子の後輩しかいない今なら気兼ねなく楽しんでいた。

 

「話を戻すが、良いじゃないか。やはり男は紳士的でないとな。性欲だけに生きるような獣になってはお終いだ。なあ?」

「どうしてそこで俺を見るのかねえ……!?」

「そんなの決まっているだろう。俺はお前を心から信頼しているんだ。この若き少年を導く教師役としてお前以上の逸材はいないと、俺は確信している!」

 

 テディの肩を叩いて真剣な目つきでロイスは言い切る。そのテディと言えば、突然の絶賛に当惑しつつ胡散臭いものを見るような目でロイスを見ていた。

 

「えーと、俺はテディさんよりもロイスさん肯定派です」

「見ろテディ、早速効果が出ている。ジャスティンは紳士の道を選んだぞ。流石、素晴らしい『反面教師』だ!」

「誰が『反面教師』で、性欲に生きてる獣だってぇ……? お前ら勘違いしてるみたいだから言っとくけど、俺の恋愛は全部純粋な恋心だから!邪推するお前らが汚れてんだよ!」

 

 その言葉を聞いたロイスとジャスティンは顔を見合わせてから、手に負えないとばかりに肩を上げて息をつく。

 

「やれやれ……。純粋な恋心を抱く奴はな、まず女性の寝込みに胸に触れるなんて"ゲス"な発想はしないんだよ」

「ゲスだとっ―――……ゲスだな」

「今気づいたのかよ……」

 

 自分の発言を突然客観視してしまったのだろう。打って変わって意気消沈したテディを見て、ロイスは呆れ顔である。

 

 その一方、先輩二人の掛け合いに殆ど口を挟んでいなかったジャスティンが口を開いた。

 

「と言うか、俺とアドルフィーネさんの関係はゴッドイーターと技術者。言ってもなりたての友人ですから、色恋に持って行かないでください」

「お前……バカだなあ。友人なりたての相手が、部屋に招いた挙句目の前で眠るなんてことがあるかよ。これはもう、アドルフィーネ博士の無言の誘惑だぜ?」

「誘惑かはともかく。知り合ったばかりにも関わらず、お前をかなり信頼しているのは間違いないだろうな」

「信頼、ですか……」

 

 ジャスティンが思い出すのは昨晩の記憶だ。アドルフィーネに彼女の部屋まで連れて行かれて、一緒にお茶を飲んだ後に手のひらのマッサージ。思えば突然手を取った時も抵抗は無かったし、いくら疲れているとは言え、知り合ったばかりの男の前で無防備を晒すだろうか?

 誘惑、は言い過ぎだろうが、あれは『貴方を信頼していますよ』と言うアドルフィーネのアピールだったのかも知れない。いや、きっとそうだ。

 

 その答えに行き着いたジャスティンは小さな感動すら覚えていた。

 実際は本当に疲れ切っていたせいで体力の限界が来ただけで。無防備を晒したのもジャスティンを『実験動物(モルモット)』としか見ていないせいで女としての警戒心が緩んでいただけなのだが。しかしその全てもジャスティンが知らなければ真実にはならない。

 ジャスティンにとってアドルフィーネは『優しくて温かい人』であり、昨晩からここに『小さくて儚い』という形容詞が追加された。

 

―――ならば、俺もその期待に応えてアドルフィーネさんに信頼を示さなくては……けどどうやって?

 

 一瞬悩むが、答えはすぐに出た。

 

―――アドルフィーネさんと同じ方法で良いじゃないか。

 

 しかし次はその具体的な方法が分からない。

 年齢がそのまま彼女いない歴であるジャスティンにはかなりの難題だった。

 ふと顔を上げると、二人の先輩が何やら言い争いをしている。これを使わない手はない。

 

「……テディさん、ロイスさん」

 

 突然、黙って何かを考え始めたかと思うと次に口を開いた時には真剣な顔付きに変わっていたジャスティンに対して、テディとロイスも顔を引き締める。

 

「何だジャスティン」

「俺達にできることなら、何でも協力しよう」

「……ありがとうございます。一つ、教えて欲しいんです―――」

 

 そしてジャスティンが発した次の言葉に、テディは色めき立ち、ロイスは意図が分からず疑問を浮かべた。

 

「男と女―――親密な男女の取るスキンシップについて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴッドイーター。神器を繰りアラガミを討ち滅ぼす唯一の兵士たち。偏食因子に適合を持つ神器適合候補者は、世界に残された全人口に対して非常に少ない。

 彼らはフェンリル所属の謂わば『軍人』であり、民間人とは比べ物にならない破格の待遇を与えられ、その対価として日々アラガミの討伐に駆り出されている。

 神器の発明によって人類はアラガミへの対抗手段を得た。しかし依然としてアラガミが強敵であることに変わりはない。一瞬の油断が原因で無言の帰還を果たす者も、珍しくは無かった。

 故に貴重な人材を無闇に失わないために、ゴッドイーターは新兵として部隊に配属される前に数ヶ月の訓練を課せられている―――もっとも、制度が整ったのは最近の話だが。

 

 「はっ、はっ」

 

 フェンリル本部のトレーニングルーム。様々なトレーニングマシンを自由に利用できるそこで、ジャスティンはランニングマシーンで汗を流していた。

 

 人外の身体能力を持つゴッドイーターと言えど、当然より体が鍛えられている者の方が高い身体能力を持つ。神器との適合率によって身体能力はある程度は上下するが、非常に高い適合率でなければあまり関係ない、と言うのが大多数のゴッドイーターの共通認識である。

 しかし、ジャスティンの適合率は非常に高いものだった。本人には知らされていないが、それこそ本部の全ゴッドイーター中最高の適合率である。未だ完成していない彼の肉体は、鍛えれば鍛えるほど強くなるのだ。

 

 まあしかし、そんなことは何も知らないジャスティンは、ただアドルフィーネのアドバイスと教官の命令に従っているだけである。

 時間経過に伴ってランニングマシーンの速度が一段階上がったその時、

 

「ちょっと良いかしらジャスティン君?」

 

 いつの間にか入室していて、走る横合いから言葉を挟んだのはアドルフィーネだった。

 

「あ、アドルフィーネさん? いつの間にここに」

 

 驚きながらもジャスティンはマシンを停止させる。

 

「今さっき来たんだけど、走るのに集中していて気が付かなかったのね」

「走るにも正しい走り方があるから、意識して身に着けろって言われましたから」

「ふふふ、優秀な生徒を持てて嬉しいわ」

 

 そう言って笑うと、アドルフィーネはクリアファイルに挟まれた一枚紙を手渡してくる。牙を咥えた狼のエンブレムが描かれているそれはフェンリルの公式文書である。

 

「コレは?」

「ちょっとした契約書よ。貴方の神器が、他の人の神器とは少し違うと言う事は知っているでしょう?」

「何でも、神器パーツの強化で性能が上がるのでは無くて、自己進化によって成長する神器だとか」

「そうそう」

 

 今更になるが、ジャスティンの神器は特別製である。本部の新たな開発の一環で生み出された彼の神器は、アーティフィシャルCNSによる神器の制御を意図的に緩めてある。神器を構成する機械分と生物分、それを本来の神器より生物分に傾けてあった。

 

「前も話したけど、それが理由で貴方は他者よりも高い潜在的な暴走の可能性を備えているわ。その経過観察も実験の一環なんだけど、それ以外にもこれから先、貴方に色々と協力して貰うことが出てくる。ゴッドイーターの業務とは無関係な仕事に協力して貰うのだから、当然それ相応の報酬も出る。これはその契約書ね」

「なるほど……」

 

 手元の文書を読んでみると、アドルフィーネが言ったことと同じ内容が公文書らしく少し難解に書かれていた。

 

「報酬はそこに書かれてある通り、貴方を研究チームのメンバーとして迎えるから月給が出るわ」

 

 ジャスティンは口元に手を当てて少し思案してから口を開く。

 

「……これ振込先を教会にして貰うことって出来ます?」

「教会って、あなたの育った?」

「はい。俺が受け取る分の報酬をあそこに回して欲しいんです」

「出来ないことは無いけど……本当にいいの?」

「……はい、お願いします」

「じゃあ、そうしておくわ。……っと、ココにサインして頂戴」

 

 アドルフィーネは書類の下部にある空欄を指でトントンと叩いた。そしてジャスティンが署名した時、アドルフィーネが驚いたよう(・・)に声を上げる。

 

「……『 Justin 』だけ? 苗字は?」

「恥ずかしい話、覚えていなくて……。教会のシスターが調べてくれたんですけど、結局分からなかったので無しで今まで通してきたんですよね……」

「ふうん」

 

 アドルフィーネはその文字列をジッと見つめて、そして突然『そうだ!』と手を合わせた。

 

「無いなら、私が付けてあげましょうか?」

「苗字、ですか?」

「そう。名前だけだとこれから先困る事もあると思うし、持っておいた方が良いわよ。それとも私に付けられるのは嫌かしら?」

 

 それをジャスティンは手を振って否定する。そしてアドルフィーネの目を見つめて言った。

 

「……前に自分で考えたこともあったんですけど、何だかしっくり来なかったんですよね。たぶん、付けて貰うべき『名前』を自分で考えたからだと思うんですけど……アドルフィーネさんに付け貰えるなら、どんなものでも不満はありません。ぜひお願いします」

「……? え、ええ……」

 

 アドルフィーネは少し困惑した表情を見せるも、すぐに元の穏やかな顔に戻ってジャスティンの苗字を考え始める。

 すぐに決まるものでも無いのでジャスティンにトレーニングの再開させておいて、部屋の端にある机に座ってじっくり考える。

 

 色々な候補が上がっては消えていく。メモ帳に書き出された案は瞬く間に50を越え、次第に候補が絞られていった。

 時間にして30分ほど。ジャスティンがランニングを完了するのと同時に、アドルフィーネが最終候補に赤丸を付けて決定した。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「お疲れ様、ジャスティン君。丁度良いタイミングだったわ。たった今、貴方の苗字を極めたところだったのよ」

「そ、そうですか……それで、何と?」

 

 ふふん、とアドルフィーネはその大きな胸を張って、その自信作を発表した。

 

「―――ブラッドギア! 今日から貴方は『ジャスティン・ブラッドギア』よ!」

 

 

 

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