Zeroとメロンの君   作:ハズウェル

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第二話

 

「うむ。もういいようだね」

「ご面倒をおかけしました」

 昼下がりのトリステイン魔法学院の一室で、貴虎の傷の具合をたしかめていたコルベールが太鼓判をおした。

 水の魔法による治療をうけた貴虎の体は、筋肉は衰えたもののすでに傷は癒えていた。

 診察のために脱いでいた服を貴虎が着ようとすると、

「ああ、まちたまえ。その格好のまま外にでるにはいかんだろう。どれ」

 そういってコルベールは席を立って一旦部屋をでる。

 しばらくすると、貴虎の服をたずさえたMaidをともなって戻ってきた。

「どうぞ」

 Maidが服を貴虎にうやうやしく手わたす。

「これは私の」

 ボロボロだった服はつくろわれて汚れもなく、さながら新品のようだった。

「他の服を用意しようかとも思ったのだが、どうも上等な品らしいし、君にはこっちの方が動きやすいと思ってね。職人になおさせたのだ」

「わざわざそこまで。ありがとうございます」

 服を受けとると、早速その服に袖をとおそうとする。が。

「どうなさったのですか、ミスタ?」

 服を受けとったまま着ようとしない貴虎を不思議に思い、Maidが首をかしげる。

「……おほん」

 コルベールがわざとらしく咳ばらいをする。

「はっ!? し、失礼いたしました!」

 ようやく気づいたMaidがあわてて部屋をとびだした。

 それを見とどけてから、貴虎は着替えはじめる。着慣れた服はよく肌になじみ、気持ちがきりかわる。

「さっきのMaidには君の持ちものもわたすよう言ってあるから、もう少し待ってくれたまえ。私は授業があるので、これで失礼するよ」

「はい。お世話になりました、ミスタ・コルベール」

「なに、色々と有意義な話ができたからね。ではまた」

 頭をさげる貴虎に、片手をあげてこたえる。

 そのまま身をひるがえして、コルベールは部屋をでた。

 その後ろ姿を、貴虎はみつめていた。

(また、か。彼個人に思うところはないが、これからも根ほり葉ほり聞かれることを考えると頭がいたいな……)

 見舞いにくるたびに地球の技術の話や、みずからの発明品に対する意見を求められて、ほとほと困っていた。

 そうして先のことを考えていると、Maidがまたやってきた。

「さ、先ほどは失礼いたしました。あの、これを」

 顔を赤らめながら、貴虎の持ちものがはいった箱をさしだす。

 しかしその手――体が震えているのを見て、貴虎がたずねる。

「どこか具合でも?」

 貴虎が顔をのぞくと、Maidは目をそらした。

「い、いえ。あの……、先ほどのことはどうか御容赦をいただきたく……」

 そう言って、まだ幼さをのこす少女は頭をさげた。

「ああ、別に気にしてなどいない。顔をあげてくれ」

 それでも少女は、身をかたくしてわびつづける。

「本当に、失礼いたしました。貴族の方にあのような……」

「待ってくれ。私は貴族ではない。だからそんなことはしなくていい」

 なお謝り続けようとする少女に対し、貴虎は声音(こわね)を優しくしてさとす。

 その言葉を聞いて、少女はオズオズと頭をあげて貴虎を見る。

「え、貴族じゃないって……。だって、お召し物がとても高級なものですし、ミスタ・コルベールが……」

 貴虎を見あげる目が、まだ半信半疑であることをうったえる。

(ああ、彼が言っていたな。ここでは貴族が絶対なのだと)

 療養の最中にコルベールからききだしたことを思いだす。

 この魔法学院をかかえるトリステイン王国は貴族によって支配される王国であり、非支配階級の平民が彼らに逆らうことはできない。

 もし貴族の怒りを買うようなことがあれば、命すらあやういと。

(ミスタ・コルベールと対等に話をしていた私を、貴族だと思ったわけか。)

 貴虎はやおらゆっくりと、箱から持ちものをつかみあげ、それらを服におさめながら語る。

「ミスタ・コルベールはあまり身分といったものにこだわらないようだし、私の素性から貴族に準じるあつかいをしているのだろう。なにより、未知のモノゴトを前にしてそれどころではないと見える」

 最後に、緑色のHandkerchiefをおりたたみ、左胸のPocketにいれる。

「君がここまで世話をやくのも、彼の言いつけだろう。今の私はただの根なし草だ。だからそんなにかしこまらないでくれ」

 意識してほほえみかける。

「は、はい……」

 まだぎこちなさは残すものの、貴虎の言葉と表情に少女の体と心はやすらいで、目をそむけることはもうしない。

 その少女のしぐさを見て、貴虎の脳裏を思い出がよぎる。

 みじかめに切りそろえられた黒髪をサラサラとゆらしながら、かたい面もちで挨拶をする、父が連れてきたまだ年端もいかない少女。

 それにただよろしくとだけしか言葉がかえせなかった自分。

 来し方が思いでては、ただただ懐かしさがこみあげてくる。

 目の前の少女は彼女に似ていると、貴虎は思う。

 ゆれる黒髪が、白い仕着せが、恐れと不安のいりまじった表情が、ありし日の彼女をよびおこす。

 心の奥底におしこめていた、いまわしきことと共に。

「あの、どうかなされましたか?」

 少女が黙りこんだ貴虎を見て、たずねる。

「ああ、いや。なんでもない」

 雑念を振りはらい、気持ちを新たにする。

「君にも世話に……、いや、これからも面倒をかけるかもしれないが、よろしく頼む。名乗るのが遅れたが、呉島貴虎だ」

「シエスタと申します。お見知りおきを、ミスタ・タカトラ」

「なまらないのだな」

 はっきりと名前を口にされたことに、思わず目をみはる。

「はい?」

「どうもこちらの人間には、私の名前は発音がしづらいらしい」

「ああ。それはきっと、私のひいおじいちゃんのせいだと思います」

 シエスタがそう言いつつ、おのれの髪を指先でそっとなでる。

「ひいおじいちゃんはここからはずっと遠い国からやってきたそうで、なんだか名前の響きがにている気がするんです。この髪と瞳の色も、ひいおじいちゃん譲りで」

「そう……か」

 それを聞いて、貴虎はひらめく。

(私以外にもこの世界にきた日本人がいたのか? ならば)

「シエスタ。君の曽祖父は、今は?」

「もう、なくなりました」

「……すまない。余計なことをきいた」

「いえ、お気になさらないでください」

 寸刻、場が静まる。

 気まずさに視線をさまよわせたシエスタが、壁の時計を見て、あわてふためく。

「そうでした! 私まだお仕事が! あの、これで失礼いたします!」

「あ、ああ。引きとめてしまって悪かった」

 素早くお辞儀をして、シエスタは駆け足で部屋をとび出た。

 それを見とどけてから、貴虎も気持ちを切りかえて扉へと足を向ける。

(彼女の曽祖父について調べるべきか。だが、今はまずルイズという少女に会わねばならんか)

 思いつつ、扉の取っ手に手をかけた。

 

 

 

 

 

「ちょっと! なにしてるのよ、こんなところで!」

 図書館の扉を勢いよく開けはなったのは、貴虎がこの世界に来たときに、彼を見下ろしていた少女だった。

 その騒ぎに生徒や司書の視線があつまるが、当の少女はどこふく風と気にもとめない。

 中を見渡して貴虎をみとめると、息せき切ってツカツカと早足で貴虎のいる席へ向かう。

「あらルイズ。どうしたのかしら、そんなに慌てて」

 口をかたく結び、マナジリをあげてつめよるルイズと呼ばれた少女に対し、貴虎の左隣に座っていた褐色の肌の少女が声をかけた。

 それを無視して、貴虎の前まで来たルイズはひときわ足を強く踏み鳴らし、声を張りあげる。

「どうしたもこうしたもないわよ! あんたも! タカトラも! ついでにタバサも! ここでなにしてるのよ!」

 貴虎は図書館の片すみで、タバサと呼ばれたメガネをかけた青い髪の小柄な少女を右にして、本を読んでいた。

 このハルケギニアで活動するならば、この世界の知識を得なければならない。

 言葉は通じるので、読み書きを覚えようとこの図書館を利用し始めたところ、たまたまタバサと出会い、たちまち師弟の関係となった。

 キュルケはその惚れっぽさから、幼さの抜けぬ学友にはない魅力をもつ貴虎に言いよっているだけである。

 当の貴虎はキュルケのもとめを、恋愛に憧れることからくる彼女の幼さと見て、軽くあしらっている。

「ルイズ。場をわきまえたまえ。迷惑になる」

 大声でとがめるルイズを前にして、貴虎は手にした本から目を離さず、たしなめる。

 貴虎の傷が癒え、ルイズと顔を合わせてからこっち、ルイズが貴虎につきまとうのがもはや習慣になっていた。

「そうよ~。ここは静かに本を読むところなんだから、口をつぐんでなさいな、Zeroのルイズ」

「キュルケ! あんたは黙ってて!」

 茶々をいれるキュルケに、ルイズが噛みつかんばかりにほえる。

 ひと通りにらみあってから、ルイズは貴虎にむきなおる。

「私の言いつけを聞かずになんでこんなところで油を売っているのよ!」

「もう言ったはずだ。私と君は主従の関係ではない。君にしたがう道理はない」

 ふたりが揉めているワケが、これだった。

 貴虎は病床をでたその日の午後、おのれをこの世界に呼びだしたルイズのもとへ、顔合わせのために向かった。

 召喚の儀式についてはあらかじめコルベールから聞かされていた。

 魔法使いたる貴族は、召喚魔法でみずからの手足となる使い魔を呼びだす。

 人が使い魔になった前例はないが、ルイズには是非もない。

 ルイズは貴虎に対し、おのれの使い魔としてしたがうことを求めた。

 しかし、貴虎はそれを拒んだ。

 貴虎をおのれの使い魔であると認識しているルイズと、おのれの意志を無視して一方的に連れてこられたとの立場をくずさない貴虎では、そも話が噛み合わないのは当然であった。

 それで引き下がるルイズでもなく、こうして貴虎の向かう先を嗅ぎつけては追いかけている。

 ルイズが使い魔の契約として貴虎に口づけをせまったときに、「君のような子どもにはまだ早い」と言われたのも、拘泥する原因であった。

 ルイズは机を挟んで貴虎の真ん前に陣取り、身を乗りだして問い詰めるも、貴虎はあいも変わらず読書にのめりこんでいる。

「タバサ。ここの文章、ふた通りの解釈ができるが、これはどう受けとればいい?」

「そこはおそらくこの文全体にかかっていると思う。校正不足」

「ふむ、そうか」

 ときどき貴虎が質問しては、タバサがそれにこたえるのをくり返す。

 キュルケはそんな貴虎に体をすり寄せては、甘ったるい声で耳元にささやきかけている。

「ねぇ~、ミスタ・タカトゥラ。こんなところにこもってちゃカビが生えるわよ。外に出てみませんこと?」

「またにしてくれ、キュルケ」

「もうイケズなんだから~。でも、そんなところも素敵よ。なんていうのかしら。余裕のあるオトナの魅力っていうのかしら?」

 言いよるキュルケを、貴虎は気にすることもなく受け流す。

 そのやりとりをしばらく眺めていたルイズが、ひったくるようにして本をとりあげる。

「ちょっとなにするのよZeroのルイズ。相手にされないからって実力行使?」

「うるさいわね! タカトラ! あなたは私の使い魔なんだから、私の言うことを聞きなさい!」

「ことわる」

 自分を見おろすルイズのヒトミをまっすぐに見すえながら、はっきりと言葉をつげる。

「何度も言ったが、君の言う使い魔の儀式とやらは私のあずかり知らぬことだ。一方的な主張を受けいれることはできん」

「それじゃ私が困るのよ! このままじゃ使い魔がいないMageになっちゃうじゃない! それに! 私が召喚したからあなたは助かったんでしょう!」

「あらなにルイズ? あんた恩を押しつける気なの? 公爵家たるヴァリエールの名が泣くわよ」

「それは……」

 キュルケの指摘にルイズはたじろぎ、二の句がつげずに口をモゴモゴとさせていたが、すぐに気をとりなおして別の切り口からせめる。

「そ、そうよ。あなたこっちのことはなにも知らないし、行くとこもないんでしょ? なら私の使い魔になれば衣食住は……」

「必要ない」

「へ?」

 言い終わらぬうちに提案をくじかれ、ルイズのまどかな瞳がよりつぶらになり、間の抜けた声がもれる。

「生活に必要なものならば、条件つきだがミスタ・コルベールが用立ててくれるとのことだ。こちらの知識に関しても、丁度いまタバサに教わって、読み書きをおさめたところだ」

「もう、教えることはなにもない」

「ありがとう、タバサ。君のおかげで時間を無駄にせずに済んだ」

 ただひとことつぶやくタバサに、貴虎はやわらかな笑みを向けながら感謝の言葉をのべる。

 それを聞いて、ルイズが眉をひそめる。

「終わったって……。だってあなた、ここに来てまだ二週間もたってないじゃない」

 そのもっともな疑問に、貴虎がこともなげにこたえる。

「どうやら私には言葉を自動で翻訳する魔法がかかっているらしい。ここの文字は音素文字で、音と文字の対応さえわかればあとは魔法まかせだ。こちらの文化や風習による言い回しの解釈や、固有名詞に手こずったくらいだな」

「異国の言葉もおもしろい」

 貴虎にハルケギニアの言語を教える際、日本語との違いに話に花が咲き、その議論でタバサの好奇心はおおいに満たされていた。

 タバサは側においていた杖をとり、宙に光の線を描く。

 その線が『貴虎』と、文字を形づくった。

「これって絵……じゃないわよね。文字?」

「たかとら、と読む。たっときトラ」

 心なしか、タバサの表情に自慢気な色があった。

「んもー。行く当てがないなら私が面倒みてあげるのにー」

「もし路頭に迷うときがあれば、頼らせてもらおう」

 からみつこうとするキュルケさっとかわし、貴虎が席を立つ。

 すかさずルイズが反応する。

「あ、ちょっと。どこいくのよ!」

 歩き去る貴虎を、小走りで追いかける。

 貴虎が出入り口の扉に手をかけたところで、扉に向いたまま足を止めてこたえる。

「ルイズ。君には感謝しているし、君に迷惑をかけることに後ろめたさもある。だが、それでも私には余裕がない。たとえなにを見捨てても、やらねばならないことがある」

 追いついたルイズが、かるく息をととのえながら、目の前の男の背中をにらみつける。

「またあの話? 世界が滅ぶとか七十億の人々だとか……。そんなの信じられるわけないでしょ!」

 貴虎はルイズにおのが世界の窮状を語ったが、それをルイズは使い魔になりなくない心からくる嘘だといって聞きいれない。

 ルイズの召喚魔法によって命を拾われたことに報いたい気持ちはある。

 しかしそれはワタクシとして意志であり、公に立場あるものとしての貴虎には、立場ゆえの義務を果たすことが先に立つ。

「信じなくてもいい。だが私の意志がかわることはない。これからミスタ・コルベールとの用事がある。失礼」

 振りかえらず、にべもなく言葉をかえす貴虎をひきとめようと、ルイズは手をのばす。

「まっ……」

 進む背中は、すぐに扉によって覆いつくされた。

 少女のかぼそい腕が空をつかむ。

 重々しい扉が閉ざされる音がとよみ、それもなえ果つ。

 あとにはただひとり、がらんとした通路にひとり立つルイズ。

 腕をおろし、うつむく。

「それじゃあ、私はどうすればいいのよ」

 小さな体から、しぼりだすようなかすれ声がもれる。

「あらあら。ふられちゃったわねルイズ」

 ゆっくりと歩みよるキュルケが、小さな背中に語りかける。

 途端、ルイズの体ははね動き、乱暴に扉をおし開いて足早にその場を去る。

「ちょっとからかいすぎたかしら」

 見送りながら、少し眉をさげる。

「まあ、焦りもするんでしょうけど」

 

 

 

 長い廊下を、ひとりの少年が足早に進む。

 息はあらく、小太りな体の脂肪をユッサユッサとゆらしながら、目的の場所へとまっしぐらに進む。

 その目はギラつき、顔には玉のような汗が浮かんでいた。

「おや、マリコルヌ。どうしたんだい、そんなにあわてて」

 そこに、たまたま通りがかった身なりの派手な美形の少年が声をかけた。

「あ……。はあ、ふう、ギーシュ……」

 呼ばれたマリコルヌが、少し遅れて足を止め、ギーシュへとふり向く。

「君がそんなに急ぐなんて珍しい。明日は槍の雨でも降るんじゃないか?」

 ギーシュは大げさな身振りをまじえながら、皮肉を口にする。

 マリコルヌはその言葉にムッとしながらも息をととのえ、言葉を返すため口を開こうとして、やめた。

「マリコルヌ?」

 その様子を見て、ギーシュは眉をひそめる。

「ごめん、ギーシュ。今ちょっと急いでいるから、またね」

 ふたたび駆けだそうとする。

 が、その重たい体がつんのめる。

 去ろうとするマリコルヌの外套の端を、ギーシュの手がガッシリと握っていた。

「まあ待ちたまえマリコルヌ。いつものん気な君がそうまで先を急ぐとなれば、それはさぞかし大ごとなのだろうね」

「そ、それは……」

 少しクセのある金髪を片手でかきあげながら、マリコルヌの横に立ち、彼の肩にポンと手を置く。

 マリコルヌがどうしたものかとシドロモドロとしていると、ギーシュの目線がマリコルヌの両手にとまる。

 その両の手は包みこむようにして合わされていた。

「それ、なにか握りしめているのかな。ほら、見せてみたまえ。君と僕の仲じゃないか」

「い、いや! なにも隠してなんかないよ! 君は女の子を追いかけていればいいじゃないか!」

「言ったなマリコルヌ! ますます君の秘密をあばきたくなったよ!」

 ギーシュの顔は笑みのまま、口端をつりあげた。

 身をよじり、かたくなに抗うも、マリコルヌの運動不足の体はすでに疲れ果て、手の中のものを隠しとおすだけの力は残っていなかった。

 少しの競りあいがあって、ギーシュはようやくマリコルヌの手から、目当てのものをひったくる。

「ああ……!」

 マリコルヌがとり戻そうと手を伸ばして詰めよろうとするも、ギーシュはひらりと身をかわす。

 ギーシュは距離をとって、手にいれたそれを見る。

「……なんだこれ」

「だから言ったろ……。君はそんなのに興味はないでしょ……」

 それは紫色の果実だった。

 皮をめくると、半透明のプルプルとした実があらわになる。

 ギーシュのたかぶっていた気持ちが萎え、眉根にシワをよせて肩をおとす。

「とても大事そうに抱えているから、余程のものかと思ったんだが……。いや、実に君らしいよ。こんな変てこなクダモノにこだわるなんて」

「もういいでしょ。返してよ。これからなんの果物か調べるんだから」

「はいはい」

 ギーシュが果物を返そうと手をさしだすが、ふと、彼の動きが止まった。

 その顔が下に向き、視線が手の中のものへとそそがれる。

「ギーシュ?」

 いぶかしむマリコルヌが顔をのぞくと、ギーシュの表情は呆けたようにかたまっていた。

 タナゴコロにおさめた紫色の果実を、顔の前にかかげる。

「これは……、よく見れば、なんだかとてもおいしそうじゃないか……」

 周りに気を配ることもなく、ただ立ちつくす。

 ふたつのマナコがジィっと、紫の果実だけをうつしていた。

 微動だにしないギーシュの体が息を吹きかえしたかのように脈打って、やおらその果実を口もとへと運んで、かぶりつこうと口を開き――

「ま、まったー!」

 すんでのところでマリコルヌが果実をとりあげた。

「なにするんだよ! 人のものを勝手に食べようとするなんて!」

 とり返したそれを両腕と大きな腹で抱えこみ、ギーシュに背を向けて怒鳴る。

 とりあげられたままボケっとしていたギーシュが、その声でハッとする。

「い、いや。そんなつもりじゃなかったんだよ、マリコルヌ。なぜかそれを見ていたら無性に食べたくなって、つい……」

 あわててその場をとりつくろうとするも、マリコルヌはすっかりヘソを曲げて聞く耳をもたない。

 そのまま鼻息を荒くして、小走りに去っていった。

 人気のない廊下に、ギーシュはポツンととり残されてしまう。

 ギーシュは目をつむって腕を組み、うんうんと唸りだす。

「たしかにどう見てもおいしそうには見えなかったんだが……。僕としたことがなんであんなことを……」

 そうしていると、衣擦れと靴底が廊下を叩く音が耳にはいる。

 目を開けて前を見ようとしたそのとき、体が衝撃にゆれた。

「うお!?」

 体勢をくずしそうになるのをなんとか踏みとどまり、己にぶつかってきたものをたしかめようとふり向く。

 その先には桃色の髪をたなびかせながら、肩をいからせて歩くルイズがいた。

 その背中にむかって、ギーシュは声を張りあげる。

「待ちたまえ! 人にぶつかっておいて謝りもしないとは、いくら女の子といえど、見過ごせるものではないな」

 ルイズの体が、そこでピタと止まる。

「うん、言うことをちゃんと聞く女の子は好きさ。僕は心優しいからね。今の無礼に関しては、ちゃんと謝ればここは大目に」

「そんなところで石像みたく突っ立ってるあんたが悪いのよ! バカギーシュ!」

「ひぃっ!?」

 柳眉をさか立てながら怒鳴るルイズに、ギーシュは怯え身をすくめるだけだった。

 そんなギーシュにルイズはもう目もくれず、曲がり角へときえる。

 ふたたび、廊下がシンと静まりかえる。

「……なんなんだ今日は!」

 ようやく気を持ちなおしたかと思えば、ギーシュはやり場のない怒りのあまり地団駄を踏むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 太陽は沈み、夜のトバリがおりきったとある森。

 虫と獣の鳴き声がこだまして、ひえきった風が木々をざわめかせる。

 その森にある小さな泉のほとり。

 草が生い茂っているのも気にせずに座りこみ、膝の前に布を敷いてみっつのものを広げている男がいた。

 ひとつ。小刀がついた濃紺の分厚い板。小刀の向かい側には横から見た兜らしき絵がかかれている。

 ふたつ。管や筒が埋めこまれていて、半透明でできた大きさが子犬ほどもある、複雑な形の物体。

 みっつ。真ん中にバナナの意匠がほどこしてある錠前。

「さて、はじめるか」

 男は腕を伸ばし、小刀付きの板を手にとる。

「くぼみにこの錠前をはめるのはわかった。この大きさと形となると……」

 板の裏がゆるやかな弧を描いているのを見て、立ちあがって腰の前に当ててみる。

 しかしなにも起こらない。

 ひとまずそれを地面に置き、もうひとつの方を同じく腰に当てる。

 するとその半透明のものから帯、Beltがのびて腰に巻きついた。

 「おお……」

 男が思わず感嘆の声をもらす。

 おそるおそるあちこち触れてみるが、右側に溝にそって動くニギリがある以外には仕掛けはない。

「ふん、これは留め具……にあたるのだろうが、違うな。まあBeltでいいか。しかし、なぜこちらだけ。条件があるのか」

 わずかに思考にふけったのち、錠前を手にとる。

「……迷っていても埒があかない。やるか」

 しばらく錠前を持ったままためらっていたが、意を決してBeltのくぼみにはめる。

 外していた掛けガネを本体にさしもどすと、『Lock On』と、声が流れた。

「声? こいつから出ているのか。……さて」

 ソロリソロリと、慎重に、右手を這わすようにしてニギリへと近づける。

 ニギリをつかみ、一度深呼吸してから、ゆっくりと力をこめる。

 が、動かない。

 力が弱すぎたのかと、今度は思いきって押しこんでみるが、びくともしなかった。

「駄目か。これも条件があるのか」

 あきらめ、錠前とBeltをはずす。

「こいつが原因か?」

 手にした錠前を見つめる。

「やはり壊れかけているのか」

 焦げ跡のある錠前を、しばし見つめる。

「かと言って、またあのバケモノを呼びだすにも、あのまま火花が爆ぜ続けたらどうなるか……」

 顔をしかめ、泉の前に座る。

 服の内側に手を入れ、黄金にかがやく果実をとりだす。

「なんでも思い通りに叶えてくれるほど、都合よくはないか」

 その光を、じっとながめる。

 男が初めてその果実を見たときと比べ、かがやきは幾分よわまっていた。

「願えばまた錠前は手に入る。しかし、それではすぐに立ちゆかなくなる……」

 目下、それが男の悩みだった。

 当てにしていたふたつのBeltも、使い方がわからない。

 果実の力に限りがあるのなら、より効率的な方法を見いださねばならなかった。

「手っ取りばやいのは、知っているやつに聞くことだが、そんなものがいるはずもないか……」

 すっかり気持ちもなえて、草むらの中に寝転ぶ。

 そのまま目をつむり、土と草木の香りを腹一杯に吸いこむ。

 自然、ウトウトとまどろんでくるが、思わぬできごとに目が冴えた。

 閉じているマブタを通して瞳にさすほどの光が、男の側から発していた。

 跳ね起きてあたりを確かめると、手の中の果実と、目の前の泉が光りかがやき、あたりをアカアカと照らしていた。

 なにごとかと、男はジリジリと泉へと足をすすめる。

 顔を伸ばし、水面(みなも)をのぞきこむ。

「これは……」

 照りつける光の向こう。水面には、みたことのない服を着た男と、桃色の髪の娘がうつっていた。

 見つめることしばし。それもつかの間、すぐに光はやみ、あたりはまた暗闇につつまれる。

 男は泉をのぞきこんだ姿勢のまま、しばらくじっとしていた。

 森はシジマをとりもどし、生き物たちの声が穏やかに流れる。

 男が跳ねあげるようにして、うつむいていた顔を星々のまたたく空へと向ける。

 大空を照らすふたつの月は、遠く隔たっていた。

「ようやく……、ようやく俺にツキがまわってきた……!」

 すぐさま身をひるがえして荷物をまとめ、走りだす。

 目指すは貴族の子弟の学び舎、トリステイン魔法学院。




一週間以内が目標でしたがああだこうだと何度も見なおしているうちにずれ込んでしまいました。
次はもっと早く出せると思います。
やっと次で戦いの場面がだせる……はず。

ところで、私はこの小説を読むのは、どちらの原作も知っている人だと思って書いているので、登場人物の説明はほとんどしないのですが、大丈夫でしょうか?
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