『あのね、大きくなったら、わたし、ピアノをひく人になる!」
いつだったのだろう。
『将来? もちろん医者よ』
私の夢が、『終わった』のは。
「パパとママ、またおしごと?」
「ごめんね、真姫ちゃん。今日は一緒にいようって約束してたのに……」
「ううん、へーきだよ! それに、パパとママががんばると、いたいいたいしてる人が元気になるんでしょ?」
「そうなんだ。病気の人や怪我をした人の為に、行ってくるよ」
「うん! 行ってらっしゃい!」
両親が医師である以上、一家そろっての休日なんて滅多になかったし、その僅かな日でさえも、急患などで潰れることが多かった。
「いいわよ、おめめ開けてみて」
「……うわぁぁ〜!」
小学校に上がった時の誕生日。プレゼントにもらったのは大きなグランドピアノだった。
今にして思えば、私が少しでも寂しくならないようにということだったのかもしれない。その意味で言うなら、両親の目的は達成された。
毎日、それこそ無我夢中でピアノを弾いていた。
ママに頼み込んで、ピアノ教室にも通わせてもらった。何度かコンクールで賞を取ったりもした。
小学校も高学年になると、自分がどういう状況にいるのかも分かるようになってきた。
私は西木野総合病院の跡取り。それも一人娘なんだ。何があっても医者にならなければいけない。
ーーたとえ、何かを諦めないといけないのだとしても。
その思いは、私を縛る『鎖』になった。
その『鎖』を、
私の心の扉を、
「ねぇねぇ西木野さん、
アイドルやってみない?」
ちょっとうっとうしい位に叩いた人がいた。
*****
一枚のポスターがあった。
デフォルメされた三人の少女が描かれた、新入部員募集のポスターである。
それを、いかにも「迷っています」といった雰囲気を醸しながら見つめる少女がいた。
「小泉さん?」
「ぴゃあっ!?」
声をかけたら尋常じゃないほど驚かれた。少しショックだったりする。
「ま、松本先生……」
思えば僕は正確には「先生」と呼ばれるような立場じゃない。そもそも教員免許も取ってないし、ここではただの(とは言い切れないけど)事務員だ。
ここが学校である以上、無理に訂正もしないけど。
「そのポスター、興味ある?」
「え?」
「いや、なんかすごく熱心に見てたからさ」
結果から言えば、μ'sの初ライブは「失敗」だった。
お客さんは両手の指で足りる程度。幕が上がった時の三人の表情はいまだに瞼から離れない。
でも彼女たちはそこで止まったりはしなかった。むしろ、そこから走り出したとさえ言っていい。
「小泉さんはアイドル好きなんでしょ? やってみたらいいと思うけどな」
「で、でも……私、全然向いてないし……」
そう言って小泉さんは俯いてしまう。どうやら押し付けがましすぎたようだ。
しまったなと内心慌てていると
「かーよちーん、ここにいたのかにゃ〜」
「あ、凛ちゃん!」
小泉さんのクラスメート、星空さんだった。
「かよちんまたポスター見てたの? かよちんそんなに可愛いし、声も綺麗なんだからアイドルやってみればいいのに〜」
「私は全然……声もちっちゃいし……
そういう凛ちゃんも一緒にやろうよ」
「え……」
「凛ちゃんだって私よりずっと可愛いし、ダンスだってきっとやれるよ」
おや? これはいい流れかもしれない。
いくらμ'sのマネージャー的なことをしているとはいえ、「可愛い」とか「君スタイル良いね!」なんて事を言おうものならセクハラ呼ばわりは間違いない。というか恥ずかしくてそんなこと言えない。
でも友達同士でそんな認識なら、もしかしたら新入部員を二人確保、なんて事を期待していた。
「凛は、向いてないよ」
星空さんから出てきた言葉は、思っていたよりずっと寂しい否定だった。
「ほ、ほら、こんなに髪短いし! あはは……
そろそろ帰ろ?
松本先生、さよなら!」
「わっ!?
ダレカタスケテー!」
何かをごまかすかのように星空さんは走り去ってしまった。
バランスを崩して涙目の小泉さんを引っ張りながら。
「ちょっと待っててー」
残された僕は、そう一人ごちるくらいしかできなかった。
「ふふ、今年の一年生は面白い子が多いなぁ」
「……東條さん。聞いてたの?」
「偶然や、偶然。
さて、これからどうするん? 松本先生?」
イタズラを考えているような、猫のような目で僕を見る東條さん。
「何か、変わったね。東條さん」
「……いろいろ、あったから」
「詳しくは聞かないよ。さて、僕は僕のやる事をやるとしますか」
「あの三人の勧誘?」
「いや、ただの仕事だよ」
「あ、うん。頑張ってなー」
マネージャーとはいえ自分はこれでも茨城県職員。やるべきことは結構あったりするのだった。
お久しぶりになりました。Mr.Rです。
12話、いかがでしたか?メインで描いた『夢』は真姫だけでしたが、りんぱなの『夢』も匂わすくらいはできたと思ってます(原作知ってる人には意味ないかw)
それでは、13話でお会いしましょう。