勢いよく閉められたドアが乱暴な扱いに抗議するかのような音を立てる。
μ's総出でお願い(押しかけかもしれない)しに行ったものの、僕たちはあっけなく追い出されてしまった。
「あぁ〜にこ先輩ぃ」
「やっぱり追い出されたみたいやね」
ここまで拒絶されてもなお諦めきれずドアの前に突っ立っていた僕たちの前に、東條さんが現れた。
まるで計ったかのようなタイミングの良さ……いや、実際に待っていたのだろう。
「こうなるって、知ってたの?」
「ちょっと、場所変えよか」
ここでは言えない事情があるのか。
「分かった。でも……」
1年生3人組を振り返って言う。
「君たちはもう帰った方がいい。雨、強くなるかもしれないし、明日も学校あるからね」
「えぇーそんなぁ!」
まさかこの状況で帰らされるとは思ってもみなかったのだろう。星空さんは分かりやすく口で、西木野さんは目線で不平を伝える。
ただ、
「分かりました。じゃあ、先に帰りますね」
「かよちん……?」
意外と言っては失礼だけれど、声をあげたのは小泉さんだった。
「良いの?」
「うん。私今日ちょっと用事があるし、早く帰って英語の宿題も解かなきゃいけないから」
「にゃぁぁぁぁ! 忘れてたぁぁぁぁ!!」
「それじゃあ先生、また明日」
「うん。また明日」
「……良い子やね」
独り言のつもりだったであろう東條さんのつぶやきは、思ったより少し大きく僕の耳朶を打った。
*****
「どこから話したらええかな」
3人を見送った後、僕たちは昇降口に来ていた。
「じゃあ……そもそもなんで矢澤さんは1人なんだ? 部活設立には最低でも5人の部員が必要。後から増えたり減ったりはするだろうけど、彼女1人だけってのはちょっとおかしく無いか?」
「せやね。じゃあそこから話そっか……」
そして東條さんは語り出した。僕らの知らない、矢澤さんの過去を。
*****
「何ともまぁ……」
後に続けるべき言葉が無かった。
茨城県の職員と言っても今の僕はただの事務のお兄さん的な存在。学校事務も専門的な物以外は手伝っている。
理事長にはμ'sの事だけで良いとは言われたものの、周りの先生方が遅くまで働いているのに自分だけさっさと帰る気にはなれなかった。
あれこれしている内に時刻は8時を回っていた。
東京で働く事になり、僕はアパートを借りた。学校や神田明神からそこまで遠くもなく、家賃も割と良い感じ。正直、かなり良い所に住めたと思う。
が。
「……迷った」
つい出来心で普段通らないルートを使ってみたくなり、スマホとにらめっこしながら歩いていたら、自分も位置が分からなくなっていた。
「ここ、何処や……」
いくらなんでもマズい。明日は平日。朝練もある。
最悪でも12時までには寝たい。
けれど第一に現在位置が分からない。第二に、
「頼む、持ってくれよ……!」
携帯の充電が風前の灯火だった。
恥を忍んで交番で道を聞こうにもその交番が無い。かといって何処かのお宅に「ここ何処ですか?」なんて聞きにいった日には下手をしたら通報もあり得る。
次第に募る焦燥感。左手に持った買い物袋の重ささえ、それに拍車をかけているかのようだった。
「あぁっ!」
携帯の充電が遂に切れた。時間だけなら腕時計で何とかなるが、これで僕はスマホという文明の利器を失った事になる。
どうする?
万事休すとはまさにこの事。
「……よし!」
決断。僕は適当に決めたお宅のインターフォンを押そうとし……
「何してるん?」
突如掛けられた東條さんの声に、心臓が止まるかと思うくらいの驚きを感じたのだった。
「あははは! そんな、そんな理由で迷子になったん? 社会人が?」
夜の道に彼女の笑い声が弾ける。一方で僕は小さくなるしか無い。
「返す言葉もございません……」
「カードがこっちの道の方がいいって言うから来て見たら、まさかこんな事になってるなんてね」
駄目だ、完全に弄ばれてる。
「と、東條さんはどうしたのさ。こんな時間に独り歩きなんて物騒だよ」
「ウチはバイトが終わって、買い物してた所だよ? 通りかかったのも本当に偶然」
と、ようやく住んでいるマンションが見えて来た。
「やっと着いたぁ。本当にありがとう」
「ふふ、先生の引率も大変やなぁ〜」
「まだ言うか……」
マンション前に着いた。改めて彼女にお礼をしようとして、そんな場合じゃない事に今更思い当たる。
「送ってもらっといてこんなこと言うのもおかしいけど、東條さん、家大丈夫なの? なんなら、車出すけど……」
「そこまでしてもらわなくてもええよ。それに、ウチの家もすぐそこなんや」
「そこって?」
「このマンション」
この瞬間脳内を駆け巡った衝撃を言葉にするのは無理だ。当然、顔に出さないようにするなんて芸当が出来るわけもなく、
「え……?」
東條さんも僕の顔から全てを悟ったらしい。
「松本センセイもここなん⁉︎」
「う、うん。504号室」
「同じ階って、えぇ⁉︎」
驚いた顔、結構かわいいじゃん。
なんて事を考えてしまう位僕の頭は混乱していた。こればかりは口どころは顔にすら出せなかったけど。
「じ、じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい……」
彼女の部屋、502号室のドアが閉まる間際、微かな声が聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。まだ頭がぐっちゃぐちゃだ。早く風呂に入って、もう寝よう。
「たまには、遠回りもしてみるもんやね」
*****
終業を告げるチャイムが鳴る。今日は何だか1日がえらく長く感じた。
今朝ほどドアを開ける事に勇気が必要だった朝は無い。うっかりかち合ったら目も当てられない事になっただろうと自分でも想像できる。
ふと今朝の出来事に浸りかけた自分がいるのに気がつき、慌てて席を立つ。
うかうかしてはいられない。ここからは時間との勝負なのだから。
部屋の主が扉を開ける。
同級生達の何気ない会話を聞くのが一番応えた。彼女達は放課後の予定を話し合っているだけ。学生として自然な事。自分だって、以前はそうだったではないか。
同じ志を持つ仲間と過ごした日々。いや、仲間だと自分が勝手に思っていただけだった。
とんだ思い過ごしだった。
いつも通り、ここで独り。下校時間まで過ごす。
入って来た時から暗かった顔がさらに暗くなりかけた時、
カチッ!
『お疲れ様でーす!』
突然付いた明かりと掛けられた声に、部屋の主、矢澤 にこはただ呆けた顔しかできなかった。
時間は昼休みに遡る。
「作戦がある? 本当ですか?」
僕は皆んなを呼び出していた。
「そう。まぁ、作戦だなんて大したものじゃないけれどね」
簡単な話だ。今のμ'sを矢澤さんが認められないって言うのならば、
「こんなんで押し切るつもり?」
「押し切る? 私はただ、相談しているだけです。
音ノ木坂アイドル研究部所属の、μ'sの7人が歌う、次の曲を」
彼女も、μ'sの一員になって貰おう。
「にこ先輩」
若干の間。そして
「……厳しいわよ」
「分かってます! アイドルへの道が厳しいってことくらい!」
「分かってない!
アンタも、アンタも、アンタ達も甘々!
良い? アイドルって言うのは笑顔を見せる仕事じゃない。
笑顔に『させる』仕事なの!
それをよぉく自覚しなさい!」
こうして、μ'sは晴れてアイドル研究部の所属となり、メンバーは7人になった。
「絵里ち」
「ん?」
「見てみ。雨、止んでる」
長く続いた雨は止み、雲の間から差し込む光は屋上を、そこにいる彼女達を照らしていた。
「今日の希……」
「ん? なぁに?」
「何か良いことでもあったの?」
「ううん。何にもないよ」
「そう? なら私の勘違いね」
大変お待たせいたしました。その分長くしまして穴埋めを。さて、
ようやくにこ襲来終わったぁぁ!(遅い)
オリジナル部分を少し入れてみました。感想、ご意見がありましたら、是非お願いします!
それでは、またいつか!