(あれは、希……?)
理解すると同時に体が動いていた。
「え? 松本さん?」
会話の途中で歩き出した僕に園田さんが訝しげな声をかける。
「ごめん、ちょっと待ってて」
気の利いた声をかける余裕もないほど、僕は彼女の姿に動揺していた。
「東條さん」
「あ、おはようございます。松本先生」
彼女はここ、神社に最もふさわしい服。巫女服を着ていた。
「君はここで……」
何をしているの? その言葉が発せられる前に彼女はその続きを話し出した。
「ウチは、ここでアルバイトしてるんです。神社はいろんな気が集まる、スピリチュアルな場所やからね」
「スピリチュアル……」
分かるような、分からないような。多分彼女は敢えてその言葉を選んでる。
「先生はあの子達の朝練?」
「あ、うん。そうだよ」
それで結局、するりとかわされてしまうんだ。
「そう、ならお参りしていかんとね。場所使わせてもらってるんやし」
「あ、東條副会長。おはようございます」
「おはよ〜。みんなもお参りしてくん?」
心を空っぽにする。例えるなら澄んだ水のように。晴れ渡る空のように。
2礼、2拍、1礼。
以外と知られていないけれど、神社でのお賽銭には1円、50円、100円玉などの白銭がいいんだそうだ。「ご縁がありますように」と5円玉を入れるけれど、5円、10円、500円玉などの赤銭は、お寺のお賽銭にするのがベストなんだそうだ。
それはさておき。
(彼女達の活動が上手くいきますように)
彼女達の本気は疑う余地も無い。
なんやかんやでこうして朝練もきちんとしているし、泣き言を言うことはあっても諦めの言葉は聞いたことが無い。
本気でやっている事が報われない事ほど嫌なことも無いだろう。
「先生? 松本先生!」
「ん? あぁ、ごめん。どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ! もう行かないと遅刻しちゃう!」
「お、もうそんな時間か」
時計を見ると7時40分。確かにもう時間だった。
(あれ?)
気がつくと東條さんはいなくなっていた。
*****
ゆったりとした気持ちで大きく息を吸い込む。
曲は、『アメイジンググレイス』 僕が1番好きな曲の1つだ。
1番は序章。日の出の瞬間のような始まりを告げるメロディ。
2番。一気に半オクターブ音を上げ、クライマックスへと翔ける。
息が苦しい。やはりまだ肺活量は昔ほど戻っていないようだ。
でも嬉しい。諦めていた音楽。そこにまた戻ってこられた。
歓喜を音に込め、爆発させる。
自分とトランペット、そして音楽の境界が曖昧になる。
全てを出しきり、最後の1音まで吹き切った。
少しの間をおいて拍手が起こる。
「凄いです! 感度しました!」
言いながらも高坂さんは拍手を止めない。
「はい。私も歌詞のイメージが湧いてきました」
園田さんはもうノートを広げている。
そして。
「ふぇぇ……」
「えぇ⁉︎ どうしてことりちゃん泣いてるの?」
「だって、だってぇ……」
「それほど松本先生の演奏が心に響いたということでしょう。私も危ないところでした」
お客さんはたった3人の演奏会。
でもその3人にこう言ってもらえたのだ。大成功と言っても過言ではないだろう。
「レベルとしてはまだまだだけど、僕にもコレで手伝わせて欲しいんだ」
本気の彼女達の為に自分ができること。考えてみたら以外と限られていた。
練習で遅くなったら車で送ったりとか、そういう雑用みたいな事はいくらでもある。
でも、自分が頑張れる事はそう無いのだ。
「はい! こちらこそお願いします!」
机の上には紙の束が。
μ'sのファーストライブは、間近に迫っていた。
お待たせいたしました。
できるだけ正確な描写を心がけていますが、違くない? という箇所が有りましたらどんどんご指摘お願いします!
次回はアレです。はい。