「お願いしまーす! スクールアイドル、μ'sです!」
「新しく活動を始めましたー!」
秋葉原の街に響く、ビラ配りの声。
この街ではたいして珍しいものではない。メイド喫茶やアニメショップなど、呼び子はあらゆるところに立っていて、彼女達も風景の一部となっていたはずだ。
彼女達が、「ただの少女」だったなら。
先頭に立って、というより誰彼構わずチラシを配っているのは、高坂さん。
人懐っこいその笑顔で、かなりの枚数を捌いている。
一方で南さん、彼女は高坂さんのようなエネルギッシュな感じは無い。
だが、妙に慣れているというか、受け取る人が分かっているのではと思ってしまうかのような百発百中のビラ配りで、すでに用意していたビラの3割を消化している。
それとは対照的なのが……
「こ、こんにちは……」
「園田さん、もう少し大きな声でチャレンジしてみない?」
「無理です、恥ずかしすぎますぅ!」
なんでもソツなくこなす印象のある園田さんだったけど、どうやらかなりの人見知りというか、恥ずかしがり屋さんらしい。
意外な一面が見れて役得と思ったのは数瞬。僕は「引率」から「マネージャー」に自分を変える。
「どうしたの? あれだけ高坂さん達に厳しく指導しておいてまさかできないなんて言わないよね?」
あえて投げかける挑発的な言葉。園田さんも分かってはいるのだろう、恨みがましい目で見てくるがここは園田さん自身のためにも引くわけにはいかない。
「松本先〜生! 補充しますねー!」
「お、そうか。頑張れよ〜」
「はい!」
高坂さんはこれで4回目、200枚のビラを配ったことになる。
「園田さん」
「……なんでしょう?」
「そんなに恥ずかしい?」
「当たり前です! こんなにたくさんの人がいるのに……」
「ちょっと周りを見てみて」
「どういう……」
訝しむように周囲を見渡す園田さん。きっと彼女なら気づくはずだ。
「あ……」
『自分1人がビラ配りをしている』なんてことは、決して無いということに。
「こんなにたくさんの人がビラを配っているんだ、ある意味景色みたいなものだよ」
できるだけ意識して柔らかい声をかける。彼女の背中を押すように。
「……以外と、先生は先生に向いていますよ」
「どういう意味?」
「そのままです」
吹っ切れた表情で歩き出す園田さん。どうやら乗り越えることはできたみたいだ。
10分後
「やっぱり無理です〜!」
僕はそっと頭を抱えた。
*****
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
早朝の神田明神に手拍子と掛け声が響く。
μ'sの朝練は、すっかりこの神社お馴染みのものになっていた。
「衣装も完成して、あとは本番かぁ……」
「はい! いよいよここまで来ることができました!」
「穂乃果、まだ最初の一歩なんですよ?」
呆れたように声をかける園田さんもどこか嬉しそうだ。
「それで、どんな衣装なの?」
「秘密です♪ 本番まで我慢してくださいね」
すでに何度か衣装を見させてくれと言っているが、なんやかんやで断られてしまっている。
「衣装は着てこそ意味があるんです、だから、本番まで待っていてくださいね」
衣装担当の南さんにそんな風に言われて、誰が抗えるだろうか。いや、誰も抗えまい。
「今日の夕方か……」
自分がステージに立つ訳じゃない。それなのに、武者震いするほどの緊張に襲われていた。
「そろそろ時間ですね、登校しましょう。特に穂乃果、転ばないように気をつけてくださいね?」
「なんで穂乃果だけ『特に』が付くのぉ!?」
「普段の行動です」
バッサリ切り捨てる園田さん。いつものやりとりだ。
正直、すごいと思う。
あと何時間か後には、彼女達は人生で初のステージに立つ。それなのに、彼女達からは緊張とか不安を全く感じなかった。
怖くないはずがない、不安が無いはずがないのに、それを押し殺して普段通りの姿を保つことが、どれだけ難しいことか。
「……こんだけ」
こんだけ頑張ってるんだ、少しはご褒美をくれてもいいんじゃないか? 神様。
声に出ない呟きは、空に融けて消えた。
*****
「音ノ木坂学院スクールアイドルのμ'sです! この後講堂でライブやります!」
「よろしくお願いします!」
本番前の最後の粘り。新入生だけではなく、在校生にもチラシを配り少しでも口コミを広げる。
「あ、あの……」
うっかりすると聞き逃してしまいそうなほど小さな声。
「ん? なんだい?」
青のリボン、新入生の子がいつの間にか後ろに立っていた。
「ら、ライブ……頑張ってください! 見に、行きます……」
その声は小さく、新入生募集の声にかき消されそうだったが、それでも彼女が何を伝えたかったのかははっきり聞こえた。
「ありがとう、楽しみにしててね」
「はいっ!」
きっと上手くいく。
後で知ったけど、そう思っていたのは皆同じだった。
*****
「お待たせしました! どうぞ!」
本番直前、僕はご丁寧に目隠しまでされて舞台裏に立たされていた。
何が起こるのかは見当がついてる。
「……すげぇ」
でもそのレベルまでは想像ができていなかった。
一言で言うならば『アイドル』。
まさにそんな3人がそこにいた。
「えへへ……どうかな?」
「すっごく似合ってるよ、3人とも」
「本当ですか?」
「あぁ、正直度肝を抜かれたよ」
「ね、海未ちゃん言ったとおりでしょ! すっごく似合ってる!」
「うぅ……こんなに短いスカート、やっぱり恥ずかしいです」
「いいんじゃないかな?」
「え?」
「園田さんはその衣装、人には初めて見せるんでしょ?」
「はい、そうですが……」
「だったら恥ずかしいのは当たり前、それでいいんじゃないかな?」
「そうか……そうですね、大事なのは、ちゃんと踊りきること。お客さんに、全力の私達を見てもらう事でした……」
「お、分かってるじゃん。なら僕は行かせてもらうよ」
「え?」
「僕もお客さんとして、君達を見させてもらうよ」
『えぇー!』
「さすが仲良し、驚いた声までハモるなんて恐れ入った」
「ぶ、舞台袖から見ていてくれないんですか?」
「それじゃあ君達のパフォーマンスがよく見れないだろ?」
「そ、そうですが……」
「んじゃ、そういう事で〜」
背を向けて考えるのは一つではない、今の自分の言葉で、少しでも彼女達の緊張をほぐす事ができただろうか、余計な心配をかけさせていないだろうか。
「いや、」
彼女達なら大丈夫だ。
根拠はないけど、そんな気がしていた。
*****
「さてお客さんはどれだけ来てるか、な……」
その声は最後まで発する事は出来なかった。
0人。
客席には、誰一人としてお客さんがいなかった。
「時間は……!」
開演まで、あと1分も無かった。
時計を見た瞬間開幕を告げるブザーが鳴る。
幕が、上がってしまう。
「ダメだ!」
言葉は、届かない。
高坂さんの目に浮かんだのは、驚きだった。
秒にも満たない時間で彼女は状況を把握してしまう。
誰もいない、それがどういう事かを、理解してしまっている。
園田さんは高坂さんを思いやるように、
南さんは泣きそうな顔で、それぞれ高坂さんを見つめている。
こんなの、
「あんまりだ……!」
溢れた言葉は、以外と大きく響いた。
えー、お久しぶりでございます。Mr.Rです。
ここできるのかよ! と思った方、本当にごめんなさい。また切らせていただきます。
どんだけ待たせるんだよ! と思った方、本当にごめんなさい。たぶんまた長くお待たせしてしまいます。
……これだけ謝れば充分ですよね?
さて、第9話いかがでしたか?
できる限り原作通りのストーリーにしていくつもりですが、もしかしたらこれも口約束で終わるかもしれません(おい)
それでは、またお会いする日まで、サラバッ!