流れ着いた彗星   作:可能性の兎

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第0章 そして彗星は流れ着く
第1話 BEYOND THE WORLD


 虹色の光が収まった後、私の眼前にひろがっていたのは何もない無の世界が存在していた。

 意識はある。体の感覚も指の先まで鮮明に感じられる。

 そればかりか記憶も残っている。

 おかしなものだ。

 これではまるで生きているようではないか。

 では、ここは何処なのだろうか?

 これが地獄なのだろうか? 

 この虚無の世界で永遠に苦しみ続ける。それが私への罰なのだろうか。

 ならば、これ以上の苦しみはあるまい。

 ララァに会うことが出来ない。

 これ以上の苦しみが私にあるのだろうか?

 私は恐怖した。あの光に包まれる中、私は確かにララァの声を聞いた。

彼女にまた会えるのならば死も悪くないと考えていた。

 私を優しく、母のような温もりでもう一度、抱きしめてくれる。

 これだけで、死への恐怖は和らいだ。

 母の胸の中で、母が見守っているような暖かい感覚に身を委ねた。

 しかし、今はどうだろうか?

 私が逝き付いたのは、宇宙を照らす星々も、宇宙という海を泳ぐ流星も存在しない深淵だった。

 その時、私のニュータイプの直感が背後にいる何かを感じ取った。

 禍々しくも、ざらついた感覚。

 私が今まで出会ったことのない禍々しいモノが私の背後に迫っている。

 

「ララァッ!」

 

 私は走った。

 迷子になった子供のように。

 泣き、喚き、無様な醜態を晒しながら。

 やがて、気配は先ほどよりも大きく、巨大に膨れ上がる。

 私を捕まえようと、手を伸ばしてくるのを感じた。

 捕まっては駄目だ。

 振り返っても駄目だ。

 アレを見たその瞬間、確実に私は呑まれてしまうだろう。

 突如眩い閃光が深淵を照らした。

 私が走る先に光が現れたのだ。

 その光はあの時感じた光と同じ、温かく、人を安心させるような温もりを持った光だった。

 光の先で誰かが手を伸ばしている。

 はっきりとその姿は見えないが、間違いないララァだ。

 この温もりは間違いなくララァのモノだ。

 私は無我夢中で駆けだす。あの光を目指し。

 すぐにでも彼女の胸に飛び込みたかったからだ。

 そして私は彼女の手を握った。

 

 「大佐っ!」

 

 ララァの声が聞こえた。

 背後からだ。

 咄嗟に振り返るとあの禍々しいモノは消え失せ、そこにはララァが私に向って手を伸ばしているではないか!

 では、私が握っているこの手はなんだというのだ!

 

 「見つけた、きっとまた会えると信じてた、私の愛しのアフランシ」

 

 その瞬間、光が私を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

シャアの目覚めは静かでゆったりとしたものだった。 

 ゆっくりと瞼を開き、数度瞬きした後、彼は緩慢な動作で首を右へ向ける。

最初に視界に入ってきたのは、ブラウンカラーの扉と銀色の点滴台だった。視線を上にあげると中身の満タンなプラティパスが吊り下げられている。

 仄かな消毒液の臭いを感じ、自分がベッドの上で寝ていることが解ると彼の脳が働き始める。

 意識は徐々に覚醒していき、ぼんやりとした体の感覚がはっきりと戻ってくるのが解った。

 上半身を上げ、室内を見渡す。

 備え付けられたテレビやタンス、そして自分の右腕に繋がっている点滴と消毒液の臭いに一見、ここが何処かの病院か考えたが、天井に付けられたものを一瞥するとその考えを改めた。

 天井の隅に付けられたカメラがジッと自分を見ていたからだ。

 シャアはフッと自嘲気味に短く笑った。

 自分が生きているということは、即ちアクシズの落下は阻止されたということ。つまり自分はMS戦でも負け、作戦でも負けたということだ。

 シャアは体を起こし、地面に足を付け、ベッドをイス代わりにするように座った。

 完敗だ。

 アクシズの後部は落下コースに入り、計算通りに落下すると考えていた。しかし、最後は人の意識を集約した虹色の光によって押し返された。

 自分が愚民と罵った人々の力によって地球は守られたのだ。

 全ては偶然の結果。自分がサイコフレームなどいうものを持ち出さなければ違う結果もあったかもしれない。

 しかし、確かにその意思が、地球に住む全ての生命が、母星を死の惑星にすることを阻止したのだ。

 もはや、怒りを通り越して、笑いが出てきてしまう。

 完膚なきまでに叩きのめされた。

 流石は、私のライバルだ。

 自分の顔が自然とほころぶのが解った。

 シャアは、天井に付けられたカメラを見る。

 思考はすでに、ここが何処か?という考えに切り替わっていた。

 シャアは冷静に今と先程までの状況を整理する。

 アクシズの落下を阻止したということは少なくとも、地球に落下した可能性は低い。失敗していたのなら大気圏の熱で燃え尽きているからだ。

 ナナイに回収された可能性を考えたが、すぐに改める。ネオ・ジオンに救出されたのなら、今頃こんな場所にはいない。

 そうすると考えられるのは1つ、自分が連邦に捕えられたといことだ。

 それならあの監視カメラとこの監禁部屋のような場所にいるのも納得がいく。

 自分を連行したのはきっとアムロに違いない。

 このまま行けば自分は死刑だろう。

 せめて最後に小言を言ってやりたかったものだ。

 シャアが自嘲気味に喉を鳴らしていると、パシュンと音が聞こえた。

 視線を扉の方へと向けると、白衣を着た医師らしき男が入室してきた。

 白人にしては小さく小柄な体、低彩度な金髪を短く垂らしたその男は、シャアを見ると後ろに控えていたナースにテキパキと指示を出す。

 男をベッドに仰向けに寝かせ、服を脱がし、体の隅々まで診察する。

シャアは服を脱がされながら、担当医の男に声を掛ける。

 

「すまないがドクター、ここが何処か教えてくれないかね?」

 

「ちょっと待ってくださいね。この検査が終わった後、説明しますので」と担当医はシャアに向かってにこやかに言った。

 事務的な笑みではなく、人を安心させるような柔和な笑みだ。また、彼から感じられる雰囲気も年長者のように落ち着いていている。

 もしかしたら、見た目よりも歳をとっているのかもしれない。

一通りの診察が終わると担当医は「ちょっと待っていてくださいね」と言葉を残して、部屋から出て行った。

 シャアは怪訝そうに眉を顰める。

 10分ほど時が過ぎただろうか。この部屋には時計がないので正確な時間は解らないが、とにかくそのくらいの時間が経ったと思った。

 扉が開き、2名のナースを連れた先程の担当医が入ってきた。その顔はどことなく、迷いのある曇った顔をしていた。

 

「お待たせしました。失礼ではありますが、貴方はネオ・ジオン軍総帥“シャア・アズナブル”大佐で間違いありませんね?」

 

「ああ、私がシャア・アズナブルだ」

 

「ありがとうございます。私は貴方の担当を任されました“ジョンソン・マットナー”です。よろしくお願いします」

 

 当然だ、とした態度で答えるシャアに担当医はペコリと頭を下げ、手を差し出す。

 シャアはそのフレンドリーな物腰に再び眉を顰める。拘束されている捕虜にましてや地球を滅ぼそうとした虐殺者に対して随分と親しく関わってくるからだ。

 シャアの雰囲気を感じたのか、ジョンソンは苦笑う。

 

 「貴方が地球を滅ぼそうとしたことは知っています。それが大量虐殺だということも承知しています。ですが、この世界では存在しないことなのです」

 

「なに?」

 

 シャアは顔に似合わない、呆けた表情で聞き返してしまった。

 

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