夏の終わり頃より海外に出向く用件があり、執筆を停止しておりました。
続きも急いで描いておりますが、今年最後の投稿になると思われます。
重ね重ね申し訳ありません。
「マホロバ!マホロバ!!お願い、応答して!」
時雨の叫びが木霊する中、指令室のドアの付近では、険しい表情を浮かべるリーガル、ヒュウガ、それにタカオ。
群像たちはマホロバが何故いきなり崩壊したのか、その原因を探るために何度も崩壊していくシーンを見返していた。
「ヒュウガ、タカオ。急いで出撃して、お姉さまのコアの回収をお願い出来ますか?」
「ええ、もちろん」
「急ぐわよ!」
バタバタと慌ただしくドックに繋げられている自身の艦に走っていくヒュウガとタカオ。
それに合わせてリーガルも自身の要塞を全速力で進撃させる。
凄まじい低重音の機関を轟かせ、自身の巨体が動くことで津波を発生させつつもマホロバが沈んだところに少しでも近づけようと動く。
「マホロバ……!居なくならないって言ったのに……!」
「時雨……」
涙をポロポロと零し、嗚咽をあげる時雨。
その隣には矢矧と響が不安そうな表情で寄り添う。寄り添う二人の目にも涙が浮かび、体を震わせる。
時雨たち艦娘の三人はコアさえあれば幾らでも船体を構築出来るということは知っていても、沈むということは彼女らにとって、死と同義語であったため、恐怖に呑まれていたのだ。
ーーこのままマホロバが戻って来なかったら。折角会えたというのにお別れなの?
マホロバが沈むなんて想像もしていなかった、否。想像すらしたこともなかった。
誰が思うだろうか、嘗ての大戦でも300機を超える大編隊の猛襲を一身に受けても沈む事なく一蹴して退け、マホロバが、超兵器だと言っても、たったの一隻に沈められるとは思うだろうか?
更に言うならば、先のヴィルベルヴィント、ドレッドノートとの戦闘でも一切の傷を負わずに沈めたマホロバが、だ。
全速力で飛び出したヒュウガとタカオ。即座に潜行を開始し、マホロバのコアが沈降している地点を目指し、潜っていく。その頭上ではリーガルが津波を引き起こしながら行進している。
「タカオ、ついてきているかしら?」
『もちろん!』
クラインフィールドで自身を覆い隠すように展開し、のしかかる水圧を弾き、レーダー、ソナーで辺りの地形を探知しながら最短ルートで向かえるように針路を調整する。
流石は霧の艦艇と言うべきだろう。60ノット近い高速で、一切の太陽の光が届かない暗闇に包まれた海底の隆起や裂目を縫うようにして突き進む。船底や舷側にあるスラスターを駆使し、最小限の挙動で迫り来る岩を横にずれる事で躱し、それでも躱しきれない時は波動装甲で受け流すようにして砕きながらもこの二隻が出せる限界速度まで絞り上げ、軋む艦に鞭打つように、スラスターの出力を上げていきながら、マホロバのコアが沈む辺りに向かっていく。
ビーコンも最早消えつつあるが、ヒュウガとタカオには確信があった。
銀砂となったナノマテリアルの粒子が点在していたのが、進むにつれて海底の色を塗り替える程濃く、厚く積もっている。二人の艦から照らされる探照灯に反射して、太陽に煌めく雪原のように深海に白銀の世界を作り出していた。
ーーもう少し、もう少しだから待ってて……!
ーーー此れは……夢、か?……そうだな。夢に違いない。だって、目の前に立つ男はこの世にいる筈の無い存在なのだから。
『ーーまほろば』
「沖田、艦長……?」
懐かしい、私を呼ぶ声。耳に残る低い声。人の上に立つべくして生まれたかのような声だ。聞き間違えようの無い。
すっかり黒が抜けきった白く蓄えた髭。髪も白髪で生え揃い、それを艦長帽子が覆い隠す。どんぐり眼のような目と潰れたような鼻。老人でありながらも、背筋は伸び、体格もがっちりして、顔を隠せばまだ若い軍人のように見えるアンバランスさ。
僅かに微笑むかのように優しい瞳と口下手を表すかのように一文字に結ばれた口。
それがこの人らしい。
この人こそ、私の艦長ーー沖田十三艦長。
しかし、この人は既に亡くなっている。大和と霧島が散った沖縄戦から帰還した直後、心臓の病により、亡くなった。魂の私が艦長室で最期を看取ったのだから間違いない。
『おう。………なんだ?ワシの顔も見分けられん程お前の目は節穴になったのか?』
「……そんな訳無い。…………会いたかった」
『おう。いつに無く、しおらしいな。………孤独にうちひがれたか?』
ピクリと反応してしまう。孤独、か……。
私は半端者だ。艦娘とメンタルモデルの融合体と言えば体は良いが、裏を返せば、そのどちらかに傾ききれない半端者と言うわけだ。
そして、彼方の世界では私は存在しない艦のメンタルモデルとして生まれた。そして、此方の世界の記憶を知る者は私を除いて誰もいない。
此方の世界では、私は艦娘にして、艦娘に非ずというイレギュラー。霧というこの世界ではオーバーテクノロジーの塊で構成されているため、私と同じ存在は居ない。
つまり、私と肩を並べられる者は居ない。
『全く、何を考えているのかは知らんが、皆がお前と同じという訳ではなかろう?大和が大和であり、時雨が時雨である様に、お前はまほろばだろう?』
『ーーー!』
『他人の考えていることなど到底知り得る訳が無い。人間……艦娘もだが、一人だ。だが、繋がりが出来れば、それは一人じゃないだろう?どうだ、まほろば。お前にその繋がりはあるか?』
思い返してみればどうだ。
私の中にある仲間。その笑顔が浮かぶ。
この世界だけではなく、向こうの世界にも。
私は異なる存在であるだろうが、それでも受け入れてくれた。
其処には目には見えなくとも、確実な絆を感じた。
「ああ……。私にも掛け替えの無い仲間がいる」
『如何やら気づいたようだな。自分が守るだけではなく、守り合う。それが仲間だ』
「ふ……。私としたことが愚かな考えを持ってしまったものだな。仲間を軽視するのも甚だしい、だな」
『ふふ、その言葉、彼奴の言った言葉か』
「そうだな。大山大尉のな」
『その言葉忘れるでは無いぞ。………さらばだ、まほろばよ』
口角を釣り上げてニヤリと笑った沖田艦長はくるりと踵を返すと白い空間の向こうへ消えていく。満足そうな笑みを浮かべて。
そして、白い空間も黒く……いや、私の意識が落ちていくのか。しかし、嫌なものはなく、寧ろ清々しいものだった。
部屋の中央に置かれたクッションの上にマホロバのコア、Ωコアが置かれている。ヒュウガとタカオが回収して戻って来たものだが、依然として、輝きを失い、冷たく鈍った金属を思わせる燻んだ色になっている。
その周りでは時雨たちが取り囲んでコアが再起動するのを待っていた。
【ーーー再起動プログラム読み込み開始】
「っ!来たっ!」
「マホロバッ!」
機械的な音声が流れ、Ωコアの周りを回る輪がゆっくりと回り始め、コアの表面にも紋様が浮かび上がる。
それに弾かれるようにヒュウガと時雨が声をあげて、身を乗り出す。
【ーーー再起動プログラム異常無し。再起動開始…………再起動、Ωコア。名称、マホロバ】
『………む?』
「お姉さま、気づかれましたか?」
コアの自己診断プログラムの音声が消えるとコアが以前の輝きを取り戻し、紋様も薄くなって消えていく。
そして、その代わりに聞こえて来たのはこの数日、待ちわびた声が発光と共に聞こえてくる。
『……ああ、そうか。体が無いのか。体が無いというのはある意味不便なものだな。心配かけたな、済まない』
「良かったよぉ………」
『全く……。泣くな、時雨。こうして私は生きているし、此処に戻ってこれたのだからな。……して、何日経った?現状が知りたい』
クッションに置かれたコアに手を伸ばして瞳を潤ませる時雨に呆れ半分、申し訳なさ半分の声が包み込む。
「マホロバお姉さまが沈まれてから一週間経ったわ」
『ふむ、一週間か。思ったよりも長かったな』
プシュ、と空気が抜けるような音がして、部屋の扉が開くと、群像たちが厳しい顔で入ってきた。その傍らには懐かしい顔の女性が一人。その人物も険しい表情だった。
「やっと目覚めたのか」
『心配を掛けたな。……にして、何故瑞鶴がここに居る?』
「それは………」
そこに居たのは瑞鶴。何故か何時もの弓道服ではなく、タカオが好みそうなカジュアルな服装だった。マホロバのコアから流れる声を聞いて目を見開くが、俯いて握りしめていた拳を震わせた。この瑞鶴は横須賀鎮守府所属だった筈。彼女が何故ここに?
「それは俺の口から説明させてもらう。イオナ」
「分かった」
いかんせん目覚めたばかりで状況がうまく掴めていないマホロバのために説明をしようと群像とイオナが前に出た。
そして、群像の呼びかけに応じてイオナの掌からキラキラとナノマテリアルの粒子が溢れ、マホロバのみならず、一同の目に見えるように大きめの空間ディスプレイを展開する。
「マホロバ、お前のコアが閉鎖状態になって二日頃……今から言うと五日前だな」
「正確には五日と三時間三十三分前」
「日本の横須賀鎮守府で大規模クーデターが発生し、関東域が完全に制圧された。突発的な電撃戦だったようで、在日米軍もなす術なく制圧されてしまったようだ」
思わず耳を疑った。この時勢に日本を真っ二つに割るような愚かな行為をするのも信じられなかったが、横須賀、厚木らに拠点を置く在日米軍がなす術なく制圧されたのも又信じられなかった。そして、僅か五日で関東域を完全に制圧するとは。
『確か、彼処の提督は……』
「兵零 宗光少将。海軍切っての武闘派であり、過激派でもある。そして、今回のクーデターの首謀者である事も瑞鶴から聞いている」
『東山の葬儀でも見掛けた事があるが、そんな過激な事を敢行するような人物には見え………いや、時雨の件があったな』
此処でマホロバの脳裏……データバンクの引き出しにあるが、時雨とマホロバが再開する事になったきっかけの深海棲艦の支配域へ僅か18隻の艦隊での突入。そして、大本営での暴言の数々。
その件から鑑みるからに、その人物に慎重、冷静という言葉は抜け落ちており、そのため昇進が無いと判断された男だ。
見た目はなまじっか誠実そうな男性に見えるため、騙されそうになるが実は激情家なのだ。
「首謀者であると言ったが、助言をした人物も陰ながら存在しているようで、俺たちは此奴こそが陰の首謀者ではないかと疑っている。生憎と音声を拾える電子機器が無い密室で話されていたため、確証を得るまでにはいたっていないが、十中八九この男である可能性が高い」
『首謀者の割り出しまで至っているのは僥倖であるが、何故この時勢にクーデターを引き起こしたのか、その原因は判ったのか?』
「ああ。原因、とまで言えるかどうかは分からないが、クーデターを起こして、神奈川全体と東京を制圧した直後に出された映像がある。イオナ」
「分かった……再生」
《この放送を聞いている日本国民の諸君。並びに世界各国の首脳者の諸君。私は大日本帝国横須賀鎮守府提督、兵零 宗光を改め、フリードリヒ・ヴァイゼンベルガー。この度私はクーデターを起こさせて貰った。既に関東の半分は我が手中にある。私の狙いは深海棲艦の撃滅並びに世界の統一である!私にはそれを成し得るだけの力がある!》
横須賀鎮守府と思わしき建物を背景に、仰々しく誂えた台座に乗り大日本帝国海軍の正装を纏い、軍帽を被る男は間違いなく兵零。その背後には屈強そうな軍服を着た男らが立ち並び、兵零に恭しく敬礼を示し続けている。そして、その斜め背後に映る艦は見覚えがあるようで無いもの。此れが兵零の言う力なのだろうか。しかし、それはあり得ないものだった。
《見よ!私の後ろに聳える巨大戦艦!其れこそが力の片鱗!私にクーデターを引き起こさせる決意を固めたもの!》
『ーーー超兵器、【超巨大双胴戦艦 播磨】、【超巨大双胴航空戦艦 近江】だと?』
何故だ?何故超兵器が横須賀にいる?
映像で背後を指し示す兵零の向こうには確かに巨砲を威嚇するかの様にカメラに向けている2隻の要塞の様に巨大な戦艦。大和を超える巨艦を2隻横に着けたかのようなずんぐりした船体は通常の艦を優に超える排水量を誇り、横に広い船体のおかげで高波でも揺れることが無い。そして、その大排水量を生かして大口径の主砲を多く積み、揺れが少ない巨艦から放たれる砲の命中精度は並みの砲を遥かに凌駕し、その戦力は一国の大艦隊に匹敵する。
《各国の首脳の諸君には記憶に新しいだろう。この2隻は超兵器と呼ばれ、先の大反抗作戦で艦娘の艦隊を一方的に打ち破ったこの恐るべき力を!私は、この2隻の他にも複数を支配下に置く事に成功した。そして、超兵器には海と空の二つがあると言うことは身を以て知っているだろう。しかし、陸には存在しない事を不審に思った私はこの2隻の他にもある超兵器のデータバンクを調べる事で陸上型の超兵器を開発する事にも成功している!》
『なんだと?陸上型の超兵器?まさか……【超巨大陸上戦艦 スレイプニル】か?』
スレイプニル。此れが陸上にあったら、並大抵の兵器では抵抗出来ない。
100㎝50口径単装砲、レールガン、56㎝2連装二基。その他にもクリプトンレーザーなど多数の光化学兵器を主兵装に、自身の100㎝砲の直撃にも耐えられる多重装甲と重力防御力場。
移動もキャタピラ式だったのが地形に影響されにくいホバー式に変更され、補助機関として【超巨大爆撃機 アルケオプテリクス】に使われる大型ジェットエンジンと同等の物が二基付き、高い機動力と重装甲を併せ持つ陸上の要塞。
脆弱だった足元も改良が施され、陸上部隊の接近に備え、パルスレーザー砲台、超怪力光線発振装置、CIWSをメインに多数の機関砲が並び、接近を許さない。万が一の故障に備え、収納式のキャタピラも装着され、ホバーが破損した時でも移動が可能となった。
「このスレイプニルと同型が此れを含めて二隻程確認されている。最悪の場合、もっとあるのかもしれない。いやもっとあると思った方がいい。更に言えば、陸上部隊にも手が入っている可能性が高い」
『ふむ………。スレイプニル一隻だけでも現在の日本や各国が持つ戦力だけでは手が付けられないというのに二隻以上か』
「それだけじゃ無い」
スレイプニルの同型が二隻以上あるだけでも厄介なことであるのに、まだあると言うのか?と言いたげな雰囲気を滲ませるマホロバに頷いた群像はイオナに合図を送る。
「ん、映像再生」
《そして、超兵器に使われる技術を解析、研究をした結果、近未来の技術すら得た!それがこの結果だ!》
その言葉と同時に現れたのは全身が銀メッキを施された鋼鉄のボディ。髑髏を思わせる顔立ちに赤い燐光を放つ目。がっちりとした筋肉も鋼鉄で再現されている。イオナの解析結果、この存在は生命外存在。即ちロボットであり、身長200程で重量は凡そ500kg。
《名付けて人型機甲兵器。ボディを特殊鋼鉄のみで構成し、銃火器を弾き、地雷を無効化する強靱な肉体をもたせた!》
仰々しく手を広げてアピールする兵零改め、ヴァイゼンベルガー。その目には明らかに常人ならぬ狂気を孕んでいた。
《ふぅ……。これを私は量産する事に成功している》
『これが事実であるならば由々しきことだ』
「ここにいる瑞鶴から聞いた証言によると、横須賀鎮守府の工廠の地下に巨大な製造工場があるらしい。うっかり迷い込んでしまい、その現場を目撃したそうだ」
「うっかりは余計よ!でも、えっと……あの機械人間?みたいなのも沢山作られてたわ。超兵器については何も分からなかったけど………。仕方ないでしょ!?私が横須賀鎮守府所属になったのはまだ一年とちょっと前なのよ!」
迷子になったのを知られたのが恥ずかしかったのか、まくりたてる様に叫ぶ瑞鶴。心なしか、頰もほんのりと染まっていた。
イオナはそれに我関せずの姿勢を貫き、再生を進める。
《私はこの世界に失望した。艦娘という戦力が有りながらも人情に絆されて兵器として、兵器らしい扱いをせず、戦場に余計な情を持ち込む輩に。そして愚かな身内の引っ張り合いで機を逃す首脳陣に。故に私は改革をする事にした。深海棲艦を一掃し、嘗ての海を取り戻し、世界を統一する事にしたのだ!この圧倒的な暴力を無慈悲に振るう超兵器の力を以って!ーーー世界各国に告ぐ。日本は最早制圧したも同然。我が元に降り、深海棲艦の一掃に手を組むも良し。されど、歯向かうならば無慈悲の鉄槌が頭上に振り下ろされる事だろうーーー》
「……再生終了」
「ありがとう。これがクーデターのあらましだが、凡そ理解出来たか?」
ああ、と言葉に出して以来、沈黙を貫くマホロバ。それに合わせるように空気も沈黙に包まれる。
『………シミュレーション完了。ふむ……、此れから先の未来を大まかにであるが想定したが………余り猶予は残されて居ないようだ』
「凡そどの位だ?」
『短くて一年。長くても三年。その間に世界は超兵器の元に支配され、弾圧される時代となる。勿論レジスタンスなどの抵抗はある程度想定されるが、先程の人型機甲兵器が量産され、各国に配備されてしまえば、人類に勝ち目は無いと言っても過言じゃない。深海棲艦側も同様だ。………新たな因子でも現れない限りそうなるだろう。当然、私は超兵器を破壊するために動くつもりだ』
確固たる意志を垣間見せるマホロバ。
それに頷いて暫し思考する群像。
そんな彼の考えてることなんてお見通しだと言いたげに彼の周りに集まるイ401クルー。
杏兵がニヤニヤと笑いながら群像の肩を組み。僧が頷いて彼の側に立つ。静が微笑みながら僧の側に立ち、いおりが手を叩きながら杏兵の側に立つ。群像の前にイオナが歩いて来てジッと彼の顔を見つめる。
「指示を。群像」
「そうか……。俺たちも協力しよう。良いか?皆」
「へっ!勿論だぜ。っていうか、霧の総旗艦と肩を並べて戦うとは思わなかったな」
「それもそうですね。でも私は大日本帝国海軍の艦娘に興味ありますね」
「ふふっ、私たちもその大日本帝国海軍の艦艇の一つのモデルに乗っているのですけどね」
「あー、確かに言えてる!あ、でも水上艦にも乗ってみたいっていうのはあるかも!」
思い思いの事を言いつつも、意志は纏まっているようで、マホロバのコアを見て微笑む。
『ふふふっ、物好きだな。でもーーーありがとう』
まさか礼を言われると思ってなかったのか、面食らったかのような表情を浮かべて立ち尽くす群像たち。
その反面に嬉しそうな微笑みを浮かべるのはリーガルやヒュウガ、タカオといった霧の面子。そして、時雨たち艦娘たちも笑顔を浮かべた。
『早速行動を起こすとしよう。ーーーメンタルモデル再構築。モデルーー【羽黒 妖】』
チ、とコアの表面に紋様が浮かぶと何処からともなく粒子が流れ込んで来てマホロバのコアを包み、次第に人の形を作っていく。
光が一瞬膨張し、炸裂して砕け散ると其処には前と何ら変わらぬ絶世の美女が。ーーいや、眼が常時開かれ、紫と銀の瞳が切れ長の眼から覗き、妖艶な輝きを見せる。
新雪のように白い髪が流れるように舞い、花魁のように鮮やかな着物が靡く。
フワリ、と重力を感じさせないゆったりした動きで着地する。
思わず妖艶な輝きを纏うマホロバに見惚れてしまう。紫と銀の色素の違う両の瞳が妖しげに煌めき、見るもの全てを引き込む。
「ーー再構築完了。よし、次は私の船体の再構築と移ろうか」
パンパン、と柏手を打つとマホロバたち、この部屋に集まっていた全員がいつの間にかドックーーマホロバ専用に作られた巨大なドックの桟橋に立っていた。
「ッ!?こ、これは………!」
「空間転移」
冷淡に告げるイオナ。しかし、その目は僅かに開かれ、驚きを滲ませていた。
空間転移。この地点をAと定め、遠く離れた場所の地点をBに定めるとする。AからBに行くための道筋を省略したのが転移である。
この転移を行えるのは大戦艦級のコアですら不可能。超戦艦級でも空間を捻じ曲げ、繋げられる程度といった超技術だ。それ程膨大な演算能力を必要とし、宇宙での活動すら主眼に入れて建造されたマホロバとリーガルならではのコアのみしか容易に出来ない。
「………此れが超大戦艦級と言われる所以、か………」
「私とリーガルは宇宙での活動を主眼に置いて造られている。光の速さでも数十年、数十万年も掛かるほど広大な宇宙だ。空間転移能力が無ければ非効率極まりないからな」
流し目で、冷や汗を浮かべる群像たちを見遣るマホロバ。
改めて思い知ったのだ。超大戦艦級のコアがどれ程規格外の存在であるか、を。
超戦艦級のコアでも次元空間曲率変位システムーーミラーリングと呼ばれるシステムがあり、超重力砲でも別次元に跳ばす事で無力化出来る。
“超戦艦級”で此れほど、規格外の性能を誇るのだ。超大戦艦級は如何に化け物か想像するのも容易い。
「ーー船体、再構築開始」
思考の海に沈んでいった群像を流して自らの船体を再構築を始めた。
「ーーあら?前とは違うのね?」
「ーーーあっ!」
しかし、再構築され始めた船体を見て、ヒュウガが疑問符を浮かべ、時雨が驚きと懐かしさに目を見開く。
光の粒子が象るのは以前の巨艦よりも一回りもふた回りも小さく、砲塔の数も減っていた。
“三連装五基十五門”。
この数は時雨たち艦娘にとって特別なものである。
かの第二次世界大戦。
世界最大最強たる戦艦として建造された【まほろば】。その主兵装たる51㎝50口径3連装5基15門。此の圧倒な大火力で世界最強の戦艦の称号を得て、尊敬、崇拝、畏怖されてきた。後の世にも、設計ですら、この数を引用するのは憚れ、許されなかったのだ。
「ーーよし」
驚きに目を見開く時雨たちを後ろに、満足そうに目を細めて頷いたマホロバの視線の先には嘗てのまほろばと同様の船体ーーいや、少し拡張され、砲口も巨大化している。
すぐさま、ヒュウガが閲覧許可されているまほろばの情報を空間ディスプレイに写し出す。
ーーーマホロバ改案α 実地済
基本ステータス
全長384m 全幅61m
基準排水量145000トン 満載排水量152000トン
航速430ノット(786km/h)潜速210ノット(384km/h)飛行3700ノット(6882km/h)
61cm50口径3連装5基15門
喫水線下艦底砲塔3基9門
38cm75口径3連装超電磁砲2基6門
12.7cm55口径4連装高角砲18基72門
40mm3連装機関砲210基630門
20mm2連装機関銃80基160門
ミサイルVLS80基560セル
亜音速魚雷発射口200門
主砲一体化型超重力砲15門
艦首展開型3連装超重力砲
◼︎◼︎◼︎
ーーーこれ以上の開示は不許可とする。
以前のマホロバの無駄な物を省きつつも、純粋な火力は大幅に向上している。特に主砲と一体化した超重力砲が加わったのが大きい。此れはマホロバの主砲の一発一発が重巡以上大戦艦以下の超重力砲並の威力を有する。
そして、図体も縮小しているため、速力も僅かに向上。
そのほかの性能は以前よりも演算能力に余裕が出来、各能力も底上げ、精度も上がった。
そして、マホロバにとって大きな変化ーー常に閉じられていた両眼の開眼。紫と銀のオッドアイが晒されるのは初めてのことだった。付き合いの長い時雨たちは疎か、ヒュウガやタカオたちですらマホロバの両眼を見た事は無い。
マホロバの両眼な開かれた、その意味とはーー
「ーーお姉さま、リミッターを外しましたね?」
「ああ」
マホロバの演算素子の数字が以前とは桁違いに膨大だった。
以前をスーパーファミコン並みの性能だとするならば、今のマホロバはスーパーコンピューター【京】並みの性能にまで増幅されている。何故そこ迄する必要があるのか?
「リヴァイアサンの発するウィルスは特別製でリミッターをかけた状態では対処が追いつかなかった。辛うじて私のコアが書き換えられるのを防げたが、兵装をハッキングされるのは防げそうに無かったから自閉状態に切り替えて、船体の崩壊という手段を選んだ」
「やはり、アレはウィルスだったのか?」
マホロバが崩壊した原因。それはリヴァイアサンから放たれたウィルス。
リミッターをかけていたとはいえど、Ωコアの演算能力を上回る勢いで侵食していったのだ。その性能は推して測るべし。
もしも、マホロバが完全に乗っ取られ、リヴァイアサンの意思通りに動かされるようになったとすれば、それは文字通り悪夢としか言い得ないだろう。マホロバの持つ超火力が人類に向くのだ。
只でさえ深海棲艦との戦争で疲弊していた所を超兵器の急襲で壊滅し、日本以外にロクな戦力が残っていない人類側に、かの世界で人類最悪の敵として、人類を圧倒的な火力で海から追い出した霧の艦隊。その艦隊の総旗艦であるマホロバが敵に回るのだ。文字通り人類にとって詰みだろう。
「正にあの瞬間が人類にとって生存を懸ける分岐点だったという訳か………」
「流石に私もあの時は焦ったぞ」
ゾッとする。かの世界ではたったの一度しか戦闘を行わなかったが、それを遠隔で監視していた人類から反抗作戦を決行する意思を挫いた超火力が自分たちに向くというのだから。
背筋に冷たいものが走るのを自覚する群像。
「………私にとっては知らない方が良かったわね……。自分たちの預かり知らない所で自身たちの滅亡が懸かっていたなんて………」
ぶるり、と顔を青くして体を震わせる瑞鶴。
そういえば、と言わんばかりに手を打つマホロバ。
「そういえば、瑞鶴。横須賀から逃げてきたのはお前だけなのか?」
「ううん……。私の他にも沢山………横須賀鎮守府所属の艦娘は殆どだったと思うわ。でも……あの超兵器に追われて、散り散りになって………。長門さんと陸奥さんが殿になって……、あの双胴の戦艦と戦ってっ、いる内に、逃げられたんだけど………その後よ。赤い、巨大な飛行機が飛んできてっ………」
俯いて話し始め、顔を覆ってポタリポタリと涙を零して、嗚咽をあげつつ。
「超兵器がやって、来たのは突然だった……。私たちがいつもの様に訓練して居たら、沖の方から、超兵器が、二隻やって来て……、私たちを追い散らすように、港に入って来たの。勿論、私たちも黙っている訳なくて、応戦したんだけど、抵抗らしい抵抗も出来なくて、皆が……私、私っーー」
「ーーもういい。何も……何も言うな」
ふわり、と暖かいものに包まれる。
思わず顔を上げると、マホロバの胸に抱きしめられていた。花の香を焚いているかのような心に沁みる香りが鼻を抜けて体を満たし、安心感を生み出す。
アイコンタクトで合図を送るとリーガルを先頭にマホロバの船体に乗るために桟橋にかけられたタラップに歩いていき、此処は完全に無人となった。
「ふ……ぅ………っ、ぁぁ……!まほろばぁ………っ!」
最早我慢も限界だった。ぎゅっとしがみつくようにマホロバの背中に腕を回すと幼子のように泣く。ボロボロと大粒の涙が溢れて、自分の意思では止まりそうにも無かった。
外見としては、グレートヤマトに成りますが、艦尾のスラスターは収納され、水上艦の頃の艦尾となっております。