時は2015年。
人類は滅亡の一途を辿りつつあった。1975年に突如出現した深海棲艦の攻撃によって強力な海軍を持たない海沿いの国は悉く滅ぼされていった。強力な海軍を持っている国でも滅亡の一途をたどりつつあった。人類が持つ兵器は深海棲艦に対してたいした損傷も与えられず、人類は全ての海戦で敗北を喫している。敗北を重ねていくうちに、人類の保有する軍艦の数が減っていき、いよいよ人類滅亡までのカウントダウンが秒読みになろうというときにある不思議な存在が現れた。それは艦娘という、可愛らしく、美しくも、猛々しい心を持った少女。
その少女は第二次世界大戦の船を象った船体に、その船の魂を具現化した少女が乗り、人を守る心優しきものたち。これを艦娘と呼ぶ。
片や戦争で晴らされなかった怨念や憎悪が象った怪物もいれば美しい女性が乗り、おぞましい形になった船。これを深海棲艦と呼ぶ。
深海棲艦は人類を恨み、滅びをもたらしてきた。人類の持っていた兵器は深海棲艦には僅かばかりしか通用せず、ただ滅びを待つばかりとなった。その滅びの手が日本へ伸びようとしたときに艦娘という存在が突如として現れ、人類を守るために人と手をとって深海棲艦と戦いを始めた。人類は艦娘を神の使いとして崇め、大切にしてきた。その血を血で洗うような戦争の最中にイレギュラーが現れた。そのイレギュラーは艦娘でもなく、深海棲艦でもない。
人類の持つ科学を遥かに凌駕する超科学力を持つ霧の戦艦、マホロバ。本来ならば現れることのなかったこの戦艦が現れたことで世界の歯車は狂い、様々な世界が絡むようになっていった。この世界で目覚めた戦艦はどのように戦い、生きて行くのか―――。
僕【時雨】は今混乱の極みにあるんだ。なんでかって?それはね・・・今の状況にあるかな。見たことも無いような巨大な戦艦に曳航されているんだ。目測だからはっきりとは分からないけど、全長が700m幅が60m以上はありそうな巨大な船体に大和さんの主砲を明らかに超えている大きさの主砲を9基も載せている戦艦なんだ。しかも、船体が真っ黒で赤いラインが所々、走っていて、なんだか禍々しいようで神々しい、そんな雰囲気をたたえた、戦艦にゆっくりと曳航されているんだ。
なんでこんなことになったのか、記憶を振り返ってみよう。確か、あの指令が全てのはじまりだったなぁ、僕が所属している横須賀鎮守府の司令さんは昔はこんな酷いことはしなかったのに、司令さんの婚約者が深海棲艦に襲撃で命を落としたことから司令さんの性格が変わったかのように過酷な進軍をするように僕たち艦娘に指示するようになったんだ。以前の司令さんは優しくて、何があっても僕たちが生きて帰ることを第一にと考えた司令さんだった。
でも、今の司令さんは深海棲艦の数を減らすことを第一にと考えて、僕たちのことを軽視してしまうようになってしまった。出撃させて、大破進軍は当然、轟沈艦が出ても、直ぐに新しい艦娘の建造に取り掛かる。完成しても、戦力が低い艦娘はすぐに解体するようになってしまった。心を失ったかのように冷酷な司令さんになってしまったんだ。
そして、今回の出撃もまた無茶な出撃だった。今、日本近海は深海棲艦に取り囲まれて硫黄島に出るのも危険な海になってしまった。本来ならば、海を取り戻すために攻略するにも、丹念な準備と、多数の艦隊が必要になる。でも司令さんは僕たちの練度が高く、熟練度も十分だったと判断したためシーレーンの確保のために、台湾の南、フィリピンまでの海域を攻略しようと長門さんを旗艦に、18隻の艦隊で出撃したんだ。
でも、深海棲艦の数は僕たちの想像を超えていて、交戦開始から2時間くらいで僕たちの艦隊は壊滅状態になってしまったんだ。僕も機関をやられて大破、身動きがとれずに海を漂うばかりの鋼鉄の塊になってしまったんだ。
司令さんは僕ともう一人、神通さんを囮にして撤退しようとしていた。それに反対した長門さんや瑞鶴さんと口論になっているところを大破してボロボロになった艦橋に映し出されたモニターに映っているところをぼんやりと見ていることしか出来なかった。機関が損傷して推進力を失っていることで僕は立つこともできず、艦橋の硬く冷たい床に座り込んだまま覚悟を決めたんだ…。
覚悟を決めて、「僕を置いていって」と言おうとしたけど、モニターの向こうで悔しそうに歯を食いしばった長門さんと、一筋の涙を零して悲しげに僕を見つめる瑞鶴さん。ああ、結局司令さんの命令は絶対、それは覆らなかったんだ。僕と神通さんは此処で死ぬんだと思って目をつぶった。目をつぶる直前、僕の姉妹艦の夕立に生き延びてという願いを込めた視線を向けると、目を真っ赤に泣き腫らした夕立が顔を俯けながらも確りと頷いて、モニターが真っ黒に染まった。長門さんと瑞鶴さんが敬礼をしたまま、確りと僕を見つめて、それからモニターが切れて何も映さない黒い画面になる。
今まだつながっているのは神通さんだけ。神通さんは艦中央部に魚雷を食らって浸水で速度が僅か3ノットしか出ないらしい。それに魚雷も全て撃ち尽くし、満身創痍と言った感じだった。モニターに映っている神通さんは全身傷だらけにして、そこから血が流れている。痛みに耐えるかのように顔を苦悶の表情に歪め、荒い息を繰り返している。もうあと一撃食らえば沈没するのは明らか。もう後が無い状態だった。
そして、此処は戦場。文字通り命のやり取り。殺し合い。そんな言葉が一致するような過酷な場所。敵に情けは無く、只、命をむさぼり食らう化け物の巣窟。此処は深海棲艦の支配海域のど真ん中。格好の獲物となった僕と神通さんを見逃すわけも無く周囲を包囲される。長門さん達は無事に包囲を切り抜けられたようで先ほどまで近くで聞こえていた砲撃音が遠くなっている。まだ戦っているようだったけど、激しく戦闘しているわけじゃなさそうだから何とか横須賀鎮守府まで戻れるだろう。
そんなことを考えていたら、深海棲艦の黒く鈍く光る不気味な砲身が僕を向いていたんだ。鈍く光る砲身を向けられて、僕は身が竦んで何も出来なかった。黒い砲身から炎と共に鋼鉄の砲弾が吐き出された瞬間、周りのときが遅く感じたんだ。まるでスロー映像を見ているみたいに。段々と砲弾が近づいてきて、
時雨「ああ、此処で死ぬんだ。もう何も怖くない、怖くないんだ」
と口に出しても体の震えを抑えられない。零れでる涙を止められない。
時雨「もっと生きたい・・・!こんなところで死にたくない・・・!」
と目をつぶって強く願った。
いま思えば、そう願ったのがいけなかったのだろうか・・・。ろくに動けないはずの神通さんが船体ごと砲弾と僕の船体の間に割り込んで・・・。砲弾は神通さんの船体に吸い込まれるように命中した。命中したところから真っ赤に踊る炎が噴出し、神通さんが激痛に顔をゆがめて、大量の血を吐き出した。僕は呆然と見ていることしか出来なかった。
ノイズが入ったモニターから
神通『ごめんなさい・・・、あなたをもっと苦しめることになるのに…、どうして…なの…かしら…、ご…め…』
と消え入りそうな言葉が聞こえた途端、僕の目からさらに涙が溢れて
時雨「逝かないで・・・逝かないで」
と呟いて、ノイズが入ったモニター越しに神通さんに手を伸ばすことしか出来なかった。艦橋の窓から神通さんの船体を見れば既に甲板を海水が覆うまで沈んでおり、艦首を下にして船尾を持ち上げるように海中に没していた。艦橋ももう時間の問題だろう。
そう思っていたら、再び神通さんの艦橋から爆炎が噴き出す。此れが止めになったのか、ノイズが入っていたモニターがプツリと切れ、画面が黒く染まる。それと同時に船体を真っ二つに割り、あっという間に沈んでいく神通さん。
沈んでいく船体が完全に見えなくなった瞬間、視界いっぱいに不気味な赤い光が飛び込んできた。僕の船体の目の前に深海棲艦の戦艦ル級が黒い砲身を向けて不気味な笑みを浮かべ、赤いガラスの艦橋の中で上げた右手を振りおろそうと―――しなかった。否、出来なかった
<ドギィイイィ・・・・ン・・・!!>
手が振り下ろされる直前、煌く黄金色に輝く何かがが紫電を纏いながらル級の艦橋を貫き、爆散して、分厚い鋼鉄で出来ているはずのル級の艦橋の上半分以上を消し飛ばす。同時にル級の人格も丸ごと消し飛ばし、完全に行動不能にさせた。
「・・・え?」
僕はこう、気が抜けたような言葉を発することしか出来なかった。目の前にある“戦艦ル級だった物体”を信じられないものを見るかのように見ていた。
<ドシュウウゥゥ・・・!!>
再び閃光が視界を埋め尽くす。でもさっきの黄金色の閃光とは違って赤い閃光だった。
赤い閃光が視界を横切ったかと思えば、深海棲艦の群れの中心あたりに衝突し、大規模な水蒸気爆発を起こして周りにいた深海棲艦を複数巻き込んで消滅した。
そんな風景を目撃した僕は油を差し忘れたブリキのおもちゃのようにゆっくりと赤い閃光が飛んできた方向を見る。すると、信じられないほど巨大な戦艦が多数の砲塔を旋回させ、深海棲艦に狙いをつけながら僕のほうへ向かっているんだ。
目測だからはっきりとは分からなかったけど、明らかに全長700m、全幅が60mは超えているような巨大さだった。一際目を引いたのは戦艦に搭載されている巨大な主砲。前に演習で大和さんの主砲を一度見たときがあって、あの時はなんて大きな主砲だろうと思っていた。でも、今こちらに向かっている戦艦の主砲は大和さんの46cm主砲を明らかに超えていることが分かるほど、異常なほどまでに存在感を放つ巨大な主砲が見えるだけでも9基。そして、扶桑さんや山城さん達が使っているような38cm主砲と同格の・・・いや、通常の砲身が上下に二つ分かれたようになっている砲身が2連装の砲塔が副砲らしきものになっており、また数も10基という常識を疑うような数の砲塔が確認できた。さらに、4連装の高角砲のようなものも確認できるだけでも多数ある。今まで聞いたことも見たことも無い、超が付くべき火力を有する巨大戦艦だった。
旋回させていた砲塔が完全に狙いを深海棲艦に定めたと同時に深海棲艦が突如現れた巨大な戦艦に向かって砲弾を次々と放っていき、駆逐艦らは多数の魚雷を放つ。僕はあの戦艦に「逃げて!」と叫ぼうとしたけど、疲労のせいか、かすれた声で呻き声のような声しか上げられなかった。でも次の瞬間、僕の叫びは全く意味の無いものになってしまった。
巨大戦艦は逃げる必要もなかったのだ。ざっと見ただけでも深海棲艦を30隻以上もいる。それに対し、あの戦艦は一隻だけ。普通ならばどれ程戦艦が強くても数の暴力に屈するのが定石。でも、“普通”ならばの話。
4連装の高角砲と多数の3連装機関銃が素早く旋回し、高角砲が虚空を睨み、機関銃が海面を睨む。高角砲と機関銃の動きが止まったかと思えば、次の瞬間、暴風雨のように青白く光る閃光が高角砲の砲門から無数に迸ったと思えば、彼方此方の空中で爆発が起こる。そして、機関銃からはカーテンのように猛烈な射撃が海面に注ぎ込まれたかと思えば、戦艦よりも離れた場所で高い水柱を上げる。
最初はこの光景に何が起こったのか理解できなかった。でも、少し考えれば分かることだった。先ほど深海棲艦が放った砲弾が戦艦に命中する直前に高角砲に撃ち落され、魚雷は海面にくっきりと雷跡が残っているため、狙いやすかったのか、カーテンのように猛烈な銃弾の嵐の前に悉く餌食となり、一発の命中弾を出すことも無く戦艦に損傷を与えられなかったのだ。
こうして考えることは簡単。でも、高速で飛んでくる砲弾に、深海棲艦の魚雷は僕たちが装備している酸素魚雷のような高性能の魚雷ではないとはいえ、海中で70ノット近くの速度を出して迫ってくる魚雷、それぞれを寸分違わずに迎撃し、すべてを打ち落とすなど、どう考えても狂気の沙汰でしかない。神業とか、熟練した砲撃手の腕とか、そんなレベルの話じゃない。
現に深海棲艦は今も雨のように砲弾を撃ち出しているが戦艦に一発の命中弾を出すことが出来ないでいる。戦艦に命中する砲弾は悉く迎撃され、外れる砲弾は全て戦艦の周囲に散らばるように着弾する。
深海棲艦の砲撃の雨に僅かな隙間が空き、それを狙ったかのように巨大戦艦から反撃が始まった。
反撃が始まった瞬間からもう戦闘ではなく、蹂躙といってもいいくらい理不尽なほど一方的な展開となったんだ。戦艦の27門もある主砲のうちの一つの砲門に白と赤の粒子が集まったかと思えば、眩い赤い閃光となって、光の奔流となってそれぞれの砲門が狙った深海棲艦の船体を丸ごと飲み込んだかと思えば、船体が跡形も無く溶解して、さらに蒸発して消え去った。こんな恐ろしい様子を目撃した深海棲艦は慌てて巨大戦艦の射線から逃れようと舵を切って様々な方向に動き出した。でも巨大戦艦もそう易々と逃がしてくれる訳もなく、ありえないほどの速さで深海棲艦の動きに追随して照準を定める主砲塔。
だが、今度火を噴いたのは砲身が二つに分かれたような形状をしている砲塔、すなわち副砲だった。上下に分かれた砲身の間に黄金色の稲妻が走ると、甲高い音を発して砲身が後退する。砲弾は全く見えなかったけど、辛うじて音速を超えた証であるソニックブームが四重に円錐状に発生しているのが僅かに観測できた、そのくらいだったけど、その速さといったらまるで、撃った瞬間当たっている。そんな感じがするほど速かった。
普通ならば、数km離れた標的に砲弾を放っても直ぐに当たるわけでもなく、短くても数秒以上というタイムラグが発生する。でもあの戦艦の副砲は撃って砲身が後退して1秒も経たずに命中しているのだ。此れが異常と言わずにして何を異常といえばいいのだろう。
それほど常識離れした砲撃だった。でも、戦艦の攻撃は砲撃だけじゃなかったんだ。甲板の至る所に有る正方形状の蓋の様なものが開くと、その中から細長い筒のようなものが炎を吹きながら飛び出し、遥か上空で進路を変えて深海棲艦に迫っていった。
時雨「まさか、あれは・・・ミサイル?」
それを見たときでた疑問が上のものだった。僕たち艦娘が登場するのと同時に深海棲艦との戦闘で失われたイージス艦や護衛艦などに搭載されていた誘導兵器。深海棲艦に効果は有ったようだが、如何せん深海棲艦の数が多すぎて、圧倒的な数の暴力的な砲撃を前にして対応しきれず、敗北した兵器。
でも、この戦艦が積んでいたミサイル発射管はイージス艦など比べ物にならないくらい圧倒的な数だった。戦艦の甲板に開いた蓋の数はざっと見ただけでも300以上。そこから蓋の数と同じくらいのミサイルが飛び出して深海棲艦に様々な機動を見せ付けながら迫っていく。
あるミサイルは超高空まで一気に駆け上ったかと思えば、そこから深海棲艦の真上めがけて急降下。ミサイル自身の推進力に加えて重力の引きも加わり、異常な速度をたたき出して突撃していくミサイル。又は、波打つ海面ギリギリを機敏に右や左に進路を変えて撹乱しながら迫っていくミサイル
。さらには愚直にまっすぐに深海棲艦に向かって飛んでいくかと思えば、迎撃に放たれた砲弾の軌道を瞬時に割り出し、砲弾の雨の中の隙間を最小限の動きでかわして肉薄するミサイルなど。
このように様々な動きで確実に深海棲艦を撹乱して次々と沈めていく。そんな中、僕の水中ソナーが魚雷発射管に海水を注水する音を捉えたけど、その音の出所はあの戦艦。もっと詳しく言えば、艦首や、船底、艦尾といった至る所から音がするのだ。その音は深海棲艦側も確り捉えていたようで魚雷を警戒するような動きを見せる。でも次の瞬間、そんな動きは全くの無意味だと知らされた。
バシュッという発射音と共に飛び出した魚雷はありえないほどの速度で雷跡すら残さず海中を自由自在に突き進んでいく。はっきりとは見えなかったけど、音速を超えていたような・・・。だって、海中で円錐状の膜のようなものが見えたんだもの。
まさかとは思ったけど、今まで見せ付けられた異常とも言えるほどの戦力を持ったあの戦艦のことだから、何でもありだと思うことにした。
僕がこうして現実逃避していたら、いつの間にか爆発音が止み、あたりの海は元々の静けさを取り戻していた。その中で唯一動いている漆黒の巨大な要塞のような戦艦。今気付いたけど、あの戦艦の船体の至る所に金色に輝くさまざまな紋様が浮かび上がっていた。でもそれも主砲と副砲がそれぞれの砲の定位置に戻ると、輝きが無くなり、再び漆黒に赤いラインで彩られた戦艦に戻り、ゆっくりと速度を落としてこちらに向かってくる。そんな姿を確認したら、緊張の糸が切れたのか、そこで僕の意識が途切れてしまった。
次に僕が気付いたのは先ほどの戦場から少し離れた海域の海の上だった。そして、圧倒的な火力をまざまざと見せ付けた巨大戦艦に曳航されている。僕の艦首側を見ると半透明だけど、頑丈そうな印象を植えつけるロープが繋げられていた。そのロープを辿っていくと巨大戦艦の艦尾につながっていた。そして艦尾側から巨大戦艦の容貌を眺めるように見る。
戦艦の長大な甲板の後方に46cm砲を明らかに越えている巨大な主砲塔が4基背負い式で連なっている。それだけでも圧倒されそうになったのに、その後方に見える天高く聳える艦橋。およそ70mはあるだろうか。
今、艦娘が登場するまでの間に何度もあった深海棲艦の空襲に耐え切り、人類の希望となっている東京スカイツリーのような、大和型の艦橋をさらに拡大発展したような印象を持つ巨大な艦橋が聳え立ち見るものを圧倒する言い様の知れぬ威圧感を滲み出している。
この戦艦を絶句の表情で見ていると、不意に速度が落ちて、何事かとあたりを見回すと、僕たちの目の前・・・といってもかなり離れているけど、海面が盛り上がってくる。一瞬深海棲艦かと思って警戒のレベルを上げるけど、敵じゃなかったみたいだ。僕を曳航している巨大戦艦がまったくといってもいいほど反応しなかったからだ。速度を落とし、海上で只、静かに停船しているのだ。
そして、海面から飛び出したそれを見て、言葉を失った。目の前にいる巨大戦艦も要塞といってもいいくらい巨大な船体を持っているのに、今海中から浮上したものはそれを遥かに上回る巨大な要塞。正に要塞そのものだった。何せ、先ほどまで要塞と思っていた巨大な戦艦が魚か、鳥かのようにちっぽけな存在に見えてくるんだ。
断崖絶壁のように横に伸びる分厚く、巨大な鋼鉄の壁に囲まれた、近未来を想像させられるようなデザインの建築群。そして、その建築物群を守るかのように無数の対空火器に先ほどの戦艦に積まれていたようなミサイル発射器にとてつもなく巨大な砲塔群。
視界を覆う巨大な鋼鉄の壁に縦に一筋の亀裂が入ると、重厚な音を立てて巨大な門が開いていく。
門が開ききったら、戦艦に引っ張られ、ゆっくりと門を潜って中に入るが鋼鉄の壁の中もまた海だった。―――ううん、少しはなれたところに先ほど潜った門よりも一回り小さい門がたくさん並んでいる白い壁が視界を横切っている。そして、その上にいくつもの建築物群が立ち並んでいた。
壁の中に広がる広大な海を渡って白い壁に近づいていくとたくさんある門のうちの一つが開くと、鋼鉄のアームが伸びてきて、僕の船体を確りと固定したんだ。僅かに揺れる船体の中で呆然としていた。何でかって?横須賀では妖精さんが操る多数のタグボードで係留される場所まで連れて行かれて、艦内にいる妖精さんと軍港にいる妖精さんが協力して係留ロープを通して固定する。それが当たり前だったからだ。それなのに、この要塞みたいな軍港ではタグボートらしきものの影も見られなくて、鋼鉄のアームのようなものが扉の中から伸びてきて船体の横を固定して、僅かに海面から浮かび上がらせて門の中へと連れて行かれるんだ。どう考えても今の人類の技術じゃ成しえない。此れが呆然としないはずがないでしょ?僕の船に乗っている妖精さんも口をあんぐりとあけてポカーンとしていた。
そんなふうに呆気にとられていた時雨を横目にその隣でも巨大な戦艦も同じように固定されていた。そして、時雨には聞こえていないが、移動要塞軍港『リーガル』、時雨を助けた漆黒の巨大戦艦『マホロバ』の間で通信が行われていた。
リーガル『ご帰還をお待ちしておりました、総旗艦殿』
マホロバ『いつもご苦労だな、リーガル。・・・それと、今は総旗艦ではないぞ』
リーガル『そうでしたね、ごめんなさい、マホロバお姉様』
マホロバ『懐かしい呼び名だな。この世界では霧の艦隊は存在しない。有るのは只、マホロバという個人とリーガルというお前だけだ』
リーガル『はい、分かりました。・・・ところで、あの駆逐艦―――時雨といいましたか。どうするおつもりなのですか?』
マホロバ『あの世界では我等霧は人類と敵対したが、最後は和解した。我らに絆という、何物にも代えがたいものを教えてくれた人類がこの世界では滅亡の危機に瀕している。そんな時に我らが此処に現れた。これが何を意味するのかは分からないが、私は人類を助けたいと思う。しかし、この世界では私たちのような存在は厄介者扱いされてしまうだろう・・・』
リーガル『確かに、あの戦いに私たちは直接参加しませんでしたが、霧の中でも堅物といわれていたコンゴウが絆、友情というものを学び、変わったように千早群像らイー401のクルー達は私たちの恩人です。世界は違えども同じ人。だから助けたいということですね?でも、この世界では私たちは謎の存在。それも超科学を有する私たちは人類にとって喉から手が出るほど欲しい存在。でも、それはどこの国でも同じことになるのですから、新たな争いの火種になるのを避けたいという考え・・・ですか?』
マホロバ『その通りだ。それに、この世界で過ごしていくにはこの世界の住人と触れ合うことも大切なことだ。特に我々のようなあらゆる倫理を超越する存在は・・・な』
リーガル『郷に入れば郷に従えという人類の諺に習おうと?』
マホロバ『少々意味合いが違うが概ねそのような感じだな。その第一歩として、駆逐艦の艦娘―――時雨に接触したというわけだ(それに……再び皆に会いたいというのもあるが……、果たして叶うのだろうか…。そして、再びあのようなことにさせてはならない…)』
リーガル『分かりました。明確な考えがあるのならば、口を挟みません。私は只、マホロバお姉様についていきます(ふふ……、不器用な方。かつての仲間が心配だと言ったらいいのにね……)』
マホロバ『いい妹分を持ったものだ』
時は時雨との邂逅前まで遡る。
この世界に転移してきたとき、マホロバの船体はリーガルのドッグに入っており、リーガルの中にあるミーティングルームでリーガルのメンタルモデルと共にいた。転移してきてまず私たちがやったことは周囲に敵勢反応の有無の確認、並びに己の船体に異常が無いかどうかのチェックだった。周囲5万キロ内に敵勢反応は無かった。序でにここはシンガポール跡地の近海。そこまでは良かったが、リーガルの広大な要塞内で万を超えようかという数の反応があったのだ。唖然とした私とリーガルは二手に分かれ、偵察を行うことにしたが、結果からいうと、その反応は妖精さんという、この世界では必須不可欠の存在だった。
いつの間に此処にいたのかという疑問はあったが、足元にいた妖精さんを両手で持ち上げて私の視線の高さにクラインフィールドを展開し、そこに乗せて話を聞くことにした。
いわゆる妖精さんは付喪神の一種のようなもので、様々な魂が具現化したもので、マホロバのような兵器の中にも宿っているとのことだった。だが、私には必要ないと判断されたため、リーガルに移ったらしい。また、深海棲艦、艦娘という存在についてにも教えてもらった。序でに現在の人類の現状にも。
話を聞いて驚くべきことばかりだった。この世界はかつて、私が“まほろば”として存在していた世界の未来、2015年という、あの悲しき戦争から実に70年の年月が過ぎていた。一時、人類は繁栄し多少の小競り合いはあったものの、平和を謳歌していた。しかし、今から40年前、1975年、突如深海棲艦なる存在が出現し、人類は国連軍を組織し、対処に当たった。しかし、津波のごとく押し寄せてくる深海棲艦の前に僅かな抵抗しかできずに人類は追い込まれつつあった。
そして、深海棲艦出現から25年後、2000年、とうとう日本近海まで攻め寄られたが、生き残っていた造船所から第2次世界大戦時の軍艦と共に華やかな少女、美しき女性が現れ、戦況を膠着状態に持ち込み、その状態のまま今に至るという。各国ではわずかに生き残った人工衛星や、現代潜水艦などで繋がりを保っている。そして、各国で艦娘が登場し、過去の恨みは全て水に流し、今は人類のために、という誓いを立て、連携している。しかし、如何せん、深海棲艦の数も膨大。一進一退の戦況を各国の近海で繰り返しているという。
先ほどシンガポール跡地とあるが、ここは深海棲艦の猛攻によって壊滅し、日本へシンガポール亡命政府と僅かな現代兵器の海軍と空軍があるらしい。
現状の版画になるが、現在、深海棲艦に対抗可能な国は日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、イスラエル、トルコ、ロシア、中国といった、第2次世界大戦時に艦艇を豊富に所有していた国が主になる。しかし、この中にオーストラリアが入っていない理由としては、オーストラリアは深海棲艦の初動で沿岸はほぼ壊滅し、内陸へと追い込まれ、海を見ることが出来なくなってしまったという。また、ハワイも陥落し、太平洋はほぼ深海棲艦の手中にあると言ってもいい。辛うじてユーラシア大陸沿岸は各国の海軍が協調して巡回しているため、比較的安全。現状はアメリカ、日本、イギリス、ドイツ、ロシア、フランスが主力となって反攻作戦を進めているらしい。
そんな絶望的な状況の中にマホロバとリーガルが現れたらしい。そして、私の帰還を何よりも待ち遠しくしていたそうだ。日本の艦娘は勿論、妖精さんも、アメリカ、ドイツなどの艦娘も世界最強の戦艦の帰還を今か今かと待っていたそうだ。
今の私はかつての“まほろば”ではないが、以前の“まほろば”の艦娘は現れなかったのかと質問したが、当時の“私”のまま、今の“私”へと変わっているため、まほろばのみ建造することは叶わなかったとのこと。つまり、マホロバを除く艦はほぼ全員が沈むか、解体処分を受け、魂が幾重にも分散し、あらゆる場所へ眠りについたため、建造するときは散らばった魂のうち、一つを召喚し、建造するため、同じ個体が複数いるという。
私のような例はアメリカのアイオワ級ミズーリにも適応されて、ミズーリは一隻しかいないらしい。
人類の境遇を妖精さんから聞いてから2時間。
リーガルと共に海中を潜行していたときにレーダーで戦闘している様子を距離にして10万mほど離れた海上で捉えた。それは先ほど保護した時雨のように艦娘と呼ばれる人類側の艦隊に、只群れているだけとしか思えないが膨大な数で戦闘している深海棲艦と呼ばれる黒いヘドロのようなもので艦上構造物を覆われ、艦橋の窓ガラスが赤く不気味に輝く得体の知れない異形の軍艦の編成が、激しく砲雷撃に空撃に航空戦、対空戦闘をしながら移動している様子だった。この様子を見て、人類側の司令官、どれだけ無能なのだ?と憤りを覚えたのは仕方が無いだろう。何故かというと、既に艦娘の3分の2が大破ないし中破まで追い込まれている。残る艦も彼方此方傷が付いている。普通ならこうなる前に撤退を選ぶだろう。自身を戦場で命を散らしたい馬鹿者か、余程名誉や勲章が欲している愚者か。どうやらリーガルも同意見のようでレーダーに映っている艦娘の艦隊の旗艦と思われる戦艦に乗船している提督と思しき人物を絶対零度の視線で見つめている。
こうしている間にも刻一刻と戦況は変わり、川内型軽巡と思しき軽巡と白露型駆逐艦が行動不能に陥ったようで海面を漂流している。そして、此処に来て漸く提督も敗戦を悟ったのか、撤退の動きを見せ始めるが敵はそう簡単に見逃してくれる甘い存在ではない。撤退の動きに感づいたのか、深海棲艦の攻撃が激しさを増し、機関銃や高角砲といった艦隊戦ではたいしたダメージにならない、攪乱にしか使えないような小さな砲や銃火器も用いて攻撃を加え始める。
その猛攻に危機感を覚えたのか、提督が取った行動は合理的だが、マホロバ―――霧の艦隊総旗艦たるマホロバにとっては最も愚かといえるような行動をとった。それは何かというと、先ほど、行動不能に陥った二隻を残し、身代わりに撤退しようというものだった。
そこまで理解したらマホロバはリーガルに出撃の指示を出し、リーガルもまた指示が出るのを予想していたのか、既に用意完了と返答が来た。それに満足げな笑みを浮かべたマホロバはミーティングルームから空間転移で船体に戻る。
マホロバが艦橋に戻った瞬間、船体各部に金色に輝く紋様が浮かび上がり、波動縮退炉エンジンとタナトニウムエンジンに火が入り、地鳴りのような唸り声を上げ、船体から溢れ出たエネルギーが紫電と化し、迸る。そして、目の前にある門がゆっくりと開き、船体を固定していたアームが滑らかに動き出し、次の門の前まで運ばれる。船体が丸ごと入る広大な空間に入りきると、ドックと繋がる隔壁が閉じた。そして、マホロバがいる空間に海水が怒涛の勢いでなだれ込んできて轟々と溜まっていく。
リーガルが潜行しているため、この門の外は海中なのだ。今、マホロバがいる空間に海水を入れずに開いていたら、一気に海水がなだれ込んできて隔壁を破壊しドック内に海水が溢れ、機能麻痺という目も当てられん状況になりかねないため、こういう手段をとっているのだ。最も海上に出れば、このような面倒な手段をとらなくてもいいわけだが、今海上で戦闘が行われている海域までそう離れておらず、重ねて、リーガルが余りにも巨大な移動要塞ということもあり、様々な偶然が重なり、リーガルの姿を視認されてしまうかもしれないため、万全を期して、海中での出撃となった。
マホロバがいる空間に海水が溜まりきると、ドック隔壁がゆっくりと開き、リーガルとリンクしている情報が流れ込んでくる。
現在地―――シンガポール付近赤道上海域
現在深度―――680m
現在深度水温―――9度
海上気温―――25度
天候―――曇天。スコール発生の可能性あり。
潜行速度―――15ノット。
周辺50km以内に敵属性反応無し。
救援目標まで70km。
救援目標及び自身に対する敵対行動を確認し次第撃沈。救援目標を保護し、リーガルのドックまで曳航。ドックに固定し次第緊急修復。尚、修復の際には妖精さんが持ってきた資材を使い、妖精さんが修理するとのこと。
・・・任務了解。マホロバ出撃。ダメージコントロール担当の妖精たちの乗船を確認。その他は緊急修理の用意を進めつつ待機。
・・・システムオールグリーン。
大型スラスター8基起動。リーガルより出撃直後、海上に浮上し、超電磁砲にて超長距離の砲撃を行い、殲滅に多目的ミサイル、亜音速魚雷を使用する。場合に合わせて陽電子砲の使用もあり得る。
<ヴォオオオ・・・・!!>
マホロバの各所にある大型スラスターを覆う装甲が開き、スラスターが露出すると、青い光が灯り、段々とその強さが上がっていき、船体を固定していた鋼鉄の腕が外され、750mもある巨体が滑らかに動き出し、ドックの外へ出る。
船体が完全に出たと思えば、船体の各所に金色に輝く紋様が爛々と煌めき、霧の艦隊総旗艦の堂々たる容姿を漆黒の海中にさらす。
そして、急激に速度が上がり、瞬く間に60ノットをたたき出し、海面に艦首を向けて上昇を開始する。
段々と海中に光が差し込むようになり、波がうねる海面が見えてきたところでスラスターの向きを修正し、海面に対して鋭角に切り込むように調整する。今までほぼ垂直の状態でいたため、浮上してから体制を整えるまでに時間がかかるからだ。時間を掛けるというのは戦闘においては悪い手だ。特に今回は救援。時間を掛ければ掛けるほど救援対象―――時雨を救える確立が低くなるのだ。
霧の艦隊がどれ程高性能で超科学力を有していようが、戦場では何があるか分からない。戦場はそのときに合わせて姿を変える魔物。
かつて、マホロバが霧の艦隊総旗艦として存在していた世界ではイ401というイレギュラーがいた。そして、そのイ401に大戦艦級が3隻以上、重巡も4隻以上、軽巡や駆逐艦も数え切れないほど沈められた。イ401は只の霧の潜水艦でしかないというのに・・・、いや、千早群像ら人間という存在を載せており、純粋な兵器である我々には想像し得ない巧みな戦術で撃破されていったのだ。
この世界でもそんなイレギュラーがいるかどうかは知りえない。だが、どこの戦場にも共通することが只一つある。それは―――時。
時というものは気紛れなものであり、味方になったかと思えば、敵になる。そんなものだ。
そして、今回はその時は敵。
何故か?戦況を見ると、時雨は機関を損傷しており、身動きが取れない。そして、“浸水による沈没も時間の問題”。さらに、周囲にいる深海棲艦は時雨に狙いを定めており、“攻撃されるのも時間の問題”…というように時間が敵となっている。
海面ギリギリで船体が海面と平行になる。そこで重力子ブースターを露出させ噴かす。そして750m、26万トンもある巨大な戦艦を斜め上に押し上げる。
<ズドドドド・・・・!!!>
先ず大艦橋が海面を突き破り、次に煙突、後部艦橋が突き破る。そして、副砲と主砲が海面から海上に姿を現そうとするタイミングで兵装ロックを全解除。すぐに超電磁砲で、時雨に迫ろうとする戦艦クラスの深海棲艦に狙いを定め、砲塔を旋回させる。距離は30kmあるが、まだまだ射程範囲内。そして深海棲艦はまだこちらの存在に気付いていない。
マホロバ「沈め!」
その一声と共に超電磁砲が甲高い音を発し、金色に輝く稲妻を纏った細長い砲弾を吐き出す。その砲弾は一瞬で音速を優に超え、30kmという距離を1秒にも満たない速さで踏み倒し、時雨に迫っていた深海棲艦の艦橋を途中から上を吹き飛ばす。
一瞬だが、時雨や、深海棲艦の動きが凍ったように見えた。そして、マホロバは一気に増速をかけ、120ノットの速さで海面を切り裂くようにして突き進む。
同時に前部の主砲全て、時雨を包囲する深海棲艦の群れへ旋回させ砲身を固定する。使用する砲は陽電子砲。ほぼ直線に進むから砲身の上下は不要だ。只、深海棲艦のいる方面に砲塔を向けるだけで済むことなのだ。第1主砲の中砲門に白と赤の粒子が集まると、太い光線が伸びていき、深海棲艦が密集している海面に着弾すると、水爆かと間違えそうなほど大規模な水蒸気爆発が起こり、辺りにいた深海棲艦の数隻を沈没させる。続いて砲撃をしようと、艦上にある主砲全てを旋回させて私を包囲しつつある深海棲艦へ狙いを定める。
だが、こちらが攻撃するよりも早く深海棲艦からの攻撃が始まる。どうやらマホロバを脅威とみなしたようで、時雨を放っておき、戦艦の砲塔がゆっくりと旋回し、こちらへと進みながら砲弾を吐き出してくる。同時に駆逐艦、軽巡、重巡が魚雷を海中に放ち、何十本もの魚雷が海面に白い雷跡を残してマホロバに接近していく。
瞬時にマホロバのレーダーが敵砲弾の弾道を割り出し、“自身に命中する砲弾のみ”ロックオンする。そして、海中の魚雷も同様にロックオンする。
―――命中確実の砲弾68発、魚雷は41本。
割り出された数字は大和型戦艦でさえ、この数を受けてしまえば、大破轟沈は免れない。それほど苛烈な攻撃が迫ってくる。
しかし――――マホロバは不敵な笑みを絶やさない。それはそうだろう。マホロバは普通の戦艦じゃないのだから。
第1話から蹂躙編でした。ですが、此れでもマホロバにとっては片手間にしか過ぎないとのことです。全く恐ろしいものですね