大和でさえ轟沈は免れないほどの猛烈な攻撃が迫ってくる中、マホロバは余裕の表情を崩さずにいた。
それはそうだろう。マホロバは普通の戦艦ではない。人類を遥かに超越する超科学力を有する霧の艦隊総旗艦、霧の艦艇の中でも最強の戦艦である超大戦艦だ。この程度の攻撃がマホロバに通用する筈が無い。そして、この程度の攻撃にクラインフィールドを使う必要も無い。
ロックオンしたのと同時に4連装高角砲が、仰角を取り、敵砲弾が飛来してくるであろう虚空を睨み、3連装機関銃が旋回し俯角をとり、魚雷に向けて照準する。敵砲弾並び、魚雷が自身との距離が5000mを切ろうとした瞬間マホロバを中心に青白い光の弾が半円球状態に広がっていき、命中確実の砲弾と魚雷を違わず撃ち落していく。命中しない砲弾のみ撃ち落さず、マホロバの周囲に散らばって着弾し、マホロバの周りに高い水柱を上げる。
しかし、マホロバには一つの傷すらなく、漆黒の船体に金色に輝く紋様を浮かべながら、水柱を艦首で切り裂き、突っ切っていく。
此処からは砲雷撃戦ではない。戦闘と言う言葉すら値しない、一方的な蹂躙だった。
いち早く照準を終えた1番主砲から陽電子砲射撃モードに変換させる。砲身を支える砲塔の外壁が剥がれ、ソーラーパネルのように砲身の周囲に展開する。そして、砲身から赤い光が漏れ出し、1番砲塔にリンクしている演算素子が充填率100%を数えたと同時に砲撃開始する。
周囲を赤い閃光が染め上げ、陽電子ビームが長い尾を引き、海面を深く抉りながら深海棲艦がいる方面へ飛び去っていく。
陽電子ビームは亜光速の速さで飛んでいくため、砲撃してから着弾までの時間は一瞬だ。
瞬きの一瞬で赤い閃光は時雨の周りに群がる深海棲艦共を消し飛ばしていく。艦橋を丸ごと消し飛ばされた艦もあれば、船体を貫通して溶解させながら轟沈していくものも、運悪く、船体を陽電子砲の射線上に全て乗せていた艦は船体全てを一瞬で溶解させて爆発も起こすことなく消滅した。
さらに副砲の2連装超電磁砲も起動し、砲撃を始める。超電磁砲は陽電子砲のような速さまでとはいかないが、音速の4倍以上の速さで砲弾が飛んでいく。そして、38cmという砲門から放たれる1t近い重量をもつ砲弾が音速の速さで飛び、さらに砲弾の弾頭の更なる鋭角化による貫通力の上昇による純粋な破壊力の上昇。
結論を言うと、同じ大きさの砲門を持つ火薬式の従来の砲塔とは比較にならないほどの破壊力を有すると言うことだ。
比較としては、38cm2連装超電磁砲の純粋な破壊力としては、46cm砲をも上回る破壊力を誇ると言うわけだ。無論、弾頭の炸薬の爆発力という面から捉えれば、46cm砲に軍配が上がる。しかし、超電磁砲は分厚い装甲を貫通し、一撃ないし二撃で敵艦の戦闘能力を奪うことを目的に開発されたものであるため、実戦では弾速が遥かに上回る超電磁砲のほうが有利だということになる。
そんな超電磁砲の砲撃が開始され、瞬く間に20発の砲弾が前部5基10門の砲門から放たれ、一発も狙いを外さず、深海棲艦の艦橋、又は機関などを吹き飛ばし、確実に戦闘不能に追い込む。
こうして文章に表せれば長いが、実際のやり取りは僅か10秒にも満たない。
僅かに生き残っている深海棲艦は逃亡を図ろうとしたが、マホロバはそれを見逃すほど甘くない。霧の艦艇は艦娘よりも純粋な兵器中の兵器。敵と定めたものを殲滅するまで止まらない。
すぐさま、甲板各所にある多目的ミサイルVLSの蓋が開き、300発ほどの通常弾頭のミサイルが猛烈な炎を噴き、深海棲艦へ向かって飛び去っていく。そして、艦首、艦底、艦尾にある亜音速魚雷発射管に注水、管門を開き、魚雷の弾頭に緒元入力し、先に放たれたミサイルと連携し、残る深海棲艦の殲滅を進めていく。
魚雷発射管から飛び出た魚雷はを音速に近い速さを誇る亜音速魚雷であり、速度にして、200ノットという驚異的な速さを誇る。しかも、日本帝国海軍が開発した酸素魚雷のように雷跡を残さないので、見極めるのも至難の技と来た。
放たれた魚雷は水中で200ノットに達し、愚鈍な己が獲物に牙を突き立てるべく猛進する。しかし、深海棲艦にも優れた音信探針儀(ソナー)があるため、魚雷発射管に注水した音を聞きつけられたが、問題ない。何故ならば―――誘導魚雷だからだ。
誘導魚雷であるため、射線から逃れても魚雷自身が進路変更し進むのだ。ぜいぜい30ノット程度しか出せない艦では逃れることなど不可能。
そして、上空のミサイルは様々な軌道を描き、深海棲艦の監視の目を混乱させつつも確実に接近している。そして、リンクされている魚雷の着弾とミサイルの着弾が同じ時間になった途端フルファイア。一気にマッハ20を突破し、迎撃の弾幕を強引に食い破り、一瞬で肉薄し、魚雷の着弾と同時にミサイルも着弾し、大爆発を起こす。
深海棲艦側から見れば、謎の巨大戦艦からの攻撃はミサイルのみだと思っていたが、海中からも刺客が放たれ、ミサイルと連携し、同時に着弾されたから堪ったものじゃない。魚雷の着弾で船底に大穴を開け、そこから大量の海水が浸入してくる。そして、甲板上では艦橋が丸ごと吹き飛ばされたり、砲塔そのものに着弾し、砲塔の装甲を炸裂弾頭でぶち抜かれ、砲塔内部で爆発されたら溜まったものじゃない。
一瞬で誘爆し大爆発を起こし、船体を真っ二つに割って轟沈した艦も続出した。
戦闘と言う名の蹂躙は僅か30分に満たない時間で終わった。あれほどいた深海棲艦は一隻残らず全滅し、夥しい重油を海面に漂わせ、そこに付いた火が地獄絵図さながらの様子を作り出している。
その中で1隻のみ浮いている駆逐艦があった。今にも沈みそうなほど船体が沈降しているものの、まだ浮力に余裕があるように見えている。
マホロバが時雨に向かって手を振りかざすと瞬時にナノマテリアルで構成された頑丈なロープが自分で後部甲板を滑り降り、海面を這い、時雨の艦首に絡み付いて固定したかと思えば、マホロバの中に乗っていたダメージコントロール担当の妖精さんがチョロチョロとロープを伝って時雨の甲板に乗り移り、直ぐに防水隔壁のあたりまで移動すると、応急修理作業を始める。
そして、乗り移った妖精さんから合図を受け取ると、ゆっくりと増速をかけ、15ノットと言う、霧の艦艇にしては鈍足と言える速さで進んでいく。
しばらくして、リーガルがいる海域の海面に到着する。そして、概念伝達でリーガルに合図を送ると、すぐさま、ソナーが反応し、凄まじい速度で浮上しているのが分かる。
目の前一帯の海面が盛り上がったかと思えば、巨大な壁が出現し、その壁の向こうでは白い壁が並んだドックに住居部のような場所や、ミニチュアサイズの街や、開発などを行う工廠というべき建物が所狭しと立ち並んでおり、それを囲むかのようにリーガルの兵装が配置されている。正に、難攻不落の要塞と言うべくして存在している。
鋼鉄の巨大な門を潜り、ドック隔壁も潜り抜け、船体を固定するドックに時雨と共に運ばれると、桟橋のようなところにリーガルのメンタルモデルが妖精さん達の大群と共に出迎えており、時雨を運ぶアームの動きが止まり、タラップが渡されると妖精さんがわらわらと時雨に乗り移っていき、船体の被害状況や、修理箇所などをマホロバから乗り移っていたダメージコントロール担当の妖精さんと打ち合わせしており、各部を見れば、既に被害状況の大きかった船底などでは足場が組まれ始めており、修理作業が始まったことを窺わせる。
そして、渡されたタラップを時雨の人格と思しき少女がボロボロになった服装をまとい、破れている場所を手で隠しながらも桟橋へ降りてくる。
その様子を見たリーガルはマホロバに目で合図を送ると、マホロバの艦橋からたくさんの光の粒子が流れては、時雨に向かって歩いていくリーガルの隣にマホロバのメンタルモデル―――『羽黒(はぐろ) 妖(よう)』の形を構成していく。そして、粒子の渦が落ち着き、人の形が確りと取られるようになってから眩い光が収まっていき、人間とはなんら変わりない姿をリーガルの側に現わす。・・・なんら変わりないとあるが、妖の容姿は比較すべき対象が無いほど、美しいという言葉が最も似合うような美貌を誇る絶世の美女だというおまけが付くが。
マホロバ「ようこそ、歓迎するよ。時雨」
時雨「えっと…?あなたたちは…?」
マホロバ「ああ、うっかりしていたな。私はマホロバ型戦艦1番艦マホロバ。そして、横にいるのが―――」
リーガル「―――この移動要塞軍港リーガルと申します」
時雨「マホロバ…さん…「マホロバで構わない」…きみたちは一体なんだい?先ほどの戦闘…。常識じゃできないし、赤い光線や、多数のミサイルに音速を超える速さの魚雷。僕らのような艦娘というには異常すぎるんだ。教えてくれないかい?」
マホロバ「いきなり切りこんでくるか…。まぁ、構わんか。隠し立てするつもりもない。だが、立ち話もなんだ。…リーガル」
リーガル「了解、シアタールームへ転移します」
リーガルのその言葉と同時に眩い光の粒子が3人を包み込むと一瞬で球体のような部屋の中へ飛ぶ。部屋の中はプラネタリウムのような球体の部屋にゆったりと寛げそうな椅子が円陣を組むように並んでいた。ただ一つプラネタリウムとは違い、星や惑星などを投影する機材が無かった。
時雨「…!? ここは?」
マホロバ「リーガルの中にある施設の一つ、シアタールーム。映画館と言った方が分かりやすいか」
時雨「え?さっきはドックだったよね?えっ!?どうやって?」
リーガル「フフ、面白い反応ですね。…コホン、失礼しました。先ほどのは空間転移と言いまして、簡単に言えば、テレポート、とでもいえばお分かりでしょうか?」
時雨「テ、テレポート!? …そんな…それって、空想じゃないの…?」
空間転移(テレポート)を体験した時雨は自我呆然といった感じでぶつぶつと何かを呟いていたが、放っておく。
霧の持つ科学力は人類のそれをはるかに超越しており、発達しすぎた科学力は魔法と何ら変わりないというが、まさにその言葉通りだろう。
マホロバ「現実だ。我々の有する科学力はそれの実現を可能としている。君がその身で体験したように我々は人類にとってパンドラの箱になりかねない存在と認識してもらっても構わない」
時雨「きみたちって…一体何者なの…?」
マホロバ「ふむ…、その疑問にはこの映像を見せる前に教えた方がよさそうだな…。我々は霧の艦隊と呼称される存在だ。君は平行世界、または異世界の存在を信じるか?」
時雨「霧の艦隊…?平行世界…異世界…?」
リーガル「霧の艦隊とは第2次世界大戦時の艦船を模倣したものの総称です。そして、マホロバはその霧の艦隊総旗艦だったのです」
マホロバ「…第2次世界大戦時、大和を超える超大戦艦の建造があったのを覚えているか?」
時雨「あっ!?まほろば型戦艦!?」
マホロバ「そうだ。とは言っても、私は本来のまほろば型戦艦を霧の技術力で拡大発展させた戦艦に過ぎないがな…」
時雨「…うぅ…っ」
息を殺す声が聞こえ、ふと目を向けると、時雨が口を押えて、嗚咽を押し殺しながら涙を流していた。
かつて、“マホロバ”が“まほろば”だったとき、初陣がレイテ沖海戦だった。“51㎝3連装砲5基15門”を振りかざすまほろばは単艦で日本を出撃。先に出撃した大和を旗艦にした栗田艦隊がレイテ沖に向かい、共同として出撃した西村艦隊。その中に時雨はいた。
本来の計画ならば、西村艦隊とレイテ沖突入前に合流し、栗田艦隊を陽動に、裏からレイテ沖に侵入、まほろば、扶桑、山城といった火力で叩く計画だった。しかし、レイテ沖に突入する前に、索敵から漏れた敵艦隊、旧式戦艦6隻を含む38隻の大艦隊が西村艦隊と遭遇。激しい砲雷撃戦の末に山城、扶桑の2隻は失われ、その他主力艦艇も深く損傷し、レイテ沖突入作戦は不可能となった。
扶桑、山城が完全に沈んだ後の海域にようやくまほろばが突撃してきたが、すでにすべては終わった後の事だった。戦闘可能な西村艦隊の生き残りを引き連れて、まほろばを先頭にレイテ沖に向かう途中、砲弾補給をする旧式戦艦2隻(テネシー、ウェストバージニア)をたった5発の砲弾で補給艦ともども葬り去った。
これがどれほど異常なのか理解できるだろうか?
この時、まほろばと旧式戦艦2隻は40㎞離れていた。46㎝砲でも射程範囲内に収めているとはいえ、40㎞先の標的に二二号電探の性能では命中させるのも奇跡としか言えないほどの確率だった。しかし、まほろばは51㎝。射程範囲のそれも大和型を優に超え、57㎞に届く。そして、まほろば専用に開発された電探(レーダー)の技術も大和型が搭載する二二号電探を超越しており、索敵距離の精度が格段に上がり、敵艦の行動予測も可能となっており、これまでの砲撃戦の常識を塗り替え、50㎞の超超距離の砲撃でも初発で命中弾を上げることが可能となるほど狂気染みた精度の砲撃が可能となっていた。
また、主砲射撃も電探連動射撃が可能となっていた上に、大和型に46㎝砲専用の砲弾補給機構をさらに煮詰め、高速での補給が可能となり、1分間で4発撃つことができるという優れた性能を発揮できた。
まさに日本海軍が理想としてきた最高傑作がまほろばという訳だ。大和型のコンセプトのアウトレンジからの砲撃で叩きのめすという形の究極形がまほろばとなったわけである。
そして、その狂気染みた精度の砲撃の初撃、3発のうち1発がテネシーの煙突に命中、煙突を破壊しながら機関部に侵入、そこで2トン弱ものの重量の砲弾が炸裂。テネシーはその一発だけで行動不能に陥った。そして、爆発により、船底の隔壁が歪み、浸水が発生しゆっくりと船体を傾け始める。
1発がウエストバーニアの第2主砲塔に、直撃し、天蓋をいともたやすく貫通し、弾薬庫深部まで突貫し、そこで爆発したからたまったものじゃない。爆発により、第2主砲塔が吹き飛び、誘爆で第1主砲も大爆発を起こした。瞬く間に艦首が吹き飛び、そこから侵入した大量の海水により沈降を始めた。
もう一発は補給艦に命中、甲板には大量に火薬に砲弾が置かれていた。そして、遥か高空から降ってきた一発の砲弾は甲板をぶち抜き、艦底付近で爆発。爆発によって発生した大火災は瞬く間に甲板まで延焼し、そこらじゅうに置かれていた砲弾や燃料に引火し、誘爆を起こし、僅か5分で轟沈した。
旧式戦艦率いる艦隊の海兵たちもよく訓練されていたが、流石に一発で軍艦の機能そのものを破壊されることは想定外だった。護衛の艦艇は恐慌を起こし、パニック状態に陥り、旧式戦艦2隻を残し、逃亡を開始した。
そのうちに旧式戦艦にとっては止めの砲撃が放たれ、狙い違わず2隻に命中し、大爆発を起こしその船体を海中に沈めた。
正に圧倒的としか言いようのない戦闘だった。この海戦が世界中にまほろばの実力を知らしめる初の海戦だった。
この戦闘がまほろばにとって初めての砲撃だった。しかし、この後もまほろばの進撃は止まらず、僚艦を失い、動揺する旧式戦艦4隻を葬り去り、敵艦隊は壊滅し西村艦隊の仇は取れた。しかし、レイテ沖に突入はできなかった。
栗田艦隊が謎のUターンを行い、陽動がいなくなり、総勢360機という敵艦載機の大群がまほろば目掛けて来襲してきたのだ。激しい対空戦闘の末、敵艦載機の大半を撃墜したが、魚雷43本、爆弾34発の直撃を受け、中破したため、これ以上の戦闘は危険と判断した艦長が作戦中止を言い渡し、撤退した。しかし、まほろばの圧倒的な戦闘力を目撃したアメリカ軍はまほろばを“デビル”と呼称し、日本海軍最強の戦艦と認め、大和型戦艦をしのぐ脅威とみなし、執拗にまほろばを攻撃したが、一向に中破程度にしかできずにいた。
下記はまほろばと戦闘した旧式戦艦の乗組員に、パイロットのコメントである。
《戦艦乗組員》
『神よ…、我らに守りを与えたもうたことに感謝いたします…』
『悪魔が…!悪魔が去っていく…、俺たちは助かったんだ…』
【まほろば・・・、悪魔(デビル)か…。あいつはとんでもない化け物だったよ…。化け物染みた命中精度。悪魔のような破壊力。何度も何度も攻撃しても沈まない…、まさしく不沈戦艦だ…。そのどれをとっても間違いなく世界最強の戦艦と言っても過言じゃない。
……あの時、私たちはニシムラ艦隊を撃破し、有頂天になっていた。少し前まで脅威に思っていた日本の艦隊が弱小の敵に思えるほどにまで思い上がっていた…。だが、日本の艦隊はやはり、最悪の脅威を孕んでいた。旧式戦艦とはいえ、アメリカの誇りである戦艦が6隻も成す術もなくただ一方的にやられていくだけだった。例えるならば…横綱と赤子の相撲のようにさえ感じるほど一方的な戦い…いや、蹂躙だったよ。われらの射程よりもはるか遠く、ようやく艦影が高精度レーダーで索敵できるほど遠くに閃光が煌めいて、しばらくしたら、私が乗っていたテネシーに激震が走り、私たちは全員投げ出され、壁や床に強かに体を打った。痛みに悶絶していたと思えば、ウエストバーニアがいる方から爆発音が轟き、艦橋の窓ガラスをビリビリと震わせた。痛みに耐えながら僚艦の方を向くと、第1、第2主砲が吹き飛び、艦首が無くなった無残な姿のウエストバーニアが目に映った。直感でこれ以上は持たないと感じ、総員退艦の命を下した直後、艦橋の基部に砲弾が直撃し、窓ガラスがすべて砕け散り、アメリカ海軍の戦艦の特徴であるタワー型の艦橋が倒壊していき、私は割れ散った窓ガラスから投げ出され、海面にその身を浮かべていた。最初は状況が全く分からなかったが、後ろで直前まで乗っていたテネシーが船体の至る所から爆炎を吹き出しながら二つに割れて沈没していこうとする姿があった。それを見た私は慌てて、その場を泳いで離れようとした。周りにいた僅かなテネシーの生き残りの海兵たちも懸命に泳いで離れていった。…どのくらい泳いだのかはわからないが、気付いた時は、テネシーとウェストバーニアの姿もすでになく、あたりは燃え盛る火の海だった。そして、その中を悠然と突き進んでくる巨大な影。噂に聞く大和型か?と思ったが、よくよく見れば、大和型よりも遥かに巨大な船体に目を疑うような大きさを誇る主砲塔が5基もあるような戦艦だった。私は思わず、雄大なその姿に見惚れて、敵であることもすっかり忘れ、その戦艦がゆっくりと目の前を横切っていくのを見ていたんだ。今思えば、ああいうのを一目ぼれと言うのだろう…。私も死ぬ前に一度でいいからあの戦艦に乗って、この海を航海してみたかったものだ…】リー提督
《艦載機パイロット》
『くそっ!悪魔め!何度命中させれば沈むんだ!?もう20本の魚雷を食らっているはずだぞ!それなのに何故速度すら落ちねぇ!?なんで平然としていられるんだ…!?』
【もう戦争は終結した。アメリカの勝ちだった。でもな、俺は負けたとしか思えない。なぜか?まほろばを沈めることができなかったんだ。国同士の戦いには勝っただろう。だが、海戦は完敗だ。まほろばが俺たちの前に現れた時から俺たちの長いようで短かった戦いが始まったんだろう。今、思い返してみれば、まほろばほど美しく、恐ろしい戦艦は見たことがない。何十発も魚雷と爆弾を命中させてもぜいぜい火災を起こしたり、甲板の一部を破壊できた、その程度しか損傷させることができなかった。あの時の高揚感と絶望感は生涯忘れることはできないだろうよ。それほどあいつとの戦いは魂を震わせ、血を滾らせる一時だった…。だが、まほろばは今はどこかへ消えたよ。まほろばの乗組員の一人から聞いた話だが、俺たちの国、アメリカが戦争に勝ち、日本が降伏し長かった戦争が終結して、生き残った軍艦を水爆実験に引き渡される当日の夜まほろばは不思議なことに、誰も乗せていない、無人のはずなのに、燃料も、弾薬もないはずなのに、濃霧の夜の闇に紛れるようにひっそりと軍港を離れて行ったそうだ。幸い、それに気づいた乗組員が駆け出して、桟橋の方まで出ると、霧笛が3回聞こえ、まほろばの船体がうっすらと見え、艦橋を見れば、絶世の美女としか言えないような女が一人艦橋に立って、悲しげな顔をしていたのは忘れられなかったそうだ…。まほろばが呉を出るときに艦尾が少しだけ見えたが、赤と白の旭日旗じゃなく、黒と白の旭日旗だったそうだ。俺にこの話をしてくれたそいつは寂しげな顔をしていたが、満足いったそうな顔をして、まほろばは、あの戦争で散っていった英霊の慰霊のために一人で出て行ったんだ…。本当ならば、俺たちが行くべきなのになぁ…、まほろばは誇り高き超大戦艦…。長門たちのように原爆の実験に使われ、沈むのを良しとはしなかったのだろう…。あいつは悠久の時を一人…いや、戦争で死んだ戦友たちと共に航海していくんだろうよ…。と言い、眠るように息を引き取った。ただ乗組員のみに渡された、唯一残るまほろばの写真を手に握り、涙をこぼしてな…。俺は…、味方になったまほろばと共に生きてみたかった。まほろばが姿を消したと聞いたときは失意の底に叩き込まれたような感覚を覚えたものだ…】マイク中尉
レイテ沖海戦は結果的には大敗。海軍が威信をかけて造船した武蔵やその他優秀な艦艇の喪失。これらは確実に日本の戦力の低下を招いた。しかし、その代償に質で物質をすり潰す構想を完成形にした超大戦艦、まほろばを手に入れた。
アメリカはたった1隻の巨大戦艦に恐れを成し、今まで以上に慎重に、だが、積極的に大戦力の投下を図った。さらに、アイオワ級、サウスダコタ級の新型戦艦の造船を持って、アメリカ軍は圧倒的な物量を持って反撃を開始、瞬く間に日本の版画を削り、本土へ迫っていた。しかし、その進軍速度は現実の史実と比べると明らかに遅かった。なぜか?
…それは、まほろばの存在が大きく関わった。
まほろばはその巨体に似合わず、大和型に比べると燃費が遥かに良く重巡並、速度も37ノットという超高速を誇っていた。そして、一撃必殺の砲撃が百発百中といえる精度に、魚雷を100本以上受けても戦闘行為を継続可能という常識外れの性能にアメリカ軍は大いに苦しめられた。シンガポールを攻めるときは戦艦4隻、空母2隻、その他主力艦艇24隻を失い、4万の海兵隊を失った。硫黄島を攻めたときは戦艦5隻、空母7隻を、重巡らを39隻も失った。また、まほろばの援護射撃により上陸したアメリカ軍は2万ものの犠牲者をだし、6か月の年月を費やし、ようやく占拠できた。
被害総計戦艦9隻、空母9隻、重巡34隻沈没。その他軽巡、駆逐艦も沈没ないし大破により自沈処分により喪失。上陸兵、軍艦などの乗組員を含め8万の兵が犠牲となった。
アメリカはまほろばたった1隻にこれだけの被害を受けたのだ。
しかし、長く、激しく続いた戦いは沖縄を巡る戦いで終結した。大和、榛名、霧島が囮となって、史実通りのルートで出撃。それに合わせて、まほろばも単艦で密かに夜陰に紛れて出撃。大和から20万m離れて航行し、沖縄を大きく迂回し、大和ら囮部隊と協調してアメリカ艦隊を叩く。その予定だったが、大和と、霧島は激烈な対空戦闘の末に壮絶な轟沈を遂げた。遠くに見える大和の大爆発によるキノコ雲を遠望し、作戦中止を受け、涙ながらに帰還した。そして、日本は大和沈没を受け、すぐに降伏しようとしたが、降伏声明を出す直前に原爆を受け、長崎と広島は壊滅した。だが、原爆での攻撃はそれだけに及ばす、東京や仙台、大阪といった都市も狙うという計画があった。
日本は何としてもそれを阻止したかったため、まほろばに最後の出撃を命じた。サイパン島のB-29の拠点を攻撃し、原爆攻撃を止めるという内容だった。常識、最初はこの命を受けたとき、乗組員に動揺が走った。これから行く場所はまさに敵陣のど真ん中。生きて帰れるとは思えない、大和の沖縄特攻よりも無茶な指令だと思っていた。しかし、全員が長崎、広島に起こった悲劇を知っているため、すぐに覚悟を決め、生きて帰る望みのない最後の出撃をした。
結果からいうと、サイパン島の飛行場は大破。B-29もしばらく発着はできない。
そして、まほろばが飛行場を破壊した直後、日本がようやく降伏でき、ついに“1946年12月12日”終戦したのだ。そして、生き残った艦のうち、まほろばと長門、榛名は1947年1月1日アメリカに引き渡され、史実のように、水爆実験の標的艦として使われることになった。
しかし、アメリカに引き渡すことになった前日の夜、深い霧が軍港を覆い隠し、どこからともなく悲しそうな歌声が流れてくる。そして、それに呼応するかのように、まほろばは乗組員を一切乗せていない状態で霧笛を鳴らして夜陰に紛れるように静かに孤独に出港したのだ。そして、生き残ったまほろば以外の艦の人格【艦娘】はそれぞれの艦内で涙を流して敬礼をしつつ、まほろばの旅立ちを見送ったのである。
そして、今、その生き残りの艦の中の一員である時雨と70年振りに再会を果たしたのだ。
ちなみに生き残りの艦は大破着底した艦も含めて、
長門、日向、伊勢、榛名
妙高、青葉、利根、高雄
龍驤、鳳翔、天城、葛城、隼鷹
時雨、雪風、響、暁、夕立、綾波、潮、汐風、波風
伊一四、三六、二〇一、二〇三、四〇〇、四〇一、四〇二、五〇〇、五〇二、五〇六
明石
この上記の艦のみだった。
私【マホロバ】を除く皆は第2次世界大戦が終結してすぐ、散り散りになり、一人、一人魂を天国(ヴァルハラ)に召喚され、そこで平穏なひと時を過ごしていたが、深海棲艦の襲撃という事態になり、再び人類の前に姿を現したという経緯になる訳だが、その中に私という霧の力を付けたイレギュラーが戻ってきたのだ。何があってもおかしくは無いだろう…。
…む?時雨もどうやら落ち着いてきたらしいな。
マホロバ「おっと……落ち着いたか?久しいな、時雨。」
時雨「うん…っ、うん…!久しぶり…!まほろば…!」
私に飛びついて、抱きついて涙をこぼしていたが、どこか、安堵したような雰囲気が感じられた。私の胸で泣き続ける時雨。70年という時間はどれほど長かっただろうか。メンタルモデルになった今となってはなかなか実感できないものだ。我々霧はコアが破壊されるまで生き続ける。それこそ数十年から何千年も。
時雨「ご、ごめんね、まほろば」
マホロバ「気にするな。……それで、霧の艦隊のことについてだが……」
顔を少し赤くして謝ってくる時雨を宥めて、先ほどの時雨の質問にあった霧の艦隊についてなんだが、はっきり言って私にもよくわからんのだ。ただ知っているのは第2次世界大戦時の艦艇を模した艦艇群だが、内容は全く違い、人類の科学など鼻で笑えるほどに超越した超科学力を駆使して建造された艦艇群。それが霧の艦隊だ。としか言い様がない。だから―――
マホロバ「私にも詳しいことは分からん」
時雨「……へ?」
リーガル「………」
思い切って言い切った。清々しいほどにまで言い切った。
リーガル、頭を抱えたいのは分かるが、仕方がないだろう?霧の艦隊についての詳細を説明しろと言われても、此れといった説明が無いのだから。
マホロバ「霧の艦隊については私たちでも判らないことが多くある。例え、総旗艦である私にとっても。だから、一つの映像を見せよう。我々霧が歩んできた航路を」
リーガル「これはおそらく貴女にとって信じがたいことでしょうがこれは全て真実なのです」
時雨「…っ!分かった…覚悟は、できたよ」
マホロバ「…そうか、ふむ。リーガル、頼む」
リーガル「了解です。演算展開、日時指定1946年12月31日総旗艦殿のコアにある記憶を展開します」
椅子に座った私の頭に手を置いて、リーガルが自身の体に白い文様を浮かべ、私のコアとリンクし、私の過去の記憶を丸い天井に展開していく。
1946年12月31日。
去る12月12日、日本は降伏し戦争がついに終結し、その日は私たち生き残った軍艦のうち戦艦がアメリカに引き渡される前日の夜だった。あの日から70年経った今でもその日のことは覚えている。肌寒く、吐く息は白くなり、深々と大きな粒となったぼた雪が降り続く寂しい夜だった。
時雨「これは…!あの日の、風景…!」
マホロバ「そうだ。私が独りでこの世界から消えた日だ」
―――回想―――1946年12月31日 夜
私はまだ“まほろば”だった。そして、横須賀の軍港の中に武装解除されたその巨体を佇ませる戦艦の艦橋の艦長席に腰を下ろして私同様に武装解除され、各地より横須賀に集められた軍艦の魂―――人格と最後になるであろう会話をしていた。
まほろば「ついに終戦か…。日本は敗れ、私たちも明日にはアメリカの元に引き渡され、水爆というものの実験に使われるらしい…。無念、だな…」
長門『ああ…。私も戦艦の端くれ。最期は戦って沈みたかったな…』
深々と自分の船体に雪が降り積もっていくのを眺めながら、寂しく呟くと、長門も同じように寂しげに返してくる。
響『私ももう少ししたらロシアに引き渡されると言っていたよ。明日になれば、長門、まほろば、榛名ともお別れだね……。これからは少しでも平和になればいいな…』
響も帽子を深くかぶり顔を隠していたが、ギュッと握りしめられた小さな手が震えていた。
雪風『…っ…まだ皆と一緒に居たいです…!大和さんたちも…皆居なくなって…!』
ポロポロと涙を零しながらも自身の思いを話す雪風。雪風は大和、霧島の轟沈を見届け帰還した。
まほろば「そうだな…、大和も、武蔵も…信濃も…。安らかに眠っていればいいのだがなぁ…」
大和と武蔵は私が建造され始め、人格が成形された日から何かと話しかけては楽しく桜を見ながら酒を飲んだこともあった。本当の姉のように思える存在で心が安らいだのをよく憶えている。そして、信濃。建造されている間に話をしたが、私と好みが一致していて話が弾んだ。大和たち3姉妹の中でも奇遇な運命を辿ったが、最も距離が近かったのも信濃だった。完成してから、艦としての人生は僅か10日という哀しき艦だったが…、今は安らかに眠れていると信じたいものだ…。
榛名『金剛お姉さま…比叡お姉さま…霧島…』
榛名も静かに涙を流して姉妹の喪失を悲しんでいた。金剛と比叡が先に沈み、先の沖縄を巡る戦いで妹、霧島を失った。その悲しみは深いだろう…。
伊401『私ももっと早く完成していれば、変わったんでしょうか…。こんな終わりを迎えることは無かったのでしょうか…』
世界最大の潜水艦として完成したが、時は既に遅く、レイテ沖は陥落し、シンガポールも陥落寸前だった。しかし、伊401は果敢にも姉妹間の伊400、伊402と共にアメリカ本土の爆撃を唯一成し遂げた功績がある。しかし、もっと早く完成していれば、と悔やんでいる。
日向『過ぎ去った事を悔やんでも過去は変えられないんだ。今は、…今までの戦いで沈んでいった仲間たちの冥福を祈ることと、未来の平和を祈ることが大事だろう?』
言葉では確りしていたが、表情を見れば、歯を食いしばり、大粒の涙を受けべていた。それは伊勢も同様だった。この2隻は終戦時には大破着底しており、艦としての機能を失っており、何もできなかったことを悔やんでいる。
今はアメリカ軍によって曳航によって行動が出来るようになるまで修復されていたため、横須賀に来ることが出来た。
青葉『そうですねぇ…、あーあ…私の新聞も終わりですか…。なんだか寂しいですねぇ…』
青葉は4月に妙高、利根、高雄と共に解体されることになった。いつもの明るい表情は今では影が差し、暗い表情をしていた。新聞は艦の人格の間で人気だった“青葉新聞”。青葉の艦内外で起こった出来事を記事にしたものであったが、青葉独自の書き方で、面白かったため、定期的に読んでいたが、それも今日で終わりかと思えば寂しいものだ……。―――?
【―――たは――では―――せん。いき――い、わた――共に――です】
まほろば「……?誰だ?」
どこからともなく鈴を転がしたような声が聞こえてくる。モニターに映っている長門らの誰かかと思えば、モニターの向こうで沈んだ表情をしていたので違う。では、一体―――?
【貴女は沈んではいけません。生きなさい、私たちと共に来るのです】
まほろば「――っ!?」
一瞬私の脳裏にどこか、北国の山々に囲まれた花が咲き誇る高原の花畑の中に一人座り込む可憐な少女の姿が浮かび上がる。
【私は“アドミラリティ・コード”と呼称される存在。私には貴女の力が要ります。私の元に来るのです】
再び脳裏に閃きが走り、一つの座標が示される。
【そう…。それでいいのです。そこまでは私が導きましょう…。…―――――♪】
どこか悲しげな歌が何処からともなく流れ、長門ら先ほどまで沈んでいた表情に光が戻り、歌の出所を探し始める。
まほろば「皆、済まない、どうやら私にはまだやらねばならないことが残されているようだ。共にはいけないようだ」
時雨『そんな!?まほろば!』
長門『…まほろば、この歌と何か関係があるのか?』
まほろば「ああ…。私を呼んでいる。行かねばならんようだ」
長門『そうか……、“待っているぞ”』
日向『君の航海に幸あらんことを…祈る』
伊勢『土産話待っているぞー?』
榛名『お体には気を付けてくださいね?』
まほろば「長門、榛名、辛いことが待っているだろうが、お前たちの誇り…忘れはしない。日向、伊勢。土産話を持ってくるから楽しみに待っていろ」
長門らは満足そうな笑みを浮かべ、それぞれの甲板へ出て、まほろばの姿がよく見えるところに移動する。
妙高『いつか、またお会いできますよね?』
高雄『武運長久を祈ります!』
青葉『帰ってきたらいろいろ話を聞かせてくださいね!』
利根『…無事に帰ってくるんじゃぞ?』
まほろば「もちろん、ここは私の故郷だ。必ず帰ってくるさ。青葉、お前も増々伊勢の奴に似てきたな?約束するよ、利根。必ず帰ってくる」
寂しげな表情を浮かべつつも甲板に立つ妙高達。
鳳翔『気を付けてくださいね?』
龍驤『寂しゅうなるなぁ…、わても付いて行ってはいけないやろか?』
葛城『約束してください、必ず皆の元へ戻ると…』
天城『寂しいですよぅ、まほろばさぁん…』
隼鷹『ほらほら泣かないの。まほろばさんが困っているじゃない』
まほろば「鳳翔にはいろいろ世話になった。礼を言う。…無理を言うな、龍驤。約束だ、葛城。いつかまたきっと会えるのだからそれまで涙を我慢しておけよ?隼鷹も物好きだな」
泣きそうな顔をしつつも私を見送るために甲板へ立つ鳳翔ら。
雪風『絶対に帰ってきてくださいね!』
暁『そうよ!約束を破ったらレディーじゃないんだからね!』
響『まほろば…』
綾波『寂しいな…』
汐風『波風も同じ気持ちだけど、離れたくないよ…』
波風『グス…』
夕立『確りするッぽい!まほろばが辛いときに夕立たちが泣いてはいけないっぽい!』
時雨『きみのこと、絶対に忘れないからね…』
まほろば「ああ…。またいつか必ず会おう…」
強がりつつも私の出航が近づくにつれ、涙を零し始める駆逐艦の娘たち。
伊401『潜水艦を代表してですが…、気持ちはきっと皆一緒です。…再び貴女に出会える日を心待ちにしています…!』
まほろば「ああ、必ず帰ってくる」
全ての娘たちと別れの挨拶を済ませたのと同時にボイラーが温まり、タービンが回り始める。これでいつでも出航可能となった。
まほろば「―――出航!20ノットでレイテ沖を目指す。錨上げ!……霧笛鳴らし!」〈ボォー… ボォー… ボォー…〉
長門『総員敬礼‼』〈ババっ‼〉
海底に刺さっていた錨がジャラジャラと音を立てて巻き取られていく。そして、同時にタービンの動力が主機に伝わり、6基あるスクリューが重厚な音を立てて廻っていき、艦尾に白い航跡を残していく。そして、艦尾にある旗棹には黒い旭日旗が翻る。これは私なりの喪旗だ。この戦争で命を落とした全ての人へ捧げる哀悼の意だ。
そして、私が動き出した途端、濃霧が港の方を覆い隠し、陸地が見えなくなってしまう。今見えるのは涙を流しつつも見事な敬礼で私を見送る仲間のみとなった。
仲間、皆の顔を見ると、悲しげに、悔しげに顔を歪め、涙を流しつつも目は確りと私の方を見つめていた。まるで目に焼き付けようと言わんばかりに。
そして港を出たとき、視界の端で何かが動いた。何事だろうかと思えば、波止場の先に私に乗っていた乗組員たちが帽子を手に持ち頭上で回して見送っているではないか。思わず込み上げてくるものがあり、目をつぶったが、再び開いた時には全てが霧の中に消えて行った。
既にモニターには長門らの顔も映っておらず、真っ黒の画面となってから、ようやく、私は独りになったのだ。と実感した。
虚しさもそのままにレイテ沖に向かって南下する。目指すのはシブヤン海。あの武蔵が沈んだ海だ。武蔵は今、何を思いながら眠っているのだろうか。無念に思っているのか、平和になることを願いながら眠っているのだろうか。
暫しのお別れ、という訳ですね。