Fate/Children【改稿中】   作:.副会長.

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〜聖杯戦争〜 7月2日20時04分

扉の開く音がした。

 

静かな屋敷内に響いたドアの軋みは、当然地下の物置部屋にも届いている。一週間ぶりの、内と外の世界を繋ぐ音だ。ビクリ、と"ソレ"は肩を震わせた。

 

物置部屋の扉の隙間から様子を伺おうとするが、生物の気配はしない。音を立てないよう静かに扉を開け、廊下に出る。歩くたびに、湿った絨毯から赤黒い液体が染み出してくる。

 

「オッ……オエエェェェ……」

 

長々と嘔吐する音が聞こえてきた。入口の方からだ。"ソレ"はゆっくりと、こっそりと足を運んでそちらへ向かう。

 

「おい、俺はもう嫌だ。帰ろう。ここで何があったかわからないけど、考えたくないけど、絶対に、ヤバい」

 

「あぁ、僕も賛成…今まで、こんなにも目が見えなくてよかったと思ったことはないよ」

 

物陰から覗くと、4つの人影が見えた。玄関の扉のそばで鼻と口を抑えているのが二人と、そこから少し離れた所で、しゃがみ込んで何かしているのが二人。この屋敷内に、自分以外に"動いているモノ"がいる。

 

「だぁれ?」

 

広い玄関口に、凛と通る声が響いた。4つの影が一斉に"ソレ"の方を向く。

 

「--ッ」

 

「誰だ!」

 

「マリアさん?」

 

「ん?」

 

息を呑んで剣を構える長髪の青年、槍の穂先を"ソレ"に向けて怒鳴る大男。"名"を口にする眼鏡の少年と、首を傾げる白髪の少年。窓から入り込む月の光が、向かい合う5人を照らしている。"ソレ"はもう一度、同じ問いかけを口にした。

 

「あなたたちはだぁれ?」

 

「だ、誰って--」

 

「お前こそ、誰だ?」

 

困惑した様子で口を開いた眼鏡の少年を手で制し、白髪の少年が厳しい口調で言う。敵意と警戒が感じられる張り詰めた声だ。"ソレ"は微笑みながら答える。

 

「わたし?私は、マリア。マリア・シェルよ」

 

「違う。それはお前の名じゃない。お前は、何者だ」

 

"ソレ"は沈黙する。言っている意味がわからない、と言うように首を傾げる。そしてもう一度、繰り返した。

 

「わたし?私は、マリア。マリア・シェルよ」

 

「お、おい。二人とも何を言ってーー」

 

「セイバー、目の前の奴を今すぐ"殺せ"」

 

「えっ」

 

眼鏡の少年が戸惑いの声を発する。セイバーは弾かれたように”マリア”を名乗るソレに向かって走り出した。剣を抜き、飛びかかる。はるか昔、極東における神代の益荒男たちを葬り去った大英雄の一閃だ。が、その刃が届くことはなかった。

 

「ぐっ…」

 

相変わらず、ニコニコと。微笑み続けるソレの目先でセイバーの動きは止まった。いや、止められてしまったのだ。床に散乱していた肉塊達が、生き物のように次々とセイバーに纏わり付いていく。それらで身を固められてしまっているのだ。

 

腐臭を放つ肉塊が体を覆っていく不快感と、この状況に対する不安感にセイバーは顔を顰めた。

 

何の前触れもなく、意思を持っているかのように、"ソレ"を守ろうとするかのように、屍肉が動いたのだ。ヨハンの言動にすら頭がついていかないウォルターはおろか、命令を下したヨハン本人ですら呆気にとられていた。

 

「うふふふ。セイバーセイバーセイバー…貴方達も聖杯戦争に参加したマスターなのね?私に戦いを挑みに来たって感じ?」

 

「………」

 

「黙ってちゃあ分からないわよ…でも、残念ね。私に、私のバーサーカーに、勝てる奴なんていないんだから」

 

バーサーカー。その言葉に、停止していたヨハンの脳は覚醒する。ウォルターから聞いていた不死身の怪物。目の前にいるヤツが、そのマスターだというのか。ウォルターは未だ混乱状態から解けていない。ランサーが二人を守るように武器を構えて”ソレ”の前に立ちふさがった。彼もまた、朝の戦いを思い出して気を張り詰めている。

 

「うふふ。おいで、バーサーカー!」

 

訪れる静寂。バーサーカーは現れない。しかし、ヨハンは強大な魔力の塊が近づいてくるのを感じていた。おそらく一瞬の出来事だ。刹那の時間で自分たちは殺される。ヨハンは左手に持つ杖を固く握りしめ、ポケットの中に右手を入れた。三粒の宝石を掴む。

 

「目を、固く閉じて」

 

ランサーとウォルターへ向け、囁くように言った。いきなり何を、とこちらを見る二人に怒鳴る。

 

「いいから早く!!」

 

「ッアアアァァァァァァァアァアアア!!!」

 

爆音が響いた。ヨハンの怒鳴り声を掻き消すように、天井をぶち抜いてバーサーカーが落下してきたのだ。その距離、ヨハン達から僅か数m。

 

--それだけあれば充分だッ

 

Blitz(輝け)!!」

 

掴んだ宝石を宙に投げる。宝石が破裂したように、眩い閃光が玄関口を包んだ。恐らくバーサーカーのマスターのものだろう、悲鳴が上がる。

 

「今だ!」

 

大気中の魔力の流れを頼りに、出口へ向けて走り出す。ヨハンの声を受けて、ランサー達も慌ててついてきた。目指すは屋敷前の森だ。木々が深く生い茂るそこであれば、直ぐに見つかる事はないだろう。

 

置いてきたセイバーのことを思い出した。自力であの肉塊から抜け出ているわけはないだろう。バーサーカーと、そのマスター。二人の敵の只中にいるのだから。

 

「…クソッ」

 

走りながら、自分の思慮の浅さに苛立った。不気味な脅威を感じたとしても、すぐにサーヴァントを突貫させるとなど、今考えても愚の極みだ。

 

彼とて未だ16の少年である。周りから天才だ何だと持て囃されていてもそれは魔術師としての素質の話だ。魔術戦ならばともかく、英霊を使役する聖杯戦争において他者と大きな差はないと言えた。

 

このまま放っておけば間違いなく、セイバーは殺されるだろう。かと言って戻るわけにも行かない。残された手段はただ一つ。

 

「クソ…」

 

令呪を使うしか、ない。聖杯戦争に参加するマスターに与えられる3回分の絶対命令権だ。だが一方で、ここで使うのを惜しむ気持ちも確かにあった。

 

なぜなら令呪がサーヴァントに及ぼす効果は、マイナスなものだけではない。一時的な肉体の強化や行動の拡張など、戦力の増強においてもその力は発揮されるのだ。

 

他の英霊達に見劣りするセイバーに対して、令呪の及ぼすプラス面の効果を期待していたヨハンには、此処での一画の消費は大きかった。

 

けれど確かに、方法はそれしかない。今セイバーが死ねば、この後もこの先も存在しないのだから。森に入る直前に、ヨハンは決意を固めた。

 

「クッソ…来いッ!セイバー!!」

 

膨大な魔力が視界を覆う。茂みへと飛び込みながら、ヨハンは自分の無計画さを呪った。

 

--やっぱり体を動かすのは苦手だ…

 

異臭と共にセイバーが転移してきた。ウォルターの息を呑む声が聞こえた。確かに臭い。

 

「マスター…ありがとう…危ないところだった……」

 

「うん…」

 

どうやら本当に、バーサーカーに手を下される直前だったようだ。とりあえず"敗退"という最悪の結果を避ける事はできたが、ヨハンの心はやはり晴れなかった。

 

「お、おい。これからどうすんだよ」

 

ウォルターの声は震えている。走っている内に何とか心の整理がついたらしいが、それが逆に不安を増長させているようだった。

 

「--わからない。とりあえずバーサーカーを此処で迎え撃つんだ。君達は一度戦っているんだろう?不死身に見えるかもしれないが、"英霊"となっているんだから、一度は確実に死んでいるんだ。弱点は、絶対にある」

 

「…その事なんだがな」

 

ランサーが口を開いた。自分でも事が信じられないと言いたげな、苦々しい口調だ。

 

「以前戦った奴とは違うだって!?」

 

聖杯戦争で現界する七クラスの英霊には、それぞれ特徴が存在する。バーサーカーであれば"狂化"スキルだ。ランクによって差異はあるが、概ねバーサーカーとなったサーヴァントは理性が蒸発する。強力なステータスアップと引き換えに、意思疎通が困難な状態となるのである。

 

ランサー達が出会ったサーヴァントも確かに、狂化しているような状態だったのは間違いないそうだ。獣のように吠えるだけで、言葉を発しない。恐らく、そのおかげで隙をつけたというのもあるのだろう。

 

だが、先ほど目の前に落下してきたバーサーカーとは似ても似つかない風貌らしい。頭ばかりが大きく、今にも折れそうな藁人形のようなバーサーカーに対して、以前出会ったサーヴァントは鋼のような鍛えあげられた肉体の持ち主だったという。

 

情報皆無な謎の英霊。同時にそれは、敵が”不死身の怪物”ではないということだ。人間とは思えない恐ろしい外見の敵だが、倒せないわけではない。そのことがわかっただけでも、ヨハンには余裕が生まれつつあった。が、その余裕を掻き消すかのような叫び声をあげ、バーサーカーが屋敷から転がり出てきた。後ろにはマスターが立っている。

 

「僕たちが正面で囮になる。セイバーとランサーは木に紛れて左右に回り込んで。合図を出したら二人で挟み撃ちだ」

 

「わかった」

 

「おうさ」

 

二人はすぐに駆け出した。闇夜に加えて木々のカモフラージュもある。英霊のスピードがあれば発見されることはないだろう。

 

「お、俺はっ」

 

自分が置いてけぼりにされていると感じたのか、ウォルターが慌てて言った。ヨハンは彼の肩に手を添えた。この作戦は彼が鍵なのだから。

 

「僕をおぶってくれ」

 

「は?」

 

「だから、僕をおぶってそのまま真っ直ぐ森の奥に向かって走るんだ。僕は目が見えないのは知ってるだろ。大気中の魔力を頼りにするって言っても限界がある。だから、ここからは君が足だ。追いつかれないように全力で逃げて」

 

「なんだそれーーッ!?」

 

「アアアアアアォォォオオゥゥウ!!」

 

ウォルターが抗議の声を上げようとした瞬間、突風が吹き荒れた。全身に力を入れていないと吹き飛ばされてしまいそうな、体を切り裂くような力強く鋭い風だ。叩きつける風圧と舞い上がる土埃に思わず顔を伏せる。

 

やがて目を開けた彼らを待っていたのは、およそ信じられない光景だった。周りの木が全て薙ぎ倒され、一帯が更地となっている。

 

「嘘だろ…なんだこれ……」

 

「アアァアアァァアアアァアアアアアアア!!!!!」

 

バーサーカーだ。バーサーカーが、両腕を振ったのだ。たったそれだけで、先ほどの竜巻とも呼べる衝撃が起きたのである。サーヴァントはともかく、ヨハンたち二人が無事に立っているというのはそれだけで奇跡に近かった。狂戦士の雄叫びに怯むウォルターを一喝し、ヨハンは半ば無理やり彼の背中に捕まる。

 

「行って!」

 

「えっ、あ、あぁ!」

 

我に返ったように急いで走りだすウォルター。当然、敵はそれを追う。英霊から人間が逃れられる時間など高が知れているだろう。

 

「嘘だろぉぉぉ!!!」

 

案の定、あっという間に距離を縮められていく。此方は人一人をおぶって走っているのだ。地面を抉るような足音が恐怖を増長させる。深呼吸。ヨハンは揺れる視界から左右を確認した。セイバーとランサーはついてきているようだ。彼は再びポケットの中の宝石を掴んだ。

 

Zurückhaltung(拘束せよ)!」

 

迫り来るバーサーカーに向け、思い切り宝石を投げつける。今度は宝石が細かく割れ、そこから溢れ出した魔力が”檻”となってバーサーカーを閉じ込めた。脱出しようと体をぶつけ、腕を振り回すが効果はない。ヨハンはさらに叫んだ。

 

Druck(重圧を)!」

 

檻が、狂戦士を圧し潰すように形を変える。地面がひび割れるほどの強烈な負荷だ。立っていることもままならなくなったのか、相手は膝をついて四つん這いになっている。咆哮が悲鳴に変わった。もはや合図など必要ない。

 

「せいッ」

 

「ずあぁ!」

 

右からはセイバー、左からはランサーが同時に飛びかかる。一撃を必殺とするのだ。二人は強く大地を蹴り、稲妻の如くバーサーカーを貫いた。二本の閃光が交差する。バーサーカーが、脱力したようにその場へ倒れこんだ。

 

静寂が包む。

 

「ーーやったのか?」

 

背中にしがみつくヨハンを下ろしてウォルターが呟いた。バーサーカーはピクリとも動かないが、なぜかランサーとセイバーは渋い顔をしている。

 

「ふふ…うふふ……」

 

バーサーカーのマスターの笑い声が響いた。4人は一斉にそちらを向き、眉をひそめる。何がおかしいのだ、と。

 

だが、そんな4人の視線など気にせずバーサーカーのマスターは笑い続ける。可笑しくて可笑しくてたまらない、というように。

 

「うふ、あは、あははははははは!!その程度で!その程度でその程度でその程度で!私のバーサーカーが倒せるわけないでしょ!!!」

 

叫ぶマスターに呼応するように、バーサーカーの身体がビクンと跳ねた。錆びた歯車が回る耳障りな駆動音を立て、倒れ伏していたバーサーカーが両の手を地面に叩きつけた。

 

ガクガクと震えながら立ち上がっていく。そばにいるランサー達は、辛うじて武器を構えて見ているだけだ。この化け物もまた、不死身なのか。その絶望はとてつもなく大きい。

 

起き上がったバーサーカーは右足を踏み込み、勢いよく頭を振り回した。周りを薙ぎ払うかのようだ。そして、もう一度。耳を塞ぎたくなるような甲高い咆哮を上げようとしたところへ----

 

赤い閃光が走った。それと共に、バーサーカーが彼らの視界から消えた。再び赤い閃光が飛ぶ。今度は何本も降り注ぐ。土埃が舞い、視界を奪った。その間にも次々と、繰り出されるそれはまるで雨だ。紅の閃光の豪雨。

 

最後を宣言するかの如く特別大きい稲妻が放たれた。その衝撃が辺りを晴らした時、4人の目の前には串刺しにされたバーサーカーの姿があった。赤い槍がバーサーカーの体を埋め尽くすように貫かれている。まるで、怪物が地面に縫い付けられてしまったかのような光景だ。

 

突然すぎる第三者の攻撃にバーサーカーのマスターを含む全員が固まったその場所へ、爽やかな声が響く。

 

「面白いことになっているではないか。(おれ)達も是非混ぜてもらいたいものだ。なぁ、キャスター?」

 

彼らが声のした方を振り向くと、風に乗る男と踊り子のような衣装を身にまとった女がいた。二人とも、特に男の方が尋常でない魔力を放っていることから、彼らもまた英霊であることが見て取れる。

 

否、それだけではない。二人の背後にもさらに、無数の人影が立っていた。

 

「なんだ…こいつらはーーー」

 

天才は、思わず声を失った。




書いているうちに段々と文章を書く感覚が戻ってきている気がしますが多分気のせいですね笑

第2章の終了とともにこれまでのお話の大幅改稿をさせていただこうと思います

説明不足な部分やキャラ描写等を補う感じでしょうか 作品の展開や結末が変わるわけではないです
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