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「んぅー……はぁ」
白亜を思わせる壮麗華美な廊下で一つ伸びをする。現実であればこんな所であれば緊張でまともに動けなくなるだろうが、ここも年単位で所有している場所だ。今更畏まるような気はしない。
「それも今日までか……」
それに第一、ここはゲームの中。自身の体を含め全てがデータで構成されている世界だ。
DMMORPG―――没入式大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。
技術の発展に伴って進化した遊びはついに脳への有線接続を実現。脳内インターフェイスを利用した仮想世界での役割を演じる遊戯だ。
その中でも「ユグドラシル」は徹底的な自由度とブン投げっ放しなのに絶妙に保たれているバランス、そしてサブカルチャーにピッタリの北欧神話的オタクファンタジーを盛り込んだ同ジャンルの代名詞的な存在だ。
チュートリアルを除いたほぼ全てが手探り。無限大の可能性を持つキャラメイク。クリエイトツールを使った様々なお遊び。某ゲーム雑誌編集者に「刺身の上のタンポポ」と言われたメインストーリー。
日本の伝統的な一本糞ゲームに飽きた層や無駄に洗練された無駄のない無駄な創造心を持った層に大絶賛され―――今、その一つの歴史が終わろうとしていた。
「十年続いたんだから大したもんだけどなー」
技術は日々進化するモノである。ならば余程の事がなければ後発の物の方が良い物であり、それはジャンル全体としては未だ隆盛を誇っているDMMORPGでも同じ事であった。
勿論、ユグドラシルより後発の物で既にサービスが終了しているゲームは多い。が、最終幻想や竜依頼、召喚夜に工房シリーズまでDMMO界隈に来てはどうしようもなかった。日本人はブランドに弱いのだ。
個人的には星霜の書が良かった。特にMODが。
「おっと、着いたか……うわ、もうこんな時間だ」
巨大な扉の前で立ち止まって左手首を確認すれば、もう真夜中と言って良い時間を指していた。これでは宝物庫まで回る時間は無いかもしれない。
「んー、流石に全フィールドの主要な町を全部徒歩で回るってのは無謀だったかな……」
軽く頭を傾げるが、今言った試み自体は割と楽に達成できていたりする。その後調子に乗ってギルド本拠地―――ナザリック大地下墳墓を徒歩踏破をしたせいでこんな時間になっているのだろう。
「ま、それはさておき御開帳。こっんばっん、」
「ふざけるな!」
「―――わ?」
扉を開いて中に入れば、そこには机に拳を叩き付けている骸骨マン。ジャパニーズエアリードによって非常に気まずい空気がお互いの間に立ちこめる。
「あ……マーキナーさん」
「ども、こんばんわっす……どうしたんです、リーダー?」
「はは、いやちょっと……」
愛想笑いをしながら頬をかくデスオーバーロードというレアな絵面を見ながら円卓の一つの席に腰掛ける。
……まあ、リーダー―――モモンガさんの言いたい事は解らなくも無い。
「ここまで空席があると流石に心に来る物がありますからね……リーダーのギルドへの思い入れは半端じゃないですし」
「いや……解ってるんですよ。所詮コレはゲーム、空想です。現実の生活を疎かにしちゃ生きていけませんし、ね」
「それでも結構前に愚痴ってたじゃないですか。捨ててったのか、とか。もしかしてあの時酔ってました?」
「……お見苦しい所をお見せしました」
深々と頭を下げつつ謝罪アイコンを出すリーダーに対し、別に愚痴ぐらいなら可能な限りは聞くと肩を竦めた。
因みにこのゲームは基本的にキャラの表情が動かないので、会話をしていると動きがオーバーになるかアイコンの操作が上手くなるという独特なユーザーの登竜門があったりする。
「それに俺も皆の事は言えませんから。こないだも新しいゲームやってたら四時ぐらいまで起きてましたし」
「はは……それにしてもマーキナーさん、今までどちらに? てっきり最初にココにログインしてくるかと思ったんですが……」
「ああ、サービスの最終日なんで外を歩き回って、その後は1層からここまで歩いて来ました。流石にこんな日にPKしようって奴も居ませんでしたしね」
「そうでしたか……ここに誰か攻めて来ると思ったんですけどねぇ」
「流石に無理ですよそりゃ……」
ここ、ナザリック大地下墳墓はかつて1500人からなるプレイヤーの大軍勢による侵攻を防ぎきった実績がある。
流石に当時のメンバーも居らずこちらの戦力が低下しているとは言え、100人は動員しないとここは落ちないだろう。
……当時より強化されている部分もある訳だし。
「それに俺、指輪は基本アイテムボックスに入れっぱなしなんでログインも自分の部屋ですよ。ここ数年はログボの受け取りと5分で終わるデイリーしかやってないっす」
「……マーキナーさんもお忙しいですもんね」
「他のゲームに浮気しまくってますけど……あ、そうそう。来週新刊出るんですよ」
「本当ですか!? 是非買わせて頂きます!」
「……まあ、その巻で打ち切りなんですけどね」
折角タブラさんにネタ出し手伝って貰ったのになぁ、と黄昏る俺とかける言葉が見つからないのか眼窩の奥の光をそっと閉じるリーダー。
フンだ。ドラマCDのメインヒロインに茶釜さん指名できたから別に心残り無いもん。
「マ、マーキナーさんは最近お仕事どうです? その、来週の新刊以外で」
「んー、まあボチボチって所です。生活水準は下げっ放しですけど生きていけないってぐらいじゃないですし。まあ、売れない小説家なんてこんなもんですよ」
お陰で遊ぶ時間だけは最優先で確保してます、と別に胸を張って言う事でもないが見得100%で胸を張る。いやホラ、ネタ出しとかね? ゲームしながら、ね?
「―――と、もうこんな時間ですか」
「ありゃ、ホントだ……どうします? この後玉座にでも行って締めようかなって思ってたんですけど」
「ああ、良いですね。行きましょうか」
俺の提案にリーダーが乗り、よいしょと二人して立ち上がる。と、リーダーの動きが止まった。その視線の先には我らがギルドを象徴する杖―――ギルド武器。
「……持ってっちゃって良いんじゃないですか? 最後ですし」
「……良いですかね?」
「もう誰が来るって訳でも無いですし、良いと思いますよ」
「……そう、ですね。そうしましょう」
リーダーが杖を持つと禍々しいエフェクトが広がる。そういやこの武器も一度も使われなかったな……俺の秘蔵もとい死蔵武器シリーズもだけど。
二人でゆっくりと廊下を歩く。じっくりと目に焼き付けるように。装飾一つ、置物一つが俺達のギルド―――アインズ・ウール・ゴウンの足跡だ。
「一時期は糞ギルドだのDQNギルドだの言われましたけど、それも良い思い出ってやつですね。もっと平和なギルドだったらとっくに辞めてたかもしれません」
「あー……でも、マーキナーさんも言ってたじゃないですか。このゲームは競争を煽るデザインだって」
「……ええ、まあ。確かに言った記憶もありますけどね? だからって鉱山取られた時に煽るような事言わないで下さいよ。傍から見ててハラハラしましたよ、あん時は」
「いや、意地になっちゃって……たっちさん達にも怒られましたっけ」
俺達のギルドは社会人ギルドであるのだが、どうもリーダーは知識に偏りがある。鉱山占拠したら反感喰らうのは当たり前でしょうよ……ウルベルトさんとかノリノリで賛同してたし。
と、まあ割と平然とマナー違反をしたりするのだが、たまにそれが場外ホームラン級の大当たりを出すから侮れない。流石は俺達のリーダーである。
などと話していると巨大な階段へと足が向き、そこに複数の人影がある。
「あれは……」
「プレアデスとセバスですね。こいつらも結局出番無しかー」
「ああ、そう言えばそんな名前でしたね。確かマーキナーさんの担当NPCが……」
「迷彩柄のピンクブロンドです。CZ2128・Δ、略してシズ……防衛用NPCが連れ歩けるアップデート、待ってたんだけどなー」
ユグドラシルは電脳法のグレーゾーンをブレイクダンスするような運営だったせいか、メイキング等の目玉以外のゲームデザインは意外と古臭い部分がある。
その一つが随伴NPCの存在だ。ソロでも一応パーティー向けボスが倒せるようなゲームデザインに必須とも言えるシステムだが、ユグドラシルにそれは搭載されていない。
ここの運営らしい硬派な作りと言えばそれまでだが、ライト層の食いつきが悪かった一因であり、対抗馬として出てきた別のDMMOにユーザーが取られた原因の一つとも言える。
「はは……うん。折角ですし、彼女達も連れて行きましょう」
「ですね。最後だからって抱き付いたらハラスメント警告出てBANされそうですし」
「………。」
「……冗談ですよ。ペロさんじゃあるまいし」
じとっとした視線を向けるリーダー。一応擁護しておくと、我が同志にして俺をこのギルドに勧誘した男であるペロロンチーノは垢BANされた訳ではない。普通に辞めただけだ。
こないだ連絡した時は詰みエロゲタワーが3本目に突入したとか言ってたっけ。幾ら収入が良くてもエロゲもまともにする時間が無いのは嫌だね、俺は。
「……あれ? ここのレメゲトンって、全部揃ってましたっけ?」
「ああ、年単位でるしさんの音沙汰が無かったんで俺の方で材料用意して揃えました」
「……お手数おかけします」
「まあ揃ってないのも気持ち悪かったですしね……俺が作った奴だけ不格好ですけど」
超希少魔法金属を使って製作された72体のゴーレム、レメゲトンのある部屋に入ってからリーダーがふと周りを見渡す。
こうして見ると解る。俺も一応ナザリック大地下墳墓のギミック担当に名を連ねているが、流石にタブラ・スマラグディナさんとるし★ふぁーさんの腕と発想には追いつけない。
部屋一つ丸ごと使ったトラップから細かい裏技まで多岐に渡るタブラさんと、ゴーレムを軸に起こす騒動とその倍以上の作品を生み出したるしさん。
この二人のギミック担当が居なければナザリックはただの派手なだけの入れ物になっていただろう。俺も少しばかし弄ってはいるが、それなら設定を考えた量の方が多い筈だ。
……二人ともちょっと難ありの性格だったけど、まあクリエイターってのは大概そんな人間だからな。主な業務は二人のストッパーでしたよ、ええ。
「充分立派だと思いますよ。そうそう、るし★ふぁーさんと言えばゴーレムが殴り掛かってきたりしましたよね」
「ありましたねぇ……個人的に最悪だったのは風呂ゴーレムとゴキゴーレムですね」
「……何です? ゴキゴーレムって」
「……あれ? 知りません? 恐怖公の手下にスターシルバーとか色々使ったゴキブリ型ゴーレム居るんですよ。レベルは確か70で……アレ? マジで知りませんでした?」
はい、とリーダーがこちらを見ないまま答える。あ、やばい。割とマジギレしてるこの人。イントネーションが平らだ。
そんなリーダーを余所に扉が開く。この部屋ももう何年来てなかったか。現代どころかユグドラシル内でもここまで豪華な部屋は無いんじゃないかという部屋が現れる。
「……ねぇマーキナーさん、アルベドにギンヌンガガプ持たせてましたっけ?」
「いや、俺はワールドアイテムは自分の以外触った事無いですけど……タブラさんですかね?」
「全くあの人も……」
「まあ良いじゃないですか。自分が作ったNPCに良い物持たせたいって気持ちは解りますよ」
そうですかね、とため息交じりにリーダーが答えた。そういやリーダーの担当NPCは……ああ、アイツか。そりゃ解らないか、この妻か娘か妹を持った気分は。
などと一方的に優越感を感じていると、玉座の前にセバスとプレアデスが並ぶ。リーダーがNPCへの指示方法すら忘れてる事に若干ショックを受けつつ、横からリーダーが表示しているウィンドウを覗き込んだ。
『ちなみにビッチである』
「……え? 何これ?」
「あれ、リーダー知りませんでした? コンセプトは一言で言えば白ビッチですよ、コイツ。若干残念属性入ってるんでマーレを組み伏せようとして失敗したり、セバスにカウンター叩き込まれたりするってポジションです」
「……すっかり忘れてましたよ」
ガクリとリーダーの肩が落ちる。因みに俺がコイツの設定を覚えてたのはNPC達を主役にしたSSを書いた事があるからだ。
自分で書いておいて何だが、気が付いたら製作者の性格をガッツリ反映したキャラクターになっていたというオチがついた。自分でもビックリするぐらいスラスラ書けたからなぁ……。
「幾ら何でもこれは酷くないですか? ナザリックのNPCのトップがビッチって……」
「いや、充分ウチらしいと思いますけど。シャルティアなんかコレを超えるエロ設定の過積載っぷりですよ?」
「何だかなぁ……」
編集キーに指が伸びかけていたリーダーの肩が更に落ちる。でもあんだけゴテ盛りでちゃんと一つのキャラとして成り立つ話が書けたって事は、生みの親のペロさんがそんな感じだったって事なんだよね。実際シャルティアがボケに回ると話が大回転するし。
「あー、もうこんな時間だ……もういいやこのままで」
「そうそう、最後なんですしこれで良いじゃないですか。俺達らしくて」
「……ですね」
ドカっとリーダーが玉座に座り、俺もその手前の数段の階段に腰掛ける。
「……ああ、やっぱりそこに座るんですね」
「……ええ。ここ、落ち着くんですよ」
後ろにリーダーがいると言う安心感からか、斜に構えてる俺カッコいいじゃん的な考えからなのかは解らないが、ココが俺の定位置だ。大抵の記念写真でも最前列に映っている。
「―――俺、たっち・みー、死獣天朱雀……」
「餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ……」
リーダーが壁にかかった旗一つ一つを指差して名前を読み上げる。俺もそれに続いた。
「―――マーキナー・ハイポセンター」
「……はい」
この場に居るからか、俺だけ飛ばして最後に改めて呼ばれた。このキャラクターの、そして俺達の間での名前を。
「楽しかったなぁ……」
リーダーのぽつりと零れたような一言に、俺は何も返せなかった。
……正直言えば、ちょっとこのゲームとギルドに執着し過ぎじゃないかって部分はある。愚痴られて辟易した事もある。
けど、今こうやってそんな事を思えるのもモモンガさんがリーダーだったからだ。だから。
「……ありがとうございます、リーダー。俺も、楽しかったです」
「……はい」
二人で整然と並ぶ旗を見上げ続ける。もう言葉は要らない。ただ終わりを受け入れよう。
◆
「………。」
「………。」
「……ん?」
「……あれ?」
◆