◆
「強大さを感じる魔獣、ねぇ……?」
「やはり異世界なんでしょうね。人間の顔はともかく、他の部分に関しては感性が違うんでしょう」
カルネ村で一泊し、のんびりと歩いてエ・ランテルに戻ると辺りは暗くなり始める時間になっていた。その道中、俺とリーダーは新たに仲間になった森の賢王―――ハムスケを横目に眺める。
ポーションをぶっかけて怪我を治し、呆れられるかと思いつつ皆の前に森の賢王を連れてくれば何故か大絶賛されるという謎の事態に。その後リーダーが適当に名前を付けたその魔獣はと言うと、
「………。」
「あ、あのー、主殿? 御館様? シズ殿が退いてくれないのでござるが……」
「別に何か支障がある訳じゃないだろ? なら乗せっ放しにしといてくれ」
大の字になって背中にへばりつくシズに困り果てていた。まあ、シズは執事助手のエクレアとか可愛いの好きだからね……俺もこういうモフモフは好きなのでこの辺は俺に似たって事なんだろうか。設定した記憶無いし。
因みにハムスケは俺に服従したという事で俺を主殿、更に俺が仰いでいるのでリーダーを御館様と呼んでいた。どこまでも侍チックな鼠である。
「全くこの子は……シズ、人目も増えてきましたしそろそろ降りなさい。御二方の従者として恥ずかしいですよ」
「えー、こうやってるの可愛くない?」
「た、確かにそれは否定しませんが……マキナ様、出過ぎた事を言うようですがシズを甘やかし過ぎでは? どのような場合であろうと、シズはマキナ様に仕える身なのですから―――」
「あ、あー、それもそうだな。シズ、そろそろ降りな」
「はい」
お説教モードに入り始めたユリの言葉を遮ってシズに話し掛ける。空気を読んでくれたのかシズは即座に飛び降り、俺の後ろについてくれた。
流石にそうなるとユリは何も言えないのか口を噤む。残ったリーダーはと言えば、ギルド内でのやり取りを思い出していたのか何やら暖かいオーラを漂わせていた。
まあ、何はともあれ無事にエ・ランテルまで着き、漆黒の剣とンフィーレア君は荷物を下ろしに、俺達はハムスケを組合に登録をしに別れる。
「それにしても、ンフィーレア君が『鍛えて下さい』って言い出した時はビックリしたね」
「ええ。てっきり村を気にかけてくれとか言ってくると思ったんですが……あれが若さですかねぇ」
「甘酸っぱい青春かもよ。俺の事信仰してくれるなら頑張って信仰系魔法使えるようにしてあげるんだけどなー」
何とか言いくるめて村に関しては安心しろと言ったが、まさかリーダーが『アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて』と言うとは思わなかった。気に入ったのかね。
まあ、彼の事を抜きにしても俺達に好意的なら可能な限り保護してやろう。弱き者には慈悲を、強き者には敬意をが俺のモットーだからね。
俺達と言う上位者に対して勇気を振り絞ったンフィーレア君は間違いなく心が強い。故に敬意を、そして腕っぷしの弱い彼には慈悲を与えなければ。神として。
「……そう言えばマキナさん、一応神様ですからね。信仰すれば信仰系魔法や神託系スキルも使えるようになるんでしょうか?」
「それならナザリックは信仰系魔法詠唱者のすくつになってますよ」
「すくつ? 巣窟じゃないんですか?」
「すくつ」
アホな事を言いながら冒険者組合へ向かい、ハムスケの登録も姿を記録する魔法を使って貰ってさっさと済ませる。
リーダーは資金を温存しておきたかったようだが、未知の魔法にも興味があったのか少し唆したらすぐ転がった。
まあ、最悪の場合は硬貨のコピーぐらい簡単にできるしね。金属比も完璧に模倣できるので決して偽造通貨ではない。ナザリック産の通貨というだけだ。
「……のぉ、おぬしら。もしやわしの孫と共に薬草を採取に行った者じゃないか?」
と、冒険者ギルドを出ようとした時に老婆に話し掛けられた。一応警戒しておくが、見る限りは大した戦闘力も無いな。ただパっと見だとゴブリンに見えるので意外と機敏かもしれないが。
「……どちら様で?」
「リィジー・バレアレ。ンフィーレアの祖母じゃよ」
「ああ、確かお祖母さんが師匠と言ってましたね。確かに我々が彼の護衛を行いましたチームでアインズ・ウール・ゴウンと言います」
リーダーが代表して話を進めると、やっぱりハムスケが伝説だの何だのと言われる。何か腑に落ちないんだよなぁ……。
そして折角だと言う事でリィジーさんと一緒にバレアレ薬品店へ向かう事に。まあ、高名な薬師だと言うし彼女とも仲良くなって置いて損は無いか。
そして一緒に薬品店へ来たのだが。
「―――ほぅ?」
俺は一言呟き、鍵を開けようとしたリィジーさんよりも早くドアを殴り壊す。その物音に店の奥に居た何者かが反応し、出て行くのも解った。
俺は足早に店内を歩き、奥の通路の先にある扉を開ける。スキルによってこの先が裏口にも繋がっている倉庫だというのは解っていた。
そして、この状況も。
「フン」
俺は足元に倒れたペテル君とルクルット君、少し離れたダインさんの頭に魔力弾を叩き込む。その結果を確認しないまま、右手をアイテムボックスに突っ込んだ。
「運が良かったな、即死じゃない」
取り出したポーションをつい先程まで何者かがいたぶっていたニニャにぶっかける。シュウシュウと音と煙を立て、潰れた目も裂けた皮膚も全て綺麗に治癒していった。
……流石に流れた血まではどうしようもないか。
「こ、これは……!? それにそのポーションは!?」
「リーダー、ちゃんと始末できてる?」
「ええ、問題ありません。それにしてもこれは……」
「さっきドアを壊した音に気付いて逃げた奴が居る。なら、あとはこの場に居る筈の人間が鍵だね」
「ンフィーレア!」
凄惨な場面よりもポーションを優先するほどの薬師でも孫の方が大切なのか、慌ててリィジーさんは店の中を確認しに駆け出した。
心配なのは解るが、うるさくして考えがまとまらないようなら最初から居ない方がマシだ。今の内に作戦会議といこう。
「荷物も漁られた様子は無し。なら最初から狙いはンフィーレア君……タレント狙いかな?」
「でしょうね。何か手掛かりは……いや、影の悪魔に追わせた方が早いですかね。確か一匹付いていたな?」
『はっ。本拠地へ到着し次第戻って来ると思われます』
リーダーが自身の影へ話し掛けると低い声が返って来た。万が一を考えて俺とリーダーは2匹ずつ、ユリとシズにも1匹ずつシャドウデーモンを影に忍ばせているのだ。
その内の1匹は漆黒の剣やンフィーレア君から情報を得るために忍ばせていたのだが、思わぬ所で役に立ったようだ。
ついでに言えばエ・ランテルに常駐させているシャドウデーモンは他に5匹、その補助に恐怖公の眷属を若干名送り込んである。流石に使い過ぎだろうか。
「プレイヤーに見つかったらどうなるかと思いましたが……意外な所で役に立ちましたね」
「まあ、いざとなったら別口だって言い張るだけです。それに戦闘は厳禁って言ってありますし、それで駄目なら諦めて戦いましょう」
「……もう少し慎重に行動した方が良いと思いますけど。あぁ、リィジーさん。ンフィーレア君は?」
リィジーさんが部屋に入って来た事で話し合いが強制的に中断される。リーダーの問いかけに対しては無言の否定。
まあそうだろうな、スキルには影も形も反応なし。この店が俺の感知圏内に入る前にさっさと逃げ出していたんだろう。
「あ、あんたらは森の賢王を従える程の冒険者じゃろ? それならンフィーレアを助けられんか!?」
「まあ、可能不可能なら可能です。けど、相応の対価は貰いますよ?」
「……幾らじゃ? それなりに貯えはある、多少なら支払える筈だぞ?」
「まあ、それは救出後に。ただ、今後こういう事がまた起こらないとも限りません。それを踏まえて色々と……ね?」
ニッコリと笑うと何故かリィジーさんは一歩後退する。おやおやどうしたんですか、そんな怖い物を見たような顔をして。
「シズ、ニニャさんをベッドにでも寝かせて万が一の襲撃に備えろ。ユリはリィジーさんに同行しろ」
「はっ」
「畏まりました」
一方、リーダーはシャドウデーモンから報告を受け取ったのかシズ達に指示を出していた。それも終わったのかアイコンタクトを飛ばしてくる。
―――うん、じゃあ行こうか。
◆
「おーおーおー、また大量に居るねぇこりゃ」
「低級とはいえこれだけの数のアンデッド、どうやって操作しているのか……いや、完全に掌握している訳では無いのか?」
リィジーさんに墓地に大量のアンデッドが居るから可能な限り人を集めてほしいと伝え、俺達は近くの建物の屋根から高みの見物だ。
ハムスケ? うるさくしそうだから置いて来ました。リーダーによるとユリがリィジーさんとタンデムして移動に使ってるらしい。良く乗れたなあのボディに。
「それにしてもマキナさん、何故ニニャさんにポーションを?」
「あー、いや実は殆ど反射的だったんですけど……まずかったですかね?」
「弱者に慈悲を」の精神に縛られているのか、気が付いたらポーションをぶっかけていたのが真相だ。情報源の確保という理由もなくはないが、怒られてもしょうがないな。
「リィジーさんにポーションを見られましたが、まあ今後の展開次第でそこは問題なくなります。その辺りは後で検討しましょう。
それとニニャさんを助けた事自体はむしろ正解でしょう。同業者のピンチを助けたとあれば、一部の例外を除いて評判が良くなりますからね」
「そりゃ良かった……それでリーダー、どのタイミングで行く?」
話題を変えた俺の視線の先にはアンデッドの山との戦闘を始めた兵士達が居た。ありゃそう遠くない内に決壊するだろうな。
「まあ、ひとまず様子見ですかね。解りやすい驚異が出てきた所でそれを打破するのが視覚的に一番インパクトがあるかと」
「流石リーダー、考えがあくどいぜ」
「マキナさんこそノリノリで見物してる癖に……ンフィーレア君はもう暫くは問題なさそうですね。恰好はともかく」
どれどれとリーダーの<千里眼>を<水晶の画面>に映して貰うと、そこには男としてちょっとアレな姿のンフィーレア君が居た。
逃走防止のためか目を切られているが、それよりも大事な尊厳とかそういった物の方がヤバい格好である。
「……助けてあげない?」
「いや、まあ、その……もう少しだけ待ちましょう。あ、集合する死体の巨人ですね。よし、じゃあ行きましょうか!」
「お、おー!」
良い口実を見つけたとばかりに俺達は屋根から飛び降り、ついでにネクロスォームジャイアントに一発撃ちこむ。
巨大な骨の塊が倒れる音と地響きの中、俺達は何事も無かったかのように兵士達の前に降り立った。
「何か危なそうなんで助けに来ましたよ、イェイ!」
「……まあ、そういう事です。門を開けて貰っても?」
「―――ハッ!? 何言ってるんだ! アンデッドの大軍が雪崩れ込んでくるぞ!」
可能な限りフレンドリーに接しようと思ったが失敗した模様。爽やかなスマイルと共にお送りしたのにまさかリーダーにまでスルーされるとは。酷くね?
「あーそーですか。じゃあいいよ勝手に行くから」
「ですね。では御機嫌よう」
トンと軽くジャンプして壁を飛び越え、俺達はアンデッドの海とも言える空間に降り立つ。が、アンデッドは俺達に即座に攻撃してこない。
そりゃ骨と機械だし生命反応ないもんな。しかし俺達は見逃すつもりはないのである。
「ダァーダダダダダダダダダァー!」
「数だけは多いな……<魔法三重化火球>、<魔法三重化火球>、<魔法三重化火球>!」
ガトリングアームもアームオブストライクガンナーも両方フルで使い、手当たり次第にアンデッドの山を蹴散らしていく。
そんな俺と背中合わせになるようにリーダーが何度も同じ魔法で吹き飛ばす。数秒もすれば感知範囲内で動いているのは俺とリーダーだけになってしまった。
「また面倒な事してるねぇ……リーダー、反応は?」
「監視対策は必須ですよ。さあ、さっさと片付けましょうか」
俺のスキルだとアンデッドが生きてるかどうか――いや死んでるんだけど――解らないのでリーダーに聞く。アンデッド絡みならリーダーに任せれば大体正しいのだ。
それからリーダーは何か思いついたのか、死霊と骨の禿鷲を召喚して侵入者を追い返すように命じていた。ああ、誰が召喚したかなんて解んないもんね。
「俺もなるべく機械っての隠さないとなー……めんどくせぇ」
「それぐらいは我慢してくださいよ……行きましょうか」
効率重視の為に左手の魔力弾をショットガン形式に変えたり、遂にリーダーが魔法使うの飽きたのか殴ってスケルトン殺したりと色々あったが無事に霊廟に到達する。
そこには赤い三角頭巾を被って「我ら、ビッグファイアの為に!」―――と言っている連中が居る訳でも無く、ごく普通の邪教集団の集まりであった。あとハゲ。
「ばんわんこー」
「……お主ら、一体何者だ。どうやってあのアンデッドの群れを突破してきた?」
「殴るなり魔法なりで。っつーか無視とか酷くね」
「ただの冒険者だよ。それで少年を探してくれと依頼を受けたんだが、大人しく渡してくれるかな?」
もうリーダーも突っ込む気はないのかしれっと会話を続ける。しょうがない、真面目にやるか。
「―――お主達の名は?」
「俺がマキナ、こっちがモモン。で、霊廟の中に居るお姉さんも出てきて一緒にお喋りしない? ああ、おしゃぶりでも良いよ。でっかいのあげる」
「へぇー? どんなご立派なの持ってるか興味あるねー。で、君達何者? あ、私はクレマンティーヌ。よろしくね」
「耳にそのスティレットでもブッ刺したのかい? そういうプレイがお好みならこっちもそれに応えるけど」
カチャリと鎧を鳴らして女が出てくる。この世界では珍しいぐらい露出の高い鎧を着た、ニヤケ笑いの似合う女だ。漆黒の剣を殺した下手人はコイツだろう。
「……それにしても、どうやってここが解ったの? あの時薬屋に来たの、君達でしょ? 尾行の気配なんて無かったわよ?」
「手段はまあ、色々あったけど……正解を言うと尾行だよ。一番手っ取り早かったし」
「ふーん……ねーお兄さん、向こうで遊ばない?」
「ほぅ、大人の遊びかな? じゃあリーダー、ハゲの相手任せた」
どうやらこの女はハゲよりは諧謔が解るらしい。それとも最初からこちらを信用していないのか。まあどっちでもいいや。
2人して霊廟を離れると、やがて女が振り向いた。笑みを張りつかせようとしているが、それ以上に感情の動きがそれを阻害しているようだった。
「……まー私もさ、戦士としては自信あるよ? でもレンジャーやアサシンみたいな尾行とかはあんまり自信無い」
「だろうね。気付かなかったんだろ?」
「―――でもさぁ、流石にそこまで言われると腹立つんだよねぇ。そのまんま暗殺しようとしなかった事、後悔させてやるよ!」
さいですか。
◆
マキナとクレマンティーヌが去った霊廟前では、モモンとハゲもといカジット率いる一団が睨み合いを続けていた。
否、そう感じているのはカジット達だけであったが。
「マキナさんももう少し慎重に動いてくれないかなぁ……ああ、所で聞きたいんだが、これだけの数のアンデッドを召喚した方法は何だ? <死者の軍勢>のようだが、何かしらのアイテムでも使っているのか?」
「フン、流石に魔法詠唱者なら解るか。如何にも、これぞ至高のアーティファクト! 負のエネルギーを蓄える死の宝珠の力よ!」
やはりか、という呟きをモモンが零す。その余裕たっぷりの態度も今の内だ、とカジットは笑みを堪えるので精一杯だった。
カジットの手札は彼の知る限り最強の対魔法詠唱者用戦力。目の前の覆面男がここまで来た手段や仲間の有無は気になったが、彼の目的からすれば大した事はない。
「死の宝珠、という名前からしてアンデッドに関する魔法の補助や効果の拡大が可能なアイテムか? 負のエネルギーが蓄えられるなら万が一の時の回復にも……」
「何をゴチャゴチャ言っている! 折角だ、絶望を味わいながら死なせてやろう!」
カジットが指令を下すと、空から巨大な影が降って来る。そのシルエットは竜。無数の人骨で造られたスケリトルドラゴンと呼ばれるモンスターである。
「ああ、このタイミングで出すのか? まあ演出としては悪くないか……こういうのはマキナさんの方が得意なんだよな。冒険者として名声を得るならそういった事も色々と勉強しないと……」
「フン、このスケリトルドラゴンを前にしてその態度とは、貴様にとって恐ろしい特性を持っている事を知らんようだな!
ならば教えてやろう! このモンスターは魔法に絶対の耐性を持っているのだ! 解るか? 魔法詠唱者である貴様に勝ち目はないのだ!」
「……何だって?」
考えを纏めるようにブツブツと呟いていたモモンだったが、カジットの言葉に反応する。その声色にはどうしようもない呆れが混ざっていた。
「ああ、絶望のあまり現実を認識できなかったか? ならもう一度言ってやる。魔法に対する絶対の耐性を持っているのだ、このスケリトルドラゴンはな!」
「いやまあ、耐性の事なら知ってるが……情報が伝わってないのか? まあwikiもない環境じゃなぁ……」
「……やれ! スケリトルドラゴン! ヤツを踏み潰せ!」
カジットの指示に従い、スケリトルドラゴンは骨の体を軋ませる。振り上げた腕はモモン目掛けて唸り、
「邪魔だ」
いとも容易く振り払われた。
「なっ!? ば、馬鹿な!」
「この程度で驚くなよ。体格に見合ったパワーはあるがレベルは16程度のモンスターだぞ? 多少強化はされているようだが、驚くような事でも無い」
「―――そ、そうか! 貴様、そんな格好をしておいて戦士だな! それもミスリル……いやオリハルコンクラスの冒険者か!」
「いや、ご覧の通りの銅クラス。見ての通りの魔法詠唱者だ。まあ、冒険者になって五日も経ってないがな」
軽く肩を竦めるモモンに対し、カジットは混乱していた。相対している敵の言葉を信じる訳では無いが、仮にそうだとしたらという思考は止まらない。
しかし、彼の中に根付いた常識がそれらを全て遮断した。そして同時に全力を出す必要があるとも結論付ける。
「お前達、スケリトルドラゴンの回復と強化だ! 早くしろ!」
「は、はい! <負の光線>!」
「<鎧強化>!」
「<下級筋力増大>!」
「そして見よ! 死の宝珠の力を!」
カジットは自分の弟子達にスケリトルドラゴンへの補助を任せ、自身は死の宝珠を使って2体目のスケリトルドラゴンを召喚する。
自分の中の冷静な部分は何を馬鹿な事をと後悔しているが、彼は自分自身でも解らない恐れを目の前の冒険者に感じていた。
「ほう! 流石にエネルギーは空になったようだが2体目を召喚できるのか! ―――なら、そろそろ戦闘開始と行こうか。<飛行>」
モモンは召喚されるなり襲い掛かって来たスケリトルドラゴンを躱し、カジット達を見下ろすように空中で停止した。
「成程、確かに一端の魔法詠唱者のようだ。ここに来れたのも頷ける―――が、魔法詠唱者である以上、魔法に絶対の耐性を持つスケリトルドラゴンに勝てはしない! それも2体もいるのだからな!」
「……ああ、戦闘は間違いだな。教育開始だ。まず一つ、スケリトルドラゴンの魔法耐性は第六位階までだ。つまり、」
<破裂>とモモンが詠唱を行う。その瞬間、後から現れたスケリトルドラゴンは手足の先の僅かな部分を除いて爆発四散した。サヨナラ!
「第七位階以上の魔法で攻撃すれば何も問題は無い訳だな。因みに今のは第八位階の<破裂>という魔法だ」
「……は?」
カジットの脳内にあった言葉は1つ。「信じられない」である。あまりの衝撃に脳が言葉を理解するのを拒んだのだ。
その茫然自失っぷりは凄まじく、猛スピードで飛んできた骨の欠片が彼や弟子に突き刺さっているにも関わらず、その事にすら気が付いていない。
「それだけじゃないぞ? 強化によって位階を上げれば下位魔法でも突破は可能だ。<魔法位階上昇化・火球>」
ぽい、と放られた火球をカジットは呆然と眺める。そして脳がようやく体の痛みを認知して表情を歪めた瞬間、彼の全ては炎に包まれた。
位階の上がったモモンの火球はスケリトルドラゴンに当たったにもかかわらず、カジットや弟子を全員飲み込んでしまう威力を持っていたのだった。
「……しまった、やり過ぎたな。<魔法の矢>で充分だったか」
いっけね、と誰が見ている訳でも無いのにおどけるモモンであった。
◆
「……何なの? アンタ」
幾度目かの攻防を終え、女―――クレマンティーヌが話し掛けてくる。その表情に余裕は一切なく、見えるのは苛立ちと疑問だけであった。
「何、と言われてもな。ご覧の通りの銅級冒険者だけど?」
「ふっざけんなよテメェ! 確かに技量自体は私には及ばねぇが、それでも銅だと? 何だ、組合の連中は全員目玉腐ってんのか?」
「おや、それは褒められたって事で良いのか? まあ種明かしをすれば冒険者になったのは……四日前? まあ一週間経ってないんだよ」
「あぁ!? チッ……どこぞの道場で修行でもしてたってのか?」
クレマンティーヌは苛立ちのままにスティレットを振るう。それもそうだろう。明らかに格下の技量しか持ってない筈の俺に一発も有効打が決められないのだから。
「ご想像にお任せするよ。で、どう? 圧倒的な反応速度で暴力的に捻じ伏せられる感覚は。スピードが自慢みたいだけど、それを上回る存在を目にした感想は? 股座がビショビショにならないか?」
「黙れよ変態。確かにテメェは早い、だがそれだけだ。現に武技の一つも使っていない私に攻撃は出来ていない」
「まあね。下手に攻撃したらこっちは一撃貰っちゃいそうだし、いやー困った困った」
「ふざけやがって……!」
ギリ、とクレマンティーヌは歯を噛み締める。人をおちょくるような言動が得意みたいだからそれに合わせただけだが、一体何がそんなに苛立つというのか。
「―――まあ良い。次で終わらせてやる」
「ほう? 良いだろう、胸を貸してあげようか。ああ、借りるまでも無く立派な物を持ってたな。これは失礼」
「チッ!」
四肢を地につけ、頭を限界まで下げた格好でクレマンティーヌが舌打ちをする。全く、何をそんなに怯えてるんだか。
そして再び突っ込んできたのに対し、俺は腕を振るう。今までの軽い交錯とは違い、間違いなくカウンターになる一撃だったが宣言通りに今までとは違うのだろう。
何せ、俺の一撃を受ければひとたまりも無いであろうスティレットで攻撃を完璧に受け止めたからだ。
クレマンティーヌは引き攣った笑みを浮かべ、俺の左肩と胸の中間辺りにスティレットを突き立てる。
しかし、それは不発に終わった。慌ててバックステップでクレマンティーヌが距離を取る。
「……何、だと?」
「ハッハッハ、革鎧にも見えない服にご自慢のイチモツが通用しないのがそんなに驚きかい? 中々良い顔してるぜ?」
「ざっけんな! ……そうか、限界まで刺突耐性をプラスして、それにその堅い感触。下に大分着こんでやがるな?」
「口調が大分崩れてるねぇ……まあ想像はご自由に。それと俺の攻撃を防いだのは武技だね? 衝撃もノックバックも無効化とは、中々恐れ入るな」
武技も使った一撃が通用せず、どんどん口調が乱れるクレマンティーヌ。着込むどころか素肌みたいなもんなんだけどねぇ。いや、着てるっちゃ着てるか。
などと考えている間に再び突っ込んでくる。さあ次は何を、と思うと急に意識が加速する。身体の動きが緩慢になる中、クレマンティーヌの動きだけが以前と変わらず、
「あ、俺もできるよそれ」
左手首に浮かんだコンソール型時計に「complete」の一言と共にデジタル式の数字が表れ、俺はその下のボタンを押す。
「ッ!?」
「start up―――いくぜ?」
加速率はこっちの方が上なのか、逆にクレマンティーヌの動きが緩慢になる。そこでまず軽くチョップを入れて防御用らしき武技を解除。
スティレットで突いてきた手首を掴み、軽く捻って体の上下を反転させてやる。その体勢からこっちの顔を狙って来るが、腕を掴みっぱなしなので一度持ち上げて下げると後ろ手に拘束する形になった。
そこでようやく手を離し、背中に足を押し付けて力いっぱい蹴っ飛ばしてやる。あまり離れないように近くの木目掛けて蹴ったので正面から激突したようだ。
「3,2,1……time out」
「ガハァッ―――!?」
スキル<アクセル>。時間系攻撃対策としちゃ下の下の性能だが、他の時間対策と併用する事が可能なのが強みだ。
別にわざわざカウントや掛け声を入れる必要はないのだが、ここは入れないと駄目だろう。できれば銀色に光ったり胸パーツを解放したりしたいのだが、今の装備では出来ない仕様だ。あ、手首のスナップも忘れちゃいけないね。
「おや、前歯が折れたか? ハッハッハ、こりゃ失礼。ああ、でもその方が君の性根によく似合ってるよ」
「ふ、ざけやがってぇ……!」
前歯が折れ、鼻血を噴き出すクレマンティーヌは激昂しているように見えるがそうじゃないな。必死に考えを巡らせている。
スピードを活かしたスティレットによる刺突が武器だが、素の状態でも武技を使ってもこちらの方がスピードは上。膂力も体力もだ。
つまり現状では逃走は不可能、しかし闘争も利口とは言えない。さあ、どうする? 自分の手札で何ができる? と脳内大回転だ。
―――まあ、結局は突っ込んでくるのだが。そのスピードは先程よりも更に早い。能力向上の武技でも使ってるのかな?
「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇぇっ!」
向上した能力をフルに使った、もしかしたら彼女自身の限界を超越した一撃だったかもしれない。それが俺の目を一直線に狙う。
その衝撃を受けて仰け反った俺にもう一撃。スティレットには何らかの魔法が付与されていたのか、俺の体に電流が走り抜けた。これは<電撃>かな?
更にもう一本スティレットがもう片目に刺さり、俺の顔を焼く。ふむ、これは<火球>か。
で、これで終わりだな?
「任意に込めた魔法を出せる武器か……面白いな。銃弾に魔法を籠める事も出来るけど、薬莢も屑鉄になる使い捨てだ。しかしこのスティレットはまだ使える……欲しいな、この技術」
「ば―――か、な……」
必殺の確信を得た一撃がノーダメージだった事に気が付き、遂に心が折れたのかクレマンティーヌは腰砕けに座り込む。
「ああ、悪いね。俺は上位装備攻撃無効化Ⅴ―――遺産級相当以下のアイテム・装備による攻撃を無効化する能力があるんだ。この程度の武器じゃ傷はつかないよ」
とは言え素手での攻撃や魔法には意味が無いスキルだが。ついでに言うと上位魔法吸収Ⅲ――レベル60以下のキャラによる魔法攻撃を吸収して体力を回復する能力――や付与効果無効化――武器や魔法による直接的なダメージ以外の効果(酸の武器腐食や火の火傷、重力の行動阻害等)を無効化する――能力を持ってるからね。今回の攻防じゃどうあがいても一切ダメージは受けないんだよ。
……それでも穴はまだあるけどね。水によるダメージは倍化してるし、雷と酸に対しては更に弱い。付与効果無効化は俺がダメージを喰らわないと無効化できないし……今回はスティレットに魔法を籠めた奴のレベルが低かったから何とかなっただけだ。ユグドラシル時代、特にPVPじゃ死にスキルだったからなー。
「因みに本来このスキルは鎧なんかの装備用で生身には適用されないんだが―――ほら」
「ひぃっ!?」
ガション、と顔面を含めたパーツの幾つかを展開して見せる。その中にあるのは歯車、発条、鋼糸……その他諸々の機械部品だ。
チクタクカリカリと動くそれは俺が笑うのに合わせ、ガシャガシャと鳴る。金属が奏でる不協和音を聞いたクレマンティーヌは怯えの色を強くした。
「ご覧の通り、生身じゃないんでね。良く出来てるだろ、この顔? 自信作なんだ」
「何だよ……何なんだよてめぇはぁっ!?」
「―――神だよ。機械のね」
シャコンと軽い音を立てて背中からサブアームが現れ、クレマンティーヌに<人形化>をかける。抵抗も無効化もできないクレマンティーヌはビクリと体を痙攣させた。色々聞いたら後は詰所に突き出してしまおう。
そういやこのアームの名前なんだっけ? サブアーム16号とかだっけ? 流石にそれだとちょっとな……「人形の人形による人形の為の人形劇」とかどうだろうか?
◆