01 一ノ谷の合戦
あーあ、女の子とアレしたりコレしたりしたいなー。
女子高生といちゃいちゃしたり、女子中学生と仲良くなったりしたいよー! なんて事を妄想しながら黙々と仕事をしてるオレ。俗に言うロリコンで、さらに三十歳の魔法使いのおっさんってカテゴリーの労働者です。
本当のオレはこんなんじゃないんだ! もっと凄く出来る奴なんだ! そんな風に毎日考えているのだけど中々本当のオレにはなれない。
そもそも本当のオレってなんだ……。
毎日-18℃の保冷室で運搬と在庫管理。そんなものを毎日毎日こなしている。
夏でも寒いと言うのに今の季節は冬……。暑いのも嫌いだが寒いのはもっと苦手なんだ。
上四枚の下三枚に加えて防寒着と言う重装備、それに手袋二重。さらに靴下二枚で防寒長靴! このスーパー装備でさえこの広い倉庫には敵わない。
もうさ、寒すぎたり暑すぎたりするのヤメレー! なんて心の中で言いながらまた黙々と作業を再開する。
寒さと戦いながら作業をしていると正面から別のフォークリフトがやってくる。よく見ると上司用の車体だ。
接近してきた上司のフォークリフトがオレの横に並ぶ。
「豊嶋君、明日出荷のB倉庫の札を確認して来てくれないか? 上がり間際で悪いが頼むよー」
豊嶋とはオレの名字の事。氏名にすると豊嶋兼司。なんでも滅んだ平家の生き残りが先祖だと言うけど、本当なのかはよく知らない。
「わかりましたー。確認ですしそれほど時間もかかりませんから」
簡単に出来る内容だね。そのくらいお安い御用だ。
じゃあB倉庫まで行ってきますかー。
もうじき定時だ。これが終わったら寒いからすぐに帰ろうっと。
◇
帰りの電車で今やっているMMOゲームの事なんかをぼけーっと考えながら座っていると、前の駅から乗ってきた中学生くらいの女の子がオレの目の前で吊革に掴まるとケータイをいじりはじめた。
わりと髪の長いその子は、とても小柄で、制服を着てるって言うよりも、制服に着られている感じがして初々しい。一年生かな?
どこの学校かは知らないけど、制服の種類はジャンパースカートって言うやつだと思う。
横目でチラッと見ると、おでこが広くてお目々ぱっちりのロリ顔で凄く可愛いらしい。そのまま下へ視線をずらしていくと胸元はオレ好みの貧乳。更にちょっぴり短めなスカートから伸びてる足は細くてとても綺麗だ……。
ああ、いいなー。
オレにもこんな子が側にいてくれたら人生がもっと楽しくなるだろうに。でもなー、現状では全くそんな女性は近くにいないんだよなー。
そんな事を考えると名前も知らない美少女を目の前にして、至高の眼福感から一気に現在の自分自身の境遇に頭が切り替えられてしまう。
あーあ、どうせダメだったら、いっその事女の子になってみたい! そしていっぱい着飾って男共を弄んでやりたいなー。
あっ、でも着飾るって言ってもケバいのはオレの趣味じゃない。もっと清楚でお淑やかな子みたいに上品な服装がいいな。そうそう、深窓の御令嬢なんていいんじゃないかな。
あと、下着は当然白! 純白が一番だよ! 赤や黒なんて下着は遠慮するさ、オレは白でいい。
…………。
はあ……。何つまらん事を考えてるんだろ。
その後三十分程で自宅近くの駅に辿り着く。その頃にはすでに件の女子中学生は居なくなっていた。
仕方が無い、気を取り直してスーパーまで行ってタイムサービス品の弁当やツマミ、それにビール等を買って帰ろうか。
買い物を終え店からまっすぐ道路に出ると寒さの為か路面が凍結してツルツルしていた。
うわー、こんなに足場が不安定じゃ重い荷物を持って歩くと滑って転びそうだ。転んだら大変だとばかりに一歩一歩踏みしめるようにして歩いて行く。これは時間掛かりそうだわ。
車があれば便利なんだけれど、一人暮らしのアパートで駐車場料金は高いからなー。やっぱり我慢するしかないね。
そんな事を考えながらさほど大きくない交差点の横断歩道を歩いていた時だった。その車は信号で止まろうとしたんだろう。だが、急な気温の低下による路面のアイスバーン化で普段のスピードでは止まれない。
おおおい! 待てって! そのスピードでこっちへ来たらぶつかってしまうぞ。
突っ込んで来る車に慌てたオレは凍った路面で足を滑らせて転んでしまう。
しまった! って思ったのは一瞬だった。目の前には滑って止まらない車が迫り、そしてそのまま車は覆いかぶさるようにしてオレの体を飲み込んでしまった・・・・・・。
「ああ、これはやばいかも・・・・・・」
車の下敷きになったオレは薄れ行く意識の中こんな事を呟いたのだった。
◇
……まどろみの中から覚醒する。周りを見るとここが廃屋だって事が判る。
体中のふしぶしが痛い。さっきまで凄い緊張の連続だったからね。ちらっと小休止を取ったくらいじゃ中々直りません。
しかしまた
こちらの世界に転生? をしてから十七年。何度も前の世界の最期の夢を見たが、この夢を見る時は大体の場合、体に変調が起きているんだ。寝不足だったり、酒を飲み過ぎたり、はたまた風邪で熱がある時なんかだ。あー、女の日にも見たことがあるかもしれない。
体を起こすと先程までの夢の事を考え始めた。
なんとなく漠然と前世の事を覚えてはいたんだ。それで、明確にこちらの世界で意識を覚醒させたのは確か三歳くらいだったと思う。
ああ、オレは別の人生を一回経験しているわー、ってそんな風に意識がはっきりしたんだ。
輪廻転生は本当にあったんだって、もう一度自意識下で人生を堪能出来ると凄く喜びましたよ。日本人でよかったー! 仏教徒でよかったー! って。
たださ、まさか体が女の子になっているなんて考えもしなかったから意識下で反発したんだろうね。それから自分の事は『オレ』って一人称を使うようになったんだ。
でもすぐに家族から酷く何度も怒られまして、一年も使わずにやむなく『私』に……。
まあ、三歳の女の子が『オレ』なんて言いだしたら今のオレですら怒ると思うわ。そんなの可愛くない! ってさ。
おっと、話が昔の話になってしまったね。中々疲れが取れないな。軽装だとしてもこの小柄な体に重い装備を付けて歩きまくったもの、まだまだ体中の筋肉が痛い。前世は重い体でのしのし歩いたものだけど、小柄って大変……いややっぱり重い方が大変だわ。
今回のあの前世の夢を見たのは寝不足と疲れの同時攻撃からだと思う。昨日からずーっと動きっぱなしだったからね。夜に少しだけ眠ったけれど、また空が白み始める前から起こされて作戦スタート。そして現在に至ると。こう言うわけ。
そうオレ達はさっきまで作戦行動中だったんだ。源氏と平家の戦いのハイライトと言える一の谷の合戦の!
だが甘かった。騎馬武者や徒歩がオレ達を探す足音を聞くと、冷や汗をかきながらそう思った。
元々、敵との兵力差は五分。しかもこちらには要害の一の谷があり、負ける要素は全くと言ってなかったはず。
事前に
その考えが。その思いが、今のこの状況を作りだしていたのかもしれない。
一の谷の要害が敵将
敵の搦め手の軍によって本陣である一の谷が陥落してしまっては、この生田の森で敵本隊を防いでいても無意味。
このうえは致仕方なしと、生田の森方面の総大将である
「
オレが難しい顔で聞き耳を立てていると一つ上の
名前を二度呼ぶのは彼女のいつもの癖だ。
「なんですか姉様? 敵から逃れるか。それとも海上へ脱出できるか、良い方法でも見つかりましたか?」
とりあえず、鎧の音を立てないように
森を抜けてここ一帯の廃村まで逃れてきたオレ達の隊は、捨て去られた民家や廃墟に隠れて敵をやり過ごしている。大きな音を立てては敵兵に見つかってしまうのだ。
「
もう一度オレの名前を二度呼ぶと、周りには味方の兵がいるというのにとんでもないことをニコニコとした笑顔とともに言ってきた。
「え? 私ですか?」
最初、オレの聞き違いかと思って素で聞き返してしまった。
だってさ、あまりにも変な事を言うから。
「はい。そうですわよ」
「な、な、なんて事を言うんですか姉様!」
急にそんな事を言われても困る! 恥ずかしさで心の中心がキューっと詰まる。男の頃には経験出来なかったある種の羞恥心が頭の中で大きくなって広がっていく。
味方とは言え知らない人に
野郎めら、凝視していやがったな。
なぜかオレ達姉妹の戦装束は、平成の時代に女の子が着ていたミニ浴衣の上に軽装の大鎧なのです。
オレの着ているのは明るめの緑色のミニ浴衣で可愛らしい楓の柄。経俊姉様は柄は楓とお揃いなのですけど色は深い青色のミニ浴衣です。でも、その上から鎧を装着していますから可愛らしさも半減ですよ。
鎧も付けてるんですから、兜も勿論かぶっています。
五月人形がかぶっている様なカッコイイ綺羅びやかな兜から後ろへ流れているオレの黒くて長い髪は、腰まで届くサラサラヘア。
この光沢を湛えている黒髪ですけど、実はオレの自慢の髪だったりします! エッヘン!
まあ、話を元に戻せば、ミニ浴衣の上に鎧な装束以外にも男性と同じ鎧を付けている猛者もいますし、変わった方の場合は十二単の上に鎧装備とかしている姫公達もいたりします。
お着物と鎧兜も大概なのですけど、さらに不思議なのがブラジャーとパンツ。源平の世になぜブラジャーとパンツがあるのか何度も時代考証さんを問い詰めたのですけど、時代考証さんはいつも両手を上げて降参してしまう。
もっともオレだって
その後も民家の内側からじっと身構えてあたりの気配を伺っていたのですが、そのうち郎党の一人の足元が音を立てて崩れてしまう。
古びた板場は重さに耐えられなかったのです。
その音に気付いた瞬間。瞬く間に三十名程の敵兵がオレ達の隠れていた半壊した民家へと向ってきた。
「
「そうよ。ここはわしらに任せて隙をついて海上にいる本隊へと撤退するのだ。よいな!」
最後の力を振り絞った
「お、叔父上……」
それ以上言葉をつづけることができなくなったオレの頭に手をのせてやさしく撫でる
二人の叔父はともに頷くと民家より出で口上を叫ぶ。
「我こそは
「同じく、
あとにつづく十一名の郎党も口々に何かを叫ぶと敵兵に向かって斬りかかって行った。
激戦の末、叔父上達を倒した敵兵達は案の定こちらに向かってきた。その表情は次の敵を見つけて血祭りにあげるつもりである事がありありと伺える。
もう、こうなっては逃げるのも隠れるのも無理だ。オレの大好きな
「姉様。怖くないですか? 私は…、私はとても怖い…。あの男達に体を蹂躙されるのは耐えられない」
元々小心者なオレはこの状況の中、すがってはいけない人に助けを求めてしまっていた。