第29話
春も盛りのぽかぽか陽気。四月にもなるととても暖かくなって気分までうきうきしてきますね。
今日はいつもの侍女と一緒に越後屋に来ています。越後屋って言うのは、去年の師走に梶川くんとデートで寄った国府の街中にある呉服の
最近は利用する事も多くなったので、箔を付けてあげる為に『越後国府御用達』の看板をあげたのですよ。そしたらとても喜んでくれて、次の日からは店の正面の一番見栄えのする場所へ貼り付けてくれました。
まあ、そうする事で店の家格も上がるだろうから越後屋の方も打算はあるんでしょうけれど、それはそれ。あげた方からするとそこまでやってくれるのはやっぱり気分が良い物で、それから何度も利用しているとこう言ったわけです。
それで今日も越後屋に来たのでした。
店の中に入ると少しばかり主人と歓談をして、いつもの様に店の中を回るのですけど店の中はとても大きい。色々な反物や衣紋掛けに掛かっている煌びやかなお着物を見て回るのも眼の肥やしになってとても気分が高揚してきます。でもさ、ちょいと広すぎて全部に眼を通すのは骨なんですよね。
それでも侍女とふたりで店中を回りながら良さそうな反物を見繕ってはいくつか買います。
年末に発破を掛けたからなのか店の品揃えもだいぶ特上品が並ぶようになりました。だから見て回っているとあれもこれも欲しい! なんて事になってしまいます。
でもね、お金ならいっぱいあるからこの店の物を全部だって買う事は出来るけど、それやっちゃうとバカ殿ならぬ、バカ姫になっちゃうから我慢をするのです。
さーてと、それなりの量は買いました。でもね、今回ここへ来た理由は別にありまして、本当はオレが前から考えていたお着物を特注で仕立ててもらいに来たんですよ。
早速、立ち話もなんなので客間に上がらせてもらい用件を単刀直入に伝えてみました。
「越後屋さん。じつはお着物を新調したいのですけどいかがでしょうか?」
「はい。介様にはいつもご贔屓にさせていただいております。何でも言ってください」
越後屋の主人は殊勝な趣で言葉を紡ぎ出す。
一応は
少し小太りだけどわりと感じの良いオッサンですね。オレも前々世はあんな感じだったんじゃないかなー。
「そうですか。ではこの生地を使って可愛いお着物を仕立ててもらいたいのです」
そう言うと先程買ったばかりの二枚の生地を越後屋主人の目の前に置いた。
一枚は触り心地がすべすべした白い生地。
もう一枚は黒をベースにした赤や黄色のチェック柄の生地。
どちらもとても高級な生地だ。
「流石は
「はい。まずはこの白い生地でお着物をお願いしたい。そうですねー、裾は短めで腰辺りまでにして欲しい」
「そ、それは大胆で御座いますね。しかしそんなに短くしては下着が見えてしまいます。もう少し長めにしてはいかがです?」
「あー、そうですねー。なんと言いますか。そう、この白地のお着物だけで人前に出るわけではありませんよ。まあ詳細はこの紙に絵を書き起こしておきましたので、これを参考にして頂きたい」
そう言って、一枚の絵図を手渡す。
「ふむふむ。これは中々……」
越後屋が絵図を見ている間にもう一枚のチェック柄の生地を手に取る。
いいねー。この生地は。自分でも可愛らしい生地だなーと思う。これをスカート調に、先程の白地の生地をブラウス調にして、女子高生の制服みたいにしてみようとこう言うわけ。
まあ、腰周りには帯を付けざるを得ないから少し変になるかもしれないけど、まあ、実験ですからやってみるにしくはないのです。
「こちらの生地でその見えてる部分を隠すのですよ」
「なるほど。絵図を見てはっきりと判りました。二枚を対にして着られると言うわけですか。これは御見それいたしました。その発想は私にはありませんでした」
「はい。判っていただけてとてもありがたい。色々と説明する手間が省けたと言うものです。それでこの二枚目の生地ですけど裾は大胆に短くして欲しいのです」
オレはそう主人に言うと太ももの中間くらいのところを手でチョップして見せた。このくらいの短さだよってジェスチャーにはなったと思う。
「そこまで短くしては下着は見えなくても足が丸見えですがよろしいのですか?」
自分を褒めるのはアレだけど、やっぱりこんなに可愛らしい子ならさ、足を見せびらかさなきゃいけない気がするからね。特に梶川くんや梶川くんに。
「はい。望むところです」
「そうですか……。介様がよいのなら私はかまいませんが……」
「あとはこの生地にギザギザの折り目を付けて、それを重ね合わせて欲しいのですけど出来ます?」
「ええ、それは問題ありません。全て私にお任せください」
「それでは越後屋さん。楽しみに待っていますね」
自信満々に答えた越後屋にオレはにっこりと笑みを返しておいた。笑顔のサービスですよ。
女子の笑顔を嫌がる男の人なんていませんから!
笑顔で立ち上がり部屋を出ると越後屋も照れたような顔をして後ろからついて来ます。最後は本当に心底照れていたね。
うひひ。可愛いって罪だわー。
店の前まで見送りに来た越後屋に笑顔で手を振ると、いつもの侍女を伴って国府に向かうべく歩き始める。そうそう、最近はよほど疲れている時以外は歩くようにしています。
源平合戦のフラグはペキペキとへし折っては来ましたが万が一、戦争になんてなったら最後は体力勝負ですからね。少しでも体を作っておくのは悪い事じゃないのです。
◇
帰り道。さっき頼んだ女子高生の制服風お着物を妄想するとなんだか嬉しくなってくる。
うん。やっぱプリーツスカートだよね。あれを着た女子をオッサンだった頃はよく視姦したからね。男なら凄くそそるはずです。
仕立てあがったら、これを着て鏡を見ながらいけない事をたくさんしようっと! そしてさんざんいけない事をして楽しんだら梶川くんのところへ行って更に色々しよう!
いやー、楽しみだなー。
てくてくと歩いていると周りの貧民達に目が行く。
彼らは家々の軒下や道にある壁などいたる所で力無く背中を付け、虚ろな眼をして座っている。
日がな一日空腹に耐えているんでしょうね。
オレ自身は表に出てする事は無くなったけど、この越後でも都に居た時と同じく週に一度はここらへんで塩雑炊の施しは続けているんだ。
でもなー、全然根本的な解決には至ってないんだよなー。
あの人達の目を見ればそれは一目瞭然。でも、でもだからと言ってやめるわけにはいかない。だってこんな週一の施しでも喜んでくれる人はいるんだもんね。
まあ、こんな事態になったのは八公二民なんて言うバカな税率にしているからです。本当に中越の連中は度し難い。早く如何にかしなければ!
それにさ、オレは思うんだ。この人達に働き口を世話出来たらもっとこの越後国は富むはずなんだけどなー。
だってそれだけ稼げれば活気が増えるじゃない。
ってことは民達の収入も増える。そうすると国が安定して税収が入るから
それで更に人口が増える。税収が増える。
これの繰り返しで、すっげー経済大国の越後国が出来ると思うんだよねー。
それにはまず……あれ?
「姫様! 危ない!」
いつもの侍女の叫び声に我に帰ったオレ。その瞬間、誰かがオレにぶつかって来た。
だけど、あいにくとその突進力はとても弱々しく、この小柄のオレを押し退ける力さえも備わってはいなかったのです。
「お助……け……下さい……」
ぶつかって来たその娘は、オレの右足に両手で絡みつくと眼を合わせて懇願してきたのだ。
何? 何? 何がどうしたの? びっくりしてその娘をまじまじと見てみる。
髪はぼさぼさで、着ている物は元の色が判らなくなるほどに薄汚れてたり破けていたりと、とてもみすぼらしい。
更に肌と言う肌は全て垢やら埃やらで物凄く小汚い。
そんなに汚い娘なのになぜか目鼻立ちははっきりとして整っている。一応美人にはなる素質は持っているのでしょう。歳はオレと同じくらいかな? 背丈はオレよりも少しだけ高そうですが!!
「こ、このお方を誰と心得おるのか!? このお方は……!」
「よい。そう乱暴にするでない」
凄い剣幕のいつもの侍女を抑えると、腰を落としてしゃがんで目線を同じくらいの位置にする。これなら言いやすいでしょう。
「どうしたのですか? 何をそんなに怯えているのです?」
そんな緊急事態だ! って判る程の顔でわざわざオレんところにぶつかってくるなんて尋常な事ではないと思うのですよ。
「わ、私……、じょ……」
「じょ? じょって何ですか?」
この娘さんを怯えさせない様に殊更優しい微笑と共にに聞き返します。
「なあなあ、そこのお嬢ちゃん方よー。悪ーりんだけどよー、その娘っ子を返してくれねーかなー?」
いつの間にかオレ達の周りを取り囲んだ五人のならず者の頭と思しき者が、柄の悪い口調で捲くし立ててきた。
うっ、これは前世のトラウマが蘇りそうになる……。
こ、怖いかもしれない……。
「ああ、俺達ゃ善良な民草なんだけどなー、こいつの親父が悪いやつでよー。あちこちから借金をして返せねーもんだからって俺っちに娘っ子を変わりに差し出したんだよ」
「だからさー、返してくれよ? その娘っ子を。な?」
ガクガクと手先足先を問わず体全体が震えてくる。
喋ろうにも歯がガチガチなるだけで口すら開けられない。
情けない。情けないんだけど、こればっかりは前世の源氏のゴロツキを思い出してしまう為に何も出来なくなる。
「なあ、嬢ちゃんよー。震えてねーで何とか言ったらどうだ? あー?」
「ふーん。この嬢ちゃんは良いところの出みたいだな。着てる物で判らーな。ついでにこいつも
「こっちの嬢ちゃんはこの娘っ子よりもよっぽど高く売れるだろ。面倒だ一緒に連れてって楽しんでから売りに行くか」
え? オレ売られるのか!?
待て待て。オレは平家の姫だぞ。権力者の娘なんだぞ! その辺わかって言ってるのか?
それを言いたいんだけど体は動かず口は開かず、歯がガチガチと鳴るだけ……ど、どうしよう攫われてしまう!?
「じゃあ、ちょっくらこいつらを簀巻きにして担いで……ぐえっ」
「ん? どうした三次……ぐはっ」
ドサドサと効果音を立てながら、あっと言う間に四人ものならず者が倒れ臥した。
そしてその中心ではいつもの侍女が短刀を右手に持ち、凍り付く様な無表情を浮かべて立っていた。そして透き通る様な眼差しでやや下を見つめながら小声で南無阿弥陀仏と何度も唱えている。
も、もしかしたらこの侍女さん、根っからの殺し屋さんだったとか!?
「た、助けてくれ。こ、この娘っ子も返す! 俺は何もいらない。いえ、いりません。だから助けて……」
最後に残った頭らしき男は、腰を抜かして後ずさりながら懸命にいつもの侍女へ命乞いをする。
それに対して侍女はオレに眼で問いかけてくる。『どう致しますか?』と。
ようやく心が安全圏に入ったからか震えも幾分か収まり、思考もまともになってきました。
はあ……。生きた心地がしませんでしたよ。
「では、捕縛して国府へと連行しましょう」
「畏まりました」
いつもの侍女は恭しくオレに礼を取ると、残った一人に峰打ちを食らわせて縛り上げる。
なんとも流れるような作業に見とれてしまった。
いやー、人は見かけによらないもんですねー。
ついでに言うとほかの四人も峰打ちなんだって。南無阿弥陀仏の演出は相手を怯ませる為。中々の演技でオレも騙されてしまいました。
「ありがとうござい……ました……」
「お礼なら姫様へ言ってください。私は姫様をお助けするついでに貴女を助けただけなのですから。感謝するのなら姫様へ」
みすぼらしい娘は侍女にお礼を言ったのだけど、もう足はふらふら、体もふらふらで倒れる寸前の状態。疲労なのかな?
「ありがとうございました……」
それでも最後の力を振り絞ってオレの前まで来ると弱々しい声で感謝の言葉をようやく口から紡ぎ出した。
「いや、気にしないで下さい。私も恥ずかしい事に体が一つも動きませんでしたから。あははー」
なーんて、先程の恥ずかしいオレをネタに、答えを返してみた。
一拍を空けて、娘はそれに答える為に微笑もうとしてついに力尽きて意識を手放し、その場で膝から地面へと倒れた。
おおおい!! 待って! 死ぬなよ! せっかく助けたんだから死ぬんじゃないぞー!
◇
近くにあった一膳飯屋の客席で、先程倒れたみずぼらしい娘がガツガツと飯を口の中に掻き込んでいる。
食の亡者の餓鬼とはこうであると言わんばかりです。
これって絶対に噛んでないですよね。丸呑みですよね。
更に、掻き込みながら喋るのでテーブルの上は食べ散らかした食い物のカスでいっぱいです。この娘、本当に女の子なのか!?
「はい! それでですね。さっきの奴らの言った事はほとんど嘘ですよ。私は親無し子ですからねー」
あ、麦飯のクズがオレの手に付いたよ……。
オレが前々世のままのオッサンだったら『うおおー! 少女の口から出た食べカスがオレの手に付いたー!! ヤッター!』ってなるのかもしれないんですけど、生憎とオレは美少女なのでちょっと……。
「う……それでは、何故追われていたのですか?」
「そりゃあ、あいつらが私の事を手篭めにして女郎屋に売り出すつもりだったから。こりゃあ、こんなところにいつまでもいられないって言うんで隙を見つけて逃げてきたんです。ああ、さっきの『じょ』って言うのは女郎屋のことね」
じつはこの娘。余りの空腹でぶっ倒れただけだったりします。心配かけさせやがって!
一膳飯屋に寄って、汁物と麦飯を注文すると待ってましたとばかりに眼を覚まして、今は麦飯を汁物で腹の中へ流し込んでいるとこう言うわけ。
それで色々と聞いたんだけど名を猫と言うらしい。たぶん渾名なんだろうけどね。オレよりは大きいけど小柄っちゃあ小柄だから、そう言う渾名になったんだろうね。さらに動きが中々素早くその辺も猫と言われる所以なんでしょう。
で、この猫。天涯孤独の身の上らしい。らしいってのは本人も親兄弟がいるのかどうかも判らないって言うんだから仕方が無い。
「猫さん。あんまり急いで食べるとお腹を壊しますよ。よく噛んで。……ああ、その食べ方……。もっと行儀よく……って、ああ、もう!」
オレが何回言っても食べ方から行儀作法までぜんぜん聞きやがらない。
そのくせ本人は……。
「あー、食った食った。満腹だー。助けてくれてありがと。それじゃあご馳走様でしたー」
「あ、待ってください。猫さん。いい働き口があるのですけどいかがですか?」
満腹になったのでそのままどこかへ行こうとする猫を呼び止めます。
まったく、なんて言う自由人なんだこの人は。
一旦はどこかへ行こうとしたのだけど働き口の話が耳に入るとこちらを振り向いて戻ってくる。
「ご飯出る?」
そして猫はニヤニヤしながらこちらの話を聞き始めるのだった。
いつもの侍女……。
ずっと名前が無いのはいつもの侍女さんに悪いなぁ。