よしもり ~平家のお姫様に転生したオッサン~   作:りじゅ

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33 越中

 

 

 

第33話

 

 

 

 案の定、土砂降りの雨が降ってきた。雷交じりの本場物の土砂降りです。

 あちゃー、六月と言えば梅雨の季節だもんなー。雨は降るよなー。

 

 って事で、うちらの一行は現在越中の国府へと向かっております。あまりの雨に『一晩くらい寄せて頂きませんか?』と文章をしたためて使いをやったらOKの返事。

 ですから今は全力で越中国府へと輿を急がせているとこう言うわけ。

 

 まあ、オレは輿の中だから濡れてないんだけど周りの従者や桜川の爺様、それにいつもの侍女がみんな雨に濡れてばちゃばちゃですからね。これは下手すると風邪を引いてしまう。

 それはまずいからって理由なんですが、越中守(えっちゅうのかみ)平盛俊(たいらのもりとし)殿は難なくOKしてくれまして大助かりなんです。

 

 

 

 輿の簾を少し捲って傍らにいる桜川の爺様を呼ぶ。あとどのくらいで着くのか、まるで情報が無いので少し不安なんです。

 

「桜川さん? 越中の国府まであとどのくらいですか?」

 

「はっ。先程領民に尋ねたところ、この道伝いにもう一里半も進めば着くそうで御座います。なーに、小矢部川は渡りましたからの。もうじきでございますわい」

 

「一里半ですか。判りました。ありがとう」

 

 一里半と言えば平成の世で言うところの五キロ……? あれ……六キロだったっけ? 

 ま、まあ、そのくらいです。

 って事はあと半刻くらいで着きますね。

 

 半刻って何分かって? そりゃあ、えーと……一時間くらいだよ! たぶん!

 えっ? 時間じゃなくて何分かって聞いたんだって!?

 いいじゃんそのくらい。一時間だから六十分だよ! もう! 

 

 うーむ、誰と喧嘩してるんだ、オレってば。

 

 

 

 

 

 

「姫様! 国府が見えて参りましたぞ。もうじきです」 

 

 雨が降りしきる中、桜川の爺様が簾越しに伝えてきた。

 

「ありがとう。もうじきですね。みなさん頑張りましょうね!」

 

「ははっ!」

 

「はっ!」

 

「はっ!」

 

「はっ!」

 

 オレが可愛らしく『がんばりましょうね!』なんて言ったら、輿付近にいたみなさんのテンションが上がった気がする。可愛い娘から言われたらそりゃあテンション上がるからね。仕方ないね。

 

 輿を担いでいる人が一番大変だと思うけど頑張ってね! オレはか弱いので従者のみなさんを激励しか出来ませんけど心の中では超感謝していますので!

 

 がんばれー!

 がんばれー!

 がんばれー!

 

 激励が効きすぎたのか? それとも越中国府が見えた事によって士気が上がったのかは判りませんけど、体感できるくらいにスピードが上がりました。

 おおおおおお、すっげー。速っえー!!

 

 でもさ、速いんだけどさ! もう輿の中が震源地みたいに揺れまくりですわ。

 あまりの揺れに、がつんと引き出しの中に入っていたお茶碗が転がる。

 ぐえー、いや、本当にこの揺れはすさまじいんですけど。だって、もう輿の内壁に両手をくっつけて固定しないと座った状態を保てないんだよ! これはちょっとやりすぎ……。

 うわー目が回るー。オレ、このままだと酔っちまうぞー。輿の中で『げー』しちゃうぞー!

 

 

 

 

 

 

 つ、つ、着いた……。やっと着いたよ。

 船酔いならぬ、輿酔いで気分が悪くなる一歩手前で輿はようやく停止しました。

 助かったー。

 

 使いの者が取り次ぐと門が『ぎぎぎー』って開く。

 ようし、やっと一心地つけるぞー。

 

 

 

 輿が地面に下ろされる。ここは屋根付きの駐車場みたいな施設。駐車じゃなくて駐輿ですけどね。

 ちょいと待っていると、オレの履物が目の前で揃えられるのが簾越しに見えた。

 

「簾を上げて下さい」

 

 従者がオレの言葉に反応する様に簾をぐるぐるーって巻き上げます。

 オレが出られる程度に巻き上げが済むと腰をかがめて履物に足を上げる。そしてゆっくりと優雅に輿から降りたのだった。

 ここで『うーん』なんて言って伸びをしてはいけません。はしたないですからね。

 でもね、本当はやりたいんだよ! 背中や首も曲げて『ボキボキ』鳴らしたいんだよ!

 やったら今まで培ってきた評価が音を立てて崩れるから出来ませんけどねー。

 

 それでは一丁、越中国府にお世話になりますかー。

 

 

 

少納言(しょうなごん)殿、ようこそ起こし下された」

 

「これは越中守(えっちゅうのかみ)殿自らお出迎えとは痛み入ります」

 

 玄関まで歩いて行くと、そこには盛俊殿が手を丹田の辺りで合わせて待っていてくれた。

 いやー、国府の長官自らが玄関先まで出迎えてくれるなんて思わなかったからちょっとびっくりした。高待遇で迎えてもらえるとなんだか嬉しいね。

 

「道中雨でたいへんだったでしょう。これ、みなに風呂と食事の用意をして差し上げなさい」

 

「過分の御計らい、ただただ有り難く。恩に着ます」

 

 そうオレが言うと、盛俊殿は傍らで跪いているいつもの侍女と桜川の爺様に視線を移す。

 ああ、紹介もしなくてはね。怪しいヤツじゃないんだよー。

 

「ああ、これなるは郎党の桜川と侍女です」

 

「さようですか。それでは案内致します」

 

 盛俊殿の案内で越中国府の廊下をぺたぺたと歩きます。 

 うーん。盛俊殿の後姿もそそるものがありますねー。青紫色の烏帽子の下から伸びてる長い黒髪がサラサラしていてとっても可愛らしいなー。

 

 あ、そうそう、今着いて行ってるのはオレだけじゃないんですよ。ちゃんと桜川の爺様といつもの侍女も一緒です。

 二人は雨に濡れちゃってますから一応着替えてもらったけどね。それでも風呂も入らずに俺に着いて来てくれてるのは、いくら安全だって言っても見知らぬところにオレを一人にするわけにもいかないからですね。

 

 

 

 しばらく歩くと客間に通された。

 うん。わりと感じのよいお部屋ですねー。部屋から見えるお庭の木々や草花が梅雨の雨にしとしとと濡れています。

 こう言うのが風流ってヤツなのかな。

 

「それではそこへお座りください」

 

「はい。では失礼して。せっかくの好意です。二人も座らせて頂きなさい」

 

「はっ」

 

「私の様な者にまで……。ありがとうございます」

 

 オレはともかく、爺様といつもの侍女は座りにくそうにしていたのでフォローをしてあげます。

 ふたりはオレよりもくたびれているんですからね。座らせてあげましょう。

 

「もうじきお茶が来ると思いますから、楽になさってくださいね」

 

「ありがとうございます」

 

「しかし道中、雨に降られるとは何とも災難で御座いましたね」

 

「はい。梅雨時期ですから。仕方が無いのですけど。事前に予測は出来ても雨宿りをする場所も判らないでは進むしかできませんから」

 

「然り。今日はたぶん降り止まないでしょうから。止むまで逗留して行ってくださいな」

 

 この方、平盛俊殿も平家特有の小柄貧乳体型ですねー。後姿も絵になっていましたが正面から見ると更に盛俊殿の容姿に惹かれてしまう。

 

 お顔は小さく目がくりくりとしてとても可愛らしい。肩くらいまで伸びている艶やかな長い黒髪は光沢が出ていてとても綺麗です。

 着ているお召し物もとても上品で全体的に青紫で統一していますね。

 上から青紫の烏帽子に白地のお着物。それに帯も白ですね。ただちょっと暗い白かな。そしてこれまた鮮やかな青紫色の内掛けですか。

 お着物が白色だから青紫色の内掛けが映えて、更に盛俊殿の優れた容姿が相俟ってなんとも言えない美しさをかもし出しています。

 

 こんなに可愛らしくて華奢な印象を与える盛俊殿なのですが、じつは彼女は凄いんです。

 何が凄いって、軍事平家の一員だけあって陣頭指揮に定評があって、それに加えて滅法腕っ節が強いんですよ。その細腕のどこにそんなパワーがあるのか判りませんけどね。能登にいる教経様と同じ感じかな。

 

「そんなご迷惑ではないのですか?」

 

「何を仰られますか。我ら北陸を守護する同士ではありませんか。遠慮などご無用」

 

「何から何までかたじけない」

 

 ああ、こりゃあ頭が上がらないなー。

 向こうも上位に立つのが目的なのかもしれないけど、こうまで好意を受けては断れませんし。

 それに盛俊殿は昔から嫌いじゃなかったからね。

 

 

 

 

 

 

 お茶を飲みながら庭を眺めて寛いでいると、三十路くらいの大男が部屋に入ってきた。

 あ、盛嗣殿だ。いやー、また更に大きくなって。筋肉が更に付いたんじゃないのかなー?

 

「少納言殿も何度も会っているとは思いますが私の倅で御座います」

 

盛嗣(もろつぐ)でござる。少納言殿お久しぶりですなー」

 

「はい。左衛門大尉(さえもんのだいじょう)殿もお変わりなく」

 

 この盛嗣殿も、母が母なら子も子ですから陣頭指揮から腕っ節の方まで、抜群の猛者なのです。

 越中にこの二人の軍事平家が配属されてるのはやっぱ越後が頼りないからなんだろうなー。

 だってオレだもんなー。そりゃあ、頼りないでしょうよ……。

 オレが越後に配属されたのは政治的な理由。盛俊殿親子が越中に配属されたのは純軍事的な理由から。もう陣容を見れば明らかだもんなー。

 

 話を広げてみれば、『越後のオレ』『越前の資盛様』『若狭の経俊姉様』はまあ、政治的な配置なんだろうね。んで、それじゃあ流石に心許ないから、越中は北陸の壁として『盛俊殿親子』。そして二枚目の壁として『能登の教経様』が配属されてるんだろうねー。

 

 あーあ、(いくさ)はまるっきり判らないもんな。今更ながら悔しいな。源平合戦フラグを折る事にばかり集中して肝心要の戦いの知識を疎かにしちゃったからなー。

 それでも基点となる大きなフラグは『ボキ』って折ったから安心はしてるんだけどね。

 だからと言って何が起きるのかは判らないのが世の常。今度畠山さんに聞いてみるか。

 

 

 

 その後オレ達は風呂や夕餉をご馳走になり、そのまま道中の疲れを癒す為、早めの床に入った。

 雨は晩の内に上がっていた。

 

 

 

 

 

 

「いやー、晴れましたなー」

 

「然り。少納言殿、これなら今日明日中には越後国府に着くでしょう」

 

 朝の涼しい風の中、越中国府の玄関前で盛俊殿のお見送りを受けていた。

 昨日の雨が嘘の様に上がって、今は陽の光が眩しい。

 

「及ばずながら私共から越中国境までの間、十名ほど護衛の兵を付けますので安心してください」

 

「何から何までかたじけない」

 

 盛俊殿の好意には感謝しても仕切れませんわ。

 

 うちの連れてきてる兵が十人と小者が六人。それと桜川の爺様。いつもの侍女。そしてオレ。

 越中国府からの護衛の兵を合わせると、合計で二十九人。それだけ居れば盗賊も襲っては来ないでしょう。返り討ちにあうのがオチだもんね。

 所詮は多勢に無勢。

 盗賊だって死にたくはないでしょうから。

 

「越中守殿。それではまたいずれ」

 

「旅の無事を祈っておりますよ」

 

 こうしてオレ達一行は越中国府を出ました……。出てしまいました……。

 

 

 

 

 

 

「今はどの辺りでしょうかねー?」

 

「そうですなー。今は新川郡の真ん中辺りではないですかの。先程黒部川の渡しを渡りましたからの」

 

 輿から、隣を行く桜川の爺様に尋ねるとそんな答えが返ってきた。

 今は林道ですから陽の光も多くは刺さず少し涼しい。

 しかし、それだったら本当にもうじき国境ですね。今日中には越後へ入れそうです。

 

 まず越後国府へ帰ったら梶川くんに永遠の十二歳になったことを自慢しよう。その後みなさんに一五〇〇〇石取の大名になった事も自慢しちゃおう! 

 そしたらまたみなさんの禄を加増しなきゃ!

 喜んでくれるでしょうね!

 

 今回は畠山さんにも加増しませんとね。二回もハブられたら面白くなっ…………!

 

 

 

 その時、急に輿が揺れたと思ったら地面に投げ出された。

 輿から勢いで投げ出され、顔から泥にダイビング!

 何しとんのじゃ! 主を泥まみれにするとは! げきおこですよ! プンプン!

 

 だってさ、せっかくの白地のお着物の膝の辺りが泥で跡が付いているんですから。

 あっ、内掛けは輿の中だったので羽織っていませんでしたよ。輿の中も暑かったですしね……。

 

 お着物に付いた汚れを気にしながら顔に付いた泥をぬぐって周りを見る。もう、何事ですか!

 

 なんか前の方が騒いでるなー。

 そう思い傍らの人に何が起きてるのかを問い質そうとして絶句してしまった。そこには首に矢が刺さって絶命している人の姿が……。

 

 こ、輿を担いでいた小者の一人の首に矢が刺さってる……。

 なんで!? なんでー!?

 どうして!? どうしてー?

 

「あ、貴方達、これは何がおきてるのですか!?」

 

 そばでおろおろとしている五人の担ぎ手の小者に聞いてみる。

 オレも混乱しているんだけど、こいつらも同じ様に混乱しているみたいだ。

 

「お、オラたちにも何が何やら判らねーんでごぜーやす」

 

「き、き、急に前の山から矢が降り注いだと思ったら、め、目の前の吾作の首に刺さったんでさー」

 

「わしらには見当もつかんです」

 

 小物達が懸命に説明するのだけど、オレにはまだ判らない事がある。なんで前方で越中と越後の護衛の兵や桜川の爺様が見知らぬ兵と戦ってるの??

 

「そうですか。それは判りました。でもなぜうちの護衛の兵達が知らぬ兵と戦っているのですか? どこぞの盗賊には見えないんですけど?」

 

「へえ、その山の麓から一斉に出てきたと思ったらこちらへ向かってきたんでさー。それでわしらの兵達もそれに向かって行ったとこう言ったわけでさ」

 

「わ、判りました。ありがとう」

 

 こ、こうしちゃいられません。指揮を取らなくては……。見るからに向こうの方が数が多い。このお着物では目立ってしまうのでは?

 あー、ダメだ。混乱して何をしていいのか判らない……。

 

 

 

 うがー! 頭を掻き毟る。

 そしてほっぺたを両手でパンパンと強く引っ叩く。

 

「おっしゃーーー!」

 

 自分に気合を入れる為に大きな声をあげます。

 

 周りを確認! 越後兵と越中の兵が一緒に戦っている。ってことは、越中が……少なくても越中国府は敵じゃないのが判った。

 では敵は誰だ? よく目をこらして見てみる。

 うーむ。判らん。だが数は向こうの方が多い。時間が経つにつれて負ける可能性が高くなる!

 それはいかん。ではどうするか? オレは(いくさ)は素人だ。ならこう言う時は知っている者に預けるのが一番!

 

 よし、桜川の爺様を探して彼に指揮を取ってもらおう。目的は決まった。

 えーっと。おお、居た。わりと近くだ。

 

「私はちょいと移動します。貴方達はどこかへ隠れていなさい」

 

 そう言うと爺様の下へと急いだ。

 前世の恐怖で動けないものだと思ったけど、人間切羽詰ると火事場のなんとか力が出るもんだなー。前回は出なかったから強姦されちゃったけどもうコリゴリだ。どうせまた掴まったらまた同じ目に遭わされるんだ。

 だから能動的に動く。生き延びる為に!

 

 

 

「桜川さん!」 

 

「おお、姫様。ここは我らに任せて早くお逃げ下され。敵の狙いは姫様ですぞ」

 

「何を言うのです。私一人で逃げても追いつかれるのが関の山です。ここは敵を撃退。もしくは組織的な撤退が望ましい」

 

 まあ、難しそうですけどね。

 でもなんとか成功させなきゃみんな死んでしまう。

 

「ですから、経験のない私よりも経験豊富な桜川さんに全体の指揮権を渡します」

 

「…………判りました。でも絶対にわしの言う事には従ってくだされよ」

 

「はい!」

 

 むむむと考え込む爺様。

 親父がオレの為に付けてくれた五人の郎党のひとりだもの。いい考えが浮かぶに決まっています!

 

 

 

「ではの、姫様よーく聞いてくだされや。この戦いは奇襲された時点でもうすでに負けております。それを勝ちに持っていくのは無理なのですよ」

 

「えっ、はい……」

 

「ですからの姫様。援軍を頼みに行っては下さりませぬか? 越後国府は無理でも越中国府にならすぐのはず。京の都まで十八日もかけて歩き通した姫様だからの。足には自身があるでござろう? 侍女殿、侍女殿。姫様をよろしく頼むわい」

 

「くっ、承知仕りました。私が姫様をきっと送り届けてごらんにいれます」

 

「え? え? なにそれ? 援軍って? それまでこの戦いが持つわけないじゃないですか? 何を言っているんですか爺様?」

 

 あまりの意味の判らなさに、『爺様』なんて言う一度も言葉に出して言った事のない単語まで飛び出してしまう。

 あれ? もしかしたらオレを逃がす為にわざと言っているのか?

 

「爺様ですか……。わしも長く生き過ぎましたからの。ここいらで殿に対してご恩返しをするのもおつなものですのう」

 

「嫌です! 爺様も一緒に行こう? 援軍を頼みに? な?」

 

「わはは。わしが行ってしまってはここを支えきれなくなるではないですか。それ、はやく援軍をお願いしますぞ」

 

 笑いながら桜川の爺様が言う。

 本当に死ぬ気が無い様に。

 オレが援軍を絶対に連れて来ると信じて疑わないように。

 

「判りました! 必ず援軍を連れて来ますので!それまで頑張って!」

 

「ご武運を!」

 

 いつもの侍女は眼を伏せながら爺様の武運を祈る。そんなもう会えないみたいな言い方はないだろう。

 よし! 急ぎますよ! 絶対に援軍を連れて……涙が出る。

 くっそ! 涙が止まらない。

 

「急ぎますよ! 必ず援軍を連れて参りますから!」

 

「待ってますわい。なあ、皆の衆」

 

 その場を後にしたオレは、最後に振り返るとオレを守備していたみなさんは笑顔で頷くのだった。

 

 

 

 い、急がなきゃ!!

 

 

 

 

 

 

 その後、道なりに越中国府へと急いでいると後ろから追っ手が迫ってきた為、脇にあった名も無い山の中へと逃げ込みました。

 もうすぐ国府だったのに遠回りは時間をロスしてしまう。

 早く連中を巻いかないと!

 

 

 

「おい、こっちにはいないのか?」

 

「いないぞ。早く探し出せ! 急いで小娘を見つけないと越中の国府が騒ぎを聞きつけて押し出してくるんだよ!!」

 

「ここいらに居ないのだったら、もっと上流じゃないのか?」

 

 

 

 山の中……。大勢の人間がオレを探しているのが判る。でも川と滝が近くにあるお蔭で気配が悟られづらい。だから川に程近い薄暗い杉林の奥にある苔生した岩影にいつもの侍女とふたりで身を寄せ合い隠れています。

 掃討戦が始まってるって事はもうすでに爺様達は……。くそ! ごめんな爺様……。前世に続いてまたしても身近な人間を守れなかった……。

 

「急げ! 急げ! 時間が無いぞ!」

 

「火でも放って燻り出すか?」

 

「ばか。そんな事すれば越中国府の連中にバレるだろうが」

 

 隠れていても聞こえてくる敵兵の怒鳴り声がオレの心を締め付ける。

 物凄く怖い。掴まった時の情景を考えると体中がガタガタと小刻みに震えるし、更には鳥肌まで立ってくる。前世の最期の事があるから、また同じ目に遭わせられるのかと思うと気が気ではいられないんだ。

 

 もう無理やり犯されるのは嫌だ。それならいっそ掴まった瞬間に懐の短刀で首を突いて……なんて思うんだけど自殺も怖くて出来ない。オレの頭の中では解決できない事が堂々巡りで恐怖だけが大きくなっていった。

 

 でも、梶川くんを連れてこなくてよかった。彼をこんな意味不明な事体に巻き込んで死なせてしまったらオレは死んでも死にきれないもんな。

 

 

 

 

 

 

 隠れ始めてから幾分か時が経ちました。とにかく見つからないようにしなくては。

 守れなかったのに、更に逃がしてくれた爺様の思いを無にする事は出来ないのですから。オレが見つかったら爺様に申し訳が立たない。

 連中の言うとおり時間が経てば騒ぎを聞きつけた盛俊殿が出てくるだろう。場所も国府からそれほど離れていない場所ですし。

 だからここを動くのは自殺行為。息を殺して気配を絶つんだ。 

 ただ問題はこの格好だよな。いつもの侍女のお着物は地味目な深緑ですからいいけど、オレのこの明るい白地のお着物は目立ちすぎる。もっと地味なヤツを着れば良かったと今更ながら後悔してます。

 

 あーあ、早く諦めてどっかへ消えてしまわないかなー。

 

 

 

「おおお! 見つけたぞ!」

 

 何処からとも無くそんな声が聞こえてきた。

 えっ!? その言葉に反射的に逃げ出そうとして動いてしまった。そしてその動いた先を少し遠いが敵兵に見られてしまった。

 

「よーし、本当に見つけたぞ」

 

「逃がすな!」

 

「ばーか。騙されていやがる」

 

 

 

 くそ!!! 間抜けだった! 敵に騙された!!

 

「姫様、川に向かって走って! 急いで! 早く! もっと早く!」

 

「う、うん!」

 

「早く! 急いで!!」

 

 いつもの侍女がすごい剣幕で怒鳴る。生死の境です。

 これは生存本能から出た生の言葉なんでしょう。

 うう、梶川くん助けてよ! 山道を上へ上へと走りながら先程とは逆の考えが頭をよぎる。矛盾ってこう言う事を言うんだな。

 

 

 

 

 

 

 林を抜けると右下が崖になっていてその下を川が流れている。

 流れが早い。これは落ちたら助かりそうも無いな……。

 

「姫様! こっちです。急いで!」

 

「はい!」

 

 川の上流特有な滑らかな大きな石がごろごろと転がっている山道をひたすら登る。

 こんな山奥で見つかってしまっては、敵を再び巻いてしまうくらいしか選択肢が無い。

 だって麓へ行ける訳じゃないし、川があるから右方向へは進めない。左と下からは敵兵が迫る。これはもう上へ上へと登るしかないんだ。 

 

「て、敵との……ハアハア。敵との距離はどのくらい開きましたか……ハアハア」

 

「まだです。執拗に迫ってきています」

 

「そ、そうですか……ハアハア」

 

 くそ! なんでオレがこんな目に! だいたいなんで狙われてるんだ? ってか、誰に狙われてるんだよ?

 今回の出来事は判らない事だらけだ。

 狙われる理由が見つからないんだけど!!

 疲れと混乱と悔しさと……色んな要素が絡まって、今はまるで考えが纏まらない。

 

 

 

 と、その時だった。

 何かがオレに迫ってきたのが見えた。

 それが何なのかは認識できなかったんだけど本能的に察知したんだ。

 でも、それが何かを確かめる前にその何かはオレの左脇腹に吸い込まれるように突き刺さった。

 

 痛みが走る。

 

「ぐっうう! なんだ? これ? なんだこれ?」

 

 背の方から脇腹を貫通するように何かが突き刺さっていた。

 矢じゃないか……。

 

 脇腹から出てる血が、白地のお着物を真っ赤に変えていく。脇腹を手で押さえても血が止まる気配は無い。

 な、なんでこんなに血が出てるんだ? 

 

「あれ? あれ? おかしいなぁ、血が出てきてるんだけど? ほら見て?」

 

 真っ赤になっているお着物で混乱しているオレは血をいつもの侍女へ見せようとして、べっとりと血が付いた左手の手の平を前に突き出した。

 なんで血の付いた手の平を見せようとするのか? 意味判んないよなー。 オレも判らん。

 

「ね? 血が出てるでしょ? こんなに血が体から出ちゃったら死んじゃいそ……ごふっ」

 

 オレの姿を凝視しながら立ち尽くしているいつもの侍女。そんな青くなった顔の彼女に同意を促すように淡々とオレは言う。

 そしたら口からも赤い血が出てきたんだ。

 もう痛みも無いんだけど、これってどうなってるんだろうな?

 

「ひ、ひ、姫様ーーー!!」

 

 ここでようやくいつもの侍女が叫び声をあげた。

 

 そんな彼女の切羽詰った顔を見るととてもこっちを心配している様。

 うう、そんな顔しないでくれよ。まるでオレが死ぬみたいじゃないか。……えっと、もしかしたら、もしかしたらそこまでオレの状態って悪いのか……? ああ、そう言えばオレの好きな銀河の英雄のアニメキャラも飛び道具で体を貫かれ出血多量で死んでいたなー。 

 ならこれは言わないと……。

 

「こ、こんなに……」

 

 うう、たった一言を言うだけの力が出ないなぁ。

 

「こ、こんなに血が出たら体は軽くなってるはずなのに……なんで、こんなに体が重いん……だ」

 

 あはっ、言えた。

 

 

 

 

 

 

「よし、やったぜ。これでどうだ?」

 

「よくやった。あとで褒美を取らすぞ」

 

 敵兵の声が遠くから聞こえてきた。

 ああ、狙撃かー。連中も頭いいなー。

 血の気の無い顔をしているであろうオレはそんな事を思った。

 そして感覚の無くなった足を動かす。たぶん無意識にまだ敵から逃げようとしているんだろう。

 

 でも、ここが終着点だったみたい。

 意識を半分以上失い、もう目の前すら見えていないオレはそのまま足を踏み外し崖から川へと落ちていった……。

 

 

 

 『よし! 帰ったら、梶川くんに永遠の十二歳になった事を自慢しよう』

 『そしてみんなにも禄が一五〇〇〇石になった事を伝えなきゃ』

 

 みんな……喜んでくれる……かな……。

 

 もうすぐ帰……る……から……ね……。

 

 

 

 

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