よしもり ~平家のお姫様に転生したオッサン~   作:りじゅ

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34 黒幕 ●紀友親視点

 

 

 

 

第34話

 

 

 

 

 夜。

 

 策を授けた後は、座して待つのが性に会っているのですけど今宵だけはそうも言っていられません。

 今回の策はいつもとはだいぶ違いますから。私の大いなる野望の為、危険を冒してまでも考えた策なのです。

 この策が成らなかった場合、私は生きては行けぬでしょうし、一族郎党にまで難が及ぶと思います。

 

 それにこの企みが都に露見したならば、たぶん……いえ間違いなく平家を敵に回してしまうでしょう。

 そのくらいの覚悟がいる策……。

 

 自分の部屋から見える月明かりが目に入る。その月明かりの美しさでさえ私の今の逸る心を溶かしつくす事は出来ない。

 座布団に座りながら本立ての本を一枚捲る。流石に月明かりだけでは本の文字が見えない為、傍らには蝋燭を一本点けている。

 

 その蝋燭の火がが『ひゅー』っと言う風の音で横に揺れた。そうすると目の前にどこからとも無く草の者が現れたのだ。

 私はその者の目を凝視し、我が策の成否を問い質す。 

 

「首尾は?」 

 

「……上々にて、護衛の兵は片付けたとの由。只今追っ手を遣わせてござる」

 

「ふん。まだ仕留められぬと申すのですか?」

 

「……山に逃げ込んだ故、いささか時が掛かっているだけでござる」

 

 何を悠長な事を言っているのか、この男は! あまりにも暢気な返答に気が気でない私の口調もいささか強く激しくなる。事の成否は我が身の浮沈、更に言えば生死にまで関わってくるのだから。

 

「その方。都でうつつを抜かしている姫公達を仕留める事など赤子の手を捻るよりも楽じゃなどと大言を吐きおったが、未だに小娘一人を仕留められぬとは伊賀の名が泣くぞ?」

 

 ギロリと目の前の男をひと睨みしておく。

 この策が成るも成らぬもあの娘の生死に掛かっていると言うのに、目の前の伊賀者はその様な事は何処吹く風……。

 その態度を見ているとこちらもイライラが前面に出てしまう。

 

「……権介(ごんのすけ)殿。まずは落ち着かれよ。まだ第一の報。これより何度も報告が届きます故」

 

「わ、判っております!」

 

 今となっては詮無き事ですが、こんな事になるのならもっと早くに始末しておくべきでしたか。

 あの小娘、供もわずかしか連れずに市井へ行くほど無防備なうつけ者。私の後ろ盾がもう少し早く出来ていれば始末する機会などいくらでもあったと言いますのに……。

 

 

 

紀権介(きのごんのすけ)殿。伊賀者の申す事ももっともじゃ。そこもとがどっしりと構えてなくては成る物も成りませぬぞ」

 

「あ、いえ、これはお見苦しいところを」

 

 この部屋のもう一人の人物が、嫌味なのか苦言を呈しているのか判断の付かない物言いをする。その言い方に少しだけムッとしたのですけど、この人物には逆らえない。

 この人物こそが私の後ろ盾になっているのですから……。

 

「なんの、権介(ごんのすけ)殿ほどの美女が慌てふためく姿も色気があってよいものじゃなー。いや、良い物を見させてもろうたわい。あっはっはっはっ」

 

「その様な……。世辞を申しても私は……」

 

「世辞ではござらん。良い物には良いと。美女には美女とそう申したまでの事。のう、そこな伊賀者もそう思うであろう?」

 

「……それがしには過ぎたる物言いにて、ご勘弁を……」

 

「あっはっはっはっ、そうかそうか。ほれ! 口では言えぬが伊賀者も目でそうじゃと申しておるわ!」

 

「お戯れを」

 

「まあ、よいわさ。それで権介(ごんのすけ)殿。その平家の小娘を始末さえしてしまえば越後国府はそこもとの言う様に奪取は可能なのだな?」

 

「はい。その通りです。まずは越後より平家追討の火を上げるのです。その後以仁王(もちひとおう)には越後国府より関東へ大号令を掛けて頂ければ伊豆殿や木曽殿もきっと立ち上がってくれるでしょう」

 

「うむ。そうか! あの憎っき平家の奴ばらをどうにか出来ると思うと力がみなぎって来おるわ。散々わしの事を蔑ろにしおって!! ようやく吼えずらをかかせる事が出来るようになるわい」

 

「その通りでございます。以仁王」

 

「うむ。源三位にもわしの実力を見せる事が出来ると言うものじゃ」

 

 源三位(げんざんみ)……。ああ、源三位中将頼政(げんざんみのちゅうじょうよりまさ)様の事ですね。以仁王との間に何があったのかしら?

 

 そもそも以仁王が一ヶ月前に我が屋敷に来たのは私の実家と源三位様が懇意にしていた縁から。

 たぶん先年の鹿ケ谷の折に平家と一悶着があったとかで、王の知行地の城興寺領を没収された事への逆恨みから平家追討を計画されたのでしょう。

 推測ですけど、それを源三位様は諌めたのではないでしょうか? それ故、見返してやろうとこう考えたと……。

 

 私も越後の国府の次官のさらに下で甘んじるのにも嫌気が差していたところですから王と供に一世一代の夢に向かって走るのも良い時期! ここで一旗あげて都で公卿の看板を得るのもそれほど無謀な仕儀ではないはずです。

 

「はい! 以仁王の為この紀友親(きのともちか)。全力で支え奉ります!」

 

 

 

 

 

 

 話す事も無くなって早半刻あまり、伊賀者が何かの気配を感じたらしく月明かりの届いている縁側の方へと歩き出した。

 

「……新たな情報が届いた様でございます」

 

 そう言って、しばらくすると一人の草の者が現れて(くだん)の控えていた伊賀者に耳打ちするのが見えた。

 むっ、遂に討ち果たしましたか!?

 

「……報告申し上げる」

 

「苦しゅうない。とく申せ」

 

「首尾は!? まさか討ちもらしたと言うつもりではあるまいな」

 

 以仁王と私の言葉が重なる。不敬だが今はその様な事を言っている暇が無い。

 

「……今し方の報告によりますれば、例の姫公達を越中の山奥で仕留めたとの由。ただしその後に川へと転落したため、目下捜索中との事」

 

 その報告と同時にパンッと抜ける様な小気味良い音が重なった。

 私と王の持っていた扇子が鳴った音だ。

 

「したやったり!」

 

「おおお、まことか! されば御首級(みしるし)はいつ頃ここへ参る?」

 

 更に私と王の声までもが重なった。今度は持っていた扇子をひざで打ち鳴らす音まで同時と言う珍しさです。

 さてこれで一つ目の釘が抜けました! 私の野望も姿が見えてまいりましたよ。

 少納言様。短い付き合いでしたが成仏してくださいませ。 

 

「王。首実験など私めが致します故。その様な事をしては王の身が穢れてしまいまする」

 

「う、うむ。そうか? ならばそこもとに任せる」

 

「……首うんぬんの話はまだ届いておりませぬ。今しばらくお待ち下され」

 

「そうですか。まだそこまでの情報は無いですか。ですが、小娘を仕留めたのならもうよい。捨て置きなさい」

 

 もう伊賀者には用は無い。アゴで部屋から下がらせる。

 

 ここからは政治です。王と越後国府を取った後の事でも話し合いましょう。

 主の居ない国府など赤子の手を捻る様なもの。すぐに難癖を付けて攻め取りましょう。ああ、そうそう、関東へも以仁王の令旨を届けなくては。

 これから忙しくなりそうですね!

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