第35話
今日も一日中雨みたいだ。梅雨だからなー。
しっかし、こうも降り続くと気分も萎えてくる。なにかいい事でもないかなー。
執務の部屋から見える庭は午後になっても一向に止む気配はない。まるで誰かが泣いているかの様。
そういや、もう一ヶ月以上も
この間、美盛ちゃんから書状が届いたんだ。確か六月の八日だったかな。
それには、今月の三日に出発するので二十日頃には越後へ到着の見込みだとはっきりと書いてあったのだけど、もう二十五日……。
まあ、このくらいの日程のずれならまだ温泉地に寄り道したり、どこぞの国府の挨拶周りで変わる事もあるって国府のみんなが言ってたから大丈夫だとは思うんだけど、やっぱり俺としてはいくらかは心配なんだよなー。
携帯電話なんて言う便利な道具も無いこの時代。通信手段と言えば手紙だからなー。時間が掛かるったらありゃしない。
「あーあ、ケータイがあれば一瞬なんだけどなー」
思わず口から願望が出てしまう。
あわわわ。
「はい? け・い・た・い?
「いやいや、なんでもないよ。ごめん。考え事が口から出てしまったよ」
「そうですか」
酒田妹はそう言うと興味無さそうにまた机に向かって決済の仕事をやり始めた。
危ない危ない……。ふう、しょうがない、俺も仕事しよう……。
◇
「うーん」
あれからずいぶんと時間が経った。でも時間は経っても雨は一向に降り止まない。一昨日の夜は月が見えるくらいに晴れていたのになー。
書類仕事をずっとやってたせいか肩や首の筋が痛い。だからたまには背伸びをしてしまう。
「お疲れですか?」
同じ部屋で仕事をしている酒田姉妹の妹の方が机越しに話しかけてきた。口数はあんまり多くは無いけど別に全然喋らないわけじゃないからね。
この子は俺よりも年上のはずなんだけどまるでそう感じさせないんだよな。やっぱり、小さいからなのかなー?
美盛ちゃん程ではないにしろ、姉妹揃ってとても小柄だ。ロリの多い職場で働けて俺は幸せだよ。うんうん。
「あはは。そうだね。ちょっと肩が凝ってきたから。ずっと書類仕事をしてると体をたまには動かさないと骨や筋肉が固まってしまいそうだよ」
「そう言えばもういい時間ですね。そろそろ休憩しますか? 丁度私もお茶で一息入れたいところだったので」
「あ、いいねー。そうしよう」
「はい。ではしばらくお待ちを。用意をして参ります」
「それくらいは俺がやるよ。
「えーっと? なんですって? よく聞こえませんでしたが年上がどうか致しまして?」
「!! いえ、長成
うう、年上って言ったら目が急に変わった!! 危険を伴う目に変わった!! これは逆らわないようにしなくては……。
ってか、別にいいじゃないか。そんなロリ体型でロリ顔をしてるんだから年上も何もないだろうに。
お茶を用意してくれている酒田妹を見ながら『ロリ少女のくせに!』なんて褒めてるのか貶してるのかよく判らない事を考えて大人しく待つことにした。
「梶川さん、どうぞ」
「あ、はい。ありがとう」
「どう致しまして」
赤毛のボブカットな酒田妹が両の手で湯飲みを持ち、優しく手を添えてお茶を俺に手渡してくれた。
くそっ! 可愛いじゃねーか!
笑顔で手を添えて優しく手渡されると……。うう、最近美盛ちゃんがいないから色々とご無沙汰であらぬ方向へと思考が行ってしまうし、目も胸の辺りに行ってしまう!
これは仕方ない。男の子だから仕方が無いんだ! 自分にこう言い聞かせると更に横目で胸元を見る。
うん。貧乳だな。
真っ白い布地に赤い小さな四角形が少し散りばめられた着物。このエロさをまるで感じさせない作りが逆に清楚すぎてそそるんだよな。瑞々しい若さみたいな清潔感……!
なんて言うか巫女服みたいな感じ? アレも露出部分はものすごく少ないけど萌えるじゃん。あんな感じで清楚すぎるのもクルんだよな。脳みそとかにビンビンと!
そいや、美盛ちゃんも言ってたよな。
『元男だもん。私がそばに居ようが居まいが梶川さんが目移りするくらい判るもん。男は可愛い女子がいればそっちを見る生き物なんです。だから一緒に歩いていても私にバレない様に他の女子を視姦するくらいは許してあげます』
『へえ。流石に美盛ちゃんは男心が判ってらっしゃる』
『うん。でもね、私は女性になってから判った事があるんですよ』
『うん?』
『それはね、男のチラ見は女子にはガン見にしか見えないって事を……』
ガクガクブルブル。
あの時の美盛ちゃんは顔はニコニコしていたけど、殺気が漂ってたよな……。くわばらくわばら。
どうでもいい事を考えながら酒田妹と一緒にゆったりと休憩時間を寛いでいると、いつもの様にわらわらと国府の主だった人たちが集まってきた。
いつも時間を見計らってみんなが集まってくるのもここ最近じゃあ習慣になりつつあるね。
「長成殿。わしらにもお茶の一杯も下さらぬかの」
「はいはい。判っていますって」
休憩用の長い食台の前で赤橋さん、酒田の姉の方、それに郎党筆頭の神田先生が『よっこいせ』などと言って座る。これもいつもの事。珍しくも何ともない。
そしてそれに酒田妹が答えてお茶を人数分用意するのもこれまたいつもの事。平和だねー。
「
酒田妹が人数分用意してきてくれた小麦粉を揚げたみたいなお菓子に、蜂蜜の様な汁。まわりを見てるとみんな美味しいって言いながら食べている。
特に酒田姉なんかは一番目を輝かせて食べている。
「越後に来てからはとんとご無沙汰でしたけど、久しぶりに食べると……うん。甘くて美味しいです」
それじゃあ俺も一つ頂こうかな。まあ、美味しいんだろうけど現代菓子に慣れている俺には……うっ、甘くて中々美味い。うぬぬ、恐るべし平安時代!
「普段この唐菓子は都でしか頂く事のできない上級品。此度なぜ手に入れられたかと言うと」
「ふむ。なぜですかな?」
酒田妹が得意げに入手ルートを自慢しようとする。郎党筆頭の神田先生もわりと知りたそうだ。美味しいのは間違いなかったけど、そこまでして知りたいものなのか?
「それはですね……」
こんなどうでもいい事を話の種にしながら寛いでいると廊下からドタドタと足音がしてきた。なんだろう?
美盛ちゃんがようやく到着したかな? いや、それならこんな大きな足音ではないはず……、ホントになんだろう?
「よかったー。みなさんお揃いで探す手間がはぶけましたー」
廊下を足音で打ち鳴らしてこの部屋へ来たのは畠山さんところの娘さんの重忠さん。そんなに息を切らせて何かあったのかな? 切羽詰っている感じではないけどちょっと緊張しているみたい。
畠山さん親子は普段国府には詰めずに、割りと近い丘に城館を築いてそこで一帯を守っている。城の名前は奇をてらわずに『畠山城』。まあ、らしいと言えばらしいんだけどもう少しカッコイイ名前とかあるだろうっていつも思ってしまう。もっと、ほら、中二病的な名前がさ。
「
酒田姉が尋ねる。そんなに慌てなくてもって顔をしながら。
「はい。まあ誤報だとは思うのですけど、少納言様が討たれたなどと言う妙な噂が立っているのです。そんな話無いですよね?」
「なんだって?」
そんな話聞いてないぞ! 何かの間違いだろう? そう思いまわりのみんなを見る。
見ると誰もがみんな下を向いている。え? 待てよ。どう言う事だよ!?
「それは私も耳にしました。ただの噂だと思い黙っていましたが……」
下を向いていた酒田妹はバツが悪そうに答える。
「長成ちゃん! それはどう言った噂なんだ! 教えてくれ」
俺は無意識に酒田妹に詰め寄っていた。そして目の前まで行って彼女の肩を掴んだところで我に帰る。あまりの事に気が動転していたんだろう。俺は肩を掴む手を離すと申し訳ないと言って元の場所へ戻った。はあ、我を忘れるってこう言うのを言うんだな。
「わ、私の聞いたところに寄ると越後と越中の国境で激しい戦闘があり、それに巻き込まれたと。でも、これはただの噂ですよ。だからみなさんに変な不安をあたえるのも嫌だったので黙っていましたが……」
俺の目を申し訳無さそうな表情で見る酒田妹。
いや、そんなに申し訳無さそうな顔をしなくても……。
「わしが聞いたのは川に落ちて風邪を召されたと言う噂じゃ」
赤橋さんも噂を聞いていた様だ、全然関係の無い話だったけど川に落ちて風邪を引いたくらいならまだ……。
みんながシーンと静まり返る。
長い沈黙を破り立ち上がったのは酒田姉だった。そして俺達を見回すと一気に言い放つ。
「これほど我々の耳に達していると言う事は、これはどこからかの疑心の計略かもしれません。ですが、あまり騒ぎすぎてもいけません。これらを踏まえて越後国府は警戒態勢を厳とします。畠山城もそのつもりで連絡を欠かさないように。あとは、噂の真相を確かめる為、人を割いてこれに当たらせます。よろしいですか梶川さん?」
「あ、はい。それで行きましょう」
あっけに取られて生返事をしてしまう俺。その返事に対して酒田姉が面白くない様子。
「あのですね、梶川さん。姫様の居ない国府での一番位階が上なのは貴方なのですよ。貴方がしっかりしなくてどうするのですか?」
うぐぐ、ぐうの根も出ない……。でもさ、位階だったらそこに居る重忠さんの方が俺よりも二個も上じゃないか。それに親の
「何か言いたそうですけど梶川さん、貴方を中心に固まらないと地金の通らない鋳型しか出来ないんです。それに姫様がお戻りになられた時、国府が失陥していたなんて事になってたら申し訳がないじゃないですか!」
最後の方は泣きそうな顔になりながら言われしまった。酒田姉にここまで言わせてしまって、まだうじうじしていたら彼女の面目をも損なってしまう。
あー、もう判ったよ! やってやろうじゃあないか! ここで立ち上がらなくては男がすたるってもんだしな。
それにこうまで涙ながらに言われたら断れないじゃないか。
「判った! 俺もどうかしてました。では先程経成ちゃんが言われた通り我が国府は警戒態勢を上げます。宿直を二倍ないし三倍に増やし、動員できる兵はいつでも動けるように準備を開始してください」
「判りましたー! では私は城へ戻って父上と供に戦支度を始めますね!」
そう言うが早いか重忠さんは廊下の板をドタドタと踏み鳴らしながら帰って行った。来た時と同じで忙しい人だなー。
でもさ、あんな細っこい体のどこにあんなパワーがあるんだろうなー。前に美盛ちゃんと行盛ちゃんの話を聞いてたけどあれで日本一の武士らしいんだよな。
でもね、でもまだ戦になるとは決まったわけじゃないから。ひょっこりと美盛ちゃんが今日明日にも帰ってくるかもしれないからね。あまり大げさにはしないでくれよ。
「わしと赤橋は兵の動員と管理をするぞ。よろしいな?」
「わしもですか? 他にも色々やる事はありましょうに」
「なんだお主は嫌なのか?」
「そうではなくて……」
「神田さん。赤橋さんには越中国府に行って噂の出所の情報などを探ってきてもらいます」
「ああ、そうか。それならそれで行こうか。しっかりやるのだぞ赤橋」
神田先生はそう言うと同僚の赤橋さんの背中をバシッとはたく。この二人、割りと仲がいいんだなー。
「わ、私は食料と武具の確保を急ぎ行います! 補給とか兵站ならお任せですよ!」
酒田妹も負けてはいられないと自らのセールスポイントを声高に叫ぶ。へー、酒田妹って補給とかが得意なのか。
「判った。長成ちゃんは補給に専念してくれ。頼むぜ!」
「はい! こう見えても都の
「え? お、おう」
それで補給担当ってのも……いや、前向きに前向きに!
「それじゃあ私は山寺三千坊と阿賀北の方へ事のあらましを書状にしたためて送っておきます」
みんな担当する部署が決まっていく。最後は酒田姉の経成ちゃんだな。この人は軍師として側に居てもらいたいんだけど。
「判った。それでお願いするよ。……ああ、経成ちゃん」
「なんですか?」
「中越の人達にも書状をお願い」
そう俺が言うと酒田姉は人指し指を下唇に持ってきて少し天井を見上げながら考え込む。俺何か気に障る事を言ったか?
「うーん。そうですね…………。梶川さん、それはちょっと待ってみませんか?」
「え? どうして?」
「どうと言う事もないのですけど、少し気になる事がありますので」
「そうか。それなら中越の方への連絡はしばらく待ってみようか」
「意見を汲んで頂きありがとうございます」
酒田姉が頭を下げると赤毛のツインテールがぴょこぴょこ揺れる。うーん。こう言う仕草が可愛らしいんだよなこの双子姉妹は。
「いやー、経成ちゃんの事だから何か
「あー、忘れるところでした。都へはどうします?」
「うーん。都の方はまだいいや。敵……って言うか何が起こっているのかも判らないからね。越中への繋ぎくらいで今は収めて起くよ」
「そうですわね。今はそれくらいにしておきましょう」
よし一応は采配はした。あとはどう言う結果になるかだな。
願望だけど何事も無くすべて丸く収まれば一番いいなー。
「じゃあ、みんな今言った段取りで動いてくれ。あー、最後に一言だけ……。俺の名は梶川勝利だ! 『しょうり』と書いて勝利なんだからな!」
その言葉にみんなは口々に縁起がいい名前だなー、なんて言って褒めてくれた。
こんなネタでみんなの不安を少しでも和らげる事が出来ればいいと思ったけど、割りと受けてくれたみたいで安心したよ。
それもこれも美盛ちゃんがまだここへ到着しないからだぞ。だから早く美盛ちゃん帰ってきてくれよ。俺を含めたみんな心の中じゃあ不安なんだから……。