第37話
ぐるぐるぐるぐる。
体が回りながら真っ白な雲の海を飛んでいるよ。なんでぐるぐる回っているのかは判らない。
だってオレの意思とは無関係で宇宙空間の宇宙飛行士みたいに回りながら前方向に進んでいるんだからどうしようもないんだ。
こんな変な空間にいる理由が思いつかないんだけど……。
うーむ。直前に何か凄く重要な事があった気がする。
あー!思い出せない!
お腹に関係する何かだとは思うんだけどなー。
手でお腹を擦りながらボケーっと考えてた。回りながらな!
◇
まだまだ回りながら進んでいます。
どこまで見回しても周りが白過ぎてどこへ向かっているのかさっぱり判らない。それに時間だってどのくらい経過しているのか全然判らないんだ。もしかすると年単位でぐるぐるやってるのかもしれないし、逆に一秒にも満たないのかもしれない……。
判らない事だらけだ。
◇
だんだん思い出してきましたよ。
オレ、狙われたよな。だから爺様がオレを逃がすために援軍を呼ぶ係にしてくれたんだよな。
その後無事に援軍を呼べたんだっけ?
◇
あー、完全に思い出したわ!
オレ致命傷を受けたんじゃん!
最後まで思い出すと着ていた真っ白で綺麗なお着物が見る見るうちに泥や埃で汚れはじめ、脇腹の辺りは赤黒い血が広がりはじめた。
あーあ、オレってばたぶん死んでるなー。矢の一撃が背中から脇腹を貫通したもん。こんな深手を負って更に高所から川へ転落って事を考えると、客観的に死んでるよな。
うーむ。死ぬにしたってこんな越中の山奥ってのは様にならないなー。それにやり残した事が多すぎてすっげー辛いわー。
そんな事を考えるとオレと係わり合いのある人物の顔がたくさん頭に浮かんでくる。
親父から買って貰った女芯丹。不老にはなったけど不死じゃないから死んじゃったよ。ごめんな親父。
経俊姉様、経正兄上、敦盛、色々心配かけたね。
ごめん。せっかく桜川の爺様が逃がしてくれたのにオレのドジで殺されちゃった。
越後のみんな、これから沢山迷惑をかける事になるだろうけどオレの分まで頑張ってくれよー。
梶川くん……。最期にひと目だけでも会いたかったなー。くっそー、こんな事になるんだったら処女をあげておけばよかったよ。ごめんな梶川くん。また来世でも男女で会えたなら今度は確実にオレの処女をあげるから勘弁してくれ……。でも、男同士で出会ったら肉体関係は簡便だからそこんところはよろしくな。
こんな風に思考の海を漂っていたんだけど、燃費が悪いのかまた意識が薄れていく。オレと言う個人の意識が大きな何かに飲まれていくそんな感じがするんだ。たぶんこのまま意識を閉じるともう戻ってこられないんだなっと根拠も無いのにそれが判った。
ぽかぽかした春の陽気に絆された午後の授業。眠さを我慢するのは至難の業なあの場面みたいな意識の薄れ。抗うのはとてもじゃないけど大変だ。
もうここまで頑張ったんだからいいじゃん。三度目の人生もよく頑張ったよオレ。だからさ、ここらへんで意識を手放して楽になろうかな。
……。くそっ! やっぱり諦められるかよ!
ほっぺたを両の手の平でパンパンと叩いて気合を入れる。
うらー! 眠気の神様よ 来るなら来い! オレは一切を抗って生き延びるんだからな! 待ってろよみんな。
そうだ。こんなところで死んでなんていられないんだ。これからもまだまだやる事がいっぱいあるんだからなー!
………………。
…………。
……。
……意識が少しづつ回復していく。なんだかもうじき朝を迎える様な自然に覚醒する時みたいなそんな懐かしい感覚が体中に広がっていく。
ああ、もうじき起きるなー。昨日は何時に寝たんだっけ……会社に遅れない様に起きなきゃな……。
……目を開けると薄暗い知らない粗末な小屋の中だった。
あれ? 会社は……。ああ、そうかオレは今会社とか関係ないんだったな。どうでもいい事はすぐに頭からどこかへ追いやる。
さて今のこの現状だよなー。今はいつで、ここはどこなんだろう? そしてどういう状況なんだろうか?
追っ手に矢を射掛けられたんだから重傷のはずだよな。そう思い貫通した脇腹に手をやる。
「ん! んぎぎぎーーー!」
痛いなんてもんじゃないぞ!! あまりの激痛に背中を弓なりにしてしまうと、更に背中の傷までが反応して痛みが二倍以上に増す。
はあはあはあ……。死ぬかと思った……。
傷を刺激しないように息を整える。ふーふー。ふーふー。
おお、だいぶ痛みがひいてきたぞ。よく見るとお腹は包帯でぐるぐる巻きになってるし、左足にも包帯がしてある。足の怪我に心当たりは無いけど川へ転落したときにぶつけたのかな?
案の定左足は折れている様で動かす事ができなかった。
うーむ。誰かがここへ運んだのだと思うんだけど誰が運んだのだろう?
追っ手の連中が川から拾い上げてここへ連れてきた? それなら介抱する必要は無いよなー。
なら、近くの領民がここへ連れてきたのだろうか? ないとは言えないけど……。くそっ、頭が朦朧とするな。これは熱があるからじゃないかと思う。あれだけの大怪我と骨が折れるくらいの大惨事だもんな、体の中でばい菌と抗体が戦っているだろうね。
色んなことを考えたりしていると小屋の戸が開く音がして日の光が部屋にわずかに差し込んできた。誰かがここへ来たみたいだ。
「ここです。今姫様は生死の境を彷徨っています……。ですからお静かにお願いします」
「判っておる。偶然そなたに会わなんだらこの様な辺鄙な場所、来る事も無かったであろうに。いやこれが天佑と言う物か」
この声は……。いつもの侍女と赤橋かな?
そうかいつもの侍女に助けてもらったのか……。
「どこぞの追っ手かは存じませぬが、先日までこの辺り一帯を探し回っていたので遥々この様なところまでお連れしたのです」
「ふむふむ。それではひと目姫様を見たらすぐにも越中国府まで行って、事のあらましを伝えて医者を連れてくるでな」
「はい。お願いします。姫様の意識がお戻りになってくだされば私も安心できるのですが……」
ふたりは話しながらこちらへと近づいてくるとオレの左右にどっかりと座った。
そして赤橋が
「姫様。赤橋でござりまする。この度はとんだ目に遭いましたなー。しかしここからはわしも居ますし侍女殿もおります。安心して拙者のお帰りをお待ち下され」
うーむ。なんだか目を開けづらい状況なんだけど。ここはパチっと目を開けてたった今意識が戻った事をアピールするべきか!?
そう考えるとおもむろにズバっと目を開けて見せた。
「!? 姫様? 意識が戻られましたか!?」
「あっ……。ひ、姫様ーー!」
いつもの侍女はオレが眼を開けた事に感極まったのか。オレの頭を両手で抱えて泣きながら抱きしめてくれた。うん。抱きしめてくれるのはいいんだ。
でもね。でも、体を動かされると傷がすっげーーー、痛ってーーーーーんですよ!
「んぎぎぎーー!!!」
「あああ、こ、これは姫様。申し訳ございません!!」
いつもの侍女は慌てて両の手を離しそのまま頭を下ろしてくれた。
「はあはあはあ。いえ、いいのです。私を運んでくれてありがとう。おかげで命が助かりました」
「とんでもございません。下々の者として当然の事をしたまででございます」
オレがにっこりと微笑むといつもの侍女も同じくにっこりとしてくれた。
「ところでなぜ赤橋がここに?」
「はい。姫様不予の噂が我が越後まで届きまして、その詳細を調べる為越中の国府へと赴く途中だったのですが、運良くこの者と出会いまして姫様の事情が判ったのでございます」
「なるほど。それで今は何月何日なのですか? そしてここは何処なのですか?」
「今日は七月二十五日ですぞ。姫様が行方不明になられてからえーっと……」
「赤橋様。姫様が何者かに狙われたのが六月の二十日ですからまる一月でございますよ」
「う、うむ。まる一ヶ月経っておりますぞ姫様」
流石はおっちょこちょいの赤橋です。いつもの様で安心してしまいますよ。
「それとここは越中と越後の国境の名も無い山小屋ですよ。運が良かった言えばこの山小屋は街道からはだいぶ外れていて地元の者ですらめったに足を踏み入れないところだったと言うところでしょうか」
今がいつなのかを赤橋が、場所についてはいつもの侍女が説明してくれた。なるほど街道からも離れた場所だから追っ手もここまでは来なかったとこう言うわけですね。しかし、逆を言えばこんなところまでオレを運んでくれたとは。もう、いつもの侍女さんに足を向けて寝られませんよ。
その後、オレが眠気を訴えたので赤橋は予定通り越中国府へ。いつもの侍女はオレの看病にそれぞれ動き始めたのだった。
その時に聞いたのだけどやっぱり桜川の爺様は戦死したんだって……。いつもの侍女からその話を聞かされながらオレは泣いた。たくさんたくさん泣いた。無くとしゃくりあげるからお腹の傷が痛んだけど構わずに泣いたんだ。爺様の最期がどうだったのかなんてまるで判らない……。でもオレを逃がして役目を果たせたて笑って逝ったんじゃないかなってオレなんかは思う。
これから色々と一緒にやって行こうと思っていた矢先だったのに。桜川の爺様。爺様のおかげでオレは助かったぞ。ありがとな。それと
あー、すぐには行く気はないからまだ呼ばないでくれよ!