第38話
国府内の一番中央にある十二畳ほど普通な部屋。しかし今はこの部屋がこの篭城戦の指揮所になっているんだ。
そしてここには越後国府の主だった人が集まっている。
まず位階が
次に郎党筆頭の神田先生。フルネームだと
そして越後国府の綺麗どころ、双子姉妹のお姉ちゃん酒田姉こと、
この子は修理の館でも頭脳派で鳴らしたらしく、当主の経盛さんの覚えも目出度く経盛さんの『経』の字をもらうくらいに活躍してたんだって。その事もあるから今回は軍師をしてもらってます。大変感謝していますよ!
最後に酒田妹の
この四人が一応は俺達越後国府の指揮官なんです。
しっかし、部屋を見回すと本当に特徴的なメンバーだなーって思うよ。うちの幹部連中は濃いなー。
濃い連中だからなのか、みんな色々な鎧を着けていてバリエーション豊かだなーって感心してしまう。
中でも酒田姉妹の鎧はとても豪勢だ。なんでも女性用の鎧は男性用よりも華やかなんだそうな。鎧の下の着物もだいたいの場合、蒸れない様に短くて露出の多いのを着るらしい。
それにしたって酒田姉妹のはエロいし革新的だ。酒田妹なんてショッキングピンクの大鎧だもんな。目が痛くなりそう。
そんなどうでもいい事を考えながら部屋の周りをうろちょろと歩き回る。なぜうろうろするかは怖いからだ。だって今この瞬間にも国府館の壁際では中越の連中と国府側の兵達が戦っているんだから。
壁と言っても姫路城みたいな白壁じゃなくて、高さ三メートルはある大きな丸太をそのまま地面に突き刺してそれを隙間無く何百本も使って広い国府館を覆ってるんだ。
少し歩いて気が落ち着いた俺は定位置である上座にストンと座ると、傍らで座ってお茶を飲んでいる酒田姉に話しかけた。
「な、なあ経成ちゃん。中越の奴らの総兵力ってどのくらいなんだ?」
国府の一番中央にあるこの部屋で慣れない鎧兜を着けさせられた俺は、戦っている中越勢の発する喚声にブルブルと震えながら戦況に一喜一憂していた。しかし、酒田姉妹や神田先生はまるで落ち着き払った態度でここに座っている。外の喚声が聞こえないんだろうか?
「中越の総石高は一万石ちょっとです。ですから中核となる武者は三百人くらいですね。それに小者や農村からの徴集兵も居るでしょうから全部で千五百から二千はいるんじゃないですか?」
「そ、そうか」
「そんな事よりも梶川さん、朝から凄く緊張してますね。初めての
「あ、ああ、判ってる」
酒田姉にはさっきから似たような事を何度も言われてる。だから気をしっかりと持とうと一時は思うんだ。でも時間が経つと座ってる事が無性に落ち着かなくなって、なぜかまた立ち上がって周りをうろうろと歩き回ってしまう。落ち着きたいんだけど何度もやってしまう悪循環……。
ううむ。かっこ悪いなー。
「梶川さん。確認ですけど我々の基本戦略は判りますか?」
なんだか不安な顔をして聞いてくる酒田姉。そんなに心配させているんだろうか。
でも、それくらいはさっき聞いたから判ってるよ。
「ああ、こちらはこの館で殻の様に篭城して援軍を待つんだろう?」
「その通りです。現行では、兵数はどうしても準備万端だった中越の方に分があるので、私達は支城の畠山城と共に篭って時を稼ぐ事が最良なのです。時さえ稼げれば阿賀北の城殿、山寺三千坊が味方になって駆けつけてくれます。それに赤橋殿も越中国府へと向かっていますから北陸共闘の観点からも援軍が期待できるでしょう。更には他の北陸の国府からの援軍もあるかもしれませんし、事態が大きくなれば六波羅も動いてくれるかもしれません。そうなれば一地方の反乱程度では、最終的には負けることはありません」
「お、おう。要するに守っていれば巨大な援軍が来るってそう言う事だな」
「はい。ですからそんなに緊張せずに自然体でも大丈夫ですよ」
うーむ。
まあ、判っちゃいるんだけど、そうは言っても……ってことだよ。初めての
◇
あの舌戦の夜の後、朝から国府館は執拗に中越勢から攻め込まれている。
もう夕方にもなろうとしているのに全然引く気配が無いから戦を知らない俺なんかはじつはとーってもビビッていたりする。
だってあの喚声だぜ。あんなのを一日中休む間も無く聞いていると鳥肌が立ってくるんだ。『ぞわわわー』ってさ。だからここを囲んでいるあの兵達が壁を越えてここへなだれ込んで来たらなんて思うとまともな神経じゃあいられなくなる。
こんな事を考えながら、立ってうろうろしたり座って考え込んだりと忙しい俺。情けなくなるけど感情じゃどうにもならない。
周りの酒田姉妹や神田先生もそれが判ってるのかあまり文句も言ってこない。そんな事を何度も繰り返していたら報告の兵がドタドタとやってきた。
肩膝をついた兵は一礼して顔を上げると大きな声を張り上げた。しっかし、このやかましさは従来のものなんだろうか?
「申し上げます!」
「苦しゅうない。申せ」
神田先生が代表して答える。そしてみんなもそちら側に体を向けるんだけど、その時カチャカチャと鎧が擦れる音がしてとてもリズミカルだ。この音はなぜか嵌ってしまうんだよなー。聞いてると飽きないって言うか何と言うか。
「はっ! 東側の戦況は一進一退にて未だ勝敗はつきませぬ!」
「判りました。それでは東側へ兵を増強します。百の予備兵を向かわせましょう。指揮は神田殿お願いできますか?」
酒田姉が報告に対してすぐに対処をを言い渡しはじめる。テキパキとした手腕は流石だなーって思う。
「ふむ。心得た。ちょっと行って暴れてくるかの」
「あ、その際旗指物を多く立て、喚声や鬨きの声を上げて士気が高い事を殊更に見せ付ける様にしてください。あと、今は緒戦です。敵が引いたとて門を開けて追い討ちなどは止めてくださいね」
「判っておる。それでは梶川殿、行って参る」
「はい。お気をつけて」
◇
「猫さんありがとう」
「どういたしましてー!」
軍儀の部屋で、人数分のお茶の入れ替えをしてくれた猫さんにお礼を言うと元気一杯に返事をされてしまった。なんだか猫さんがいると戦時じゃなくて日常みたいだなー。
気が良い様に紛れたので気軽に酒田妹へと質問を再開した。
「長成ちゃん。館の備蓄はどのくらいあるのかな?」
「はい。現在国府にある薪や油、食糧は二月分。矢などの武具は全力攻勢三回分はあります。それと水は井戸にたっぷりありますから心配いりません」
今回、赤毛のボブカットの酒田妹は補給関連の仕事をしている。だからこの手の質問をわりとハキハキとした口調で答える。彼女と会った最初の頃は無口で何も喋ってくれなかったのに大した変わり様だ。
俺に対して慣れてきてくれたのかな?
「ありがとう。じゃあ兵達の士気はどの程度かな?」
今の国府の兵は全部で五〇〇。武者だけなら二〇〇と言ったところ。一応は囲んでいる中越の兵とは互角に戦えるだけの戦力はあるようだ。相手の方が数が多いけどこちらには国府館って言う拠点があるからね。でも士気の観点からが判らないから人に尋ねるしか出来ない。
でも酒田妹の方はそこまでは判らないらしく、妹に代わって酒田姉が答える。
「とりあえずは問題ないですが、まだ戦は始まったばかり、この後どうなるかは未知数ですね。あとは我等一番の槍働きの巧者が居ないのが士気の上で少し気になるところです」
「それは誰の事かな?」
俺がそう言うと、赤橋殿の事ですよと酒田妹が教えてくれた。はー、人は見掛けによらないものだなー。あの赤橋さんがそんなに強かったとはね。
感心しながら今度はうちの国府館の能力が知りたくなった。
「経成ちゃん。同じく国府の防御力はどの程度なんですか?」
「国府周りは大木を伐採した大きな丸太で囲んでいますし、梅雨で湿気ているから火も効かないでしょう。空堀は大手前だけで、他は時間が足りなくてそのままです。一応は高い防御力を有していると思いますが東側が改修工事途中でいささか甘いかもしれません」
なるほど。だから東側ばかり狙ってくるのかー。
当たり前の事だね。
しっかしまだ喚声が聞こえるなー。神田先生は大丈夫かな? 耳に聞こえてくる大きな喚声は収まる事を知らない様で一向に終わる気配が無い。もしかすると夜も続くんだろうか?
この後も戦は続いたけど日も陰り外の風景も夜の闇に閉ざされると、流石の敵も東側への攻勢を諦めて陣へと引き返していった。
うーむ。こんなのが毎日続くのかよ……。平成人の俺に耐えられるのか?
◇
緒戦から十日経って七月ももうすでに後半の二十五日。今日も朝から敵が攻め寄せる喚声が聞こえてくる。
あまりにも連日の様に攻撃を加えてくるから、俺達司令部や兵達も疲労も溜まってきてる頃だと思う。だって、風呂に入っている暇も無いんだぜ。いや、あるにはあるんだけどいつ襲ってくるかも判らない中越勢の事を考えるとゆったりと入る気分じゃないんだよな。
しかも兵達の手前もある。俺らばっかり風呂なんて入ってたら面白くないだろうし、それが後半になって士気の大小に関わってきそうで……。だからみんな、行水くらいで妥協してるんだ。
あーあ、風呂入りたい。
「申し上げます!」
報告の兵のけたたましい声に中央にいるみんなの表情が戦場のそれになる。連日のように攻め寄せてくる中越の勢を目の当たりにしているから、別段驚く事じゃないけどやっぱり表情は変わるものだ。
俺もなっているかな?
「うん。言ってくれ」
「はっ! 今日は正面口に兵を配置している模様。正門に援軍を送られたし」
俺が答えると、報告の兵は相対する俺の目を見て大声で話し始める。
別にそんな大きな声を出さなくても……。でもこの人もおっかないからそれを紛らわせる為にわざと大きな声を出してるのかもしれない。
「数は!?」
途中から軍師の酒田姉が数を正す。
戦いは数対数だからやっぱり気になるんだろうね。まあ、俺も気になるし。
「およそ八百!」
あちらもだいぶ兵の消耗が激しいみたいだ。篭城初日は一〇〇〇は居たみたいだから八〇〇が全力だとしたらかなりこちらが有利なんじゃないかな。こっちは国府館があるけど向こうは野陣。環境も悪いだろうしね。
でも、中越の意図が判らないな。あんなにムキになって東側を攻めてたと言うのにどう言う心境の変化なんだろうか?
「こちらの正面口は百ですね……。相判りました。予備を百人、そして東側の兵を百人合わせて送ります」
「ははっ! 戻ってそう伝えます!」
現在の国府館の配置は正面口に一〇〇。一番危険な東側には二〇〇。残りの二〇〇は予備として本営に置かれている状態。これを回して疲労を一極とさせない様にしているんだ。もちろん考えたのは俺じゃなくて酒田姉だけど。
一応数には入れてないけど北側・西側にも一〇名前後は配置してある。奇襲されては困るからね。
全部で五〇〇のはずなのに増えてないかって? 五〇〇って言ったってきっちりじゃないんだよ。端数だってあるんだ。五百二十六名とか言っても面倒だからね。
仕方ないね。
「経成ちゃん? どう思う?」
敵の意図が判らないから軍師たる酒田姉に聞いてみる。だってわざわざ空堀まである一番攻めにくい正面を狙うってのはちょっと普通じゃない。何か仕掛けてくるのではないのかと疑ってしまう。
「はい。この十日ほどは一番防衛のしずらい東側ばかりに攻勢を仕掛けていたのに、今日は大手からですからねー。しかしまあ、正面を抜けると思われるとは……嘗められたものですね」
目を瞑って思考の海の中に居た酒田姉は獰猛な野獣の様な表情をしながらこんな風に答える。
一応酒田姉は別方向からの伏兵には注意をする様にと言うけれど、周りは平野と、背後の北側は海と伏兵を隠せる様な場所は無いんだよな。
まあ、怪しい物を見つけたらすぐに報告するようにと伝令を各責任者へと送ったよ。
軍儀はまだ続いている。今は近々の話ではなくこれからの情勢の分析だ。
「間者の報告では今のところ、この国府を囲んでいる中越勢は全体の約半数です。あとの半分は畠山城と、我々に通じている山寺三千坊への備えだと思います。」
「ここで阿賀北の城殿がこちらへ加われば敵はたちどころに崩れますよ。もうしばらくの辛抱です。」
酒田姉妹が主だった者の士気を上げる為ににこにこしながら言う。
「それに赤橋さんが越中に援軍を求めに行ってるから、その勢が辿り着けば更に中越勢を叩く事が出来るし……それに……」
「はい。梶川さんその通りですよ。姫様も越中に御逗留しているかもしれませんし!」
「そ、そうだね。うん。そうに違いない」
酒田妹の方が俺の言葉の裏に隠されてる美盛ちゃんへの想いを察してくれたのか、いつにも無く肯定してくれる。この子は優しいなー。
あー、気遣われているのが判るとちょっと切なくなるな。
そりゃあ、俺だって判ってるさ。美盛ちゃんの安否がほぼ絶望的な事くらい。一ヶ月以上もの間連絡が無い事もそうだけど、それに呼応したかの様に中越勢の反乱。これでおかしいと思わない方が変なんだ。たぶんもう美盛ちゃんは……。
「何を湿気た顔をしているのですか梶川さん。何を考えてるのかはだいたい察しはつきますけど、今考えている事を一言でも言って御覧なさい。姫様の代わりに私が貴方をぶっ飛ばしてやりますからね」
下を向いて目を伏せていたら今度は酒田姉に見透かされた様に叱られてしまった。
「あ、ごめん……」
「わし等だとて気に病んでおる。だがお主がそんな顔していては士気に関わるのだ。しっかりと気を持たねばの」
神田先生の大きな手が俺の肩に乗せられ何度かバンバンと叩かれる。この人も美盛ちゃんの事が心配なんだろうな。俺と美盛ちゃんのデートの時も色々と言われたからね。
よし、やっぱり信じて待とう! これが俺の出来る唯一の方法だから!
そう考えるとすくっと立ち上がって、首を左右に振って頬をパンパンと叩いて気合を入れた。俺がしっかりしなけりゃダメだから!
◇
「申し上げます!」
お昼。湯漬けをさらさらしてると伝令兵がやってきた。
手には矢を持っている。なんだろうか?
「うん。報告をどうぞ」
「はっ! 只今、正面口にて交戦中。その
「ふむ。矢文ですか……。見せてみなさい」
「はっ! これにございます」
俺の代わりに酒田姉が矢文を受け取る。そして手紙を目の前の大きな机の上に広げると絶句してしまった。
どれどれと俺もその矢文をこちらへ向けて読んでみ……!?
『平少納言殿 北陸道は越中越後の国境にて討死』
『越後介殿 越後の国政を壟断し財を私したが為 仏罰によって死せり』
「なんだよこれ!」
「はっ、他の矢文もだいたいこの二本と同じ様な文言で兵達は皆混乱しております。これは
「この様な事、空言ですよ。現に少納言様は越中に
「うん。国府の皆には矢文の中身は疑報だから、安心する様にと伝えてくれ」
酒田姉と俺が伝令に向かって見てきた様な嘘をつく。
顔はにこにこしながら伝令に向かって話しているんだけど中身は動揺しまくってる俺。この矢文……。やつら、美盛ちゃんの事を知っているな!
中越の連中が関わってるって事はやっぱり……。
いやいや、悪い方へ考えるな! 今は国府を守備することを考えるんだ!
「そうでしたか。しからば戻ってそう伝えます。では御免」
そう言うと伝令は一礼してそのまま行ってしまった。と、とにかくは兵達の混乱を抑えなければ……。
「疑心の計ですか……。この国府は大丈夫だとは思いますけど、山寺三千坊や阿賀北の方がどうなりますか……」
あちらにも当然矢文は射られているよな。くそっ、この疑報ひとつで国府・阿賀北・山寺三千坊の連携が崩れたら全体の計画が頓挫してしまう。
それは酒田姉も判っているんだろう、難しい顔をして考え込んでいる。
美盛ちゃん、もう七月も後半だぞ。どうしたんだよ。早く元気な顔を見せてくれよ! それとも矢文や噂の通りもう……。
先程首を振って気を落ち着けた美盛ちゃんの事柄がまたじわじわと頭の中で膨らんできたのだった。