第40話
「ええ! 越後がそんな事に!?」
今は越中国府の客間の一室。ここで布団を敷いてもらって横になっているとこう言う感じです。
お腹周りは包帯ぐるぐる巻き。左足も
で、寝ながら赤橋の話を聞いていたのですけど、何とも凄い事を聞いてしまいましてこんな余裕の無い声を出してしまったと、こう言うわけ。
「はい。道中に言おうかと侍女殿と相談に及んだのですが、やはり姫様のお体を思うととにかく越中国府に辿り着いてからと、こう考えたのです」
「そ、そうでしたか。気を使わせてしまった様ですね……」
赤橋ー! やってくれましたね! オレの体調を考えての事ですから怒るに怒れないんですけど……。
何をそんなに驚いているのかって? オレが全然知らぬ間に越後では反乱騒ぎが
まさかそんな事が起きているなんて、今の今まで知りもしなかったんですからとっても驚いていますよ。越中国府に入った時、なんだか騒がしいなーなんて思ったんですけどよくよく赤橋に聞いてみたら、これも越後の反乱鎮圧の援軍なんだそうですよ。一ヶ月も寝ている間に時代は動くんだなーなんて思ってしまったよ。もう。
でも、これでだいぶ物事が見えてきましたねー。オレを襲撃したのは十中八九、紀殿の刺客でしょう。帰路の把握に、その時期。そんな事を知っている人物なんて限られてますから。
「赤橋。では私は中越の刺客に襲われた可能性が一番高いと?」
「それが一番合点のいく話でありますし、わし自身もそう思います」
「なるほどなるほど……」
赤橋も中越の刺客については同じ意見のようです。色々と物事は面倒くさい方向へと動いていますけど、でもね嬉しい事もあるんですよ。それは……それは、桜川の爺様の
「それにわしが越後国府を出る時の越後の皆も同じ意見でござる」
「判りました。桜川さんは中越勢に討ち取られたと見るべきですね……」
「くっ、そうなりますな……無念にございます……。ですがわしら家臣一同は姫様のご無事が一番ですからの。あの世で桜川殿も無事に役目を果たしたと喜んでおりましょう」
待って! そんな事言われると涙が出そうになるじゃないですか! くそっ! 赤橋の癖に格好いい事を言いやがって……。
「はい……」
だから言葉は少なめにしか言えなかった。
あーあ、こんなじゃダメだよね。もっと気をしっかり持たなければ。うん。絶対に越後へ無事に帰りつくんだ! みんなの下へ辿り着くんだ! そして梶川くんに会って……。ああ、会いたいなー、梶川くん。
会っていっぱいエロい事をしたい!
だって好きなんだからしょうがないじゃないですか。何ヶ月も離れて思い知りましたからね。だって梶川くんがいないとすっごい寂しいんだよ! もう泣けるくらいに……。
今は日中だからいいのですけど、昨日の夜だってひとりで布団に入って寝ていると、ふいに思い出してしまって目にじわーって涙が溜まってくるんだもん。
その後は『ぐすぐす』言いながら嗚咽を洩らして眠るまでの時間を枕を涙で濡らしたんです……。ああもう! 梶川くんのいない生活なんて大嫌いです!
うう、寂しいよぉぉ。
そ、それに体も求めちゃってるんですよ。早く会って色々したいってさ。
あんな山奥で恐怖と一緒に死ぬか生きるかの瀬戸際まで行っちゃったんだから、親父の許可とか世間体はもういいんだ。オレの心はもうセクロスに向かって待った無しです! だから出来ちゃった婚もありですよ。
予定としては既成事実を作って梶川くんの退路をまず塞ぎます。その後親父に死ぬ目に遭って怖かったと告白して、そしてさめざめと泣きながら恐怖を克服する為に梶川くんと
娘が死にそうな目に遭ってからの懺悔を聞くんです。親父なら許してくれるでしょうねー。色々と。
よ、よしとりあえずはこんなシナリオでいきましょうか。待っててね梶川くん。オレの処女は君にあげちゃうよ! 梶川くんの為なら、だいしゅきホールドだって決めてあげるから!
まあ、でも梶川くんは優しいから親父には先に話を通しておこうよ! なんて言われると思うんですけどね。
◇
廊下から足音が近づいてくる音が聞こえる。その足音はドタバタなどとは縁の無い様な静かなものだったのですけど廊下の床に弾力があるのか、それとなく足音が判るんです。
そして足音の人物は今オレがいるこの客間の開け放たれた入り口から顔を出すと、にっこりと笑ってこちらへと早足で寄ってきた。
「おお、少納言殿。ご無事で何より!」
そう、盛俊殿がオレが床を借りている部屋へと訪ねてきてくれたんだ。彼女はいつもの様に青紫で統一したお着物と内掛けで、とても清楚な感じを周囲に漂わせていますね。可愛いは正義です! うん!
それにオレの為に医者まで呼んでくれたりともう感謝してもしきれません。
だからお礼を言おうと傷の痛みをおして起き上がろうと左手を付いたところまではよかったんですけど、そのまま倒れこんでしまって激痛が……。
「うっ! んぎぎぎーー!!」
「あいや! そのままそのまま。傷に障ります」
「あっ、あっぐ……ううぅ……。すみませぬ。な、何から何までかたじけない……」
体勢を崩して半仰向け状態になったオレに駆け寄った盛俊殿は、自慢の怪力で元の体勢に戻してくれた。この人は小柄で華奢なのにパワー型の女丈夫ですからね。これくらいは朝飯前なんです。怪力プラス可愛いとか超萌えるよね。
しかも年齢は五十路。まあ、女芯丹がありますから年齢イコールじゃないのは判るけど、五十歳過ぎててロリ可愛いのはいいよなー。
ロリ可愛い盛俊殿の顔を、申し訳ないと言う体で瞼の裏に焼き付けて目の保養にしていたら廊下が騒がしくなってきた。足音も大きい。これはたぶんここで一番の暴れん坊が来たんだな。
そうしているうちに開けっ放しの部屋の入り口に大きな体をした偉丈夫が現れた。やっぱり盛嗣殿でしたかー。
大きな丸太の様な足。筋骨隆々とした体格。体全体が荒武者だと表現をしている平家の暴れん坊、平盛嗣殿。この人と能登の教経様、それと目の前にいる盛嗣殿の母親の盛俊殿。この三人が平家一門きっての怪力無双のスーパーウェポンなんです。
「母上! 矢の在庫が合わぬと兵庫方が泣きついて参りましたがいかが致しましょうや? おっと、少納言殿、息災か?」
「お……、お蔭様で」
息災か? ……ってー! この姿を見て判らんのかこの脳筋がー!!
美少女が包帯ぐるぐる巻きの左足に添え木状態になってるのを見て『少納言殿、息災か?』は無いだろう!! 凄い怪我だったんだぞ! 凄い怪我! そこら辺判ってくださいよー。
「はぁ……盛嗣。その様な事、病間で言わずともよいでしょうに……。判りました。後から仔細を聞くとしましょう」
反面、盛俊殿は優しい。オレの事も考えてくれているんだろう。息子とは全然違う対応ですよ。もう、言葉尻に優しさがにじみ出てるもんな。
「越後がこの様な志儀と相なりましたのは、ひとえに私の不徳の致すところ。更に越中守殿にはこれから越後の反乱鎮圧に向かわれると聞き及びます。私の不始末で面目次第もござりませぬ……」
だからこんな言葉もすんなりと出てくるんです。
しかし情けないなー。自分の任された国が他人とは言え内輪の者に犯されるのも格好悪いけど、それをまた他人に鎮圧を頼まないといけないとは……。盛俊殿には一生頭が上がらないだろうなー。はぁ。
「その様な顔をされますな。我等は共に平家。ともすれば家族の様なものです。その家族の窮地を救うのに遠慮などいりませんよ」
ああ、さすがは盛俊殿。キリリっとした可愛らしいお顔の中に格好良さがあるなー。もう惚れそう!
「ううぅ。ありがとうございます。越中守殿。動けない私に代わって越後の事宜しくお頼み申します。されば、私の代理にこれなる赤橋を参陣させて頂きませんか?」
そう言って傍らに控えている赤橋を紹介する。
「この者。私の家臣きっての剛の者。越中守殿の下に置いても決して遅れはとりますまい。是非にでもお連れ願いたい」
オレが同道出来ない以上、他の誰かに行ってもらわないと越後としては面目が立たないんだ。越後勢は自国の問題なのに全て他国にやってもらったなんて言われた日には格好がつかないったらありゃしない。だから赤橋には是が非でも一緒に行ってもらって、更には勲功を立ててもらわないと!
ホントはオレ自身が越後国府に戻って陣頭指揮の下、反乱軍を撃破したいんだけど、この傷じゃあ動く事も出来ないから……。
「これは願ってもない事。越後は道中不案内です。赤橋殿が共に来て頂ければ心強い」
「ははっ! この赤橋妙斎、喜んで同道つかまつります」
「おお、頼もしき言葉!頼りにしますよ!」
盛俊殿は関心した様にニコニコしている。
「はっ!かくなる上は敵将なりを討ち取って姫様と越中殿にご覧に入れましょう!」
うわぁ、赤橋のお調子者が、また大言壮語がはじまってしまいましたね。顔も紅潮してすっかりドヤ顔になってますよ。
はー、これさえなければ一流なんですけどねー。しっかし、何度も似たような事で失敗しているのに学ばないものですね。
たぶんカッコイイ事を言った自分、カッコイイとか思ってるんでしょう。はあー。
「はい。赤橋殿、期待していますよ」
「判りました。赤橋頼みましたよ」
でも、まあ、一応はオレの大事な家臣なんですから激励はしますけどね。
「ははー!」
オレと盛俊殿に言われて得意の絶頂なんでしょう、紅潮した顔が更に真っ赤になってタコみたいですよ。四十路過ぎのおっさんですけど、なんだかちょっぴり可愛いかもしれない。
「俺も腕が鳴るぜ! 早く戦いたくて仕方が無い!」
赤橋の事ばかり気にかかってましたけど、そう言えば盛俊殿の傍らで気勢を吐いている暴れん坊もいたんでしたね。
盛嗣殿は脳筋だから早く戦いたいんでしょう。右手の拳を左手の手の平に打ち付けて母親にさりげなくアピールをする姿は、三十を越えている年齢なのにオレには可愛いくうつります。母親には頭が上がらないんでしょうねー。
まあ、それにしたって戦いたいのは仕方ないね。脳筋だもの仕方ない。
「残念ですが盛嗣。そなたはここに居残りです。
「えっ? ま、待ってくれ母上! 俺が常日頃から戦いたがっていたのは知っているではないか!? それを国府にて留守番とはいささか解しかねる!」
母親に留守番を言い渡されて、恨みがましい目を向ける越中一番の偉丈夫。あははー。これは笑えるシチュエーションだわー。ぷっ。くっくっくっ。
オレにそんな態度を取るからですよ。天罰です。天罰。盛嗣殿は大人しくお留守番をしていなさい。あはははー!
「いえ、此度は私が行きます。これはもう決定事項なのですよ」
「うーん。もしかすると母上は自分が暴れたいから……」
「うおっほん!! さて、少納言殿。お加減の悪い時は遠慮せずに言うてくださいね。それでは私は所用もありますれば、この辺で……」
そう盛俊殿は立ち上がるとにっこりと微笑んで部屋から出て行ってしまった。
たぶん盛俊殿は自分も暴れたいんだろうね。だってすごい古典的な誤魔化し方だったもん。『うおっほん』とかありえんでしょ。
自分も戦いたい! だから今回は自分が行くとそう言ったわけだ。でもそうは言ってもこの越中国府を空にするわけにはいかない。だから息子の盛嗣殿を残そうとこう言うわけなんでしょうね。あんなに可愛いのにやっぱり親子揃って脳筋さんだったんですね……。
そして逆にそれが面白かろうはずも無い盛嗣殿。当然の様に盛俊殿の後を着いて行く様に慌てて立ち上がると、こちらへ一礼だけはしてそのまま母親を追いかけて行ってしまった。
「ま、待ってくれ母上! 誤魔化しただろう! 今のは絶対誤魔化しただろう!」
「人聞きの悪い事を言うものではありません! 盛嗣! だいたいそなたはいつもいつも……」
国府の廊下を歩きながら親子で言い合いをしているんでしょう。だいぶ離れたとは言え、ここまで丸聞こえなんですけど……。ここまで聞こえてくるって、声までも筋肉で出来てるんでしょうか? 親子共々……。
うーむ。あの子あればあの親ありとはこの事なのかもしれないです。
あれだけ言いたい事が言えるって事は、それだけ仲がよろしいんでしょう。
ふー。楽しそうで何より。