「美盛ちゃん!」
夕方、越中国府にて盛俊殿の催した戦勝祝いの宴やら何やら色んな行事を中座して、体を休めにまた元の病間に戻って寝そべっていたんです。そうしたら部屋の外側から強くオレを呼ぶ声が聞こえてきたんだ。
何事かと部屋へと繋がっている廊下を見ると、越後のみんなが並んでこちらを見ていた。右には赤橋が。左には酒田姉。そしてその一番真ん中は梶川くんが。それぞれの表情はとびっきりの笑顔。にこにこ笑顔。
つられてオレも顔がだんだんと綻んでいく。
はぁ、まったく盛俊殿がせっかく開いてくれた祝宴を途中で放り出してオレのところへ来るなんて、困った人達ですねー。なーんて苦笑い。
ちょっと礼儀としてどうなんだ? って思わないでもないけれど、でも……、嬉しい。本当に嬉しいな。
それに、まあ、たぶんあの盛俊殿の事ですから気を利かせてくれたんだとは思いますし。
そんな事を思いながら越後のみんなを部屋の中へと招き入れた。
え? オレだって途中で抜け出してるだろうって? オレはいいんだよ。まだ病み上がりだし左足だって折れてるからその辺りはお目溢しされてるんだよ。
「梶川さ……。おっほん……。役目大儀! 皆よく頑張りましたね。特に赤橋。そなたの働きで越後の面目は保たれました。礼を申します」
目を輝かして梶川くんに手を伸ばそうとしましたが、ちょっと順序が違うよなと考え直してまずは勲功第一と思われる赤橋に労いの言葉を掛ける。
梶川くんと話したいって言う逸る気持ちは心の奥底に仕舞いこんで、ここはひとつ公平にみんなを褒めてあげましょう。ごめんね梶川くん。あとでしっかりとふたりきりの時間を作るから機嫌を損なわないでね。
「あ、有り難き幸せ!」
「あははっ。赤橋さんがまたゆでだこみたいに真っ赤になっていますよ」
赤橋がオレに褒められた事で頬を上気させながら喜びに浸っていると、横にいた酒田姉が赤橋の真っ赤な顔を茶化し始めた。それに合わせて言われた赤橋本人は『そんな事はない』などと大袈裟に手を横に振って否定する。更に梶川くんも一緒になって囃し立てるから収拾が付かなくなってきて……。
ああ、なんだかいつもの光景ですねー。これを見ていると凄く安心するよ。体の中心がほんわか暖かくなってくるのが判る。
そのとっても懐かしい光景に、越中での襲撃の事とか、桜川の爺様の事とか、色んな事がフラッシュバックして……目に大粒の涙が浮かんできた。
「ぐしっ。う……うぇ……」
あー、ダメだわ。涙腺が崩壊しちゃったよ……。自分の事ながらこれはしばらく使いモノにならないなぁって、そう思った。
「うぇ……うわー! もう、もうダメだと……ひっく、もうダメだと思ったんだから! もう会えないと思ったんだからー! うあーん」
オレの急な感情の吐露と涙を酒田姉が柔らかく包み込んでくれる。抱きとめられ頭を優しく撫でながら小さいな子供でもあやすかの様に。
「姫様。よく頑張りましたね。とても、とても偉いです。おー、よしよし。姫様は偉いです」
そんな子供じゃない! なんて思ったけど酒田姉のなんだか柔らかくて心地良い感覚についつい体は弛緩していった。 あはっ、オレってやっぱこの辺りは歳相応なんだなぁ……。
酒田姉に抱きとめられていたオレは目を真っ赤にしてぐしぐし言いながら恥ずかしそうにみんなを見る。泣き顔を他人様に見られるのはすっげー恥ずかしい。でも、こう言うのって刹那的な感情なので自分の意思ではどうにもならないからねー。
仕方ないね。
「もう、姫様ったら、そんなに大声で泣かれたら私も泣けてくるじゃないですか」
酒田姉もオレの涙に貰い泣きの様。
女性は涙腺が弱いから仕方ないんです。ホントだよ。嘘じゃないよ。涙腺弱いんだよ。たぶん……。
しばらくして泣き虫の虫を収まってきた頃、せっかくみんなと会えたのにオレは泣き疲れて寝そべっていた布団で半分眠ってしまっていた。
梶川くんとふたりきりの時間を作るなんて思ってたけど睡魔には勝てなかったよ。
あーあ、夢の中でも泣いてるかもね……。
◇
ゆらゆら、ゆらゆら。輿に揺られて一路帰還の真っ最中。
昨日、病間にて梶川くんや越後のみなさんと再会を果たして翌日には出発と相成りました。盛俊殿が『一刻でも早く越後へと帰りたいでしょうから』と気を回してくれたのです。さすがに年の功ですね。彼女には頭が上がりませんよ。
ってことで今、輿は越中を通り越して越後に入ったところです。
まだ合戦が終わったばかりだからと越中から護衛まで付けて頂き、オレとしては感謝に耐えませんよ。
お腹の傷はふさがったし、食欲なども戻って体調はとても良いのですけど折れた左足がまだくっ付かないので完治するまでは時間がかかりそうですね。今だって輿の中で左足は投げ出していますし。
ああ、しかしお腹と背中の傷はどうしましょうか……。女子としてはすっごく不安なんですよね。梶川くんと裸の付き合いをするとして、正常位ではお腹の傷が、後背位では背中の傷が……なんて思うと気が気じゃないのです。ううぅ、嫌われたりしないかなぁ。
もうさ、死ぬ一歩手前な目に遭わされたから、オレにしてみれば梶川くんとセクロスするのだけは決定事項なのですよ。川に落ちてあのまま死んでいたら、死んでも死に切れなかったし結婚までは綺麗な体で居たかったけれど、もう吹っ切れちゃったので。
せっかく育ててくれた親父には『悪いなぁ』なんて思うけれど後悔先に立たずですから、やるだけはやっておきたい。
だから、傷跡がとっても気になるんですよ。梶川くんに嫌な顔されたらマジで死ねるので。主に精神的に……。
そう思うと輿の戸を開けて、傍らで馬に乗っている梶川くんを手招きで呼んでみた。傷の事を梶川くんに聞いてもらいたいから。そして傷を付けられたオレを許してもらいたいから。
「ん? 美盛ちゃんどうしたんだい?」
「えーっとですねー。あー、あのですねー」
「言い辛い事?」
「あははは。い、いえ、そうではなくてー。ああ、そうそうあとどのくらいで越後国府ですか?」
はぁ……、全然関係無い事を聞いちゃったよ。
「国府はそうだなー、夕方くらいには着くんじゃないか」
「そうですか。ありがとうございます梶川さん!」
「どういたしまして! 美盛ちゃんは疲れてるだろ? 輿の中で一眠りすればあっと言う間だよ」
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて少し休みますね」
バカ! オレのバカ! そんな事聞きたかったわけじゃないだろうに!
何してるんだオレは!
「おやすみ美盛ちゃん」
「おやすみなさい梶川さん」
笑顔で小さく手を振りながらパタッと輿の戸を閉める。
…………うっがー! 言えなかったー! もうもう! オレの意気地無し! もう!
って言うか、梶川くんも梶川くんだよな。オレが何か言いたそうな事くらい気付いてくれよな! って……男には無理だよなー。言われた事をそのままに受け取るのが男だもんなー。何かを察するってのは苦手な生き物だから仕方無い。それは判る。オレだって元は男でしたからそれは十分過ぎるくらい判る。判るんだけどー! って事ですよ!
ん、もう! 梶川くんの鈍感! むぅ。
◇
梶川くんの言うとおり夕方過ぎには懐かしの越後国府へと辿り着いた。
うわー、ほんの何ヶ月の間だったけどとても懐かしく思えます。まあ、至るところに戦の傷跡は残っていますがそれは仕方ありません。これから改修すればいい話ですし。
「姫様! お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませー!」
「お帰りなさいませー!」
玄関で輿から降りると笑顔の酒田妹に挨拶され、神田先生やら畠山親子など越後国府や畠山城の面々からも帰還を喜ばれた。
あああ! もう、そんなに笑顔で出迎えられたらまた涙が出てしまうじゃないですかー!
「ぐっ! うっく……た、ただいば帰りまじだー。ぐしぐし…………」
ああ、ダメだ! また泣いたー! くっそー。嬉しいんだけど泣けるんだよなー。
そう思ってると今度は正面玄関のみんなが拍手を始めた。そしてそのうち越中から着いてきてくれた梶川くんや酒田姉に赤橋やその他の家臣達までもが拍手を始める。護衛に付いてくれた盛俊殿の家臣達までもが一緒に。
ば! ばか! これ以上まだオレを泣かす気なのかよ。くっそー! ありがとう!!!
「あ、あ、ありがどー。みんだのおかげべここまで帰ってくる事ばでぎまじだー! ぐしっ、ありがどー!」
鳴り止まない拍手に迎えられて手を振りながら一歩づついつもの侍女に支えられて玄関から中へ。更に自室へと向かって歩き始めたのだった。
オレの姿は見えなくなったのに後ろからはまだまだ拍手は鳴り止む気配は無かった。
ありがとう。みんなのおかげで戻ってくる事が出来たよ。本当にありがとう。