第52話 治承四年の評定
「それでは銀山問題は神田越後介に一任するものとし、此度の評定はこれにて終わりとします。皆にはこれからも平家への一層の忠勤を頼みます。以上です」
評定の間。その奥にある俺達よりも一段高いところでちょこんと座っている美盛ちゃん。その朱色の内掛けを着た美盛ちゃんが長い黒髪を弄びながら評定を締めくくった。
んで、美盛ちゃんをよく見ると寒さからなのか両肩を強張らせている。厚手の内掛けを着てはいるんだけどまだまだ冬だもんな。そりゃ寒いはずだ。
「ははっ」
「…………。あっ! ははっ!」
美盛ちゃんの〆の声に俺らは『ははっ』なんて時代掛かった返事をするはずだったんだけど、そんなとりとめの無い事を考えていたら少しだけ他のみんなと言葉を発するタイミングがずれてしまった。
俺と美盛ちゃんは一応は夫婦でもあるし、それにふたり揃って平成の世に生まれ育った経験のある主従なのだから身分とかには特段こだわりはしないんだけど、やはり公の場所では流石にそうも言ってられないんだ。
だから、この場合は主の美盛ちゃんに従の俺は形だけでも主従っぽくしなきゃならなかったんだよ。
んで、なぜここでこうして評定なんてやっているのかと言うと、今日は毎月定期的に行われる全体評定の日だから。それに一応は月に一度の開催なのでそれなりに議題はあるんだよ。だから今回もいつもの評定と同じでお昼時の現在に至るまで朝から越後国府の幹部達で議論をしていたとこう言うわけ。
今年に入ってはじめての評定だったけどそんなに揉める事も無くうまく終了する事が出来た。それもこれも中越みたいな獅子身中の虫が居なくなったから。面倒なのがいないとこうまですんなり行くのかと拍子抜けだったなー。
一応俺の座ってる場所は、上座に座っている美盛ちゃんから一段下がったすぐ右側が定位置になってるんだ。一応夫婦だから並び順も最前列と結構好待遇なんだよね。向かいにいる郎党筆頭の神田先生が上座から左側の一番良い場所に座ってるから席次としては二番手だけど、そこまで身分とか気にもしてないからこんなものかなーって。
あっ、そうそう美盛ちゃんも今年で十三歳になりました。ついに小学校を卒業して中学へ入学とかそんな年齢。でも高価な薬を飲んだから肉体は十二歳のままなんだって。これはすっげーよなー。ロリがいつまでもロリだなんて素晴らしすぎる! 俺は感動してるよ!
「それでは、
所用なんて方便を枕詞に持ってきた美盛ちゃんはそう言って上座から立ち上がり、朱色の内掛けの裾を動かす。そして目でこちらを伺ってきた。
たぶん『梶川さん、はやく部屋へ戻りましょう』とかそんな視線だな。
「姫様」
よいしょ。なんて心の中で言って立ち上がり美盛ちゃんに着いて行こうと腰を上げた瞬間、それを酒田姉がさえぎって美盛ちゃんに肥をかけた。
「はい。なんでしょう」
「これから少し梶川さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「…………。別に構いませんが何かあるのですか?」
あ、ちょっと表情が変わった。一瞬だけだったけど確かに変わった。『えーーーー。なんで今なのー!?』って顔に本当一瞬だけだったけど変わった。
「梶川さんと越後の国の人口と食料の問題で少々相談したい話があるのです」
「そうなのです。これは梶川さんが居ない事にはとても姉様と私のふたりだけでは話が進められませんので」
と、すまし顔の酒田姉。そしてその横で正座っている酒田妹。
「そ、そうなのですか。仕事の話なら致し方ありませんね。ええ、仕事の話ならホントに致し方ないですね。……それでは旦那様、またあとで……」
「お、おう」
そう言った美盛ちゃんは俺に向かってにこりと微笑むとそのまま自室へと歩いて部屋から出て行った。
こ、これは部屋へ戻ったらちょいとすねて居そうだなー。仕方ない、機嫌をとるために酒と肴でも持っていってフォローするしかないか。
男心も判る美盛ちゃんとは言え、今の女性脳ではどうしようも無い時もあるんだって前に言ってたからなぁ。
◇
酒田姉妹に着いて雪の降る廊下をとことこと歩いて指定された部屋に入る。そして部屋の中央で向かい合い三角になるように三人同時に腰を下ろした。
今日の酒田姉妹もいつもと変わらずとても可愛い。赤毛のツインテールの姉と同じく赤毛のボブの妹。こんな双子の美少女姉妹に囲まれるとやっぱり落ち着かない。だから早々に話を切り出した。
「それで人口と食料の相談って何です? 村どうしのいさかいの仲裁とかなら俺じゃなくて神田さんの方が……」
「まあまあ梶川さん、とにかくお昼ですし昼餉でも食べながらお話しませんか」
「姉様の言うとおりです。お酒も用意していますから安心してくださいね」
いや、お昼をご一緒するのはそれはそれでいいんだけどさ。うーん。何かあるのか?
「はぁ、そうなんですか?」
そんなわけで彼女達と仕事の話をするわけでもなくしばらく世間話をしていたら、侍女が大量のお膳を運んできてそれを酒田姉妹の前ではなく俺の目の前に置いたんだ。
ん? 酒田姉妹は食べないのかな? ……って言うか、この料理の献立……!? いったい何事!?
えーっと……。
●岩ガキの干し物
●山芋のすりおろし
●山鳥の吸い物
●ニンニクと銀杏の串焼き
そして極めつけは、ニョロっとした長い何かが入っているお酒……って、これはマムシ酒じゃないかーっ!
こ、この献立はなんだ! こんなのをこんなにたくさん食べたら精が付きすぎて夜の間ずーっともんもんとして寝られないぞ。
「な、なんですかふたりとも! この料理は!?」
「はい。何事かと不信に思うのも無理からぬ事とはおもいます。しかし梶川さん、まずは私の話を聞いては頂けませんか?」
「えー、……うん判りました」
この変な料理を前にして酒田姉を問いただしたんだけど返ってきたのは至って真面目な答え。しかも話を聞いて頂けませんかと言われちゃ嫌だとも言いにくい。だから俺はとにかく話だけは聞く事にしたんだ。
「それでは梶川さん、我らが姫様を初代とするこの越後少納言家は傍系とは言え桓武の帝を祖とする伊勢平氏の血を引く武家だと言う事は判りますね?」
「は、はい。判りますよ」
桓武の帝って言うのは桓武天皇の事なんだって。前に美盛ちゃんと行盛様から聞いた事がある。
で、この桓武天皇と言うお方。全平家の祖になる天皇なんだそうな。
ちなみに頼朝とかの源氏の祖は清和天皇と言うお方ね。
「判っているのなら話が早いですね。そうなのです。この血統を紐解けば高貴な御方の血とも繋がっているのです。それゆえこの血筋は絶やしてはならないのですよ。ですので今はこの血筋を末永く繁栄させる事が目標となります! これを考えた時、梶川さんの仕事は、家の血を絶やさない様にする事が最重要となるのは火を見るより明らか!」
酒田姉が膝を一歩前に進めて、つばがこちらにかかりそうな勢いで一気に捲くし立てた。
赤毛ツインテの小顔美少女の酒田姉はとっても可愛いんだけど、今の彼女はその可愛らしさが逆におっかない。それに目の本気度がやばすぎるんですけど。
「例えば。たとえばですよ? 姉様や私の酒田家が運悪く途絶えたとしても、まあどうと言う事もありません。しかし由緒正しき平家の流れをくむ我らが越後少納言家を絶やしてはならないのです。ですから梶川さんは今迄以上に励まなくてはなりません」
今度は妹の方も畳み掛ける様に更にずいずいと突っ込んできたな。
「え、あー、うん」
最近、うちは内的にも外的にも『越後少納言家』って言われる事が多くなった。これは経盛さんところの修理家ではなく新しい家になったと言うことを示しているんだ。
本家の六波羅家。
重盛さんところの小松家。
頼盛さんところの池家。
教盛さんところの門脇家みたいな通称だと思ってくれればいいんじゃないかな?
「『え、あー、うん』ではありません! まったく! これだけ言ってもまだ何も判っていない様ですね……」
「梶川さん。いいですか? 要するに姉様は早く姫様を孕ませろって言ってるんですよ! 理解してくれましたか!?」
相変わらず凄みを効かせている双子の赤毛姉妹が遂に物事の確信をついてきた。
しかもオブラートも何もかぶせず直接の言葉で。
「え? …………。えええ!!! そ、そりゃあ俺も男だし、頑張っているけどさー」
あまりのド直球な言葉に最初は意味が頭に入らなかったんだけど、何を言っているのかが判ってしまうと途端に顔が熱くなってあわあわと慌てふためいてしまった。
あわわわ……。
「いえ、ダメです。全然足りません! 普段通りに朝起きて評定にまで出席し、あまつさえ評定の最中も居眠りもせずに最後まで話を聞いたり議論に参加するなど梶川さんは余裕がありすぎます! そんな余裕があるのなら一晩でもっともっと犯れるはずです」
「そうです。姫様と共に評定の場に遅れてきて、更には居眠りを決めるくらいにはなってもらわなくては! 私達も応援していますから、そこら辺は特に頑張ってください!」
酒田妹よ待ってくれ! その応援って何か違う気がするんだけど! って言うか何を応援するんだ!? ぐ、具体的にお願いしますよー!
「よ、夜のお勤めが慣習化して燃えなくなっていると言うのなら、姫様のお着物を変えてみたり、演技を交えて物語風にしてみたり、あとは……あとはその……縛って恐怖に満ちた顔の姫様を……えーっと、強引に犯してみたり……とか?」
「!!」
「あああ、梶川さんがそんな色魔だったなんてー! 嫌ーーー!」
自分の姉の言葉に何を連想したのか、両手を前に出して俺に近寄らないでアピールをする酒田妹。
待てって酒田妹!俺は何も言ってないぞー。
「で、でも今のはお互いが信頼し合っているから出来るやり方ですよっ! 梶川さんと姫様の間柄でしか出来ない事です」
自分で言い出した事だからか酒田姉が顔を真っ赤にしてあわてて言い繕う。
そんなに恥ずかしいならそんな直接的な言葉は使わなきゃいいのに。
「と言うわけで、それじゃあ梶川さんにはご納得も頂けたようですし、まずはこれを預けておきます。是非使ってくださいね」
何が『と言うわけで』なのか意味不明なんだけど酒田姉は自身の後ろに置いておいた茶色の箱を目の前に出してそのまま箱を開いて見せた。
中には……。えーっと……。
「えーっと、これはなんでしょうか経成ちゃん?」
「決まってるじゃないですか。荒縄とロウソクです」
何を言っているのですか、見れば判るでしょうとばかりに酒田姉はさも当然とばかりに言ってのける。
「荒縄とロウソクですか……って!?」
「それもこれもお家大事と思えばこそ。それに梶川さん、いつも天真爛漫な姫様の擬似体験とは言え恐怖に引きつる顔を見られるんですよ? 凄く背徳な気持ちになりませんか?」
「う……うん」
耳元で囁く様に妖艶な表情で最後のダメ押しをする酒田姉。そしてその魅力的な言葉に俺は美盛ちゃんの姿を思い浮かべそのまま肯定の返事をしたのだった。
「とにかく越後少納言家のために早く姫様を孕ませて元気な赤ちゃんを! ってことです。判りましたか梶川さん!」
「わ、判りましたー。粉骨砕身努力しますです!」
「判っていただきましたか。ならばお食べください。さあさあマムシ酒もありますよ。女と見ればどこででも襲いかかってしまうくらいに精を蓄えていきましょう! さあ長成、梶川さんにお酌をして差し上げなさい」
「はい姉様!」
◇
そのあと、精のつく料理をつまみにマムシ酒をめちゃくちゃ呑んだ。
ギンギンになった。