第53話
年が明けてもう二月。
最近は眠くて眠くて仕方がない美盛です。え? 今日のお召し物ですか? 今日は白地のお着物に赤の帯。それに寒さ対策の為の赤地に波しぶき柄の厚手の内掛けですよ。んー、赤白で縁起の良い一品ですね。
いつもは可愛い系の柄の多いオレですが、今回は葛飾北斎ばりの波しぶき柄でちょいと渋さを醸し出しております。更に言いますとこの平安時代にはこんな江戸末期の日本画チックな構図は存在しないので、オレの覚えている限りの波しぶきを描いて越後屋に届けた特注品なのです。
どうです? ご満足頂けましたか? わりと良い出来だと思いますよ。
さてお召し物はいいとして、今もって外は深々と雪が降り続いています。まだまだ止む気配すらありません。そんな中、国府の大広間では只今全体評定の真っ最中。一段高い上座のオレの目の前には火鉢が用意されていて一応暖はとれる段取りはなされているんですけど、オレってば実年齢十三歳の体年齢十二歳の超お子様小柄体系じゃないですか。なので体の密度が少なくて寒さに負けそうなんですよ。ああ寒い寒い。ああ眠い眠い。
と、こんな風に自分の体の弱い部分を強調しているけど、本当はそんなにこの体は嫌いじゃないんだよ。だって考えてもみてくれよ。んー、そうだなー、そうそう、髪にしよう。
例として自分の髪で言うけどさ。このオレの前髪パッツン姫カットの黒髪ロングは、本当言うと好きじゃなきゃすぐにでも切ってしまうくらい邪魔なんだぞ。それなのに切らないのはやっぱりこの黒髪が大好きだからなんだよ。
それにこの釣り目のロリ顔だって自分で言うのもアレだけどすっごく好みだからさ。
うん。何が言いたいのか判らなくなってきたぞ。えーっと……要するに何が言いたいかと言えば、寒いとか女の子の日とか色々とつらい部分はあるけれどこの今の美盛の姿格好が好きじゃなきゃやってられんって事!
あっ、あと、実年齢十三歳ってのは今世の年齢ね。『おっさんの頃』と『前の美盛』を足すと六十歳生きてますので。
んで話し変わって、現在の議題ですがいよいよ来月、遅くても再来月から取り掛かる銀山の採掘準備について。他には越後領内の戸籍調査。それから銀の利益を当てにした越後初の大きな港の設置等々…………。
と、そんな重要な議題のオンパレードなんですけど……眠い! 本当に眠い!
評定で皆さんの意見を聞いていてもすぐに目がとろーんとしてきて…………んん……。
はっ! いかんいかん、寝てはダメだ! 寝ては!
このところ本当にダメなんですわ。公務の合間にお昼寝しても、夜早目に寝てもどう言うわけかとっても怠くてたまりません。何かの病気じゃなければいいのですけど。
って言うか寒くて眠いって、これはほっとくと死にそうな気がするんですけど気のせいでしょうか? 八甲田山的なアレで。
そんなわけで梶川くんを含めてみなさんが議論をしているところを寒さと眠気と同時に戦いながら見守る美少女少納言美盛であった。まる。
◇
三月。
冬の寒さも一段落して国府に植えてある梅の花もひっそりとつぼみをつけ始める季節です。そう、もうそろそろ春なんですねー。
都の様にぽかぽか陽気と言うわけにはいきませんから梅の木だって開花は遅れていますがそろそろこの越後も暖かくなってくるところですよ。まあ、それでも未だに厚手の内掛けは手放せませんが。
春ともなれば冬みたいに保存食の漬物やなにやらではなくいよいよ季節のモノが食事の席に並び始めます。山菜とか色々とね!
で、今日の昼餉に話は移ります。本日はみんな忙しいのかお昼の席はオレと赤橋だけ。要するにツーショットってやつです。
そのオレと赤橋はふたりで向かい合って食膳を前にもしゃもしゃと口を動かす。おなかが空いているからご飯が思うがままに口へと入りますね。うまうまっ。
「それにしてもよく食べますな」
オレの方を見ながら共にお昼を食べている赤橋が感心した様に言ってきた。
そんなにオレって食べているか?
むう、食欲の
「そんなに食べていますか?」
「いや、姫様が気にされぬのならば良いのですが。ただ、その、なんだ……」
はっきりしませんねー。何が言いたいのでしょうか?
「赤橋? 言いたい事があるなら言ってみてくれませんか?」
「はぁ、しからば……おっほん! 流石に姫様が
「うっ!? そ、そんなに見た目が悪いですか?」
「はっ。いささか。よく食されるのは健やかな証だとは思われますが、少々……」
「判りました。それならば汁椀に飯を浸して食べれば……」
そう言いながらどんぶりの飯を隣の汁椀にばしゃりと入れて箸で掻き回す。うんうん。最初からこうすればよかったんです。
そして目の前の赤橋に目をやるとにっこりと微笑んでまた食べ始めた。
もしゃもしゃ……ん! なんですその『やれやれ。まったく姫様は……』って表情は! お腹空いているんだから仕方無いじゃないですか。
最近は本当に調子が良かったり悪かったりとすぐに体が変化してしまい自分の事ながら中々面倒くさいんです。無性にお腹が減るのも良く判りませんし……ああ、そう言えば胸も張ってきてる気がします。貧乳ながらもなんだか張ってきてるなぁ、なんてね。痛いわけじゃないから病気ではないんだろうとは思うんだ。だけど気になるなー。
だって前回の美盛の時はこんな事なかったから……。ちょっと不思議。
◇
さて今日は三月の全体評定の日です。
いよいよ待ちに待った銀山採掘と言うわけで、それについての予算配分や人員の振り分け等を話し合う予定です。
いやー、大量の銀が
評定前の一時。一段高い上座で脇息に肘を掛けて少しづつ集まってきているオレの家臣達をぼーっと眺める。
皆さんあーでもない、こうでもないと話に花を咲かせているなー。
「梶川さん、もっと踏み込んで調査しなくちゃ戸籍が判らないじゃないですかー?」
「ごめんごめん。中越の村々はかなり友好的なんだけど、国府の周辺は頑固なんだよねー」
酒田妹と梶川くんもふたりで仕事の話で盛り上がっているし。
まあ、このふたりの場合は盛り上がっていると言うよりも一方的に叱られているって言った方がしっくりきますけど。
「それが答えだって言うのなら怒りますよ!」
ほらね、やっぱり怒られた。
あははー、思った通りでなんとも面白いなー。あはは……うっ……な、なんだろ、急に気持ち悪……うっ…………うぇぇ!?
「うっ! うぇぇっ!」
喉をせり上がって来る吐き気を女子の気迫で寸前で押し留める。くそっ! ここで『げー』を撒き散らしてなるものか!! 撒き散らしてしまったらその瞬間、可愛かった美盛が終わるっ! 美少女としての矜持にかけてこれを撒くわけにはいかない!
「ちょっ、姫様どうしました!?」
体長の悪くなったオレに気付いた酒田妹がまっすぐこちらに駆けてきて背中をさすってくれた。
でもそれに答える事ができない。だって一言でも喋ろうとすると口から『げー』が出ちまうから。
「姫様大丈夫ですか?動けますか?」
不安そうに聞いてくる酒田妹の声に涙目になりながら弱々しくうなずいてみせる。まだまだ吐き気は治らないから。
うっぷ……それにしてもなんなんだこれは!?
最近食べまくってたから胃が反乱でも起こしたのか?
って言うか、そもそもなんでお腹がこんなに空くんだ? お腹が空くから食べてしまうのであって、その原因が判れば治し様もあるだろうに。
「ほら梶川さんも手伝って! 姫様が具合悪いのですから負担にならない様に抱えてあげなさい!」
「おう。判ってるよ! 美盛ちゃん。ちょっと我慢しててね。せーのっと!」
梶川くんはオレが返事をする間もなく、上半身と膝の裏側に手を回すと、そのまま抱き抱えた。
おぉっと、これは女子の夢のお姫様抱っこじゃないですかー!?
うぐっ……、ま、まあお姫様だっこはなんだか恥ずかし照れ臭いんだけどさ、あ、あんまり乱暴にしないでくれよー。こちとら『げー』を我慢してる最中なんだからさ。
ってなわけで梶川くんにお姫様抱っこをされながら、酒田妹を付き添いに厠まで直行しました。
そして厠の中で美少女にあるまじき雄叫びをあげながら『げー』を吐き出しました。
『おぼぇぼぼぼろろろあぉぉぉーっ』
ってさ。てへ!
『げー』を出して体調が少しだけ戻ったオレは梶川くんと酒田妹にお礼を言うと、そのままふたりに付き添われて自室へと直行した。
とにかく布団に入って横になる様にと酒田妹に言われた。
仕方ないなー。体調もそれ程よくないですし言われた通りにしますか。
寝巻きに着替えてのそのそと布団に入る。
うあー、最初だから布団が冷たいよー。まあ、でも中に入っていればだんだんと暖かくなるでしょう。
「では姫様、何かあったら呼んでくださいね。今日の評定は梶川さんがいますから安心してお休みになられませ」
「はい。では旦那様。私は少し気分がすぐれませんので今日のところはお任せしますね」
「お、おう。任せておけって! わ、判らないところは長成ちゃんに聞くから」
あははは。任せておけと言うわりに酒田妹に聞くんだね。まあ、はじめてだもんね。仕方ないかー。
「今日は経成さんが居ませんから旦那様のサポートは長成さん、お願いしますね」
「は、はい。姉さまの分まで頑張ります。ところで、さぽおと……とはなんですか姫様?」
げげげげ。間違えて英語を使ってしまったよ! 梶川さんや行盛様がこちらの世界に来てからこの三人で話す時は普通に言葉に英語とか入れて話してたからなー。それで油断してしまったよ。
布団の中のオレを不思議そうに見つめる赤毛のボブカットの酒田妹。んー今日は黄色地のお着物に赤い帯。それに白の内掛けですか。髪が赤いから白地の生地が似合いますねー。
っと、それはいいとして。さて、どう言う風に誤魔化そうかな。
サポートサポート……さぽーとさぽ……。
「さぽ……そ、そうです! まだ外は寒いのですから旦那様が
「そう言う事でしたか。判りました。この酒田長成にお任せあれ。私がいれば梶川さんに滅多な事はさせません」
「お、おう、そう言う事だから美盛ちゃんは布団の中で暖かくしてゆっくりと休んでてくれよ」
「はい。ところで、そろそろ戻らないといけないのではないですか?」
おっといけない等と梶川くんは言うとオレに手を振って部屋を出て行った。頑張ってくれよー。評定は梶川さんにかかってるんですからねー。
っと、なぜかまだここに居る酒田妹。んんん? どうしたのかな?
「どうしました長成さん? そんなに心配しなくてもただの食べ過ぎですから。それに評定がもう始まりますよ?」
「…………姫様?」
「ど、どうしたのですかそんな深刻な顔をして」
なんだなんだ。もしかしたら重い病気だったりするのか!?
あんまり思い詰めた様な顔をされると凄く不安になるんですけど!
「…………姫様。もしかしたらお腹が空くだけではなく、だるくなったり眠かったりイライラしたりしませんか? それと、月の物とか来てなかったりしませんか?」
なんだなんだ、思い当たる事ばかり聞いてきますね……。そう、眠いのも心当たりがあるし、だるさもここのところずーっとです。イライラは別にしませんがそう言えば生理も来てませんね……。
も、もしかしたら本当の本当に重い病気なのか!?
「はい。イライラはしませんけど他は思い当たる事ばかりです……。これは何か重い病気なのでしょうか……」
「やった! これはひょっとしたらひょっとしますね!」
なにやら酒田妹が不審な言葉を発したんですけど、何かを企んでるのでしょうか!?
「あ、あの長成さん?」
「はい! それでは姫様、私も評定へ行ってまいります! 後ほど医師を伴ってきますのでそれまでゆっくりとお休みください!」
「うう、判りました……」
そう言うと何が何やら判らないオレを残して酒田妹は部屋を出て行った。とにかく寝よう。気持ち悪いのが無くなったわけじゃないのですから……。
その後夕方くらいに酒田妹だけが医師を伴って部屋へと来た。梶川くんはまだ戻ってこない。どうしたんだろう。とても不安になる。だからその辺りを酒田妹に聞いたんだけど、返答はまだ執務をやっているからもうしばらくかかるとの事。それなら仕方が無いかーと納得する事にしたんだ。
それから医師に色々と問診を受け。脈を計ったり舌を見せたりと一通りの病人らしい事をして、色々と物事のあった今日は暮れたのだった。
◇
三日後。
酒田姉と酒田妹に伴われた老医師がオレの部屋へとやってきた。
あーあ、重い病気かー。嫌だなー。せっかく女芯丹で不老になったのに。やっとこれから梶川くんとずーっと過ごせると思ったのに。それがすべてご破算ですか……。
重い病気が原因で日に日に弱っていくオレの体。そして遠くない未来にはこの世ともお別れですか……。はあ……。
そんな不安な顔いっぱいのオレの事などお構い無しなくたびれた茶色の直垂を着た老医師はとても変な事を言ったんだ。そう、とても変な事を。
「ふむ……。越後様。心してお聞きくだされ。これは懐妊しておりますぞ!」
「……………………はいっ!?」
老医師の言葉にすっとんきょな声を上げてしまったんだけど、これは許されるよね。
「なんですって! そ、それはまことですか!?」
「ははっ! まことでござりまする」
「おめでとうございまする!」
「おめでとうございまする!」
老医師の発言と同時に酒田姉妹の声が重なる。すっげー嬉しそうな酒田姉妹。にこにこしてやがります!
って言うか、『おめでとうございまする』じゃねーよ! 何言ってやがりますか!? 驚くってそんな事言われちゃったらさ!
でも、でもさ、ちょっぴり嬉しいんだけど。……いやごめん嘘ついた。すっげー嬉しいんですけど! どうしようどうしよう。
そのまま感情の高ぶりが表情に出たようで、どんより雨模様だったオレの顔は陽光の照る快晴に変わっていた。
まあ、実を言うとこのお腹が空く原因はオレ自身も判ってはいたんですよ。薄々とはね。
それに吐き気なんかも同時に起きる様になってるし、更には梅干しも異様に口に入れたくなるから。
そうなんだよね、こりゃあ梶川くんのおしべとオレのめしべが合体した的なアレが出来たのかもしれないなってさ。
でも、そんな事はどこか遠くの国の出来事みたいに思ってたから自分とは重ね合わせられなかったんだよ。
そう言えばいつ頃からか忘れちゃったけど梶川くんのパワフル度も上がってきたんだよね。朝も起きられないくらいに滅茶苦茶にされる様になっちゃったし、それにどこで手に入れたのか荒縄まで持ってきて途中からは身動き出来ないくらいまでオレの事を縛り始めるし……。
いやぁ、身動き出来ないシチュエーションってのもゾクゾクするんだけどさ。
ただ、その後のロウソク攻撃はちょっと苦手なんだけど、梶川くんの表情を見ると嫌だとも言いにくい。
だってすっごく楽しそうにポタポタとロウを垂らすんだもん。こりゃあ、オレも演じなきゃダメだよなってなるもんですよ。
だから、
『あっ、熱い! 熱いです旦那様ぁぁ』
とか、
『もうやらぁぁぁ』
とかを、上目遣いで目に涙をいっぱいにしながら言ってやらなきゃなって雰囲気だったんだよ。
ま、まあ、その辺りはいいとして……。
…………そっかー、出来たかー。このお腹の中に別の生命が出来たのかー。今は膨らんでもいないしまるで判らないけれど。そっかーオレん中に出来たのかー。
「それで、産み月はいつ頃になりますか?」
興奮冷めやらぬ気分はそのままに、熱を帯びた落ち着きで老医師に質問を投げかけた。
興奮してるんだけどなんだか冷静さも備わってるとかそう言う感じ? オレもよく判らないんだけどそう言った気分なんだよ。
「そうですな、だいたい十一月から十二月頃になると思われまする」
「えーっと今が三月だから……あと九ヵ月ですね!」
こ、これは早く梶川くんに報告しなければ!
「越後様! そんなに急がずに! お腹のややに障ります。もう少し慎重に慎重に」
「姫様! そんなに急いで起き上がらなくても」
「梶川さんは今日は出先なので国府にはおりません。ですから慌てないで下さい姫様!」
「わわわ、判っております!」
そうだよな。転んだら大変だもんな。もうこれからはひとりの体じゃないんだから。