すずめが鳴いている。朝だな。起き抜けに布団の中から自分の部屋の天井を見上げる。昨日までの天井と同じだなー。何も代わり映えはしない。横に視線を動かせば障子からは朝日が溢れている。陽が差せば暖かくなるとは思うけど今日はどうなるのかな。
暑いのや寒いのは苦手だ。前々世から嫌いなのだからどうにも克服出来ずにいる。真夏のビールとバーベキューは除外するけどね。
さてさて、じゃあ起きますかー。
用を足して自分の部屋に戻って来ると侍女がもう部屋の前にいた。
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶を交わすと侍女をそのまま伴って部屋に入り鏡台の前に座る。後ろに付いた侍女はそのままいつもの様に洗顔や髪の手入れ等の朝の身だしなみを整えてくれる。
この侍女さん、美人さんだけど無口なんだよなー。オレの長い黒髪を後ろで何度も梳いている侍女は無言。まあ、朝の挨拶はするけどそれ以外はいつも無口を通している。前に聞いた時、目上過ぎて畏れ多くて話しかけられないんだって言ってた。そう言うものなのかなー。
あっ、年は二十七だそうです。
朝の身だしなみを整え終わると暇になった。こうなると腹が空きはじめる。
うーむ、腹が空いた。メシはまだかー! ここに茶碗とハシがあったら、チンチン言わせながら
……くだらない事を考えていてもどうしようもないなあ。どうせここは自分の部屋だし今んところ誰も来ないよな。それならアレをやってみるか。
そう思うと鏡台の前に座り、膝を手で抱えるとおもむろに両足をM字にしてみる。要するに体育座りの足をちょっと開いてるって体勢ね。
今日は竹色のお着物なのですよ。ただ裾は少しだけ膝上でして、これで鏡を見ると着物の裾で隠せない白のパンツが普通に見えてしまう。うーむ。ただの白い布切れなのになぜこんなにエロいのか。しかも股間を守護するパンツの重ね合わせる部分のミシン目が凄くそそるんだよなー。
鏡の中の自分を見ると十歳の美少女のはずなのにまるでオッサンみたいに興奮している。元オッサンだから仕方ないね。
前々世では女の子のM字開脚のパンチラ画像を沢山集めてよく眺めたりしたものだが、今は自前で出来るから何ともお得な気分だわー。
鏡台の鏡で自分のパンチラを見ていると時間が経つのを忘れるくらい見入ってしまうんだけどさ。さすがにずっとこうやってると、何かイケナイ気分になってくるなあ。
あんまりやってると取り返しが付かない事になりそうだ。うん、誰かに見られるともったいないしやめちゃうかな。イケナイ事をするのは夜と決めているしね。
ニヤニヤしながらそんな事を思うとM字開脚をやめてそのまま女の子座りに座りなおす。そして今度は顔面百面相だ。これがまた楽しい。あっぷっぷ等の変な顔を鏡で見ているとすごく笑えるのだ。
そんな事をやってたら、先程のオレ付きの侍女が朝餉の準備が出来ましたと伝えに来た。
「判りました。早速向かいましょう」
腹が空いているが優雅に返事をする。こんなオレでも一応はお姫様の範疇ですし。
朝餉は家族揃ってからとる……はずなんだけど、いつもの様に
で、いくら待っても帰ってこないので先にはじめるのもこれまたいつもの事。
朝餉の途中、親父に今日の予定を伝える。今日は小路の辻で炊き出しと
「今日はこれから炊き出しへ行って参ります。その後は
「おお、そうか。財ならまだまだあるでな。心配せずにやりたいようにやるがよい」
「はい。父上が後ろへ手を回してくれたので余計な詮索なども無くとても
「うんうん。
一門の役に立つ事を影からするのが好みな親父は、こういった縁の下の力持ち的なやり方がとても好きなのだ。うちは所謂文弱と言われる家系。まあ、親父は戦働きが不得手だからねー。くやしいが一門全体からも戦ではあまり役に立たない家と思われている。しかし反面歌壇での評判は一門きっての家柄。その伝手で御所の歌会等には大そう顔が利くんだ。
この時代の歌会は最重要な集まりの一つ。あまりバカに出来ないからね。でも元々現代人なオレはこっち方面が本当にからっきしダメで親父によく叱られてしまう。
まあ、あの
「ありがとうございます。父上だーいすき!」
だから、そんな親父に罪滅ぼしも含めて最後はお礼に抱きついてあげるのだ。娘バカだから凄く照れて嬉しそう。あざといけど仕方ないよね。
玄関を出ると荷物を沢山積んだ荷車が三台停まっている。その一番手前の荷車の
まあねー、炊き出しするって言ってもさすがに米のごはんや新鮮な野菜とまではいかないよね。でも
無論、これは一門都落ちや平家滅亡を阻止する為の布石だ。でもそれと同じくらい小路に集まってくる民達が喜んでくれるのが嬉しいんだよね。屋敷からもそう遠くない小路で親近感も沸くしね。
では出発しますかー。オレは牛車に乗ると家人三人といつもの侍女一人、それに下男を何人か連れて屋敷を後にした。
小路が見えてくるともう噂を聞きつけたのか大勢の民が集まって来ているのが牛車の横窓から見える。
そんな辻の様子を見ながらも牛車はノロノロと進み、ようやく小路の先に到着した。小路に到着したオレら一行はまず大鍋を荷車から持ち上げると、民達が作った簡易な
下男が大鍋に水を張り無造作に雑穀を投入する。そこへ箕にいっぱいにした野菜の切れ端や皮を続けてドサドサ入れ、最後に塩を突っ込んで煮る。出来上がれば立派な塩雑炊になる。
お世辞にも美味しそうには見えないが、周りの民は固唾をのんで見守っていた。味噌でも入れれば変わってくるかな? 無いけど。
さてと塩雑炊が出来上がるまで本でも読んで待っていましょうか。待っている間は退屈だからね。牛車の中で背中を寄りかけると手を無造作に伸ばして一冊の本を手にするとおもむろにページを開いた。
……えーっと、いつもの様に何冊か屋敷から持って来たんだけどさ、なにこれ! 難しいんですけど!?
あまりの難しさに今度は別の本を読んでみる。しかしどれもこれもみんな難しい本ばかり。しかも最後に広げた本は難しいと言うより達筆過ぎるし。どないせいっちゅうんだ!
しくじったなー。絵巻を持って来るんだったか。これじゃあ時間をつぶす事も出来ないじゃないか。
まあいっかー。他にすることもないし、たまには外に出てこの人達と触れ合ってみようかなー。
外出と言ってもいつもは炊き出しが終わるまで牛車の中で過ごしている、だから外に出るにしても自分の今の服装を見て、出られる様なお着物かどうか確かめなければならない。
そうだなー、この内掛けは赤地に藤を垂らした柄を主体とした一品だ。問題は無い。お着物も先程の竹色の膝上だね。うん。それなりの身だしなみにはなっている。これなら大丈夫だね。じゃあ、ここから降りられるように頼みますか。
「牛引きさん。これより少々外へ降ります。履物の用意をして下さい」
「はっ、ただちに用意致します」
牛引きにそう伝えると牛車の正面の御簾を巻き上げてくれる。巻き上がると入ってくる日の光に慣れない目が反応してちょっと眩しい。
よし降りよう。オレだって平家の姫公達だもの降りるときも静かにさらに優雅に。ドタドタ降りるなんてはしたなくて、さすがにこのくらいの行儀作法は心得ていますから!
そんなこんなで牛車から降りると何やら叫び声が沢山聞こえてきた。
「おお、平家の姫様が降りてこられたぞ」
「なんとお美しい。さすがは平家の姫公達じゃあ」
「ありがたやありがたや」
「なんまんだぶなんまんだぶ」
待てって! 感謝されると嬉しいけど、拝むのはやめてくれ。しかもなんまんだぶってなんだよ!
こんなに感謝されるとやっぱり凄く照れくさい。
オレへの感謝の言葉が一通り収まると皆がこちらをずっと伺っている。はてなと思ったオレは横に居る侍女へ目配せでこの状況を尋ねてみると、ここにいる人達はオレのお言葉を待っているのだと言う。って、お言葉だと……!
何を話せばいいのか判らないが、このままじゃ場が弛緩してしまう。そんなことになったらオレは
「ほ、本日はお、お、お、お日柄も良く新郎新婦並びに……」
ギャー、何を言っているんだオレはー! 上がりすぎてわけが判らなくなってるぞ。なんでここで結婚式のスピーチを繰り広げなきゃならんのー!
いまさらやめるにやめられない為、そのまま意味のわからない結婚式のスピーチを最後までやりきった。ハアハアゼイゼイ。
唖然とした人だかりを見つめるオレ。……もう嫌だ。早く牛車の中に帰ろう。そして貝の様に閉じこもって一生をそこで過ごそう。
だが予想に反してここにいる人達の反応はすこぶる良かった。
「なんだか判らないけど熱意は感じました!」
「一生懸命に頑張って話ている姿を見たらわしらも頑張る事ができそうじゃわい」
「ありがたやありがたや」
「なんまんだぶなんまんだぶ」
アレ? 受けた? 良かったわー。炊き出しで平家一門の評判を上げよう大作戦はここで頓挫する物だとばかり思ってたオレはホッと胸を撫で下ろした。
オレのミスで一門に迷惑は掛けられないからね。でもさすがにしんどいのでこのまま牛車へと戻ったのだった。
まあ、今日も成功って事で。