今日はお忍びで市中のお見回りです。
貧乏旗本の三男じゃなくて次女って事で、そこんところよろしくね。
三男坊と大きく違うところは剣の腕はからっきしなところ。だから影ながら強面の家人が見守ってくれています。五、六人で……。弱いって罪だわー。
でも月に何度かはこうして市中に出ているのです。だって楽しいからね。歩きながら串焼きだの、果物だのを食べていると何だか気分良いんだよ。
今日のおべべは目立たないように足首までの茶色のお着物。それとシンプルな色合いが職人泣かせな薄い朱色の内掛けの一品と
まっ、いっかー!
しかしこの串は美味いねー。普通のイノシシの肉だとは思うんだけど他の店のとは全然別だわー。多分タレが違うんだね。きっと。
おっ、あそこには瓜が売っている。どれどれ。
「おじさん、瓜を一つ下さいな」
「ど、どこの高貴なお方でございましょうか。俺…わ、私は何も……お許しをお許しを」
「いえ、私はその瓜を一つ頂きたいだけですわ。そんなに怖がらなくても……」
そう言って銭を出したらやっと安心したのか、気の弱そうなオヤジが瓜を一つ紙に包んでくれた。オレは鬼か蛇に見えたのか!? こんなに愛らしいと言うのにまったく!
歩きながら瓜をもしゃもしゃと食べる。これも美味いね。
うん。やっぱりたまにはお外で気晴らししないとね。見えないところに護衛がいるのは仕方がないけど、とっても楽しいわー。そして周りを見渡せばこの前まであった雪もすっかり融けて、もうそこまで春が来ているのがはっきりと判る。
オレは最後の冬の陽を体いっぱいに浴びながら大きく伸びをするとまた食べ歩きを再開したのだった。
さすがにお昼時ともなるとくたびれてきたわー。いつもの茶店で休むか。
そう思うと、いつも炊き出しをする小路の辻に程近い場所にある茶店に急ぐことにした。だってあそこはすぐ混んでしまうからね。人混みは嫌いではないけど時と場合による。疲れている時は静かなほうがいいからね。
贔屓にしている茶店の前まで辿り着くと案の定、人で大賑わいの様子。
これも仕方ないと中に入ってみる。
「店主。奥は空いていますか?」
日除けの為の
「あっ、これはこれは
「いえいえ、この店は料理も美味いからいつもここへ来るのを楽しみにしているんですよ」
「それはありがとう御座います」
「それとね、今日は忍んで来たからあんまり目立ちたくないのです。その辺はお願いしますね」
「判っております。しかし、この小路の連中は皆美盛様の事は知っておりますよ」
「いや、それはその……まあ、そう言う気分なんです!」
「ははは。
店主はオレの話に相槌を打ちながら店の小者に確認を取る。どうやら二階席は空いているようだ。いやー、よかったよかった。
オレを案内する間に店主が今日のお勧めを言う。何でも今日は鹿の干し肉とそれに菜の煮付けくらいしか無いんだって。
部屋に着くと見晴らしのとても良い場所へ案内される。たぶんここで一番良い場所なんだろう。特等席ってことだな。うっひっひ。
さーてとまずは……。
「店主。まずはお酒を頂きます。それから鹿の干し肉を二斤程切って下さい。あっ、野菜は少なめで」
「畏まりました。でも野菜も食べなきゃいけませんよ
「」
「あはは。ではしばらくお待ちを」
言いたい事を言うとそのまま一階の厨房まで降りていってしまった。野菜を食べなきゃ栄養が偏ると言いたいんだろうけど、そんな事は判っている。でもオレは鹿肉を腹いっぱい食べたいんだ! って言うかお前はオレの母ちゃんか!
まあ、勿論口に出しては言わないけどね。
「お待たせいたしましたー」
オレの食台の前まで来た店主はまずお酒の
さすがにオレクラスになると店主自らが調理して持って来るみたいだね。平家の姫公達に小者の作った物を持っては来られないよなー。
よし来た来たー。さあ、呑むぞー!
この間、呑み過ぎて叱られた事なんてどこかへ忘れてきたかのような眩い笑顔で盃を持つ。
それを見た店主はオレの盃に酌をしてくれる。
「おっとっとっとっ、あ、あー、もーいもーいい」
溢れそうになる前にやめてもらい、こぼれるといけないからそのまま一気にぐいっと飲み干す。うーん美味い。
そんな事を何度かやっていると酔いも回ってくるというもの。昼間から酒とはいいご身分だなーって我ながら思っちゃうけどいい身分なのだから如何ともし難い。けっけっけっ。
「いやー、今日も酒が美味くてさらにここから見る小路の人並みも賑やかです。結構結構」
上機嫌でのんべいの戯言を口にすると店主も相槌を打ちそのままオレの相手をしてくれる。こんなのんべいの相手をしていては店が回らないのではないかとちょいと心配にもなるが酔っているとそんな心配は不意に忘れてしまう。酔ってるから仕方ないね。
「ときに店主。最近何か変わった事はありませんか?」
酔ってはいるけど一応情報収集はしておこうか。後で覚えているかどうかは判らないけど。
「そうですねー。ここ最近また
「えっ、また増えたのですか」
道々を集団で徘徊しては平家に対してよからぬ事を企んでいると無理な難癖をつけ、然したる理由もなく民家や市井に無断で入り込み乱暴狼藉を働くのだ。まあ、最悪な連中だよ。
「はい。こちらの小路には滅多に近づいては来ませんが、他へ行くと大きな問題になっているようですよ」
「当然です。このあたり一帯は我が
少し興奮してしまったけど、
小耳に挟む噂だけを聞いても
勉強嫌いなオレですら歴史の時間で習ったのを覚えている。
連中みたいな三下を使っている
あーあ、しかし
茶店からの帰り道。
鹿の干し肉で酒なんぞ呑んでいると、何やら水滸伝等を思い出してとても気分がいい。このままどこぞにある山の頂上まで登って仙人と囲碁でも打ってみようか等と考えながらいつもの小路に差し掛かった。
するとある一軒の商店で人だかりが出来ていた。どうやら店の中が騒がしいみたい。オレも人だかりと一緒に何事かと好奇心に引かれて覗いてみた。
店の隅ではこの店の主であろう五十絡みの男が顔を青くして立ち尽くしている。
「貴様、今すぐ謝れば腕一本で許してやらん事もないぞ?」
「我らに刃向かうとどうなるか思い知らせてくれる」
「そうだ!
あちゃあ、さっきまで噂していた
「あの若者、
「んだんだ」
ん? 若者? 店主ではなく? ああ、こっちの男か。
「何を言っていやがる。お前達が勝手にこの店に入ってきて商品を壊すからだろうが! この店の親父さんには随分世話になったんだ。叩きのめしてやるから掛かって来い!」
んん!? オレは
そうこうしている内にその学生と
しかし段々と疲労が蓄積してきたのか相手の一人に体を掴まれて表通りへ投げられてしまった。
要するに野次馬のオレらの方へドンガラガッシャーン! って投げられたわけよ。
で、慌てて避けるオレ達見物人一同。
背中を打ち付けたのか苦悶の表情になった学生さんだったが、素早く立ち上がる。そしてまたファイティングポーズを取り直した。痛いんだろうけど痩せ我慢なんだろうね。
店の外へ放り出したのだから、当然店から
「そらそら、お前達見世物ではないぞ!」
「野次馬になどなっていないで平家の為にキビキビ働け」
「それとも我らに刃向かうつもりか?」
さてと、さすがに
今までオレが炊き出しだー。市中見回りだー。ってやってきた成果が無駄どころかマイナスになっちまったら目も当てられない。このバカタレ共は本当にもう!
すーはーすーはー。息を整える。噛んじゃだめだ噛んじゃだめだ噛んじゃだめだ……。そして一気に言い放った。
「何をやっているのです!!」
「私は
あわわ、おっかない目でこちらを見ないでー。本当は怖くてたまらないの! そこんところ判るならもっと従順な態度をしてくれよー。お前達の主筋なのですよ。こっちはー!
「でも私も鬼ではありません。今回は謝罪はもとより一切合財の修理費用を貴方達が出すと言うのならこの事は
恐ろしいけど、上から目線でこんな風に言い放つ。
って言うか、いつの間にかオレの周りには五人の護衛が腕を組んで
助かったー。これで何とかなる! でもあまりにも素早く守ってくれたのでオレ自身まったく気がつかなかったよ。
「
「我らがやりすぎました」
「よ、
さて、それではこの学生さんだね。何者なのだろう? 前々世で流行だった転生ってやつか? あ、オレもそうか……。
ここまでの光景をずっと見ていた学生さんはため息を一つするとヘナヘナとその場で座り込んだ。
「大丈夫でしたか? 私は
学生さんがヘタり込んだのを見ると
「いやー、反射的に体が動いちまったが、ああ言う弱い者を食い物にする奴は大嫌いなものでね」
なんだその言動は! なんと言う主人公気質だ! こいつはまるで主人公だぜ!
「ああ、そうそう俺の名は
この学生さんは爽やかな笑顔と共にそう名乗ったのだった。