彼は、自分が何者であるか知らない。生まれ落ちたその日から、戦うことを宿命付けられ気が遠くなるほどの昔から、人々がこの場所そのものを忘れてしまうほど昔から、彼はこの場を護っていた。
そこに自らの意思など欠片もない。ただただ、誰かにそう言われたから、そのためにこの世に産まれてきたから。だから、彼は何も考えず、侵入者を鏖殺してきた。迷いなどあるはずもなかった。
彼に訪れた長い平穏の日々は、本当に唐突にやって来た。ある程度の周期でやって来ていた、あの細かくひ弱な生物がある時から全く現れなくなった。最初こそ不思議に思ったが、彼はいつもの通り、仕事がなければ寝て過ごす。水分も、食べ物も一切口にせず、彼は人が理解し得れないほどの時間を過ごした。
『グルォォォォ!!!』
永い眠りから目覚めた彼は、久方ぶりの侵入者に、少し驚いていた。久方ぶりに訪れた侵入者は、最後にやって来た者達と根本的に違うと、瞬時に理解した。あの千にも上るような群衆よりも、このたった四人の方が、遥かに脅威であると本能が告げていた。
可笑しな話だとは、彼自身理解しているだろう。戦力の差は比べるまでもないハズなのに、目の前のたかだか四人の者達の方が圧倒的に強いなどと。だが逆に考えれば、目の前の者達それぞれが一騎当千の強者だとすれば、単純に鑑みてその戦力は四千。
なるほど。と、彼は勝手に納得する。彼は、これ以上の思案は不必要だと察したから、この無理矢理な理論で自身を納得させたのだ。これは、戦うために産み出された者の本能が、これ以上の思案は不要だと切って捨てた故の、無意識のものであったが、彼はそんな事をもう気にも止めず、自身の思考を完全に戦闘のそれへとシフトさせた。
結論から言えば、彼は己の力を見せ付け、侵入者を蹂躙した。
確かに強かった。彼の力の制限が外れてしまうほどの力が、侵入者達にはあった。だが負けはしなかった。彼は生き延び、侵入者を撃退させる事に成功した。
だが、侵入者はその明くる日も来た。こちらの能力が把握されたのか、かなり苦しい戦いを強いられた。それでも、己のやるべき事をするために、彼は戦い続けた。
そしてとうとう、その時が訪れた。油断はなかった。あえて言うなら、侵入者が強かったのだと、彼は勝手に納得する。彼は、自身を倒した者達を、最後にその目に焼き付ける。
「勝ったぁぁ!」「いやっほう!」
などと、何やら叫んでいる。それは勝利者の咆哮。そうだ。私が敗れ、彼等が勝利したのだ。満足だし悔いなども無い。だがあえて言えば、この部屋の外を見てみたかった。
彼は、そっと目を閉じる。終わりの時を、ちょっとした悔いと共に迎えた。そう迎えたハズなのだが、不意に瞼の向こうに強い光を感じた。
「!?」
とても広い蒼が視界を支配した。ここがどこなのかまるで分からない彼は、自分が落下しているという感覚だけは確かなものとして理解した。体を回し、下を向けば、緑や灰色、そして先程見てたものよりも濃い青が拡がっている。目を凝らせば、あの小さな存在も沢山歩いているのが目に見えた。
な、なんだこれは!いったいどうなっている?
理解が追い付かなかった。今まで自分がいたあの無機質な部屋は跡形もなく、突然の落下は混乱するのも当然だ。しかし、そんなことよりも、体勢を建て直そうと、翼を広げようとする。が、ここで彼は大きな違和感に気が付く。翼の感覚がないのだ。更に良く見ると、彼の体そのものが違う。あの小さな者達と同じ様な姿になっていた。
訳が分からなかった、何故自分はこんなところに投げ出され、こんな姿になっているのかと、誰も答えはしない自問自答を繰り返す。
このまま落下を続ければ、あの深い青に飛び込むことになる。高さが高さだ、この姿では無事では済まないだろう事が容易に想像つく。
「間に合えぇぇぇ!!!!」
不意に、遠くから声が響く。視線をそちらに向けた彼の視界に映ったのは、白い閃光。こちらに手を伸ばす一人の青年の姿だった。
ーーーーーーーー
「はぁ、話が通じんな。」
白い青年に助けられた彼は、服を渡されIS学園の応接室で取り調べを受けていた。
元々人ではない彼は、服というものを理解していないために、最初は渡されたものを、キョトンとした目で見ていたが、職員がなんとか無理矢理着せた。本人は、服が鬱陶しいようだが、IS学園の生徒教員のほとんどが、男性に余り接した事がないため、あのまま裸一貫で居座られたら彼女達の目に良くないのだ。そのため、彼を助けた白い青年。織斑一夏を中心にどうにかこうにか彼に服を着せたのだ。
「もしや、日本語が分からんのか?」
そして今、彼の対面に座り、彼の事情聴取をしている彼女は織斑千冬。織斑一夏の実姉であり、この学園で堂々一位の実力者だ。
「……?」
千冬は思わず溜め息を漏らす。つい十分前、IS学園の上空で突然の爆発現象が発生し、すぐに動ける専用機持ちとして一夏を現場に向かわせたが、その彼が持ち帰ったのは、この紺碧の髪を持つ赤い目の少年。一応、一夏には戻ってきた他の専用機達と共に、上空の警戒体勢をとらせてはいるが、おそらく何も収穫は無いだろう。千冬は今一度、眼前の少年に目を向ける。見たところ、年は15歳前後。一夏と同い年だと思われる。赤い目ということは、アルビノの可能性もある。だが、紺碧の髪色とはどういうとこなのか、染料の可能性は否定できないが、この色合いは天然のものだと、千冬は察していた。それがより、千冬を困惑させた。ある程度の外見的特徴で、出身地を割り出そうとしたのだが、まるで分からない。というよりも、この色合いが現実離れしている。一度は盾無と縁がある者かとも思ったが、それはDNAの解析でもしなければ調べる事はできない。
「はぁぁ……。」
「……。」
そして、彼も当然のように混乱していた。ここがどこなのか、何故自分はこんな所にいるのか、まるで理解できなかった。目の前の女性が何かこちらに話しかけていはいるが、それが何を言っているのかも、まるで分からない。
コンコン。
不意に、応接室の扉にノックが鳴る。突然の訪問者に、二人がその扉に目線を向け、そちらに意識を集中する。「入れ。」という千冬の指示の元に、扉を開けて現れたのは、千冬のクラスの副担任である山田 麻耶その人である。
「失礼します。織斑先生。周回班の一班が帰還しました。報告したい事があるとのことですので、対応の方をお願いします。」
「了解した。すまないが山田先生、コイツの様子を見ていてやってくれ。」
千冬は、麻耶に彼の事を任せ、応接室から出ていく。それを残された彼女は見送り、部屋の中に入る。
「ど、どうも初めまして、山田 麻耶です。」
「………。」
言葉を投げ掛けられても、彼は何一つ答えない。答えるための言葉を知らないのだからしかたがないが、それを知らない彼女は、無視されたのかと、少し涙目で落ち込む?
『何を泣いているんだ?』
「え?」
『涙を流す時といのは、大体が痛みを訴える時だと了解している。どこか痛むのだろうか?』
彼が何か言葉を発するが、その言葉の意味が分からない。彼は、眉ひとつ動かさないから、表情から読み取ることもできない。それがより、彼女を不安にさせた。彼とは対照的に目に見えて困惑し、対処に困っている。
『そうか……こちらからの言葉も通じないか。だが、余り泣くな。正直、見てられない。』
「わっ!?え?え?」
突然、麻耶は頭を撫でられ、より困惑する。彼からしたら、特に意味のある行為等ではない。ただ、あの時、最後の時を迎えるハズだったあの時に、彼を倒した四人の内の一人が、こうやって別の者の頭を撫でているのを見たから、やってみただけだ。
「あ、あの……。」
なんとも言えない、不思議な空気が二人を包んだ。片や、真似事とも言えるどこか不格好な形で、大人の女性の頭を撫で。片や、黙してそれを受け入れている。なんと形容すれば良いのか。いうなれば、ある種の混沌がそこにあった。
「山田先生、待たせたな。……何をしているのだ?」
「はっ!お、お、お、織斑先生!?いやあのこれはそのぉ!」
『戻ってきたのか。正直、お前のような殺気満々の者よりも、どこか小動物的なコヤツの方が気が休むのだがな。』
「何を言っているのかは分からないが、一先ず山田先生からいや、言葉で言っても理解できないのだったな。」
身ぶり手振りを混ぜ、彼に麻耶から離れるよう言う。理解能力が高いのか、すぐに意味を理解し、彼は麻耶から手を離す。
「しかし、よもやそんなことがあろうとはな。」
不意に、千冬が呟く。麻耶はそれに「一班はなんと?」と返し、彼は興味がないのか、窓の外の空を眺めている。
「……まぁ、良いか。爆心地と思われる座標で、重力場の乱れを検知した。」
「重力場の…乱れですか?」
「あぁ、私もその事は専門外だから何とも言えんが、それはブラックホールだとか、ワームホール等と呼ばれる物にある特徴だそうだ。」
「え!?それ不味いんじゃないですか!?」
『何!?』
彼は見た。空に亀裂が走り、そこから異形が姿を表そうとしているのを。
ーーーーーーーー
『こ、こちら二班!現在正体不明の生物と交戦中!至急応援をもと!キャァっ!?』
IS学園職員室は、騒然としていた。突如空から姿を表した異形は、ここからでも視認していた。それは正に、怪獣だとかモンスターだとかの表現が相応しい存在だった。真っ白な肌は毛だとか鱗だとかそういったものは一切見られず、ヌメヌメと光っていた。それはISを相手取りながらも、引け目をとらないどころか、圧倒するような空戦能力を備える有翼の化け物。だが、それを紺碧の髪を持つ彼は訝しげ眺める。
『可笑しい、奴と同種のモノは見たことがあるが、あれほどの戦闘能力は備えていないはずだ。むしろ戦闘は好まず、闇討ち奇襲で獲物を仕留める種族のハズ。それが何故あのような……。』
個体差は確かにあるだろうが、あの戦闘能力は、その一言で片付けられる物ではないと、彼は瞬時に察する。しかしそうだとしても、あの個体が何故あれほどの力を有しているのか、その理由はまるで分からない。ただ、一つ。一つだけ確かに分かることがあった。それは、あの個体は自分よりは弱いだろうということだ。
『助けられたのは、事実だからな。』
彼は応接室から出ていく。恩義だとか、そう言ったものの意味は良くは分からないが、助けられたという事実が彼の背中を押した。それに、何故か今の彼には、不思議と力の使い方が分かったのだ。因にだが、千冬と麻耶の両名は、この騒ぎで職員室に直行していた。
校庭の中央に立った彼は、自分の近くに人がいないことを確認して、力を解放していく。彼の手足が凍り付き、その氷が全身を覆っていく 凍りは次第に大きくなり、空に意識を向けていた多くの人物が突然の冷気に驚き、校庭に眼をやる。その時には、校舎の二階にも届く大きな氷塊が出来上がったいた。全員が、その氷から目が離せなくなっていた。直感していたのだ、その氷の中のいる強大な存在を。
氷の中で、真紅の双眸が輝いた。と同時に、氷が粉微塵に砕け散り、中から紺碧の鱗に覆われた、四つ足の竜が現れる。鋭い牙は岩をも砕き、雄々しい爪は大地を切り裂く。真紅の双眸は敵の死を射止め、三つに別れた三叉の尾は力強くしなり、それが一つの武器であると悠然と物語っていた。そして、背中から延びる二つの大きな翼は、まるでステンドガラスのような模様がついており、その翼から、大気が凍てつくような冷気が溢れていた。
『グオォォォォォ!!!!』
紺碧の竜の雄叫びが、IS学園を、日本を、世界を、空を揺らした。この地に降り立った、最凶の存在を証明するように。
こんな感じで気楽にやっていきますのでよろしくお願いいたします。