今話から新章となります。
一夏くんの難易度が妙に上がってる気がしますが、応援のほどよろしくお願いいたします
第一話:葛藤
バルファルク討伐から二日が過ぎた。生徒数は半数となりつつも、教育機関として継続する事を決めたIS学園の正門には、いまだにマスメディアが押し掛け人垣を作っていた。
それ以外は至って平和な時間が流れているが、技術室においてはその限りではなかった。織斑 千冬、織斑 一夏、佐山 現とドゥレムの四名が、技術室に備え付けられたコンピューターを前に唸っていた。
「一夏君、もう一度試してみて。」
「ハイ。」
現の言葉に従い、待機状態の白式に向かってデータ転送を命じる。
現在、待機状態の白式と三本のケーブルと繋がったコンピューターに、白式の情報の転送作業を行っているのだが、これは五度目のトライである。何故か、白式から転送されてくるデータはロックが掛かっており、一夏が解錠を命じてもそれが受け付けられない状況が続いていた。
「……うぅん。やっぱりプロテクトが働いてる……。」
プロテクトには、そもそもパスワードもないため、恐らく使用者のみが閲覧できる仕様なのだろうと現は推測し語る。言うなれば鍵もなく、隙間もない金庫を相手にしているような物だとも。
「使用者偽造は出来ないのか?」
「無理ですよ。ISの使用者権限はブラックボックス部分の深層データですから、第三者からは関与出来ません。そもそも、ISがどうやって使用者と非使用者を見極めているかも、束博士以外で理解している人間はいないんですから。」
千冬の提案に、頭を掻きながら答える。彼女は、暗に手詰まりだと語っていた。
「しかし、使用者は確認できるというならば、ここに一夏が同席しているのだから問題無いはずでは?」
ドゥレムの疑問に、現は再び首を横に振る。
「一夏君がロック解除を命じてるのに、白式はそれを拒否している。あんまりこんな風な言い方好きじゃないんだけど、白式の意志がそれを拒んでる感じ。」
ISにも固有の意志がある。とする考え方は、パイロットには多く語る者がいる。しかし、現のような技術屋畑の人間には、その説に懐疑的であったり否定的な人物が多い。現自身も、ISの固有意思は否定派の考えだったが、現在の白式には、その考え方を当て嵌めるしか答えがなかった。
「では、何故白式は一夏の命令を拒む?」
「そこです。多分、それさえ分かれば情報も開示されるんでしょう。一夏君に心当たりは?」
「……すいません、思い付きませんね。ただ白式の意思と言えば、白式が霹靂を起動する直前に、俺は幻覚を見ました。」
「昨日話してたやつだね。確か、白い少女とライゼクス。それから雪景色だっけ?」
一夏は頷いて肯定する。
一夏達は、IS学園に帰還して直ぐに、技術室を押さえる為に職員室に立ち寄ったが、本日のこの時間まで空きが無かった。そのため、ちょうど居合わせた現を巻き込んで、白式の解析に協力して欲しいと頼んだのだ。その際、一夏から白式の様々な話を聞いておいた現は、一夏が視たという幻覚の話も記憶していた。
「色々調べてみたんだけど、IS搭乗中に幻覚を視たって話は結構あるみたい。特に専用機持ちかつ、IS適性が高い人に似たような証言が散見されてるわ。人によって内容はバラバラだけど一貫してるのは、幼い女の子が幻覚に登場すること。でもモンスターが一緒に出て来たなんて話は無かった。……あぁそれと、白式が表示したって言う規格外移行という単語も、現在確認された例は無いみたいね。」
現の語る幻覚云々は、千冬も耳にした事があった。曰く、第二移行の直前や、IS搭乗中に危機的状況に陥った際に、多く発生するとか。
だが、白式の語るコード:ライゼクスや規格外移行。それに類似する単語が確認された例は何もないため、余計に彼等を混乱させている。語感を鵜呑みにするならば、ライゼクスのデータを元にし、IS規格から外れた特殊な進化を遂げた結果が、あの白式:霹靂となるのだろう。
「そもそも規格外って何よ。規格外なら最初から無理に成らなくたって良いじゃない。」
愚痴のように溢す現に、一夏は苦笑いを見せる。
「その規格外移行とやらで、白式に影響はないのか?規格から外れた形態移行が起きたのならば、白式の方にも何かしらの影響があったんじゃないのか?」
千冬の疑問に、現は即座に答える。
「その辺のデータも秘匿されてます。現在の白式の情報が、何一つ分からない状況なんです。基本データさえ閲覧できないなんて事例は、多分コレが初めてだと思いますよ。とんだ秘密主義ですよコノヤロウ…。」
苛立ちの混ざる愚痴が溢れる辺り、現には手詰まりである。
情報へのハッキングも試みたが、結果は振るわなかった。ISが秘匿する情報となれば、そのセキュリティレベルは世界有数のハッカーを集めたとしても、匙を投げるほどとまで云われている。ここにいる四人に、解決の糸口は思い付くハズもなかった。
「……白式は、何を狙っているんだ?」
ドゥレムの呟きに、皆が一様に考える素振りを見せる。白式の目的が何であるか、何故全ての情報を秘匿するのか。それが分かれば、解決の糸口になるのではと期待したからだ。
「一夏は、幻覚の中で何を見聞きした?さっき話していたこと以外だ。」
千冬の問い掛けに、一夏は少し躊躇いつつも口を開く。
「……幻覚世界の中で、俺は鈴の死を視た。他の皆の姿は見えなかったけど、恐らく鈴と同じ状態だったんだと思う。」
彼にとっては、思い返したくもない記憶だった。
寧ろ、あの映像を見せられたからこそ、一夏は迷い無く力を欲した。逆説的に言えば白式に嵌められた可能性も否定できないが、一夏には、あれが紛れもない未来の映像だと直感していた。
「なるほど……それを視たのは、少女とライゼクスの前か?後か?」
「前。幻覚の女の子は、現状のままだと幻覚が現実になると言っていた。」
「それを信じたのか。」
千冬の言葉に、頷いて答える一夏。彼女は、呆れたような表情を見せつつも、彼を責めたりはしなかった。
一夏の立場になって考えれば、力を求めるのも理解できたからだ。もし千冬が同じ立場になり、一夏の死を見せ付けられれば、結局同じことをしたと言い切れてしまう。
「うぅん……となると、白式の目的ってこんな感じになるのかな?」
唸りながらも現は、空中キーボードを叩いてディスプレイに、箇条書きで文字を起こす。
・一夏のモンスター化
・一夏の仲間を守りたいという意思に呼応
・一夏の生命保護
・バルファルク討伐のための緊急処置
・ISの自己進化
・その他予測不明の目的
六個挙げられた、現が予測した白式の目的に、一夏が直ぐに反応した。それは一番目の項目。一夏のモンスター化である。
「俺のモンスター化が目的って、どういうことですか?」
「私的にはこれが一番説明しやすいんだけど、文字通りに、君をモンスターにすることが目的。この仮定なら現状、各種データが秘匿されてる理由も説明できるし、君が視た幻覚も白式がそう誘導したって考えることが出来る。説明に矛盾点は出てこないんだよね。でも、それをすることによる白式のメリットが分からない。」
確かにそうだと、千冬もドゥレムも感心する。一夏をモンスターにするという目的であるならば、それを悟らせないために、白式が情報を公開しないのだと納得できる。寧ろそれ以外に、情報を公開しない理由が考えられなかった。
だが、それを飲み込める一夏ではなかった。彼には、あの幻覚こそリアルであると確信に近い直感が、いまだにこびり着いている。仮に白式の目的に、自身のモンスター化が含まれていたとしても、それはあの未来を防ぐために必要不可欠な要素なのではないのか。そうであるならば、彼は人間を辞めることは厭わない覚悟だった。
「ひとまず一夏君には、1ヶ月程ISの使用を停止させるべきです。その間に、一夏君と私は白式のプロテクト解除の方法を模索します。」
現状はその判断が正しいだろうと千冬が決断し、現の意見に方針が決定した。今回の検査は、既に時間となるため終了となったが、結局のところ何も解決していないのと変わらない結果となってしまった。
方針の決定に、一人納得していないのは、一夏本人である。
検査が終われば即時返還。という約束は履行されたが、それと同時に千冬の許可無しで、白式の起動を行うことを禁止とした。反した場合には即座に白式の回収。向こう10年間、ISへの接触禁止という罰則を受けることを課せられてだ。誓約書まで書かされたのだから、苛立ちを覚えずにいられない。
「一夏。これは全て、お前を思うが故だ。だからこそ、ドゥレムも佐山もこうして検査に協力しているのだから。」
「……分かってるよ。」
吐き捨てるように言い残し、一夏は技術室を後にしてしまう。その瞳の色には、隠しきれない憤りも込められていた。だがそれを圧し殺し、彼はそそくさと三人から離れていってしまった。
彼が技術室を後にし、少し経ってから千冬は、大きな溜め息を洩らしてドカリと手近な椅子に腰を預ける。その顔には、疲れが滲み出していた。
「…お疲れ様です。」
「あぁ………。」
現が気を効かせ、言葉を投げ掛ける。だが、千冬の精神的疲労はとても大きいものであった。普段なら、生徒の前では絶対に見せるハズもない疲れきった表情が、その顔から剥がれないのだから疲労は相当のものであるのだろう。
「一夏は、何故白式に執着するんだ。人でいられなくなるかもしれないのに、何がアイツを縛っている……?」
千冬にとって不思議だったのだ。いや、一夏と話した全員が疑問に感じていた事柄。彼の白式に対する執着だ。普通の感性ならば、モンスターになってしまうと脅されれば、多少は躊躇したり、困惑するだろう。だが一夏は違った。楽観視してる訳でもなく。彼は、それでも良いと本気で考えているのだ。常人の思考体型ではないと、千冬はハッキリと言い切れる自信があった。
「……考えづらい事ですけど、白式が一夏君の価値観にすら影響を与えているのかもしれません。だから、人でなくなることに躊躇いがない。」
あり得ないと、切って捨てることが出来なかった。現の仮説が仮に真実だとしたら、白式には明確な目的があるという事になる。それが悪意か善意かは分からないが、結果的に一夏は、人間を辞めざるを得なくなってしまうのだろう。
「…どちらにしても、一夏には白式を乗らないでいて貰うしかない。奴が白式に乗らなくとも良い状況を、俺やセシリア達で頑張って作るさ。」
千冬は、ドゥレムの言葉に軽く頷く。彼女は、戦略的にそれが難しいと分かっていた。単純な攻撃力で鑑みれば、一夏はIS組の中で頭一つ分飛び抜けている。ドゥレムと並ぶ、IS学園の最高攻撃力の一角を失うのは、亀裂を上空に抱える学園にとってかなりの痛手となるのも、彼女は痛いほど理解していた。だが一夏の家族として、更には現場責任を負う者としても、一夏の抱える危険性を鑑みれば彼を再び前線に送ることは出来ないのもまた事実である。
「フォーメーションは考え直さなければだな。」
「俺と一夏の二人体制だった前衛か。この際俺一人で、と言いたいところだが……。」
ドゥレムが懸念しているのは、自身よりも速力のある相手の時だ。バルファルクは正にそれだった。一夏とドゥレムの二人体制だったからこそ、相手が速さを活かしきれずにいた。だからセシリア達の援護射撃も効果を発揮したのだが、ドゥレム一枚の前衛では、一対一の速度での勝負になった時にはかなり危うい戦いになると言える。確かに、最高速度を含めたドゥレムの空戦能力は、モンスターの中でもトップクラスに部類する。しかし、自身よりも速いモンスターもいれば、以前のフルフルのように飛び方の巧いモンスターもいる。そういった者が相手となった時に、損害はかなりのものになると考えられる。
「前衛には貴様一人ではなく楯無か鈴の二人一組が的確だろう。ひとまず、対モンスター戦術と兵器の開発を急ごう。」
千冬も、ドゥレムの言わんとすることを理解していた。だが対モンスター戦術と言っても、その特徴は千差万別。一つの戦術で、どうこうなる問題ではない。せいぜい、陸海空それぞれに対応した基本戦術を組むくらいしか手はない。となれば、メインになるのはどうしても兵器開発になる。セシリアが使っている対モンスター用試作狙撃銃、丙一型はその皮切りとなっており、実戦データを元に改良が加えられるとなっている。
世界各国でも、対モンスター用兵器の開発は急がれているが、何分データが少ないためどこも難航しているようである。
その点白式の持つ零落白夜は、反則と言える程の攻撃力を誇っている。確かに、ただ前線に置くだけならば、楯無と霧隠れの淑女でも十分であろう。いや、その技術を鑑みれば一夏よりも適任と言えた。鈴も甲龍の持つ高い防御性能に、青竜刀による近接戦能力も十分にある。問題があるのすれば、モンスターとの機動戦になった際か。
だが、白式の持つ零落白夜という必殺の刃の損失は、かなり大きな物と言える。バルファルク戦も、一夏と白式:霹靂の活躍がなければかなり厳しい戦いになっていたことだろう。ドゥレムをして、「負けてもおかしくない戦いだった」と言わしめた相手と渡り合えたのは、間違いなく一夏と白式:霹靂の活躍があってこそだったのだから。
「……一ヶ月……。佐山、何とかして白式を調べてくれ。私も出来うる限りの協力をする。」
力強く頷く現。
内心の不安を滲ませないよう、努めて平静でいようとする千冬は、現の決意に満ちた表情を心強く思いながら、技術室を後にする。ドゥレムと現も、彼女の後にならい技術室から出ていく。
「…………。」
が、ドゥレムが何かに気が付いたように足を止め、振り替える。視線の先には、シャットダウン処理中の空中ディスプレイが物寂しげな青い光を灯していた。やがて、ブンと空中ディスプレイが消失した。後には、綺麗に整理された一室が残るのみだった。
「ドゥレム君?どうしたの?」
「……いや、気のせいだ。」
現の呼び掛けに、ぶっきらぼうながらも答え、鍵を閉めたドゥレムは二人のもとへと歩を進めた。
人を辞めそうになっている一夏くんと、人間を理解しようとするドゥレムの対比を楽しんで頂ければ幸いです。