今回は、MHFのやべー奴(?)が登場します!
暗闇の中、彼は絶望的な驚異に震えていた。炎の王とさえ呼び称された自身が、まるで手も足も出せずに弄ばれている現実は、彼の生涯で初めての経験だった。
恐怖を覚え、本能の赴くままに逃げてきたが、ソレに追い付かれた。黒い体躯に紅い目をした奴に。
「ゴォオォォォォォ‼‼」
周囲に撒き散らした鱗粉を爆発させ、闇を払おうとする。だが闇は霧散せず、光る紅い眼光が不気味に蠢く。
笑っているのか?彼は、その眼に灯る色に、愉悦を見てとった。生存のために他者を狩るのか?違う、奴は自身の快楽のために他者を狩るのだ。それを理解した次の瞬間、彼のテオ・テスカトルの意識は闇に呑まれていった。
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「…………。」
ドゥレムは缶コーヒーを飲みながら、一人ベンチに腰掛け海を眺めていた。以前、現と話したそのベンチは、相変わらずに人の足は少ない。
彼が考えているのは、一夏達のことである。一夏のモンスター化は紛れもない真実だと、ドゥレムは確信している。今は人間に戻れても、いずれは戻れなくなるとも彼には読み取れていた。一夏は分かっていないのだ。人を辞めて、モンスターになるということの本当の意味を。
グッと握り締めた空の缶を、思わず握り潰してしまう。想った以上の憤りを覚えていたのだろう。ドゥレムは、少し驚いた表情で潰れてしまった缶に視線を落とす。
溜め息を一つ吐いて、自室に戻ろうと立ち上がるドゥレム。だが、その目の前に一人の少女がいることに気が付く。先程までいなかったハズの、黒い長髪の紅い目の女の子。服装は黒を基調としたゴスロリの衣装で年の頃は14歳程だろうか?端から見れば、綺麗なストレートの髪を持つ愛らしい少女だが、ドゥレムはその正体を瞬時に看破した。
「……モンスターか。」
警戒心を隠そうともせずに、ドゥレムは呟く。少女はニッと口角を上げて笑って見せる。
「初めまして、お兄さん。私の名前ははラ・ロ、お兄さんがドゥレムディラ?」
ラ・ロと名乗る少女の姿に、ドゥレムの警戒心は最高潮となっていた。並みのモンスターではないと、本能が警鐘を鳴らしている。
「今日は挨拶に来ただけよ、そんなに怯えないで。」
クスクスと笑って見せる彼女だが、ドゥレムの警戒心は全く解れない。
いや、それよりも彼女は怯えていると言ったか?ドゥレムは自身の右手をちらりと見る。潰れた缶コーヒーが、カタカタと音を挙げている。彼は、それを隠そうともせずにラ・ロに眼差しを向けた。
「挨拶?」
「そう、挨拶。篠ノ之 束の慈善事業開始のね。手始めに、テオ・テスカトルを討伐したわ。次はラオシャンロン、ラギアクルスの順に狩っていく。」
篠ノ之 束の名前は、ドゥレムも忘れてはいない。箒の姉であり、千冬と一夏の友人だった人物。そして、一夏と鈴、セシリアを巻き込み爆破テロを行った人物である。
「お前が、束の協力者なのか?」
「……そうね。実際は少し違うのだけど、その認識で間違ってないわ。」
「何が目的だ?」
「言ったでしょう?挨拶だって。それに……。」
ふわりと、間合いを詰めるラ・ロ。警戒していたハズなのに、気が付いた時には間合いに入られていた。底知れない笑顔を浮かべながら、彼女はドゥレムに耳打ちするように語りかける。
「私は、お兄さんの事を気に入っているのよ、……近い内に殺し合いましょう?」
こびりついた血の匂いが、ドゥレムの鼻腔を擽る。
ラ・ロはそれだけ言うと、ドゥレムから離れ、くるりと回った後にスカートの端を両手で摘まみ礼をする。
「じゃぁね、お兄さん。アレよりも私達を楽しませてね?そうそう、ライゼクスと交わったIS。束はアレに興味があるみたい。また近い内にちょっかい掛けると思うから、その時はヨロシクね。」
ゴォッ!
と、彼女を中心に炎が沸き立つ。思わずドゥレムも、顔を自身の腕で隠してしまう。この距離で火傷をしそうな熱量だったが、気が付いた時にはラ・ロの姿はこの砂浜には居なくなっていた。
思わず、膝から崩れ落ちるドゥレム。常識外れのプレッシャーに当てられた彼は、玉粒のような汗を浮かべ、肩で息をしていた。冷や汗が止まらず、暫くはまともに立てそうにはなかった。
「あれが……俺の敵か。」
震える手を無理矢理押さえ、彼は空へとその視線を向ける。茜色に染まり始め、夕闇はすぐそばまで迫っていた。
ラ・ロという束の協力者に出会ったという話は、直ぐに千冬に伝えた。そして二人にとって、非常に良くない話がある。それは、束が白式に注目したという事だ。彼女のことだ、ちょっかいと言っても生半可なことではないだろうことは、想像に難くない。
「他にソイツは何か言っていたか?」
「伝えたことで全てだ……。束と友人だったのだろう、狙いはなんだと考える?」
「分かったら苦労もしない。アイツは、昔から人よりも頭が良かった上に、人としての道徳がなければ、躊躇も迷いもない。ソレ故に行動が読めなかったが……。」
千冬が腕を組み唸る。長い付き合いだとしても、彼女にも天災束の行動は読めないのだ。しかし、それでも分かることがある。それは、束が白式を調べる方法だ。恐らくISなどの外敵をけしかけ、一夏にISを起動させざるを得ない状況下におく考えなのだろう。以前、ISクラス対抗戦において一夏vs鈴音戦に乱入した無人ISも、束のけしかけた物だと千冬は読んでいる。結局天災と言えども、彼女の根本的な部分は脳筋と言える。白式を調べたいと語るならば、白式との戦闘でそれをやろうとするのだと、千冬は予測できた。
「ひとまず、一夏を避難させるというのはどうだ?」
「どこに逃がす?例え街中に置いたとしても、奴はなんの容赦もなく仕掛けてくるぞ。」
束の事だ、自身の知的好奇心のためならば、他者の生命に危険が迫ろうが関知すらしないだろう。それならば、いっそ完全な迎撃体制を取って、束の刺客を迎え討った方がまだ被害は少なく済むのではないだろうか。
「いざとなれば俺も出るが……モンスターとの戦闘以外で俺が戦うのは大丈夫なのだろうか?」
「大丈夫な訳がないだろう。国連や日本政府には、対モンスター戦力と説明しているんだ。もし敵対者であろうと、ISを相手にモンスター状態で戦おうものなら、良くて国連所属になるか悪ければ殺されるぞ。」
それは良くないなと、ドゥレムも唸る。いまだに政府や国連には、ドゥレムに対して懐疑的な者も多い。そうでなくとも、モンスターの脅威に晒されている現状において、彼等が欲している情報はモンスターの詳細なデータだ。つけ入る隙を与えれば、彼等は瞬く間にドゥレムを連れ去るだろう。
千冬にとっても、その結末は望むべきものではない。モンスターだとしても、ドゥレムは欠け替えの無い戦友の一人なのだから。
「もしその事態になっても、お前はモンスターが現れた時以外は討って出るな。なに対IS戦ならお前より、私達に一日の長がある。安心して見ていろ。」
一瞬だが、迷うそぶりを見せつつドゥレムは頷く。彼は、自分が戦わなくても大丈夫なのかと不安を抱きつつも、千冬の自室を後にした。
翌日の剣道場。ドゥレムは一心に素振りをしている。今日は快晴だが、暢気に日光浴を楽しめる気分ではなかった。まだ午後も回っていない時間だがら、一夏達は教室で授業を受けている最中だろう。
ブン、ブンと竹刀の風切り音が静かな剣道場内に浸透する。ただただ無心で竹刀を振り続けるが、その剣先はいまだに定まらない。彼の心の迷いが、その剣筋に現れているのか、どこか彼の表情も難しげだった。
不意に、素振りを止める。彼は目を閉じ、晴眼の構えで佇む。剣道を嗜むようになって、箒の強さを改めて彼は実感していたのだ。あの剣筋は速かった。ドゥレムの動体視力を持ってしても、完璧にいなせるかは五分五分と言った所だろう。だが、『人体』の体さばきを剣道を通じて学んだ。何処に力を入れて、何処の力を抜くか。いつ動き、いつ流れるかを、彼は少しずつ学びとったのだ。
瞼を閉じ、暗闇の中で眼前に箒の姿を想像する。想像は像を結び、暗闇の中でドゥレム本人と箒の一騎討ちとなる。だが、ドゥレムは箒の上段からの面一振りしか知らない。速く、鋭い必殺の面だが、ソコに繋げるまでの小技も、戦術も動きも知らない。だが、今のドゥレムにはそれで十分だった。
動く。振りかぶった箒の喉に向けての突き。はたまた小手。切り抜け胴。だがその悉くをかわされ、いなされ、返しの面を食らう。何が違う?何が足りない?と彼は、暗闇の中で自問自答する。後手で駄目ならば自分からと、箒が上段に振りかぶる前に攻勢に出ても、ドゥレムには有効打が打てなかった。
大したものだと、謎の上から目線でドゥレムは感心している。剣道というルールの中で、ある種の極地へとひた走る箒の剣筋には尊敬すら覚えていた。だからこそ、以前の自分が行ったルール違反が、なんと失礼な行為だったのかと恥じる。
だが箒の『剣道』にも、ドゥレムは疑問を抱く。ドゥレムが見る剣道は、即ち技の習得にある。力を誇示するということはせず、脈々と受け継がれた技を倣い、精錬し、進歩する。それが剣道の、武道の本質なのだとふとした時に千冬に教わった。しかし彼女の剣道は、他者を凌駕し己を誇示することに重きを置くような。まるで「私はここにいるぞ!」と泣き叫ぶような、そんな悲痛ささえ感じる。
「何故……。」
何故、箒はIS学園から離れたのか。
何故、箒の姉である束は、一夏に危害を加えるのか。
それを箒が容認するとは、ドゥレムには考えられなかった。彼女は良い意味でも悪い意味でも、その中心には一夏がいた。彼女にとっての拠り所だったと言える。しかし現実は、箒と一夏はある種の敵対関係にある。何故そうなったのか、そうならざるを得なかったのか、これがドゥレムには分からない。そして不気味なのは、箒本人が全く姿を見せない事だ。束は直接相対したことはないが、言葉は交わした。ラ・ロと名乗る少女も現れた。だが、箒はどうしたのだろう。
問い掛けるでもなく、暗闇に浮かぶ箒に真っ直ぐ向かい。竹刀を構える。ドゥレムが想像した虚像に過ぎないその箒が、ドゥレムの問い掛けに答えるハズもない。ただ、黙して剣を構える影なのだから。
「ドゥレム。」
不意に名前を呼ばれ、虚像がぶれる。ドゥレムはゆっくりと目を開け、声の主へと視線を向ける。
「鈴音、珍しいな。」
彼女が一人で剣道場に姿を見せるのを、少なくともドゥレムは初めて眼にした。彼は、脱ぎ捨てていた上着に袖を通しながら、彼女に近付く。
「ちょっと…話したいことがあるの。時間、良い?」
鈴音の言葉に頷いて答えたドゥレムは、竹刀だけ仕舞ってくると告げて、一旦彼女から離れる。
そういえば、彼女と一対一で言葉を交わすのは初めてだなと、ドゥレムは鈴音の隣を歩きながら考える。だいたい誰かが一緒にいることが多かった。
「一夏のことか?」
「……うん。」
緑溢れ、綺麗にレンガで舗装された道を歩きながら、ドゥレムは切り出す。思い悩んだ表情をした鈴音から、ドゥレムに訪ねる話題となれば、恐らく一夏のことだろうと予測は出来ていた。
「昨日、検査の結果は奮わなかったって……アイツ、大丈夫なの?」
「少なくとも、今のままなら大丈夫なハズだ。白式の目的が分かれば、話はもっと単純だったんだが……。」
ドゥレムの言葉に、鈴音な表情はほんの少しだけ柔らかくなる。懸念事項が一つ減ったからだろう。しかし、全てではない。彼女が警戒している事柄は他にもある。
「一夏は、白式を使わないでいられるかな?」
「……釘は刺し、念押しもした。後は、アイツ次第だ。」
不安なのだ。人間に戻れなくなった一夏の姿を想像し、その度に胸が張り裂けるような思いになる鈴音は、すがるようにドゥレムを尋ねた。だが、彼の返答は、彼女の望むものとは違った。
束が送る刺客。果たして、一夏を守りきれるか。果たして、一夏はただ守られてくれるか。
「……私は…嫌だよ。一夏が……。」
「分かってる。」
鈴音の表情に、ドゥレムは決意を固めた。
そうだ、誰かが泣くのを見ていられない。一夏も鈴音もセシリアもシャルロットもラウラも現も千冬も麻耶も、そして箒も全員が、ドゥレムにとっては欠け替えのない仲間だ。誰一人として失わないし、泣かせない。
「ドゥレム?」
彼の表情、言葉の抑揚に何かを読み取った鈴音は、いちまつの不安を覚え、彼の名前を呼ぶ。ドゥレムは、道の片隅の自動販売機に近付き、缶コーヒーを二つ購入して、片方を鈴音に投げ渡した。
「なに、心配するな一夏は人間だ。俺と同じじゃない。」
プルタブを開けながら、ドゥレムは笑顔を浮かべる。
「こっち側には越させねぇさ。だから安心しろ。」
人道が、道徳を重んじる理性の道であるならば、ドゥレムの語るこっち側。モンスターの道は、本能と強弱が支配する畜生道。せっかく人の身に生まれて、わざわざ修羅の巷を歩くことはない。
「ドゥレム、アンタも……アンタもだよ?無茶はしないで。」
だが、鈴音がドゥレムに抱く不安は拭えない。はたして言葉は、願いは彼に届いているのだろうか。彼女には、言葉が彼等の心に響いていることを願うしかなかった。
『ラ・ロ』って名前だけでかなりのネタバレな気がしますが、気にしなぁい