ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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第十話:偏愛

「ほ、箒……。」

 

 ドゥレムの元へと翔んでいた一夏の前に現れたのは、真っ黒なISに身を包んだ篠之乃箒であった。束の元に行ったのだから、専用機を手に入れるとは、想定できていた。

 

「あぁ、一夏。随分と久しぶりに感じるな。」

 

 彼女は、普段と変わった様子もなく、一夏の記憶の中と同じような口振りで言葉を紡ぐ。

 

「なんでお前が、ロシアにいるんだ。いや、どうして束さんと一緒に。」

 

「そんなの簡単だ一夏。私は、お前と一緒にいるためにこの力を手にしたんだ。」

 

 一緒にいるため。訳がわかないでいた。一夏は、混乱する頭で必死に考えるが、やはり彼女の真意を理解出来なかった。

 

「一緒にいたいなら、なんで学園を出ていくんだ!」

 

「学園にいても、お前は私を見ないじゃないか。鈴音、セシリア……私の事など……だから、私だけを見れるようにしよう。」

 

 箒の言葉に呼応するように、黒いISの装甲が開く。漆黒だったISに深紅のラインが走っていき、同時に背部ウィングスラスターが開き赤いエネルギーがまるで翼膜のように展開される。が、それだけではない。彼女の目元を隠すようにバイザーが追加され、ヴンと紅く鋭い眼光が灯った。

 

「嘘だろ……。」

 

 白式が提示した彼女がまとうISの情報に、一夏は愕然とする。

 

 黒椿・羅淵 規格外移行

 

「箒!それは人間を捨てる…」

「承知しているさ。」

「っ⁉」

 

 一夏の言葉を遮りながら、両手に刀を握る彼女は、真っ直ぐに一夏を射ぬいている。

 

「私が唯一無二になれば、お前は私を見てくれるだろう?」

 

 口元が笑った。目元を覆うバイザーに灯る紅い眼光のせいで、その笑みは、彼の目には不気味に映っていた。

 

「一夏……今の私を見てくれ。」

 

 彼女が構える。来ると直感した時には、既に目の前にいた。想像を絶する疾さに面食らいつつも、何とか大上段から降り下ろされる二本の刃を、雪片弐型で受け止める。が、刃の軋む音と、桁違いの膂力に吹き飛ばされて、一夏は地表に叩き付けられてしまう。

 白黒する意識を、何とか持ち直して空中に漂う箒を見上げる。性能差は歴然だった。規格外移行の力が凄まじいのは、一夏自身も良く理解していた。普通のISでは勝負にならないことも、先の睡蓮戦で身に染みて実感していた。

 

「……行くぞ白式、ライゼクス…!」

 

 バチっ

 装甲表面に、緑色の雷光が走る。規格外移行には規格外移行で対抗するしかないと、一夏は腹を括って白式・霹靂を発動させようとする。だが、

 

「一夏駄目!」

 

 二人の間に割って入る影が、鈴音だ。甲龍を身に纏った鈴音が、一夏の肩を掴み規格外移行を遮った。彼女の突然の登場に面を食らった一夏は、慌てて規格外移行をキャンセルする。そうしなければ、霹靂起動時の放電によって鈴音の甲龍がダメージを受けてしまうからだ。

 

「また……またお前か…。」

 

 暗い声。

 箒の抱く、怒りと憎しみが乗った声音だった。その声で、鈴音も黒いISのパイロットが何者であるのか理解したのだろう。驚愕に彩られた表情で、箒へとその眼差しを向ける。

 

「箒なの?…アンタ、何して……。」

 

「黙れ。お前と交わす言葉などない。私から一夏を奪う、お前の……お前達の言葉など…!」

 

 彼女が両手に握る刀の刃に、黒い瘴気が滲み出る。一夏の背筋に、ゾワリとした悪寒が走る。総毛立つとは正にこの事だろう。直感を指し示すままに、慌てて鈴音に逃げるように叫ぼうとする。

 だが、それよりも速く。箒の二振りの刃が、鈴音の首を狙う。瞬間加速など、目ではない。非常識な加速で、彼女はその凶刃を殺意を持って振るわんとする。

 

「⁉」

 

「当校の生徒に、何をしようとしているのかな?」

 

 しかし、その刃は防がれる。水の盾が、弾力を持って殺意を包んでいた。声のする方に一夏達が視線を直せば、上空から霧隠れの淑女とIS学園生徒会長。ロシア国家代表。更識家現当主。更識 楯無が箒を見下ろしていた。

 

「もう、これ以上アンタ達姉妹に、家の生徒を傷付けさせない。」

 

 槍を構えた、楯無の眼差しが真っ直ぐに箒を射抜く。

 彼女の内心は、灼熱しているのだ。先の睡蓮襲撃の折り、自らは中国にいた。間に合わなかった。間に合わなかったために、同級生である現が重症を負うことになった。何故、彼女がそんな目に遭わなければならなかったのか。睡蓮を差し向けたのは、十中八九束で間違いない。公知された規格外移行は白式・霹靂のみであり。睡蓮と箒の纏う黒椿以外、規格外移行は確認されていない。そも規格外移行の原理も仕組みも解明されていないのに、それを量産運用できるなど、彼の天災を除いて他にいるまい。

 故に、楯無はその怒りを箒に向ける。友を傷付けられた。学園に敵意を向けられた。そして今、大事な後輩に殺意を向けられた。彼女が憤るには十分すぎる理由だ。

 

「覚悟しなさい。今の私は、加減なんて出来ないわよ。」

 

「ただのISで、規格外移行している私に勝てると思っているのか?笑止。格の違いを見せてやる。」

 

 黒い瘴気に包まれた切っ先を楯無に向けて、箒が構える。互いに隙を伺っているのであろう僅かな間。次の瞬間、箒の姿が消え楯無の後ろに回り込んでいる。あり得ない初速に非常識な最高速は、その動きを目で負うことすら出来ない。

 獲られる!と一夏が気が付いた時、箒の横っ面が炸裂する。正確には、箒の右頬の周辺空間が爆発した。彼女がその大きな音と閃光に怯めば、楯無の後ろ蹴りが箒と黒椿を弾く。

 

「ぐっ⁉」

 

 蹴りの直撃で崩れた態勢を直そうと箒があたふたしている内に、楯無が圧倒する。槍の柄での連打。足、腹、顎、脇、肩を瞬く間に叩き、最後に矛先での横一閃。見惚れるような美しい連携攻撃だった。

 

「格が、なんだって?」

 

 ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべる楯無の瞳は、静かに燃えていた。憤っている。確かに彼女の心は灼熱の焔を抱いているが、それでも冷静だった。機械的に、あくまで平静に順序立てて戦っている。先程の爆発だって、箒の動きを予測し、予めナノマシンの地雷を置いておいたのだ。

 予測。楯無には既に、闘いの終わりまでの順序が組み立てられていた。先程、彼女を煽ったのもそのため。イメージ通りに憤慨している箒を目にして、楯無の内心は如何に彼女を余分にいたぶるかに既決していた。

 

「あぁぁ!っ⁉」

 

 箒が叫び、再び楯無との間合いを詰めようとしたのだろうが、その初動は再び爆発したナノマシンにより阻まれる。出鼻を挫かれた際に発生する人間の隙は、如何に強力なISを身に纏おうとも平等に発生する。その隙に、楯無はその全身を水のナノマシンで球状に包む。偏向率を操作したのか、楯無は完全に姿を消し、彼女がいた場所には、ナノマシンで作り上げた影が出現する。いったいどれ程の作業を並列処理すれば可能なのか。一夏と鈴音には、予測すら出来ない域の芸当である。しかも、ただ並列処理できれば良いという話でもない。これを文字通り一瞬の内に、完了しなければならないのだ。そうしなければ、ほんの一瞬怯んだだけの箒に、全て悟られて戦略が無になってしまう。だが、これらを文字通りに一瞬で出来たのならば、

 

「がぁぁっ!」

 

 今の箒がしたように、爆発するナノマシンに突っ込んでいくことになるのだ。そうなれば当然、

 

「⁉⁉」

 

 箒は、爆風に飲み込まれた。怒りに振り回され、冷静な判断が彼女は出来なかった。楯無は、視覚的にのみ姿を隠したのだから、ISのハイパーセンサーならば、問題なく本当の彼女の姿を捉えられたハズだ。

 

「はぁい、残念。」

 

 そして追撃、槍を構えて全速力での突撃である。これまでの軽い爆発とは違う、明らかな威力を持った爆風に巻き込まれていた彼女に、楯無の一撃を避ける事など出来るはずもない。

 が、そこは規格外移行を果たしたISである。攻撃を食らいながらも反撃は容易であった。

 槍の柄を握り、楯無を自分から離れられないようにしてから、空いたもう片方の手が持つ刀を、彼女に振り落とす。だが、これも彼女の想定通りの展開だ。まるで餓えた魚のように、垂らした釣り針に引っ掛かる箒を前に、楯無は苦笑を浮かべそうになる。

 彼女は槍から両手を離していた。箒の刃は虚空を斬り、返しの一太刀を振り切る前に、楯無が瞬間的に引っ張り出したナイフで一閃される。黒椿の絶対防御が発動し、そのシールドエネルギーを大きく削り取ってみせた。

 

「ぐぅっ⁉」

 

 思わぬ反撃に、箒が怯み後ろに下がる。楯無は、そのまま刀を持つ腕を蹴りあげて、勢いを利用した回転蹴りをその横っ面に叩き込む。

 パイロットとしての技量が、明らかに段違いだった。これが、IS学園の長。更識楯無の実力かと、一夏と鈴音は生唾を飲み込む。

 

「まだまだ行くわよ!」

 

「頭に、乗るなぁっ!」

 

 が、黒椿の両腕に漂っていただけの瘴気が、拡大していく。楯無は、箒の変化に間合いをとることで対応する。瘴気は、更に範囲を広げ黒椿は勿論、直径18m程の範囲を包み込んだ。楯無は勿論、一夏と鈴音もその瘴気から一定の距離を取る。

 

「何が狙いか知らないけど!」

 

 楯無の意思に答え、彼女の周囲を漂っていた水のナノマシンが瘴気に向かい、槍のように延びていく。だが、瘴気の範囲に入った瞬間、ナノマシンはその性質を失ったかのように、墜落していく。

 

「⁉」

 

 楯無の眉が、僅かに揺れ動いた。単一能力が無効化されてしまったのだ。だが、瘴気の範囲から外れたナノマシンは、直ぐに楯無の元に戻ってきたのを見るに、瘴気に触れている場合でのみ、その効力は意味をなすのだろう。あまりに、浅はかと断ざるをえなかった。爆発性のナノマシンさえ封じ、格闘戦であるならば勝てると踏んだのだろう。自らの剣に絶対の自信があるからこその選択なのかもしれないが、それでも箒と楯無の戦力差は圧倒的である。そう、瘴気がただ単一能力を無効化するのみだったならば、楯無の勝利は揺るがなかっただろう。

 

「え!」

「嘘だろ⁉」

「……それは、少し面倒ね。」

 

 鈴音、一夏、楯無の表情が驚愕を浮かべる。瘴気から、五人の黒椿が現れたのだ。正確には、瘴気により象られた黒い影のような黒椿。そして、範囲を縮小していく瘴気の塊は、箒本人を顕にする。その四肢や、身体を瘴気に這い回らせている箒の口元がニヤリと嗤う。

 

「往け…!」

 

 彼女の言葉に応えるように、影が一斉に楯無に襲い来る。五対一の四面楚歌といった具合に取り囲まれた楯無。ナノマシンの防御も、瘴気で出来た影の刀に触れた瞬間、ただの水に成ってしまうために、効力がない。手持ちのナイフで受ければ、一瞬で刃はへし折られ、彼女は凄まじい速度で弾き跳ばされる。あの影一つ一つが、黒椿・羅淵と同等のスペックを有しているのだ。

 楯無は眉間にシワを寄せつつ、機体の姿勢を直す。今の一撃だけで、シールドエネルギーの五割強を削られた。直前の回避が遅れれば、文字通りの一撃必殺となっていただろうと、冷や汗を流す。

 

「とんでもない切り札を隠してたわね…。」

 

 初めて、苦しそうな表情を見せる彼女は、ここに来て勝利の道筋がご破算し、圧倒的な不利に立たされているのだと理解する。それもそうだ。こちらの単一能力が一切無効化された上に、性能差と数的有利を取られてしまえば、勝ち筋など探りようがない。技量で埋めれる差はあるが、一対六という状況がどうしようもない。

 楯無は、覚悟を決めて地表にいる一夏達に向けて叫ぶ。

 

「二人とも逃げなさい!コイツは私が押さえます。ドゥレムと合流して…っ⁉」

 

 が、その言葉を遮るように、黒い影が三体、楯無を囲むように陣取る。速さも本体と変わらないのかと、楯無は内心で舌打ちを打ち、目の前の影が振ってきた大上段の攻撃の腕を掴み、そのまま入れ替わるように影の後へ回り込むことで、他の二体からの攻撃も避ける。

 

「っ⁉」

 

 だが影は全部で五体いるのだ。後ろをとった影を蹴飛ばし、箒に向き直れば、既に攻撃のモーションに入っている残りの影がいた。右側から大上段。左側から逆袈裟に斬られる。

 避けられない。

 この攻撃が直撃すれば、霧隠れの淑女は耐えられないだろう事は明らかだった。余剰分の威力は彼女の身体を容易に両断してしまうだろう。それでも、真っ直ぐに箒へと眼差しを向けていたのは、彼女の戦士としての矜持か。

 視線を遮るように、彼女の目の前に、突然大きな背中が割り込んだ。その背中は、彼女の命を断つであろう刃を払いのけた。

 

「い、一夏君。」

 

 楯無が、背中の主の名前を呼ぶ。緑雷を纏った白式は霹靂。

 目を閉じなかったからか、楯無には彼に立ち並ぶように黄緑色の竜の影が見えた気がした。

 

「箒……。俺がお前を止めてやる。」

 

 その紅い瞳には、確固たる決意を感じさせながら、彼は静かに宣言する。彼女は、より歪に口角を上げて応える。

 

「一夏、やっと私を見てくれた……。そのまま、私を見ていてくれ。私だけを見ていてくれ。他のヤツなど……イラナイだろ?」

 

 否。

 応えてなどいなかった。箒の元に再度集まる五体の影に、構えをとる一夏。ロシアを舞台にした、人と人。龍と龍の闘いは、正に佳境に入らんとしていた。

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