ドラゴンクエストⅢ~それは、また別の伝説~   作:ルーラー

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第十話 愛の証明(その四)

○リザサイド

 

 ……どうすれば。本当に、どうすれば……。

 考えないと。わたしが使える呪文は、他になにがある?

 

 対象の――アレルの素早さを上げる『ピオリム』、同じく守備力を上げる『スカラ』、傷を癒す『ホイミ』。……駄目だ。どれも根本的な解決にならない。

 

 なら、モンスターを――キャタピラーを対象とした呪文なら?

 幻覚を見せる『マヌーサ』、聖なる光でモンスターを消し去る『ニフラム』。……こっちも駄目。どうしても確実性に欠ける。

 

 アレルの魔法剣に頼るのは論外だ。『魔法剣メラ』の威力は確かに絶大だし、成功するならメラ一発で片がつくけれど、あれはかなりの精神集中を必要とするみたいだった。現在、アレルの集中力は普段よりも落ちているはず。

 

「あと有効な手段は……、そうだ、『ルカニ』はまだ使えない? あれなら一回であのオーラをほぼ消すことが出来ると思うし、そうすればアレルの攻撃で充分倒せるはずだよ?」

 

 ルーラーの提案にわたしは首を横に振る。『さまようよろい』との戦いのときに修得できていなかった呪文を、あのあと大した修行をしたというわけでもないのに使えるようになっているとは思えない。

 

「……あれは、わたしにはまだ無理――」

 

「――つぎゃあっ!?」

 

「アレル!?」

 

 ついにスタミナが切れたのか、それとも集中力が切れたのか、アレルがキャタピラーの体当たりをまともにくらい、壁にその身を打ちつけられた。そのまま床に崩れ落ち、苦しげにうめく。

 

 ――そうだ。無理だなんて言ってる場合じゃない。アレルだって、クリスだって、モハレだって、必死で戦ってるんだ。自分のやれる限りのことをやっているんだ。だったら、わたしがそれをやらずに『無理だ』と逃げていていいなんてこと、あるわけない!

 

 わたしはいつも持ち歩いている小さな手帳――『魔法の教則本』を片手に、呪文の詠唱をする体勢に入った。

 使う呪文は、当然――

 

「――汝を護りしその盾を、我が魔力(ちから)(もっ)て打ち砕かん!」

 

 『魔法の教則本』をスカートのポケットに滑り込ませるように仕舞い、両の手の人差し指を胸元で交差させる。

 

 この『構え』や呪文の『詠唱』は、その呪文を修得できている場合は効力アップのために、そうでない場合は呪文発動の成功率を上げるために行うもの。つまり、まだ修得できていない呪文であっても、教則本に載っていた『詠唱』と、その呪文に対応する『構え』をやれば――

 

「――ルカニ!」

 

 ――きっと、発動する!

 

 ややあって、キャタピラーの周囲をオーラが包んだ。守備力を下げる『ルカニ』のオーラが。それはキャタピラーを包んでいた『スクルト』のオーラに重なり、

 

 ――パキィィィィンッ!

 

 二種類のオーラがお互いを相殺しあい、澄んだ音を立てて対消滅する!

 

 ――成功した……!

 

「いまよ! アレル!」

 

 あたしが言うと同時。いや、あるいはそれよりも早く。

 

 アレルは床から立ち上がり、キャタピラーに斬りかかった!

 そして再度『スクルト』を唱えさせる間も与えず、返す動きで刃を一閃!

 

 ズズン、と音を立て、キャタピラーが床に倒れ伏す。……やっぱり、アレルの剣技はすごい。『スクルト』さえ使われなければ、全然苦戦する相手なんかじゃなかったんだ……。

 

 剣を鞘に収め、アレルがこちらを向き、照れたように微笑む。

 

「リザ、助かったよ。『さまようよろい』との戦いのときといい、本当、僕はいつもリザに助けられてばかりいるね」

 

 ――アレルが、わたしに助けられてばっかり……?

 

 そんなことはないだろう、と思った。心から。

 『さまようよろい』のときも、今回も、きっとアレルなら最終的には自分でなんとかできていたに違いない。

 けれど……。

 

 けれど、彼がわたしを必要として、頼ってくれるというのなら……。

 

 それなら、わたしはアレルと一緒にいよう。たとえ足手まといになったとしても、アレルがそう望んでくれるのなら、わたしは彼についていこう。それがどれだけ苦難に満ちた旅路であろうとも。

 

「クリス! モハレは大丈夫!?」

 

 アレルが大声を張り上げる。……そうだ! モハレはバブルスライムに毒をうつされて……!

 

「ああ。毒は回っているけど、定期的に『やくそう』を使えば大丈夫みたいだよ。――モハレ、立てるかい?」

 

「あはは……。クリスの姉御が珍しく優しいと気味悪――いだだだだっ!」

 

「そういうことを言うのはこの口かい? ん?」

 

 そう言ってモハレの頬を引っ張るクリス。よかった。本当に大丈夫そうだ。なので、わたしはちょっと軽口を叩いてみることにする。

 

「ほら、クリス、モハレ。いちゃついてないで、またモンスターが現れる前に先に進みましょう?」

 

「なっ!? ちょ、リザ! なに言ってんだい! アタシとモハレはそんなんじゃ――」

 

「そんなことよりも、これ返すだよ、リザ」

 

「おい! そんなことってなんだい!」

 

 わめくクリスを無視して立ち上がるモハレ。それと、不機嫌そうにしながらも彼を支えてあげるクリス。……なんだ、本当に仲いいじゃない。見方によってはわたしとアレルよりもずっと……。

 

 モハレはわたしに『聖なるナイフ』を返すと、そのおぼつかない足取りのままでキャタピラーの亡骸(なきがら)へと足を向けた。

 

「おい、一体なにをするつもり――」

 

「まあ、見てるだよ、姉御。こいつは確か――ん、あっただ」

 

 キャタピラーが持っていたのだろうか。屈んだモハレの手の中には一枚の『やくそう』があった。

 

「『やくそう』はあって困るものじゃないだ。特に、いまのオイラには」

 

「……まあ、そりゃそうだね。それにしても、あんたもよくやるもんだよ、まったく……。――じゃあ、今度こそ行こうか」

 

「そうね。ほらアレル、先頭先頭」

 

「ああ、うん。……リザ、なんか元気になった?」

 

「そう見える? じゃあ、そうなのかもね~」

 

 そんな会話をしながら、わたしたち五人は見えてきた三叉路を右に折れ、最深部を目指して歩く。はっきり言って、もう全員が全員、ボロボロだ。アレルとルーラーの魔法力は尽きているし、わたしも同様、火の玉ひとつ出せそうにない。モハレに至っては動くのもしんどい状態だし。

 

 この中でまともに全力で戦えるのはクリスだけ――と思いきや、話を聞いてみると彼女もかなり限界が近いらしい。なんでも普通に戦うのならまだしも、『技』を使うとなると、どうしても魔法力ともスタミナとも違う『力』を消費するらしい。それがなんであるのかは、クリス自身にもよくはわかっていないようなのだけれど……。

 

「――あっ。あそこに見えるのが、リザの両親の手紙にあった『旅の扉』かな?」

 

 アレルが子供のような無邪気な声をあげる。そこにはグルグルと渦を巻く、淡く蒼い光を放っている『なにか』があった。わたしを含め、アレルの問いに答えられる者はいない。となれば、当然口を開くのはこの男。

 

「だね。いやあ、実物を見るのは初めてだなぁ。――じゃあ、行こうか?」

 

「ここに飛び込めばいいのかな?」

 

「うん。そうすればロマリア大陸の南部にワープできるよ」

 

 『旅の扉』を見たのは初めてだと言っているのに、どうして確信を持って言えるのだろうか……。

 

 ともあれ、わたしたちはアレルの「せーのっ!」というかけ声と共に、『旅の扉』に飛び込んだ。……モハレの体力にも、余裕はなかったから。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 次の瞬間、わたしの目に映ったのは、空にかかる薄闇色のカーテンと一面に広がる林、そして足元で蒼い光を放つ『旅の扉』だった。あたりが暗いせいだろうか、鬱蒼(うっそう)と生い茂っている木々たちには正直、ちょっとだけ薄気味悪い印象を受ける。

 それにしても……、そっか、もう夜の(とばり)が落ちる時間になっていたんだ……。……いや、それよりも。

 

「――ロマリアは?」

 

 白い目をルーラーに向けるわたし。間違った情報に踊らされている暇はわたしたちには――特に、モハレにはない。

 彼はわたしの目に少し気圧された風になりながらも答える。

 

「ここから北上すればすぐだよ。……いや、本当に」

 

「あ、じゃあオイラが探してみるだ!」

 

 モハレが元気よく手を挙げた。……それにしても、本当に元気ねぇ……。身体に毒が回ってるなんて、嘘みたい。

 

「ん~……。わかっただ! 北に一キロ、東に百メートル行ったところにあるだよ!」

 

「なんでわかるのよ!?」

 

「オイラの特技だべ! 『タカのめ』いうだよ!」

 

「モハレ、そんなことできたんだ……」

 

「さあ、行くべ! 身体に毒が回っててキツイだよ……」

 

「急に弱々しい声になったわね! いま!」

 

 そう勢いよくわたしが突っ込んだところで、わたしたちはロマリア大陸を北上し始めた。……どうでもいいけど、わたし、こんなに突っ込んでばかりいるキャラじゃなかったと思うんだけどなぁ。もっとこう、恋する乙女って感じの……。

 

 と、歩き始めると同時、ルーラーが口を開いた。

 

「じゃあ、ここでお別れだね。僕はロマリアには行かないから」

 

 それにアレルが振り向く。

 

「そういえば、そう言ってたね。ルイーダさんのところで。――これからどうするのか、訊いていい?」

 

「ちょっと行きたい――いや、行くべきところがあるんだよ。でも、それ以上は秘密」

 

「そっか……。でもルーラー、呪文は使えないんだよね? なら一緒にロマリアに行って、一晩休んでからにしたほうがいいんじゃない?」

 

「大丈夫だよ。それよりもほら、早く行かないと。モハレのためにも」

 

 ルーラーがモハレに視線をやると、「確かに」と少し苦しげにモハレがうなずいた。……まったく、さっきからなんでもない振りをしようとしているのよね、彼は。……失敗してるけど。

 

「じゃあせめて、これを持っていくだよ。合流する前に『じんめんちょう』から盗んだものだべ」

 

 そう言って、道具袋の中から『キメラのつばさ』を取り出すモハレ。しかしルーラーはそれにも首を横に振った。

 

「それはモハレたちが必要とするときがきっとくるよ。ゴールド節約のためにもとっておいたほうがいい。――じゃあね」

 

 早く行け、とばかりに手を振るルーラー。仕方なくわたしたちも手を振り返し、北へと向かう。やれやれだ……。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 こうして。

 わたしたちは最後まで謎に包まれたままだった魔法使い、ルーラーと別れたのだった。

 

 彼とは、またしかるべき場所、しかるべきときに再会することになるのだけれど。

 それは、もう少し先のこと――。

 

 

○ルーラーサイド

 

 ――同期、終了。

 

 『僕』の意思は僕の中から消え、僕の中には『僕』からの『命令(コマンド)』だけが残る。

 

「まずは『シャンパーニの塔』へ向かえ、か。座標位置の調整は『僕』がやる、と」

 

 相変わらず勝手だなぁ、と嘆息し、目を瞑る。そうして、ふと思った。

 

 『異常』なモンスター、『さまようよろい』と『キャタピラー』。

 『さまようよろい』の異常性にはすぐに気づいたけど、『キャタピラー』のほうは、あの段階では気づけなかった。

 

 あのときは、ついとっさに『スクルトを重ねがけされると厄介』なんて叫んでしまったけれど、よくよく考えてみたら、同一個体のキャタピラーがスクルトを二回使ってくるなんてことは――スクルトを重ねがけしてくるなんてことは、絶対にありえない。なぜなら、奴にはそれができるだけの魔法力――MPがないからだ。

 キャタピラーのMPは7で、『スクルト』のMP消費は4。これはどうやっても覆らない。しかし、だというのにあの『キャタピラー』はスクルトを二回使った。

 

 これは、どういうことだろう?

 この世界は『僕』のプレイした『ドラゴンクエストⅢ』の世界とは、また別の世界なのだろうか?

 

 否定はできない。『僕』があちこちの世界で好き勝手したのだから、この『ドラゴンクエストⅢ』の世界にバグなりエラーなりがあってもおかしくはない。

 いや、むしろあそこまでいくつもの世界に介入したのだから、なにもおかしなことが起こらずに済むほうがよっぽどおかしい、か。事実として、クリスが『蒼き惑星(ラズライト)』からこの世界にやってきてしまってもいるし。

 

 なんにせよ、僕は――。

 と、足元がふらつき、反射的に目を開ける。目の前には天に向かってそびえ立つ塔の姿。

 『シャンパーニの塔』だ。あの大盗賊カンダタがアジトにしている場所。

 

 ゲームのシナリオでは、カンダタはロマリア城で『きんのかんむり』というものを盗み、それを取り返しに『シャンパーニの塔』にやってきた勇者一行――アレルたちに成敗される。もっとも最後、勇者たちはカンダタを取り逃がしてしまうのだけれど。

 

 さて、僕はそんなシナリオの用意されているここで、一体なにをすればいいのやら――。

 

「リミッターを70%まで解除、か。で、『あれ』の使用を許可する、と」

 

 僕は眼前にそびえ立つ塔を見上げる。『僕』からの情報によれば、いまカンダタは三人の子分たちと共に、ロマリア王から『きんのかんむり』を盗むべく出撃準備を整えているらしい。それを裏づけるかのように、塔の上のほうにある窓から、いくつか明かりが漏れ出ているのが確認できた。

 

 僕は『僕』からの『命令』に従い、右の掌を塔へと向ける。そして、一言。

 

「――ビッグバン」

 

 『まほうのたま』が起こしたそれを遥かに上回る大爆発。それが『シャンパーニの塔』を跡形もなく消し飛ばした。

 そう。それが、あまりにもあっけない――あっけないにもほどがある、表舞台に出てくることすらできなかったカンダタの最後だった――。

 

「――なんにせよ僕は、『僕』からの『命令』に従うだけ、ってね……」

 

 なんとなく、空虚な心持ちになりながら、そうつぶやく。

 そして、続いて頭に流れ込んでくる『僕』からの『命令』。

 

「次の目的地は『次元(とき)の狭間』。そこで『漆黒の剣(カオス・ブレード)』を回収して、その足で三回目の『蒼き惑星(ラズライト)』へ向かえ、か」

 

 『命令』の内容を口に出して復唱。そうしてから再び目を閉じた。こうすれば先ほどと同じように、『空間移動』は――それがたとえ『世界』をまたぐものであっても、問題なく『僕』がやってくれる。

 

 そうして。

 僕はこの四回目の『地球』、四回目の『世界』をあとにしたのだった――。


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