──IH会場内 1階──
「ああ……!それにしても食べ物が欲しいっ…!」
ぐうぐう鳴り続ける腹をさすりながら、食料を求めて京ちゃんは歩く。豊音様の魔の手から逃げ切ってから、一体どれ程の時が経ったのだろう。
「……ん?」
急に京太郎の足が止まる。何処からか漂ってくる香ばしい食べ物の匂いが鼻に入ってきたからだ。そしてこの匂いを京太郎は知っている。
自分を犬呼ばわりする少女がいつも買いに行かせる、ある食べ物の匂い…。
「タコス、か………!?」
腹を満たしてくれるやも知れぬご馳走の名を呼びながらゴクリと喉を鳴らす京太郎。
メキシコを代表する料理の1つ、タコスである。知り合いのハギヨシさんから作り方を教わった事もある。
自分で作った特製タコスを部活の皆に振る舞った時は中々の評判であった。
……それからというもの、優希が京太郎にタコスを作らせる様になったが。
『京太郎!早くタコスを作ってくるんだじぇ!』
特徴的な声で命令してくる優希の姿が京太郎の頭をよぎる。そういえば咲達は今、どうしているだろうか?
細かな事は分からないが、この奇妙な世界に来てからだいぶ時間は経っているはずだ。雑用から帰ってこない仲間の事を心配して────。
「……くれるか?アイツらが俺の事を…」
自分の口から出た言葉にズキリと胸が痛む。
いなくなったのが咲や和なら部員のみならず他の生徒達も、何か事件に巻き込まれたのかと心配になって探そうとするだろう。
それに比べて雑用以外に存在意義のない自分はどうだ?
どうせ雑用から逃げ出したとか何とか、その程度にしか思われないだろう。唯一心配してくれそうな咲ですら今や和や他の友人達に夢中なのだ。
────咲はもう俺なんかいなくても・・・
「いかん、いかん。そんなネガティブな事を考えるな京太郎!しっかりしろ俺、空腹なんかに負けないで!」
雑念を振り払う様にぶんぶんと頭を振る。今はとにかく、匂いの元であるタコスを見つけて腹に収めるべきだ。
まるで光を求める羽虫の如く、京太郎はふらふらした足取りで匂いがする方へと歩き出した。
──IH会場内 カフェ──
匂いを辿ってやって来たのはテーブルが幾つも並ぶそこそこ大きなカフェであった。
「どこだ……どこにある…?」
腹を空かせた金髪腹ペコ少年はひとつひとつ、テーブルを確認しながらカフェ内を進んでいく。そして…。
「あったぞぉ!」
両開き式の扉の横に設置されたテーブルの上にあるタコスを見て京太郎は思わず若干、裏返った声で叫んでしまった。
「あっ、やべ…」
喜びのあまり、大声を出してしまった口を慌てて両手で塞ぐ。まだあの豊音様が自分を探しているかもしれない。
京太郎はそそくさと物影に隠れてじっと構える。
「……………」
幸い、近くに豊音様はいなかった様だ。京太郎はふぅっと息を吐くとゆっくりとタコスの下へと向かった。
「ううっ………!ほっかほかにあったまってやがる……!ありがてぇ…!」
包み紙に入ったタコスを震える手で持つ京太郎。なんか顎と鼻が鋭くなっている様に見えるが、まあ気のせいだろう。
辺りに豊音様がいないか、今一度キョロキョロと確認し……。
「いただきます!はむっ…」
待望のタコスを大口を開けて頬張る京ちゃん。
もぐもぐ ごくん・・・
「うますぎる!」
某偉大なる兵士の様な京太郎の歓喜の声がカフェ内に響き渡る。ほかほかタコスはペコペコお腹にスーッと効いて・・・これは・・・ありがたい。
こうなったらもう止まらない。一口、もう二口と何度も喉に詰まらせそうになりながらも京ちゃんは休みなく口を動かし続ける。
シャキシャキと新鮮な野菜。噛む度に肉汁が溢れるミート。ほんのり辛みがありながらも食欲を増進させるソース。そしてその全てを包み込み、優しく一つにまとめあげるトルティーヤ。
たった一つのタコスの中に生じる素材の一体状態の圧倒的美味空間はまさに情熱的メキシコの小宇宙!
「ふぅ…食った食った」
そんなこんなでタコスを食べ終えた京太郎は満足気にお腹を撫でて包み紙をテーブルに置く。先ほどまでの走り回った疲れもまるでなかったの様に身体が軽い。
「しかし…なんで出来立てほやほやのタコスがここに…?」
そんな疑問が頭に浮かぶ京太郎だったが、この世界では常識なんぞ通用しないのでそのうち京太郎は考えるのを止めた。
「ふわぁ……」
お腹いっぱいになって眠気がやってきたのか小さな京ちゃんはアクビを一つ。出来ればこの場で一眠りして休みたい所だが、そんな危険な事は残念ながら許されない。
休むなら、どこか安全な所だ。京太郎は気合いを入れるように両頬を手でぺちんと軽く叩いてテーブルの横にある扉の窓から外の様子を伺う。どうやら誰もいない様なので京太郎は扉を開けようとした、が。
「ん………開かない」
鍵がかかっているのか扉が開かない。何度も扉を動かそうとするが、扉はびくともしない。残念だが、引き返すしかなさそうだ。京太郎は名残惜しそうに扉を眺め、振り返る。
「ん…?」
少し離れたテーブルに何やら光るものがある。
「これは…… 麻雀牌?」
テーブルの上に置いてあったのは、京太郎がこの奇妙な世界に来るきっかけとなったものと同じ、黄金色に輝く三枚の麻雀牌であった。
「一萬、二萬、三萬………」
京太郎が呟く様に、テーブルの麻雀牌には萬子の柄が刻まれている。
「もしかしたらこの世界から脱出する為に必要なものなのかも……」
あの時、頭に落ちてきたものと同じ三枚の黄金牌を手のひらに乗せて京太郎はそう考える。自分は【白】の黄金牌によってこの場所へとやってきたのだ。なら、この牌達も元の世界に帰る為の重要なピースなのではないのか?
だとしたら、迷う必要はない。京太郎は腰に着けていたバッグのチャックを開けると、そのままストンと三枚の牌をバッグの中へと落とした。
「さてと……」
何処か休める場所に移動しようと考えた京太郎がバッグのチャックを閉じた、その直後。
─────ジリリリリリリリリリ!
「な、なんだなんだ!?」
突如、会場内に響き渡る警報器の音。
「京太郎!京太郎!京太郎!」
そして警報音に混じって自分の名を叫ぶ女性の声。京太郎が慌てて声のした方へと顔を向けると────。
「ちっ!扉が閉まっている!」
「最悪!」
「全く腹が立つねい!目の前に京太郎がいるってのに!」
鍵がかかっていた両開き式の扉を恐ろしい形相でガンガンと叩いている三人の女が目に写った。
「京太郎を捕まえる方法なんざ幾らでもある!いくぞ!」
「了解!」
やがて二人の女性が力ずくでこじ開けようと扉にタックルをし始めた。
「ほら頑張りねい二人共!私がすっげぇ応援をしてやるぜ~!」
もう一人の着物を着た小さい女性はひらひらと扇子を踊らせて二人をけしかける。その恐ろしい光景に京太郎は理解不能といった様子で固まってしまった。
「あともう少し!頑張る!」
しかめっ面のプンスコしている女性が扉に体当たりを続けながら叫ぶ。彼女の言う通り、扉がギシギシと音を鳴らしながら揺れ出している。このままでは扉が開かれてしまうだろう。
「……はっ!ひ、ひいいいっ!」
ようやく我を取り戻した京太郎は眠気も完全に吹き飛び、情けない声を出して駆け出した。
豊音様から逃げ切れたのにまた悪夢の脱走劇が始まってしまったのであった。
──IH会場内 廊下──
「回り込む!」
「観念しろ京太郎!もう私達からは逃げられない!」
「ダメじゃあないか京太郎!私達から逃げちゃあ!」
京太郎の後方から追いかけてくる三人の叫び声。勿論、足を止める訳にはいかない京太郎はこの状況を打破しようと、死にもの狂いで周囲を見る。
けれども隠れられる場所が見つからない。豊音様の時みたいにロッカーがあれば良かったが、残念ながらそれすらもなくただ全力で走る事しか出来なかった。
「なんで…なんで女子プロ達が俺を捕まえようとするんだよおっ!?」
半泣きした状態で叫ぶかわいそうな京ちゃん。そう今、京太郎を襲撃している悪魔達は現実の世界ではトップレベルの雀プロ達なのだ。
「京太郎!今、諦めれば衣よりもたっぷり可愛がってやるぞ!」
長野出身で咲達とも親交がある藤田プロ。
「京太郎!京太郎!京太郎!」
プンスコした様子が特徴的な野依プロ。
「そろそろ年貢の納め時じゃないかっ!知らんけどおっ!」
とても大人とは思えない幼い外見の三尋木プロ。
その名だたるプロ達が一体となって京太郎を追いかけ回していた。
大人の女性三人が一時的とはいえ、小さくなった京ちゃんを捕らえようとする。ぶっちゃけ色々な意味でヤバイ。本当にヤバイ。
もし、テレビでよく見る某リアクション王がその場にいたら「ヤバイよヤバイよ!京太郎、マジでヤバイよ!」とガヤをかます事だろう。
「はぁ……!はぁ……!ゼェ……!ゼェ……!」
一方の京太郎も体力的にヤバイ状態へとなりつつあった。さっきタコスを食べて体力が回復したものの、それを上回る肉体疲労が襲っているのだ。
さらに今回は三人。今は一つに固まって追いかけてきているが、待ち伏せされたり挟み撃ちされたりしたらひとたまりもない。
「京太郎が見えたぞ!こっちだ!」
息巻くセクハラ雀士。
「京太郎が欲しい!京太郎が欲しい!京太郎が欲しい!」
猛るのよりん。
「分っかんねええっ!どうして京太郎が逃げんのか分っかんねええええええっ!」
吠えるうたたん。
「嫌だ……アラサー達に捕まるのだけは嫌だっ……!」
顔中を汗だくにしながら霞む視界で逃げ続ける。そんな京太郎を、神は見捨てはしなかった。
───チーン
京太郎の耳に入ってきた聞き慣れた音。
「エレベーター!」
まるで京太郎を導くかの様に、エレベーターの扉が開いたのだ。差し伸べられた救いの手に京太郎は迷わず手を伸ばした。
「うわああああ!」
最後の力を振り絞って、エレベーターへと走り出す。後ろのアラサー達もエレベーターに気が付いたのか、怒りに満ちた声を出す。
「止まれ京太郎!私達から逃げるなー!」
「許さない!許さない!」
だが、京太郎は「アラサーの鳴き声など聞こえんな!」と言わんばかりにますます身体に力を入れて走り続ける。
「間に合え……間に合え……間に合えええっ!」
アラサーから逃げられると信じて・・・エレベーターへとワンチャンダイブ。京太郎は一気にエレベーターへと飛び込んだ。
と、同時にエレベータの扉が閉まりアラサー達をディフェンスする。それでもアラサー達は諦めきれないのか扉をガンガンガンガンと力強く叩き続ける。実にしつこい。
「はぁ………はぁ……!」
エレベーターの隅に寄りかかりながら、震えていた京太郎だったがエレベーターが上へと移動し始めアラサー達の叩く音が静まるのを感じると、身体から力を抜いてふぅっと息を吐いた。
「おしっこ漏れるかと思った………」
自分を捕まえようと鬼の形相で追いかけてくるアラサー達を思い出し、ぶるると恐怖で身体を震わせる京ちゃんであった。
「一体なんなんだ……この世界は…姉帯さんといい…女子プロの皆さんといい……」
フラフラと立ちあがりながら京太郎は呟く。この奇妙な世界に来てからもう走りっぱなしの様な気がする。自分が一体、何をしたというのだ。
しかし、エレベーターは京太郎が考えるのを妨げるかの様にガクンと止まり、チーンと音を鳴らす。
「とにかく……今は休める場所に隠れよう…」
何はともあれ、疲れた。さっきタコスを食べたのにもうお腹がぐうぐうと鳴っている。食料も探す必要があるだろう。
京太郎は扉の前で気合いを入れる様に深呼吸する。
そしてエレベーターの扉が開き────。
「京太郎くん、いらっしゃ~い」
「えっ………うぷっ!?」
いきなり目の前に誰かいるかと思ったら視界が真っ暗になる。
「むー!むー!」
「大丈夫、大丈夫やでぇ京太郎。りゅーかお姉ちゃんが守ってあげたるからなぁ~」
ジタバタ暴れる京太郎を宥める関西弁が特徴的な女の子の声。鼻の中へ入ってくる甘ったるい匂いと顔に押し付けられるむにゅりとした柔らかい感触が京太郎を襲い、力を奪っていく。
「こーらー。暴れたらアカンで?そんな暴れん坊な悪い子は……こうや」
京太郎を抱き締める女の子……清水谷竜華はペロリと舌を出し、京太郎の頭をグリグリと自分の豊満な胸へと押し付けた。
「んむー!むむうっ!」
ここにきて京太郎は自分は何に顔を塞がれているのか、それに気が付いた様で顔を真っ赤にして逃れようともがく。
しかし、小さくなって弱体化してしまっている上、肉体疲労と空腹が重なって力か全く出ない。
「ん……ふうう……!」
とうとう身体の限界をむかえてしまった京太郎。ガックリと糸の切れた操り人形の様に竜華へとのめり込んでしまった。一方の竜華はクスリと笑みを浮かべて京太郎の頭を優しく撫でた。
「うんうん、素直な京太郎は大好きやでぇ。あんな醜いオバサン達に追いかけられて怖かったなぁ。分かっとる分かっとる。今まで辛い事があって疲れたやろ?ゆっくりと休もうや。りゅーかお姉ちゃんが膝枕したるからなぁ………あはっ」
勝ち誇った口調でそういうと竜華は京太郎の抱き抱えて持ち上げる。所謂、お姫様抱っこという奴だ。
「う……ああ……」
ぐったりと呆然した様子の京太郎は竜華によって何処かへと連れていかれるが京太郎にはもう、抵抗する力も思考も残されていなかった。
「ああ……最高の気分や…。ウチの手の中に可愛い京太郎がいる……これからゆっくりとじっくりとたっぷりと…時間をかけて愛したる……もうウチなしでは生きられなくなるくらいに……」
その竜華の嬉々とした言葉を最後に・・・京太郎の意識は闇の中へと堕ちていった。
ステータス
須賀京太郎
?? 0個
?? 0個
萬子 3個
状態 竜華に捕らわれ中
護衛兵 なし
装備品 なし
所持品 なし
?「小僧、派手にピンチじゃねぇか」
?「どうする、俺達が助けてやろうか?」
?「我々にかかれば麻雀少女など赤ん坊同税SA!」