+α番外・NG集   作:千野 敏行

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ある洗礼者の一生

 二十二世紀の日本は民主主義国家である。

 たとい国家権力が足元から破壊され、政府が形骸化したとしても、日本は民衆が定めたとされる憲法を掲げ国会を組織し、議員の可決により法律を定める。

 たとい司法がその腕力を失い、罪を罪として裁けぬ手弱女になったとしても、その腕で捧げ持つべき天秤を手放すことはなく、法を適用することで人々の平等と権利を守る。

 たとい行政が巨大な企業に打ち負け、権威や人材を奪い尽くされたとしても、国の顔たる誇りや人々の導き手としての責任は彼らの胸のうちにある。

 

 たとい、いま企業に三権が私物化されていたとしても。過去の名も無き民衆らが血と涙を代償に手に入れた権利はいつか彼らの手の中に戻る。自由を求める声は親から子、子から孫へと受け継がれ、湯が冷水をぬるめて行くようにじわじわと広がるのだ。

 

 

 男は医者の家系に生まれ、医者として病院を継いだ。

 若い男には夢があった。かつて民の誰もが手にしていた自由、権利を取り戻す夢だ。巨大複合企業に手綱を奪われた現代に憤り、アーコロジーの内外で生まれながらにして決められる人々の将来を嘆き、フランス革命前の農民と化した者たちの苦しみに涙した。

 

 男は方舟(アーコロジー)に乗る権利があった。何代も続く病院の院長だ、蓄えた知識や患者らの情報を手土産にすれば、かの場所の住人になるには十分だっただろう。だが男はそれをしなかった。そんな権利などいらぬと捨てた。自尊心だった。自分は権力や金おもねらないと突っ張っていた。

 しかしそれが許されたのは彼一代限り……。彼の子の世代は違った。かつてのような学問の自由も表現の自由も認められず、ただ企業から搾取されよとばかりの社会に愕然とした。彼の娘は医者を目指したが、企業に反発する彼の子だからと国家試験を受けさせてももらえなかった。彼は泣いて、泣いて、娘の膝にすがり付いて謝った。私のせいだ、私に力がなかったからだ。

 

 彼の娘はその頭脳をいかして官僚になった。企業に下ったと見せかけ、夫として迎えたのはうだつの上がらないヘラヘラと愛想だけはある自然学者。反抗しないよと白旗を振るふりをした。娘は男に言った。いまは臥薪嘗胆、いつか権利を取り戻す日のためならば、私は奴等の靴を舐めたって構わないわ。

 彼の娘は優秀な孫を二人、次々生んだ。二人は片手で年齢を数える頃から才能の煌めきを見せ、男も娘も二人に期待した。この子たちか、この子の子供や孫の世代か。きっとこの世を変える力の核となるに違いない。

 

 大学まで通わせてやれる金ならある。なにせ彼と娘は医者と官僚だ。優秀な次代の力となるように、と、金を惜しまず学問や教養を身につけさせた。

 二人の孫が生まれてから五年以上が過ぎ、三人目の孫――娘の夫に似た女児が生まれた。彼らは三人目には自由を許した。好きにして良い、と。好きな道を選び、好きな学問を学び、好きな男と結ばれれば良い。彼らは二人で既に手一杯だったから。

 

 三番目の子はあまり頭が良いようでなかったが、控えめで恥ずかしがり屋な愛嬌のある子だった。父親が大好きで、よく父親の仕事に着いていきたがったため、彼らはそれを許した。好きに学び、好きに選び、好きに進め、と。

 そして気が付けば三番目の子とは遠く離れてしまった。道を違えても良いと思ってはいたが、少し寂しいと思うのは仕方のないことだった。

 

 それが彼らの、三番目の子への愛だった。自由に羽ばたけば良いと思っていたから。

 

 あるとき、男の孫が死んだ。特に目をかけていた二人ではない、好きに進めと見守っていた末の孫だった。

 見守っているつもりだった。知っているつもりでいた。頭の出来は良くなくても、可愛い孫の一人だと思っていた。だが、いつからこの目は耄碌していたのだろう。いつから孫はこの世を憂える青年たちの中心であったのだろう。

 青年たちは男や娘に言った。これは彼女が作りあげた、と。身分を越え、立場を越え、生まれや育ちを越えて繋がった神経細胞はがっちりと腕を組み合い、ただ一つの刺激(シナプス)によって動く共同体(ブレーン)を作り上げていた。若く、未来を見据え勢いのある声だ。

 

 新約聖書は語る。

 神の子キリスト・イエスの従兄にして洗礼者たるヨハネは荒れ野で声を張り上げた。救世主はもうじき現れる。主の道を真っ直ぐにせよ、と。世の乱れを指摘したヨハネは、兄を弑虐し兄嫁を己が妻としたヘロデ王に捕らえられ、義理の娘サロメへの褒美として首を落とされた。

 

 先陣を切り世の不合理を唱える者は目立つ。目立てば殺される。歴史はそれを繰り返している。

 彼の孫は嵐の目だった。だからだろうか、死んでしまったのは。

 

 野原を分けて我が道を作る台風の、その圧倒的なまでの力と情熱はどこから来るのか。それは、気圧(くやしさ)気圧(かなしさ)の狭間、沸き上がる怒りから来るのだ。理不尽を理不尽のままにせんとする、世を真っ直ぐにせんとする自然発生の流れなのだ。

 二十二世紀の洗礼者ヨハネは死んだ。あとに続くべき救世主の道筋を指差して、彼の孫は死んだ。

 

 

 

 

 少女は気づけば一人だった。兄も姉も優秀で、両親や祖父母の関心は二人にばかり注がれていた。

 ある時、高校に通う姉が言った。

 

「なんか疲れた、学校行きたくないわー」

 

 母親は姉に注意した。貴方の将来のためなんだから、病気でもないなら学校へ行きなさい、と。

 それを見ていた少女は次の日、母親に言ってみた。

 

「私、学校休みたいな」

 

 母親はそれを許した。なんの注意もなく、それどころか父親が行く予定の自然が残る地域へのキャンプに行ったらどうかとまで提案された。

 

 キャンプは誰もが研究やなんやに忙しく、少女は端っこでそれを見学した。愛想があり愛嬌の良い父親はその場の中心で、少女はオマケに可愛がられた。

 自然は美しく、しかしボロボロだった。けぶる大気に汚染された大地、いまにも命絶えそうな植物。悲しさに満ちた世界だった。誰もが必死にそれを甦らせようとしていた。父親はその波の中心にいた。人をその気にさせるのが天才的に上手かったから。

 少女は父親に学ぶことにした。少女はあまり頭が良いわけでも、勉学などの才能があるわけでもない。だが、父親のように人をノセることなら自分にも出来るのではないか。だから父親について回り、父を真似るために観察をした。父がどう人をノセるのか学ぶには、彼が研究員らに囲まれているときが一番だったから。

 

 果たしてそれは上手くいき、彼女はグループの中心になった。優しく平等で決して驕らない、リーダーを支えるムードメーカーになった。だがそれは成績ではないし、家庭で見えるものでもない。

 少女は許されていた。だが、それだけのことだった。




本人にそんなつもりなど全くなかったことを誰も知らない悲劇。
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